黒羽織

四宮

文字の大きさ
46 / 72
黒羽織其の六 妖刀さがし

12

しおりを挟む
「・・・・はい。確かにその人物は、猫又が逃げたと」
正座の姿勢でゆっくりと思い出すように、鉄心がその人物の様子を伝え、篤之進は袂に袖を通したまま、何かを考えるように目を閉じていたのだが、報告を全て聞き終えると、やがて深い息を吐きながら
「恐らく・・・誰かが猫目一族の怒りを買ったのだと思います」
と、暗い表情で呟いた。

「猫・・・目・・?ですか・・・」
「はい。元来、猫というものは化けて出ると言われていますが、その猫達を一手に束ねているのが猫目一族です。彼らはもともとは、この都を束ねる藩のように身分制になっていて、霊力の強い幹部達は、人の姿に化ける事が出来ると聞いた事があります。それも平安の時代に狐達とは違う方法で、人間から逃げる事が出来たのかもしれません」
これは憶測でしかありませんが。そう付け加えながら、篤之進は重い溜息を吐いた。
「怒りを買うとは・・どういうことでしょう」
「どういうことだと思いますか?」
「誰かが猫をいじめたのでしょうか?この京には野良犬だけでなく、野良猫も数多くいます。その猫をいじめるものがいたとしても、何ら不思議ではないと思います。よく神社や寺の境内なんかで猫を多く見かけますし・・中には三味線になるからと猫取りがいるという噂も耳にした事が・・・」
「猫目一族はもともと、懐の大きな・・・それこそ些細ないざこざで怒るような者達ではありません。それだけのことで幹部達が怒るとは聞いた事がない」
「では・・一体・・・」
「分かりませんか。鉄君」
「分かりません・・篤之進様」
首を捻りながらも困った顔をする鉄心に、篤之進はふうと溜息を吐きながら彼を見た。

「誰かが・・・猫を使って試し斬りをしたのだとしたら・・?」
「え・・」
鉄心の表情が、一瞬にして凍りついたように硬くなる。
「はあ・・・・っ・・・新しい刀を持ってその刀の切れ味を試すのに、むやみやたらに猫を斬ったものがいたのだとしたら・・・それを束ねる一族の幹部達はどう思うでしょうね?」
眼を逸らすことなく見つめたまま話す彼のその声に、鉄心の心の臓が煩く鳴り響く。
「・・・・・あ・・・・」

不意に鉄心の耳に入るものがいる。それは甲高い声だった。

『おのれぇぇぇぇぇっ!!!!!人間どもめぇぇぇっ!!!!』
『我らを辱めんとする輩をこれ以上許すわけにはいかぬ』
『猫又を呼べ!!誰ゾ!誰ゾおるかっ!!』
『刀を持った人間どもに同じ苦しみを与えるがいいッ!!』
『我ら一族の怒りを買ったその報い。体に受けるがいいぞ!!』
ぼんやりと霞む視界の中で群衆の目の前に立つ者が、行けと命じるように手を伸ばし、その声にこたえるかの如く群衆が両手を挙げている光景が脳裏に甦る。
「・・・っ」
誰かがこちらを見やる顔がある。
一瞬はっきりと見えたそれは、赤く鮮やかな着物の袖を振るい睨む、ギョロリと大きな眼球であった。

「・・・っ・・・あ・・・」
脳が、揺れる。
せりあがっていく何かが鉄心の肉体を、そして脳を、眼球を、腕を捥ごうと闇の底から這い上がってこようとしている。
「・・・っ・・が・・」
無意識に上体が崩れる音がする。伸ばしたその腕が、掴んだ髪を誰かが剥ごうと手を伸ばしてくる。
それはひとつやふたつではなかった。
「・・ぅ・・ぐ・・・ぁ・・・」
赤黒く染まる視界の中で垣間見えたもの。それは、くぐもった世界の奥に聞こえる悲鳴と、捥がれ落ちた片腕に見えた―――・・・。

「・・・・・・・・」
「・・くん・・くん・・?」
「う・・ぁ・・ぁ・・」
「鉄くん!」
「はっ・・はっ・・」
「ゆっくり力を抜きなさい。ゆっくりと・・布越しに息を吸いなさい」
「・・・・は・・は・・」
潤んだ視界の先に見える顔がある。
「・・ぁに・・ぇ・・」
黒く長い髪とやや吊り上がったその瞳は良く知る誰かと、うり二つに見えたのだ。
「・・そう・・いいですよ・・慌てなくていい・・」
「・・・ぁ・・・」
「話さなくていい・・・雫、控えていますね」
「はい」
「水と、白湯を寄こしなさい。なるべく早く」
「かしこまりました」
「・・ぁ・・に・・」
「・・・・・・・」
薄ぼんやりと見える視界の奥に一瞬ではあったが、鉄心はよく知る兄の衣を見た。
「・・え・・ぁに・・っ・・」
見覚えのある野原の上で、誰かが振り返り笑っている口元だけが、鉄心の脳裏を染めていく。
ザァッと、薄桃色の桜の花びらが眼前を覆い、黒い衣を溶かしていってしまう。
「・・って・・・・まっ・・」
頬を何かが伝い落ちていく。顎まで滑るそれが涙であると分かったのは暫く経過しての事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

1分で読める怖い話短編集

しょくぱん
ホラー
一分で読める怖い話を定期的に投稿しています。 感想などをいただけると嬉しいです。 応援よろしくお願いします。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...