六王記番外編『バレンタインデーの日常』

四宮

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六王記・番外編

バレンタインデーの日常

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さてさて。蓬莱では二月十四日は『ばれんたいんでー』とやらが流行な御様子。
それはこちらも同じなようで・・・。

年が明けて気が付けばもう二月。
凍てつくような寒さなのはここ、王都も同じだ。
太陽が昇る頃、眠りについていた国民が目を覚まし、いつも通りの日常が始まろうとしている。
朝特有の清み切った空気が町中を包んでいく。この国の民は御飯を家ではなく店や屋台で食べる者が多い。
本日も眠そうな顔の住民たちがぞろぞろと家を出て街へ向かっている。
そんな民を受け入れるように、屋台街の住民たちは朝早くから店を開ける為に、寸胴鍋や鉄鍋を取り出し、調理に取り掛かる者が殆どだった。

大鍋で粥を煮ているのだろう。数多くの店が並ぶ通りからはモクモクと蒸気の煙が空高く昇っている光景があちらこちらに見える。店の入り口付近からは、ジュージューと副菜の青菜や肉を炒める音が軽快に響いていた。
店を覗いてみると、顔馴染みの店員に「おはよう」と話しながら席について行く客の姿がちらほら見える。
その声に答えるように店員が全員分のお茶を机に運んでいた。

店頭近くでは、包子や饅頭を蒸すための蒸籠がずらりと一列に並べられており、もくもくと白い蒸気が上がっていく光景に街を歩くどの客の表情も自然と笑顔に変わっている。
よく見ると店で食べる客の他に饅頭や包子を購入して歩きながら食べる者も少なくないようで、皆、買ったばかりの肉や野菜の入った包子をハフハフと食べながら伏し目がちに歩いて行く。肌寒い冷気を吹き飛ばすかのように、どの客からもあつあつの包子の蒸気が口元から零れていた。

中でもパンダのお母さんが経営する包子専門店は、他の店に比べると小ぶりで味も薄く、喉が渇きにくいと大層評判の店だ。
小さな子供でも食べやすいと好評で、看板も包子と蒸籠を両手に掲げてにっこり微笑むパンダ母さんの絵が目印とあって、家族で王都に来た時にはここの包子がお勧めという旅行客も多いと聞く。
その斜め前は麺類が美味しいと評判の店で、ここはやや頑固なカタツムリ目のおじさんが店の中でもくもくと麺を打っている。ここの麺はあっさりとしたスープの中に麺と野菜が入っており、薄味を好む年配者が多く通う店でもある。
この店の特徴は、朝と昼、夜でスープの味が変化する事だ。
朝はあっさりとした薄味の鶏ガラスープだが、昼や夜になると段々と味が濃くなっていく。
その味の変化を求めて三食食べに来る客もいるほどの人気の店なのだ。

おじさんの麺料理の店から十五分ほど歩いた先に、少し変わった店がある。
隣同士に位置する、つるんと美肌の鮫族の美人姉妹が経営するこの店では、片方が海鮮鍋を扱うのに対して、隣の店では小籠包や炒め物。蒸し料理が味わえる。鍋料理が中心の店でも一品料理を注文する事は可能で、互いにメニューを共有している事から、鍋料理の店で海鮮鍋を注文し、副菜に隣の店の海老炒めや青菜炒めを注文する事が出来る。

蒸し料理が食べたくて店に入り、蒸し料理や炒飯を注文してみたのは良いけれど、でもちょっと鍋も食べたい。
そんな客の為に一人用サイズの鍋料理も提供しているのだ。
客が混んでくると店の厨房から店員が行ったり来たりしながら互いの店に出来上がったばかりの料理を運んでいく。
朝の静けさとは打って変わって赤いランタンが道を揺らし、ワイワイガヤガヤと肩を並べて賑やかに食を楽しむ国民の声がずっとずっと長く続いている。

もちろん、食を提供するのは店だけではない。昼近くになると様々な屋台が通りに並び、ジュージューと軽快な音と共に香ばしいゴマ油の香りが風に乗って離れた場所までやって来る。
店のような多種多様な料理をひとつの屋台で賄う事は難しいかもしれないが、○○専門店と言った具合に、小籠包の店。包子の店。飲料水の店。果物屋台の店。鶏の香味揚げ専門店や揚げパン、串焼き肉と様々な一品専門料理を扱う屋台が数多く並んでいる。
お腹が空いているけれど、店に入る時間が無い。歩きながら屋台巡りをしてみたい。
そんな客を温かく出迎えるようにどの屋台の調理人も、にこやかに料理を勧めてくれる。

