エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第9章︰彼等の愛した世界

第106話

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「おはようフラン!」
「ん…?」

目を開くと、窓から降り注ぐ光が部屋を明るく照らしていた。視界の端で、女性のものと思われる長い髪が風になびく。

「ル…ナ…?」
「もー。何寝ぼけてるの?リアーナだよリアーナ!」
「リアー…ナ?」

普段髪を結っている彼女がおろしている姿は、初めて見たかもしれない。そのくらい新鮮で、見慣れない姿だった。

「おはよう…リアーナ。」
「休みの日くらいゆっくり寝てほしいところだけど…。今日は街へ出掛けるんでしょ?朝食持ってきたから、良かったら食べて。」

目を擦りながら身体を起こすと、近くのテーブルに朝食の乗ったトレーが置かれていた。

「わざわざ作ってくれたの?ありがとう。」
「どういたしまして。…あのさ、フラン。そのお礼と言ってはなんだけど…今日の買い物にあたしもついていっていいかな?」
「別にいいけど…服を買いに行くだけだよ?」
「それでもいいの!じゃあ、支度してくるから、受付で待っててね!」

すると彼女は、元気よく部屋を飛び出して行った。
朝食を食べ終えて支度を済ませると、食堂で後片付けをして受付へ向かう。

「あっ…フランお兄ちゃーん!おはよー!」
「おはよう、たっちゃん。」

廊下を歩いていると、前方から少年が駆け寄ってきた。

「僕の事、覚えててくれたの?」
「もちろん。みんなの事を忘れたりしないよ。」
「へへっ。嬉しいなぁ!」

彼の腕に、本が抱えられている。表紙を見る限り、読み聞かせ用の絵本では無さそうだ。

「これからお勉強かい?」
「うん!今日は、フィーお姉ちゃんに文字の読み書きを教えてもらうんだ!」
「そっかそっか。お勉強、頑張ってね。」
「フランお兄ちゃんは?どっか出かけるの?」
「うん。リアーナと買い物に行くんだ。」
「それってもしかして…デートってやつ!?」
「たっちゃん…その言葉、誰に教えてもらったの?」
「アレクお兄ちゃんだよ!」
「…えっと。デートって言うのは、好きな人とお出かけする事なんだ。僕とリアーナお姉ちゃんは、みんなと同じ家族でしょ?だから、今日のお出かけはデートって言わないんだ。」
「え?でも、リアーナお姉ちゃんの事、みんな好きでしょ?」
「それはもちろん好きだけど…。うーん…なんて言ったらいいかな…。」
「フラン…?どうかしましたか…?」

返答に困っていると、後方からフィーがやって来た。

「あ、おはようフィー。ほら、たっくん。先生が来てくれたよ。」
「先生だなんてそんな…。」
「フィー先生!今日もよろしくお願いします!」
「は、はい…!こちらこそ…です。」
「あ、そうだ…フィー。アレクに伝えておいてもらえるかな?子供達に、変な言葉は教えないでねって。」
「…?わ、わかりました…。」

彼等と別れ、受付で待っていたリアーナと合流して街へ出発した。
まだ昼前ということもあり、人通りはそれ程多くなかった。目的の物を買いに、通りの側にある服屋へ足を運ぶ。

「必要なのは、白い服…だっけ?」
「うん。結婚式には白い装いをするのが決まりなんだって。」
「へぇ~。でも…白って言っても色々あるよね?」
「僕もよく分からないから…どれがいいか、お店の人に聞いてみよっか。」

お店の人に事情を話し、結婚式に相応しい装いを見繕って貰う事にした。

「…って、あれ?フラン、昨日もその服着てなかった?」
「あ、うん。まさか泊まると思ってなかったから、着替えを持って来てなかったんだ。」
「じゃあさ!あたしが普段着も選んであげる!」
「え?いや、いいよ。普段は騎士団の正装だし、私服はそんなに要らな…」
「服なんていくつあってもいいでしょ?それに、フランに似合いそうな服、さっき見つけたんだ!持ってくるから試着してみてよ!」
「あ、ちょっ…リアーナ…!」

お店を出た直後、彼女は再び店の中へ入って行ってしまった。彼女を置いていく訳にもいかず、店の中へと引き返す事になった。

「へへへ。我ながら、いい買い物したなぁ~。」
「いい買い物って…買ったのは僕なんだけど?」

余程僕の服を選びたかったのか、彼女が選んだ服を着ている僕を見て、満足そうに微笑んでいる。

「すごく似合ってるよ~。毎回フランが帰ってくる度に思ってたんだぁ。もっとオシャレしたらいいのにーって!」
「オシャレする意味あるのかな…?動きやすければ別になんでも…」
「もー!せっかく顔立ちがいいんだから、オシャレしたらモテるよ!」
「モテる意…」
「フランは恋に興味ないの!?」

