反魂2・空白の時間編

四宮

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残月記番外編・反魂二

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もとより酒に目が無い遠雷エンライであるが、この日ばかりは酒を前にしても自ら動こうとはせず、ただ眉間に皺を寄せている。

「・・・飲まないのか?この店で一番良い酒だそうだが?」
「・・・ふん。おい。店主はいるか?」
席に着いている客人の注いだ酒に目もくれず、遠雷エンライは乱暴な仕草でドカッと椅子に座ると早速、店主を呼びつけた。

「はいはい。何でございましょう?」
ニコニコと微笑みながら、年配の店主が彼らの卓に近づいて来る。
「・・・・・・」
二名が放つ尋常じんじょうではないその雰囲気を目にした他の客達は、何だ何だと言いながらも敢えて声には出さず、事の成り行きを見守っているかのようだ。

「こいつが飲んでいる物と同じものを瓶で頼む。あと」
「はい。何に致しましょうか?」
そう話す店主の言葉には、豚国トンコク独特の訛りがある。
懐かしい響きの言葉を耳にした遠雷エンライ
「店主の生まれは、もしかして豚国かい?」
と、首を傾げながら店主を見た。

よく見るとその店主には獣の耳はついてはおらず、人間なのだとすぐに分かった。
「へ?へえ。そうでやんす」
後ろ髪に手を当てながら困ったように店主が笑う。
久しぶりに同郷の者に出会った遠雷は、無意識に指を顎に当てながら、ニコリと微笑んだ。

「あ、急にすまない。いや。俺もさ。出身は豚国トンコクなんだ。とはいっても俺は東側の出身なんだけどさ」
「ああ。そうなんですがぁ。あれっ?でも」
「言葉、違うだろ?あっちこっち転々としてたらさぁ、もういろんな国の言葉が混ざっちまって、出身は豚国だって言っても誰も信じてくれないんだよ」
「ああ。分がります。私も最初は通じなぐて」
ハハハと頼りなげに店主が笑う。
「だよなぁだよなぁ。皆一緒だよ。じゃあ、もしかしてこの店って豚国の料理とかあったりするのかい?」
「ええ。ございますよ。うちの店の塩と魚介類は豚国から仕入れていますから、種類も他の店より多いかもしれません」

豚国トンコク狼国ロウコクとは異なり漁業を生業とするものが多い。
それだけでなく、海水をくみ上げて作る塩づくりに加えて、猪国イコクに近い地域では岩塩もとれることから、海産物と塩に関しては豚国トンコクに敵うものはいないとさえ言われている。

その塩を使った料理となれば、食べないわけにはいかないだろうと考えた遠雷エンライは暫く天井をジッと眺めていたが、ふと他の客の卓にも視線を向けた。
この町は獣人が中心となって治めている為、他の国に比べると獣人の方が人間よりもずっと多い。けれど、店の中をぐるりと見渡してみれば、獣人と人間が顔を突き合わせるように同じ卓に集い、賑やかに食を楽しんでいる。

その光景を眺めているだけで、遠雷の胸にポカポカと温かな感情が流れていく。
(今は塞ぎ込んでいる飛燕もいずれはこうなってくれればいいが)
ふとそんな事を思い、同時に頭を振った。

(いや、余計なお世話か)
「・・・・・・」
気を取り直して皆の卓を見てみれば、木箱に入れられた蒸し海老に、鶏肉が入ったスープ。空心菜炒めに清蒸魚チンジェンユイ。烏賊と豚肉、厚揚げを使った炒め物といった様々な料理が包子や饅頭が入った蒸籠セイロと共に並べられている。
どの料理も出来立てらしく、湯気がフワフワと浮かんでは客の腹を満たしていた。

遠雷は暫くの間、卓に視線を向けていたが、やがて
家鴨アヒルはある?」
と、店主を見た。
「生憎と鶏しかありませんで・・」
申し訳なさそうに、店主がヘコへコと頭を下げている。
「そうなのか・・・じゃあ、豚は?」
「ございます。そうそう、魚はいかがですか?」
「あ。蒸し海老があるじゃないか。あれ、貰ってもいいかな」
「へえ」
「それからね、口水鶏よだれどり魚香肉絲ユィシャンロウスー(細切り豚肉の四川風炒め)。
それから、鶏排チーパイに、えーと、そうだな。清蒸魚チンジェンユイ(白身魚の蒸し物)と・・・ワンタンも美味いよなぁ。ワンタンに卵と海老の炒め物もついでに貰お・・・」
「ちょっと待て」

ご機嫌な遠雷エンライが店主に注文を告げようとしたその声を遮って、眼前の男が眉をひそめている。
止められた事に疑問符を浮かべたまま、店主と遠雷が同時に眼前の男を見た。
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