そんなここ、食品街は通称『屋台街』とも呼ばれている。
蒸しもの。揚げ物。炒め物に鍋と、様々な料理を扱う店が多い屋台街だが、朝は粥を出す店が殆どで、昼や夜になると少しずつ店のメニューが増えて行く。
夜ともなれば店頭に立つ呼び込みの店員が集まって「いかがですか~」と呼び込み合戦なる光景も見る事が可能だ。
皆、それを知っているので、胃に優しい料理を食べて仕事に向かっている。

そんな感じの日常なのだが、本日は少し空気が違っていた。
朝早くから、うら若き女性たちが店先で購入した包子や饅頭を片手に列を作って何処かに向かっていくではないか。
よく見るとどの女性達の表情も何故か、やる気に満ち溢れている。
その光景を横目に・・・・はて?今日は何ぞあったかな?と言いたそうな表情で、首を傾げながら隣に座る客と話をする者が殆どだった。
それもそのはず。だって今日はバレンタインデー。
朝早くから並んで、あのお店のチョコを手に入れなくちゃ!と思っているのかどうかは知らないが、そわそわした雰囲気もそのままに、我先にと急ぎ足で向かっている乙女の姿が殆どだった。

その中の列に、見た事のある二人組が並ぶように歩いて行く。
「・・・さむぃ」
今日も今日とて寒気はそのまま。鼻から息を吐くだけでも真白い蒸気が鼻から吹き出て行く。
口元まで襟巻で覆い隠しながら、花穂は隣を歩く苞徳を見た。
よく見ると彼もこれでもかと言わんばかりの重ね着をして襟巻をぐるんぐるんと巻いている。
彼の表情もまた、眠そうに見えた。

「・・・も~先輩。酷いじゃないですか」
「んー?なにがぁ?」
「せっかく足先までポカポカと温かくなってきて、やっと熟睡できると思った矢先に叩き起こそうとするなんて・・普段ならまだ起きてませんよ・・」
「まぁそう言うなって☆年に一度だけの行事だろ?」
「ふぁ・・あふ・・」と欠伸をかみ殺しながら花穂が歩いて行く。
本日もここ、王都きっての屋台街は盛況だ。朝ごはんを求めて歩く民の姿を眺めながら、苞徳の表情が自然と優しくなった。
「あ~腹減ったな~。なぁ、お前。腹減ってねぇ?」
「空いてますよ。水一杯飲んでないんですから。喉も見事に乾いてます。もう、からっからです」
「そうなの?あー。そっかー、お前。寝てたもんなー」
「ほんと、何が起こったのかと思いましたよ。襲撃でもされたのかと身構えたら先輩がいるんですもん。潰してほしいのかと思いました」

「ははは!なーなんか食ってく?つうか、なんか買おうぜ。俺、腹減ってさー」
「いいですけど・・俺。あんまり量の多い物は食べられませんよ?」
「あ、そういやそうだったなー。歩いてなきゃなー・・粥食うんだけど」
「歩きながら食べれるの先輩くらいですよね。饅頭か包子が良いです」
「饅頭って、甘くて美味いんだけど青菜や肉と一緒に食べたいじゃん?やっぱ」
「・・・・・胃腸に直接打撃あるのはちょっと・・」
「・・・・・なぁ」
「・・・はい?」
「お茶飲みたくね?」
「馬鹿なんですか?ええ、ええ、分かってましたけど馬鹿なんですね?」
「うん。お前、朝から絶好調だわ」
そう言いながら歩く二人の側を若い女性たちが、我先にと駆けて行くのだった。

一方、龍の国の官吏が暮らす官舎では、スイフォン達が朝ご飯を食べようと出来上がったばかりの大皿料理を順番ずつ座卓に並べている。ここの朝食も粥を中心としたものだ。
此処はかなり大きな屋敷となっており、独身者や地方出身者。王直属の官吏や部将を含めた数多くの者が共に生活している。

それだけでなく、当番や宿直の担当の者も同じように屋敷に詰めている。屋敷の中は迷路のようにもなっており、生活をする空間から少し離れた場所では官吏達が集まり、朝早くから夜遅くまで日々の仕事に精を出している。
役所と生活空間を兼ねた場所と言った方が分かりやすいのかもしれない。
城の中でも官吏達はそれぞれの仕事をしている為、ここだけで‥と言う事は無いのだけど。
「ねえ。苞徳は何処へ行ったのかしら?」
朝ご飯を食べようと目が覚めた官吏や将たちが次々と部屋へ入って来る。
部屋の中はあっという間に賑やかな朝食の場へと変化していった。
ワイワイと話す声と、カチャカチャと瀬戸物の皿や椀が当たる音が重なる室内で、粥を入れた椀を両手に持ちながら、スイフォンが蒸しあがったばかりの魚料理を眺めている。

