六王記番外編『バレンタインデーの日常』

四宮

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六王記・番外編

バレンタインデーの日常・中編

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「・・・ん?」
花穂は、後ろに並んだ客の雰囲気に覚えがあった。
「・・・・・・・????」
そろりと後ろを振り返る。後ろに並んでいた客の顔を見て花穂の瞳が大きくなった。
「せっ・・」
「あー。なんだよ」
くいくいと苞徳の襟巻を引きながら、ぼそぼそと何かを話そうとした花穂の声を遮るように、苞徳が困ったように笑っている。

「あー。黙って知らない振りをしててやれ。何か目的があって並んでるんだろ?」
「・・知ってたんですか?」
「んー・・まぁ。友達だし?いくら襟巻して口元隠して頭から布まで被ってたって、そりゃ分るよ。なぁ。お・じ・ょう・さ・ん?」
顔を少し傾け、後ろを振り向きながら苞徳がニヤニヤと笑っている。
額が隠れるほどまで深く麻布を被り、襟巻を巻いて口元を隠しているとはいえ、全身から放たれる独特な空気はそうそう消せるものでもないようで、早々に正体を見破られた清涼は、苞徳の実に楽しげな表情に「潰すぞ・・」とだけ話しながら、フンとつまらなそうに顔を背けた。

「なーにー?連れない態度取っちゃって?珍しいじゃん?甘い物食べないお前がさ。こうやってケーキ買うのに並んでるとか、どういった風の吹き回しなわけ?」
「・・別に・・流行っていると聞いて食べたくなっただけだ」
「はーん?」
苞徳は未だニヤニヤと口元を震わせながら清涼を見ている。
「なんだよ・・?」
「いーえー??」
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」
「んー?ふふーん♪」
楽しそうな苞徳と比べてどう見ても不快指数上昇中といった清涼のやりとりに花穂の顔が段々と青くなっていく。
これは何とか止めなければマズイ!と思った彼が、苞徳と清涼に対して「他の皆様のご迷惑になりますから、今は黙って並びましょう。ね!」と半ば強引に苞徳の身体をクルリと動かしながら清涼を見た。

「・・・・・・・・・・・・」
黙って見られているだけだというのにビリビリと威圧感が迫って来る。
この方は今、ものすごく不機嫌なのだと感じながら花穂はごくりと乾いた唾を飲みこんだ。
「・・・・・・・・・・」
「ああ。そうだ。花穂」
「ふあっはい!」
急に話しかけられて花穂の声が上ずる。それを特に気にする様子もなく、清涼は手にしていた麻袋から紙包みをふたつ、取り出して花穂に渡した。
「えっ?」
手のひらサイズの紙包みはまだホカホカと温かく、蒸気がふわりと浮かび上がっている。
ポカンと口を開けたままの花穂に向かって、清涼は竹筒を四本取り出すと、二本を花穂に渡した。

「・・えっと・・これは・・」
「慌てて官舎を出たから、まだ何も口にしてないだろう。胃薬もちゃんと用意してある。ひとつは白湯だ。こっちから先に飲め。もうひとつは南南ばあさんの店のナツメとクコの実を使った茶葉スープを持ってきた」
「・・・清涼様・・・わざわざ、買いに走って下さったのですか・・?」
竹筒と包みを両手に抱えながら花穂が清涼を見る。

信じられないと言いたげな表情の花穂とは逆に、清涼の表情はとても優しいものだった。
「ああ。包子より先にそっちを飲んだ方が良い。何より、ばあさんの店のスープは本当に美味いからな」
「・・・あ・・ありがとう・・ございます・・」
嬉しさと申し訳なさが入り混じったような表情の花穂が清涼に向かって何度も頭を下げている。
それを気にするなと手で静止しながら清涼が花穂を見た。
「・・・・俺。この店のスープ、好きなんです。お茶のような味に近いけど、ショウガの味もしてコクがあって。すっきりしてて、とろみがあって・・」
「ああ。知ってる」
そこまで言うと片手で「飲んで?」と伝える清涼に促されて花穂がポンッと竹筒の栓を抜いた。
細い飲み口越しにも伝わってくるお茶の香りと真白い湯気に自然と花穂の表情が笑顔に変わっていく。
ふーふーっと息を吹きかけて冷ましながらスープを口にする花穂の口元は自然と緩み、フフ、フフと鼻で笑いながら美味しそうに、こくこくとス―プを飲んでいる。
彼のその表情を見ながら清涼と苞徳の表情も、また柔らかなものへと変わっていく。
不意に花穂を見る互いの目線が重なった。同時に『何も言うな』と、首を振り視線で互いに頷くと、また視線を花穂に戻した。
暗黙の了解が通じる相手だからこそ、伝わる何かがあるのだとお互いに思っている。
だからどんな言葉も受け入れることが出来るのだと。