彼女は僕の腕を掴み、真剣な眼差しでこちらを見つめる。咄嗟に視線を逸らし、ゆっくり腕を振りほどく。

「興味無いよ。僕がしたいのは、街の平和を守る事だから…モテる必要な…」
「きゃー!だ、誰かー…!」
「っ…!リアーナ、これ持ってて!」
「あ…フラン!」

荷物を彼女に押付け、叫び声がした方へ駆け出した。通りの端に座り込む女性を見つけ、声をかける。

「あの…!どうかしましたか!?」
「わ、私の荷物を…男に奪われたの!向こうに…走って行ったわ…!」

荷物を奪われた時にもみ合ったせいか、彼女の胸元のボタンが数個外れていた。先程リアーナに選んでもらった上着を脱ぎ、彼女の肩に掛ける。

「大丈夫。僕が取り返して来ますから、ここで待っていて下さい。」
「あ、ありがとうございます…。」

再びその場から走り出すと、女性が指し示した方向へ向かった。しばらく走っていると、路地の方から乱暴な男の声が聞こえてくる。

「きゃ…!」
「邪魔だ!どけどけー!」

大通りから細い路地に入り、駆け抜ける。しばらくして、行き止まりで立ち止まる怪しい男の姿を見つけた。

「くそっ…!行き止ま…」
「その荷物!返して下さい!」

僕は腰に下げた剣に手を添え、男を威嚇する。

「な、なんだお前…。荷物って…何の事だ?」
「とぼけないでください。あなたが持っているその鞄が、女性の物だって事くらい…僕にだって分かります。先程、大通りで女性から奪いましたね?」

とぼける男に向かって剣を向ける。だが、武器を持たない人を相手にする時は、剣を鞘から引き抜く事はしないと決めている。

「ちょ…!む、無実の住民を斬るつもりか!?ひ、人殺し!」
「あなたが抵抗しなければ、斬る必要もありません。その鞄を置いて立ち去るのであれば、今回は見逃してあげます。」
「見逃してあげる…だと?ひ弱そう小僧が生意気言いやがって…!」

男は隠し持っていたナイフを握りしめ、こちらに向かって走り出した。その瞬間、僕の身体の横を何かが通り過ぎる。
男の足元に弓矢が刺さり、彼の身体が後ろに傾いた。その一瞬の隙をつき、男のみぞおちに剣を突き刺す。

「ぐ…はっ!」

男は床に倒れ込み、腹を押さえる。床に転がり落ちたナイフを蹴り飛ばし、鞘に収めたままの剣を彼の顔の前に突き立てた。

「ひいっ…!」
「もう二度と、こんな真似はしないでくださいね?」
「は、はいぃ…!」

素早くその場に立ち上がり、男は走って逃げて行った。地面に置き去られた女性の鞄を拾い上げ、土埃を叩き落とす。
すると、後ろから手を叩く音が聞こえ、即座に振り返った。

「いやぁ~。お見事!流石は騎士様だな。」
「あれ?もしかして君は…ラズ?」

僕に向かって手を叩いていたのは、元ギルドメンバーのラズギエルだった。彼の服装は以前よりも薄汚れ、無精髭のせいで別人のように見える。

「あれ~?俺の事、もしかして忘れちゃった?」
「忘れた訳じゃないよ。…髭が伸びたからかな?雰囲気が変わったから、一瞬誰だかわからなかったよ。」
「ははは。ま、ギルドにいた頃より羽振りは悪いからな…身なりを整えてる余裕もねぇって訳だ。」

ギルドから孤児院に生まれ変わるタイミングをきっかけに、彼はギルドを辞めてしまった。ギルドに所属する前、彼は傭兵をしていたと聞いた事がある。今は、その傭兵の仕事をして生活をしているようだ。

「そういえば…さっきの矢はラズの?」
「そ。さっきの男、悪さしないように見張ってくれって頼まれててな。お前が来てくれたおかげで、俺の仕事が減って助かったぜ。」
「僕の方こそ助かったよ。無抵抗の相手を斬るのは流石に気が引けるからね…。」
「騎士様はご立派だねぇ。傭兵には無い志だ。」
「もう…茶化さないでよ。」
「悪い悪い。…っと、そろそろ戻らねぇと。そんじゃあなフラン。」

彼は手を振りながら、その場を立ち去って行った。
鞄を奪われた女性の元へ戻ると、リアーナが彼女に寄り添っていた。荷物を返すと彼女は礼を言って立ち去り、僕達も孤児院へ帰ることにした。
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