その前では、粥を片手に大根の煮物を小皿に取り分ける胡氏がニコニコと微笑んでいた。
「ほっほっほ。苞徳殿でしたらば、朝早くから花穂殿を連れて外出しておりますよ。何でも今日は一日共に休暇を取ったとかで、夜遅くに帰宅するそうです」
「あら?そうなの?一体何処へ行ったのかしら?」
蓮華で粥をくるくるかき混ぜながら、スイフォンが首を傾げていると、横に座る鵠焔がふふふと微笑んだ。
「きっと、ばれんたいんでーに送る物を買いに行ったのだと思いますよ?」
「バレンタイン?」
「ああ。そういえば、本日は十四日でございましたな。何でも苞徳殿たちが行く店は蓬莱帰りの店主が作る『ちょこれーとけーき』なる品が有名だそうでございますぞ。何でも一名様三個までという制限があるのだそうでございます」

「へー。でも確か、苞徳の家族って九人いたわよね?それじゃ足りないんじゃないかしら?」
「大丈夫でございましょう。大きければ二つに切り分けますよ」
「もしかすると、ご近所様にお配りする目的で買われたのかもしれませんね?」
「ああ、そっか。言われてみればそうよね」
「恐らくそうでしょうな。世話になった者にこの日だけは・・と配る目的があるのかもしれません」
「あ・・そっか・・彼は・・」
スイフォンの言葉が段々と小さくなっていく。その声を耳にしながら胡氏は優しく微笑んだ。

「ええ。今でこそ苞徳殿は王都に居を移していますが、もとは貧民街の出身ですから。母親しかいない環境で弟達を見ながら逞しく育ったのは、周囲の者の温かさもあったからでしょうな。それに・・」
そうまで話す胡氏と鵠焔が互いに顔を見合わせながら、ふふふと微笑んでいる。
「?」
「ふふっ・・苞徳の一番上の妹さんは、花穂のことがお好きなのだそうですよ?」
「ええ?そうなの?」
「ええ。花穂殿は気付いておられないようですが・・」
「初めて聞いたわ。何処で見たのかしら??」
「あれは・・いつ頃の事でございましょうかな。確か・・昨年だったかと思うのですが・・」
蒸した魚を皿に取り分けながら、胡氏が懐かしそうに微笑んだ。

昨年の夏。荷を運ぶ馬が暴走した事件があった。
月に数回、行商人が馬に荷を積んで街へとやって来る。王都に入ると同時に担当の官吏が二名。側につき、列を作る数頭の馬を先導していく。行商人を待つ各店の前に止めると、荷を下ろしその場で確認したうえで代金を受け取って、また別の店へと移動していくのだが、その中の一頭の馬が不意に近づいた虻に驚き、手綱を持っていた者を弾き飛ばして暴走したのだ。

当然、周囲は騒然となり、籠や卵。荷車をなぎ倒しながら暴走する馬を何とか止めようとしたのだが、暴れ馬の方が早く、また力も強かった。

一方、担当の任に就いていた花穂は別の馬に飛び乗ると暴走する馬を一身に追いかけて行った。
その後ろを別の馬で青年官吏が追いかけている。
途中、馬にそのまま走るように合図し、自身は屋根にふわりと飛び乗ると屋根を走った。
暴走する馬の行く先を確認すると、また屋根から飛び降り、斜め真下を走る馬の背に跨り、そのまま駆け抜けて行った。
その時である。
前を走る馬が曲がり角を曲がる寸前に、数メートル先の道を走っている虎と人間のこどもの背を見つけてしまったのだ。
下手をすると子どもが馬に蹴られるかもしれないと危惧した花穂が「やぁ!」と声を荒げ、自身の身体をぐいっと右側に大きく傾けた。

背にしていた弓柄を握り口に咥えた小刀で弦を切ると、そのままの状態で馬を走らせ、二頭の馬が近付く頃合いを見計らって、ぐいんと身体を左に戻しその勢いのまま、すぐさま身体を右に傾け、弦を切った弓で馬の首に体当たりしたのである。
それを目にした官吏はとっさに花穂が乗っていた馬を止めようと、先ほどよりも駆ける速度を速めようとした。
手にした弓は馬の首をクルンと回り、勢いが止まない花穂の身体がふっと浮かび、暴走する馬の背でくるりと回転してしまった。
馬から落ちるかと思われたその刹那、彼はとっさに隙間を縫う様な動作で手綱を足首に巻き付けたのだ。