清涼達が、花穂かすいの事を知ったのは、彼が貿易品の酒壺の中に入れられていたとの報告を受けた三年前の事だった。
城の中で雑務を片付けている最中に、妙な壺を積み込んだ一行がいると報告を受けた清涼と胡氏がその場に駆けつけると、困ったような表情を浮かべる龍の国の行商人と、品を運んで来た行商人たちとでごった返していた。

貿易はいくつかの国を通過し、荷を運んでくる。その度に拠点となる国に一度荷を届け、その度に拠点の国の行商人と貿易商人に荷を引き渡し、リレー形式で品を目的地まで運ぶのが通例だ。
だが、どうやら行商人の数が合わない。商売とは無関係な荷が混ざっているようだと荷受け側の貿易商人達が言い出したことで、言い合いになり、困った龍の国の行商人が兵を呼んで来たのだ。

「清将軍。胡様。」
拳を前に突き出し拝謁の礼を交わしながら兵が近づいて来る。
その兵にどの壺かと問えば、兵が「あれのよ・・」と説明をしようとした、その声を耳にしながら、ふと一際大きく妙な形をした酒壺が目に留まった。
口縁部(注ぎ口)が細く丸い袋のような形になっている酒壺の中に紛れるように、口縁部が太く形は波のようにグネグネとしている。まるで狸の腹でも模したのかと言わんばかりに膨らんだ瓶が隠れるようにちょんと置かれていた。
一際大きく異彩を放つ瓶のみを運び出す際、その壺は酒壺に比べると非常に重く水音もどこかくぐもったような音が袋状の部分から響いてくる。
「・・これは・・何だ。何が入ってんだ・・重ぇぞ・・」
「酒なのか・・?」
酒壺の移動を行商人と共に手伝う清涼もまた同じことを思った。
彼は兵を半分に分け、離れた場所で荷の確認を再度依頼した。
そうしてその荷を運んできた行商人のみをその場に残し、兵と共に留まる事にしたのだ。

「これは、改めて見てみると妙な形だな」
妙な形の酒壺を前にして胡氏と清涼が首を傾げている。
一方、胡氏はその壺に見覚えがあるようで、特に驚いた様子は見られなかった。
「ふむ。魚の国の物でございますな」
「行商人。今回の荷は何処から来た物だ?」
「イノシシの国を経由し魚の国の物と合わせて運んだ荷でございます。毛皮はイノシシの国から、酒は魚の国からでございます。この荷は一晩龍の国で過ごし、ネズミの国へと向かう手はずとなっております」
「ふむ。今回も同じ道筋だな」
清涼の声に行商人が一礼する。

「では・・この荷は魚の国から来たのか?・・・・ん・・?」
そう話す清涼の眉が僅かに動いた。
彼はそれ以上何も話すことはせず、静かに振り返るとずらりと並ぶ行商人の中を探るように歩き始めた。

その気迫迫る表情に兵たちは何も言わずに行商人を囲むように静かに後退していく。
清涼の足が一歩、一歩と砂を踏む度にびりびりと冷気が伝い、緊迫した状況のまま、ひとりひとりに視線を向けていた清涼だったが、彼はある人物の前でピタリと止まると瞳を細めながらその人物の顔を凝視した。

「・・・・・覚えのない顔だな。お前、魚の国の者ではないな。お前たちもだ。どこの兵だ」
清涼がそう告げた瞬間、行商人を囲むように立っていた全ての兵が手にかけていた刀を一斉に抜き、行商人達もまた同じように隠し持っていた刀を抜いた。行商人の男たちが切っ先を左右に揺らしながら誰かを庇う様に動いている。
その動きを、見逃さなかった者がいた。他の誰でもない、龍の国の武将、清涼だ。

