反魂2・空白の時間編

四宮

文字の大きさ
上 下
7 / 39
残月記番外編・反魂二

4

しおりを挟む
「・・・うっ・・・まっず・・・」
一口飲んだだけで吐き気を催すその地獄スープを前にして、彼は迷うことなく捨てようと思ったのだが、ふと以前にも、これと同じような品を遠雷エンライに飲まされたことを思い出した。
「あれも酷かった・・・あれはこれ以上に酷かった。不味いし辛いし。それに比べたらこれの方がまだマシか・・・」
気が付けば、先ほどまでクワックワと鳴いていた籠の中の鶏も、すっかりと大人しくなってしまっている。
「・・・何日も食べていない飛燕ヒエンにはこれくらいのほうが・・・」
うんうんと自分に言い聞かせ、昂遠コウエンは水と適当な椀に出来上がったばかりのスープを注ぎ、それを飛燕ヒエンの待つ寝室へと運ぶことにしたのである。

「・・・・・・う・・・」
何とも言えない臭気が漂う部屋の中。
薬草の匂いが強いそのスープを前にして、飛燕はずっとその口を掌で覆っていたのだが、眼前にて椀を差し出す昂遠コウエンのキラキラとした眩しすぎる笑顔に根負けし、恐る恐るといった様子でその椀に口を付けた。

「・・・・・・」
煎じたばかりのその謎スープからは湯気とともにポコポコと水泡が浮かんでは消えていく。
鼻に近付けるとムワッとした熱気と臭気が鼻を突き、飛燕ヒエンの顔が僅かに歪んだ。
煎じ薬を飲むのは初めてではない為、大体このような味だろうというのは飲む前からある程度の想像は出来ている飛燕でさえも、出来るならば避けたいと願う代物である。
けれどもキラッキラな笑顔を向けてくる小父を前にして、要りませんとは口が裂けても言うことが出来なかった。

「・・・うっぐ!」
恐る恐るスープを一口飲んだ瞬間、バチバチと音を奏でながら、いくつもの火花が宙を舞った。
全身が沸騰しそうなほどの辛さが全身を覆い、ドッと噴き出した汗は止まりそうもない。
痺れるような熱さと辛さは恐らく唐辛子だろう。妙に口の中に残る粒は米に似ている。
それ以上に、このツンと来る生臭さとザラザラとした舌触りに加えて、後からやって来る飲み込みづらい妙な甘さと苦みは何だ?
一体何を入れたら、こんな酷い臭いを放つスープになるというのだろう?
彼は、スープを口に含んだまま、暫くの間、放心していたのだが、やがてハッと我に返ると眼前に座す昂遠を見た。

「・・・う・・・」
彼の表情は期待に満ち溢れていて、満開の花と星を散りばめている。
椀の中に注がれたスープは、相変わらずボコッボコッと臭気を撒き散らしながら煮えたぎった熱水お湯の如くその存在を主張し続けているではないか。
飛燕ヒエンはウッと無意識に声を零しそうになったが、寸での所でそれに耐え、何度も視線を泳がせた。
本音を言えば飲みたくない。けれど、この小父さんはきっと待ってはくれないだろう。
「ええーい!!」
彼はゴクリと唾を飲み込むと、崖から飛び降りるような気持ちでスープを飲み込んだ。

「うっぶ・・・」
「飲んだ。飲みましたよ。小父さん」と言いかけたその声が僅かに途切れる。
これでこの椀から解放されると思ったその瞬間、飛燕の前にズイッと近づいて来る物体に自然と彼の目が丸くなったからだ。

「・・・え?」
嗅いだ覚えのあるその臭いに、ヒクッと飛燕の頬が自然と動く。そこには再び、満面の笑みでスープを注いだ椀を手にする小父の姿があった。
「・・・・・・」
飛燕の顔から段々と血の気が引いていく。
「・・・・・・」
けれど、小父はニコニコと微笑むだけで何も話そうとはしない。
ただ、「さあ、飲みなさい」と菩薩のような笑みを浮かべるだけだ。
だが、その笑みには有無を言わさぬほどの威圧感が込められていた。
それに重なる様に椀の中もボコッボコッと臭気を撒き散らしている。

その後、彼は自然と吐き気を催したのだが、目の前の昂遠が石のように動かないと知ると、彼の手から椀を奪い取り、一気にそれを飲み干すとそのまま意識を失ってしまった。
彼が意識を手放す瞬間、昂遠の「わー!!」と叫ぶ声だけが、寝室に響き渡っていたのだった。
しおりを挟む

処理中です...