「ぐっ」とうめき声を漏らしながら、ぶらんと身体が一瞬、地面すれすれの距離で左右に揺れたが、ひざを曲げ馬の腹に足を回し手綱を握り、手にしていた弓を地面につけると左へ走れと言わんばかりに馬の身体を左側へと押しのけた。
しかし効果は薄く、馬が左に寄るだけでほとんど変化は見られない。

「いかん!このままでは当たる!もっと左へ行け!くそっ!!」
折れた弓はそのままに、巻いていた足から手綱を離すと、馬の腹から首へと右斜めに片足をずらし、馬の首に足を巻き付けた。
ずり落ちそうになった足に再度、手綱の紐を巻き付け固定すると、逆立ち状態で砂が黒髪にピシピシと当たる事をもろともせずに、その姿勢のまま巻いていた襟巻を取り、バッと風にはためかせながら目の前を走る子どもに向かって片手を伸ばし「止まれ!!」と叫んだ。

逃げるように走っていた子どもたちが振り返って花穂を見る。
目を大きくしながら「ああっ!」と怯えた表情で足を止めた子どもたちを見る花穂の表情は厳しいままだ。
そのままの速さで馬が走り抜けて行く。

「ぐうっ!」
馬が子どもたちに触れるギリギリの距離を通り過ぎる直前に、花穂が二名の子どもをさらう様に腕に抱き、腕に抱いたまま何とか身体を馬の背に戻すと馬の手綱を引きながら町中を駆け抜けて行ったという。
その光景を、他の者と共に苞徳の兄弟が眺めていたのだ。

そのあと、子どもの親には何度も頭を下げられながら感謝をされる一方で、ことの次第を耳にした清涼は「危ないことをするな」と頭で湯を沸かせられるほどに激怒し、苞徳に至っては「わーぉ。これでもう花穂、有名人じゃん?」と大笑い。
奏幻は手綱で焼けた花穂の手のひらと体中の打ち身を眺めながら「うん。唐辛子のお風呂、はいろっか♪」と、うきうきルンルン気分で身体を左右に揺らしている。
傷が回復するまで一切の外出を禁じられ、花穂はほぼ軟禁状態で気まずい数日を過ごしたのだという(笑) 
だが、本当に大変なのはそれからだった。
馬に乗って派手な救出劇をやってのけたあの男は華奢に見えるが筋肉質で、はたとみれば女性のように色が白く、幼い顔立ちをしている。目が大きく、口も鼻も小さい。
これはなんという名前で、どこに住んでいる美青年かとの噂が王都に広まってしまったのである。
当然、うら若き女性達は名の知らぬ美青年に色めき立ち、様々な噂が暫くの間長く続いたのだった。

「・・・・ふふふっ・・花穂らしいわ」
胡氏のその話を聞きながらスイフォンがクスクスと笑っている。
「確か、あの後。楊将軍にもこってり絞られたのよね?一時、花穂が衣をボロボロにして戻って来た事があったから、一体何があったのって本人に聞いても教えてくれないんですもの。清涼に聞いても苦い顔をするだけで教えてくれないし・・。喧嘩でもしたのかと思ったわ」
「誰かを助けていたのですから、胸を張っても良いと思うのですが、そこはあえて表に出さない。それが花穂殿の良い所なのでございましょうなあ」
「ええ。私もそう思います」
そう話しながら、鵠焔は静かにお茶を口に含んでいる。よく見るとあんなに沢山あったはずの大皿料理は殆ど残っていなかった。気が付けば、ひとり。またひとりと朝食を終えた官吏達が席を離れて行く背中が見える。

「ねえ。苞徳が買いに行ったチョコレートケーキってどんな味なのかしら?」
「ふうむ。そうですなぁ・・」
「でも私。小耳に挟んだのですが・・どうやらそのチョコレート。媚薬の効果があるのだとか・・」
「媚薬・・」
『チョコレートケーキ・・・』
三名が話すその言葉を扉越しに聞いている影がひとつ。うんうんと頷きながら、影はふらりと何処かへ行ってしまった。
そんな事とはつゆ知らず、スイフォン達はワイワイと同じ話題で盛り上がっていた。