「侵入者を一人残らず斬り捨てよ!」
清涼の言葉に弾かれる様に、胡氏を含む兵が一斉に行商人に飛びかかったのは、それからすぐの事だった。
普段なら行商人が行きかう賑やかな町が一瞬にして、キィンと互いの刀が鳴る戦場へと変化し、刀が重なり幾重もの血が飛び交っていった。

「その刀の腕に覚えがあるぞ。お前、オオカミの国の者だな」
喧騒の中で切っ先を相手に向けながら清涼が問うと、眼前に立つ痩躯な男が目を逸らすことなく頷いている。

一層大きく刀を袈裟懸けに斬りつけようと動いた男の刀を自身の刃で受け止めた清涼が相手の刀を弾き飛ばすと、そのまま男の身体が崩れ落ち片膝をついた。
男が膝をつくその横に力なく倒れた行商人の血を浴びた腕が転がっている。
それを気にする風でもなく、男の額に切っ先を突き付けながら、清涼は静かに問いかけた。

「言え。何の目的でこの国に入った」
「・・・・・・・・・・・・・」
「首を刎ねる前に聞いてやる。目的は何だ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「こうなることが分かっていて、何故我が国に入ったのだ?」
黒々と光沢を放つ鉱石の闇が、男を見据えている。背筋の奥まで凍り付きそうなほどに冷たさを増すその瞳をジッと見つめながら、男はふと酒壺に視線を向けた。

「あれを・・・あの中身を・・・頼みます・・・」
それは、どこか懇願を含んだ悲痛な声だった。
「・・・・?・・・っ・・おい!」
声が途切れた瞬間。男の背が崩れ落ちる。咄嗟に刀を落した清涼が男に近付き、抱き起そうと抱えたのだが、既に男は絶命しており、力なく身体がぶらんと揺れた。
目を見開いたまま逝くその顔は、どこか安堵したようにも見える。半分開いた状態の男の口からは黒みを帯びた血がポタポタと流れ落ちていった。

「・・・毒を飲んだか・・しかし・・」
「まずは荷を検めましょう。話はそれからです」
「ええ・・」
胡氏の声に、清涼は男の亡骸を丁寧に寝かせると、兵と共に壺に近付いていく。
「私が開けます。清将軍と胡様はお下がりください」
二名の兵がやや緊張した面持ちで酒壺の蓋を開けると、むわっと湿気た匂いがぷんとした。
途端に顔をしかめる兵を見ながら「なんだ?何がはいっ・・」と問いかけようとした彼の言葉を遮るように、壺の中を覗いた兵が二名同時に清涼を見て叫んだ。
「ひっ・・人です!死人です!死人がいます!」
「なんだと!?」
その言葉に弾かれる様に清涼と胡氏が当時に瓶に飛びついた。
そうして退いた兵と同じ場所に立ち、中を覗き込むと困惑したような表情で顔を見合わせたのである。

「・・・・これは・・・誰だ・・」
「分かりませぬ。失礼致しまするぞ」
肩のあたりまで湿り気を帯びた土に埋もれている黒い髪を見ながら、袖を捲り上げた胡氏が土の中にずぶずぶと手を突っ込んでいる。何度か土をかき混ぜながら、目当ての物を探り当てると少し力を込めて引っ張り上げた。
途端に酒の強い香りがむわっと広がり、清涼の眉が歪んでいく。
引き上げられた衝撃をびくともせず、ただ、ぷらんと力なく揺れたそれは、間違いなく人間の腕だった。
「・・・・酷いな・・」
拘束され、痣が色濃く残る腕をさすりながら、胡氏の顔に哀しみの影が差していく。
「・・・これは・・なんと酷い・・手厚く葬って差し上げねば・・・うむ?」
「・・・・どうした?」
手首を擦っていた胡氏の指が止まり、何かを探るように動いている。
そうしてハッと顔を浮かべると信じられないといった表情で清涼を見た。

「い・・生きております・・生きておられます!」
「・・・何!?」
「し・・死人などではありませぬ・・生きております」
「あ・・あぁ・・・・そうか・・生きて・・そうだ・・早く・・城へ・・」
「ええ・・青羽を呼びましょう。あと奏幻を待機させなくては、ありったけの湯と薬草を・・これは忙しくなりまするぞ・・」
「ああ・・ああ・・そうだ・・ああ・・・」
狼狽しながら叫ぶ清涼の声とざわざわと揺れる喧騒の間で、壺の中深く、薄く瞳を開けたまま、長い時を過ごしていたその人物の髪に日差しが触れる。受けた陽射しは柔らかく、また優しくもあった。

『・・・・・・大変だった・・城に着いてそいつの顔を布で覆って、皆で壺を叩き割ってみれば、足に鎖が付いたままの囚人だったんだからな。スイフォンは泣き崩れて、奏幻は面倒事がやって来たと言わんばかりの表情になるし・・散々だった』

清涼は少しその時の事を思い返していた。
『どうだ?奏幻』
『治せと言われればね。治すよ。でも・・・』
『・・どうした?』
『彼が本当に治るには、相当な時間がかかると思う』
『・・だろうな』
『あと・・それにね』

めずらしく地下の医務室で奏幻が手招きをしている。何かと近づいた清涼の耳元で、奏幻は
『土塗れだったから、さっき湯に突っ込んで身体を洗ったでしょう?』
『ああ。そうらしいな』
『人払いをしておいて正解だった。彼ね・・・・・の痕があるよ』
そう呟くと、奏幻は続けて清涼の耳元でぼそぼそと話し始めた。
『あと・・――――」
その言葉にハッとした清涼を見る奏幻もまた、険しい表情を崩そうとはしなかった。

『・・・・・・・そうか』
『・・・・・・・・・・』
『僕は心までは治せない。それは僕の分野じゃないから。でもね・・』
『・・・・・?』
『・・うん。そう・・そうだな・・・うん・・』
『・・・・?』
『彼を絶対ひとりにしないでね。清涼。あと、スイフォンと棗鵺を呼んでくれる?』
『・・何故だ?』
『この先、彼が暴れるようなことがあったら、きっとスイフォンじゃなきゃ止められないと思うよ』
『・・・・ん・・・うむ・・・』 
『納得いかないって顔してる』 
『まぁ・・それは・・うん。そうだな・・納得してないな』
『・・・・・・・・・・・・・』
『・・なんだよ・・・』
『何でもない。理由はひとつ。スイフォンが小柄だから。で、スイフォンがいないと棗鵺が不安になるから。まあ。回復してきて、いよいよ暴れはじめたら大変だとは思うよ』
『っ・・!!』
『はいはい。殺気出さないの。殺気だだ漏れてるから』
『・・・・・・・』
『悪意を飲み込めないスイフォンにしか、きっとできないと思う。だから、話をしたいんだ。当然、棗鵺は反対するだろうね。でも生かしたいなら、受けてもらわないと』

『・・・・・・分かった』
『当然。傷が回復したら官舎に移動ね。その後の話だから』
『・・う・・うむ・・』
『もーしっかりしてよ。ほんっとスイフォンの事になると前も周りも見えないよね』
『う・・・』
『はい。じゃあ宿題』
『・・・宿題?』
『彼の衣あったでしょう?所々破れてたけど胡氏が洗ってたよね。はい。足枷。彼の物はこれだけしかないから、どこの誰なのかが分からないでしょう?』
『ああ。分かった』
『頼んだよ』
そう言って奏幻と別れ、寵姫の待つ自室に向かってみれば、卓上に並べた衣服を前にして胡氏と寵姫。
絽玖が難しい表情をしたまま互いに顔を見合わせていた。

「絽玖。お前も来たのか?」
清涼の声に黒髪がふわりと揺れた。
拝謁の礼を終えた絽玖が優美な笑みを浮かべたまま清涼を見ている。
「ご無沙汰いたしております。殿下」
「ああ。久しぶりだな」
「それで、あの男についてだがー・・清涼。お前の持つそれで全部か?」
「ああ。そうだ」
寵姫の問いに清涼は手にしていた足枷をコトリと卓に乗せた。じゃらりと鎖が高鳴る。
「ふむ・・失礼」
絽玖が足枷に近付き、それを丁寧な仕草で持ち上げた。
そうして様々な角度から足枷を確認すると、それを寵姫に渡し、今度は彼の衣に手を伸ばしている。