一方その頃・・・。

「・・・・・・・・見事に女子ばかりですね」
蓬莱帰りの店主が作るチョコレートケーキ店はずうらりずらりと、ケーキを求める乙女たちの列がずっと長く続いていた。
「・・・・・・花穂」
「・・・なんです。帰っていいですか?」
「いや、ダメに決まってんだろ。何の為に夜明け前から眠い目を擦りながら寒さに耐え、山あり谷ありの道行きを辿って来たと思ってんだよ」
「・・・いやそんな距離離れてないです。国境に行くより近いです」
「うっ・・」
「まぁいいや。並ぶんでしょう?」
「え?並んでくれるの?」
「ええ。もうさっさと並んで買う物買って、ちゃっちゃと帰りましょう。そして寝ましょう」
「花穂ぃ・・・」
「・・ふぁ・・あふ・・ねむ・・」
そう話しながら二人が最後尾に並んでいく。

「そういや。やっと昨夜。眠れたんだよな。何かごめんな」
「あぁ。良いですよ別に。二、三日眠らず仕事するとか普通にありますし。でもそれは先輩も同じでしょう?」
「数が足りてないんだ。仕方ねえっちゃ仕方ないのは分かってるんだけどな」
「・・・寵姫様も我々と同じ仕事をされてますからね。王が寝ていないのに臣下が寝られるわけがありませんよ」
「ああ。ほんと変わったひとだよなぁ・・・俺さぁ。王様ってもっと威張ってるもんだと思ってたんだ。良い着物着て、毎日遊んで玉座に座ってるもんだと思ってた。でも違ってた。あの人は・・・誰も近づこうとしなかった貧民街にまで、来てくれたんだ」
「・・・・・・・・」
「分かるか?王がだぞ?一番偉い人がだぞ?普通あり得ねえよ。着物だって汚れるし。何が起こるか分からないしな」
「・・・・・・・・」
「でも、あの人は違ってた。普通に中に入って行ったんだ。刀もつけずに子ども抱いてだ。立ち退かずに生き延びる術を考えようって。あり得ねえよ。今まで何人も死んでんだ。医者もいねえし。学も足りない。親がいない奴だっていっぱいいる。毎日食う事で、いっぱいいっぱいだったんだ。でも、ずっと、ずっと通ってくれた。村が立ち直るまで、物資運んで、奏幻派遣してくれて。村の事は村の者にしか分からないからって、俺たちとおんなじ物食って。普通に寝てた。あり得ねえよ。何なんだよって本気で思ったんだ。これが王様かよって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・だから、守らなきゃいけない。助けてくれた恩を忘れたくないんだ」
「・・・・・・・れば・・・」
「・・ん?」

花穂の声が、一瞬溶けたように見えた。
その瞳は、前を向いているようで何処か遠くを見ているようにも見えた。

「・・・・・一緒に、生きててやれ。・・・まだ死んでねえよ」
「・・・・・・・」
花穂の頭をポンポンと軽く撫でながら苞徳が前を向いた。
「・・・・・・・・っ・・」

―心臓が弱かった妹を連れ出して、殺したのは自分だ。

あの日の彼女の悲鳴も、群がった下卑た兵の声も、段々と壊れて行く彼女の声も。
鉄格子の隙間から見た光景も。
どれだけ耳を塞いでも壁越しに聞こえてくる悲鳴をどうする事も出来なかった己自身の弱さも。

全て。鮮明に思い出せる。数年経過した今もー・・・。

―壊したのは、俺だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
苞徳が花穂の肩を抱き寄せる。力なく傾いた身体が揺れた。
「まだ、生きていてやれ。見るはずだった景色を、一緒に見ててやればいい」
「・・・・・・・・・」
「今は無理だが、いつか、迎えに行こう。どこかで眠っているはずだ」
「・・・・・・」
「その時初めて謝って、あとはお前のしたいようにすればいい」
「・・・・・・・」
「少なくとも、今の俺にはお前が必要だ。一人三個までしか買えない品だからな」
おどけた様に笑う苞徳の声に花穂の表情が自然と笑顔に変わっていく。

「・・なんですか、それ。まるで便利屋じゃないですか」
「良いじゃねえか。便利屋。儲かるぞ~!厠掃除から猫探しまで請け負えばかなりの稼ぎになる」
「いやですよ。これ以上働いたら俺の身体が持ちません」
そう言って笑みを浮かべる花穂に自然と苞徳の表情が優しくなった。
「そう言って笑っとけ。笑えば福が来るというからな」
「ふふっ」
花穂を包んでいた澱みのある風が少しずつ柔らかなものへと変わっていく。
和らいだその雰囲気に、苞徳は何も話すことなく、ただ花穂の背中と肩を摩り続けていた。そう話す間にも、少しずつ列が前へと動いて行く。陽は既に高く昇り、影がずっと長く続いた。
最後尾だった二人の後ろに誰かが並んだのは、少し時間が経過しての事だった。
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