「持ち物はこれで全てだとおっしゃいましたね?殿下」
「ああ。そうだ、そう聞いている」
「・・・・・殿下が対峙した男はオオカミの国の者で間違いないかと思われます。衣は魚の国の物を調達したのでしょうが、肌の色が魚の国の者と比べるとやや白い。魚の国の者は陽で焼けた者が数多く住んでおりますから。それに、恐らくですが・・彼は官吏だと思われます」
「官吏?兵ではないのか?」
「ああ。言われてみればそうかもしれませぬな。腕が細すぎます」
「うむ、そうか」
胡氏から足枷を受け取った寵姫がじゃらじゃらと足枷を上下に揺らしている。
無機質な金属音のみがピリピリとした雰囲気を放つ部屋へと広がった。

「寵姫殿?」
「この鉄は・・・オオカミの国の物か?それとも他の国か・・?」
「まだはっきりとはいたしませんが、彼の身体中に残る痣を見る限りでは、恐らくオオカミの国にて何らかの罰を受けたのでしょう。あの国の王ならばやりかねません」
「・・・そうだな。もしそうだと仮定するならば、命がけで我が国の領内に侵入した経緯も頷ける」
「ただひとつ、どうしても納得いかない」
「清涼?」
唇を指で何度も擦るように触れながら清涼が衣に視線を向けた。
どれもこれも擦り切れている衣の袖が、拘束時間の長さを物語っているようで、彼は先ほどの奏幻の言葉を思い返すと、複雑な表情で衣から視線を外した。

「命がけで国を出て領内に入り、加護を託す理由が見えてこない」
「確かにそうだ。王族とは思えない」
そう話しながら寵姫は手にしていた足枷を丁寧に卓に乗せた。
絽玖は衣に手を伸ばしながら、その感触を確かめるように指で何度も布を探っている。
「・・衣もオオカミの国の物で間違いないでしょう。この布は覚えがあります」
「そうなのか?」
「ええ。千切れてはいますが、もとはそんなに粗末な物ではないはずですよ。殿下」
「何故そう言える?」
「織り方と生地ですな」
胡氏の声に黙って絽玖が頷いた。
「これを見てください。殿下。陛下。この布はただ着ただけでは分かりづらいものですが、こうして布を陽にかざすように灯りの中にかざしてやれば・・・」
そう話しながら、卓に乗せていた蝋燭を近づけると衣の襟の部分を火の前にかざしている。どれほど長くそうしただろうか?段々と裏生地の一部分が熱を帯びて、浮き上がるように何か絵のようなものが生み出されてきたではないか。
その形に覚えがあった胡氏は「あぁ・・そうか・・彼は」と頷きながら呟いた。

「知っているのか?胡氏?」
「ええ。寵姫殿。彼は恐らく梳家の者に間違いないやもしれません」
「・・・・梳家・・」
「ええ。まだわかりません。衣を代わりに着せられただけかもしれませんし。決めつけるのは早計かと存じますが、だがその黒豹の紋章は梳家の物に間違いありませぬ」
そう話す胡氏の表情は険しく、何かを考えているようにも見えた。

「梳家と言えば、狼の国では貴族の地位を得ていたそうだな」
「ええ。その通りです。陛下」
「この一族は、血縁者以外の者もこれを着るのか?」
「さぁ・・それはどうでしょう?まずは情報を集めなくてはなりませぬ」
「では私にお任せください。陛下。殿下」
「・・・大丈夫なのか?」
心配そうにも見える表情で清涼が絽玖を見た。

その表情に動じることなく、絽玖はひらりと衣を翻すとただ一礼して立ち去って行ってしまったのだった。
それから暫くして、絽玖の配下が持ち帰った情報をもとに色々と推測し、あとは本人の目が覚めてから伺おうとの事で意見は一致したのである。

それから暫くして、目が覚めたその男は自身の名を『梳 花穂(ソ・カスイ)』と名乗った。

キャッキャウフフと色めき立つ乙女の後ろで、苞徳が優しい瞳で花穂を見つめている。
「じゃ~俺も貰おうかなっ」
「ああ。飲んでくれ」
一方、清涼から受け取ったスープを静かに飲みながら、苞徳も数年前のことを思い返していた。
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