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黒羽織其の六 妖刀さがし
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「・・・・はい。確かにその人物は、猫又が逃げたと」
正座の姿勢でゆっくりと思い出すように、鉄心がその人物の様子を伝え、篤之進は袂に袖を通したまま、何かを考えるように目を閉じていたのだが、報告を全て聞き終えると、やがて深い息を吐きながら
「恐らく・・・誰かが猫目一族の怒りを買ったのだと思います」
と、暗い表情で呟いた。
「猫・・・目・・?ですか・・・」
「はい。元来、猫というものは化けて出ると言われていますが、その猫達を一手に束ねているのが猫目一族です。彼らはもともとは、この都を束ねる藩のように身分制になっていて、霊力の強い幹部達は、人の姿に化ける事が出来ると聞いた事があります。それも平安の時代に狐達とは違う方法で、人間から逃げる事が出来たのかもしれません」
これは憶測でしかありませんが。そう付け加えながら、篤之進は重い溜息を吐いた。
「怒りを買うとは・・どういうことでしょう」
「どういうことだと思いますか?」
「誰かが猫をいじめたのでしょうか?この京には野良犬だけでなく、野良猫も数多くいます。その猫をいじめるものがいたとしても、何ら不思議ではないと思います。よく神社や寺の境内なんかで猫を多く見かけますし・・中には三味線になるからと猫取りがいるという噂も耳にした事が・・・」
「猫目一族はもともと、懐の大きな・・・それこそ些細ないざこざで怒るような者達ではありません。それだけのことで幹部達が怒るとは聞いた事がない」
「では・・一体・・・」
「分かりませんか。鉄君」
「分かりません・・篤之進様」
首を捻りながらも困った顔をする鉄心に、篤之進はふうと溜息を吐きながら彼を見た。
「誰かが・・・猫を使って試し斬りをしたのだとしたら・・?」
「え・・」
鉄心の表情が、一瞬にして凍りついたように硬くなる。
「はあ・・・・っ・・・新しい刀を持ってその刀の切れ味を試すのに、むやみやたらに猫を斬ったものがいたのだとしたら・・・それを束ねる一族の幹部達はどう思うでしょうね?」
眼を逸らすことなく見つめたまま話す彼のその声に、鉄心の心の臓が煩く鳴り響く。
「・・・・・あ・・・・」
不意に鉄心の耳に入るものがいる。それは甲高い声だった。
『おのれぇぇぇぇぇっ!!!!!人間どもめぇぇぇっ!!!!』
『我らを辱めんとする輩をこれ以上許すわけにはいかぬ』
『猫又を呼べ!!誰ゾ!誰ゾおるかっ!!』
『刀を持った人間どもに同じ苦しみを与えるがいいッ!!』
『我ら一族の怒りを買ったその報い。体に受けるがいいぞ!!』
ぼんやりと霞む視界の中で群衆の目の前に立つ者が、行けと命じるように手を伸ばし、その声にこたえるかの如く群衆が両手を挙げている光景が脳裏に甦る。
「・・・っ」
誰かがこちらを見やる顔がある。
一瞬はっきりと見えたそれは、赤く鮮やかな着物の袖を振るい睨む、ギョロリと大きな眼球であった。
「・・・っ・・・あ・・・」
脳が、揺れる。
せりあがっていく何かが鉄心の肉体を、そして脳を、眼球を、腕を捥ごうと闇の底から這い上がってこようとしている。
「・・・っ・・が・・」
無意識に上体が崩れる音がする。伸ばしたその腕が、掴んだ髪を誰かが剥ごうと手を伸ばしてくる。
それはひとつやふたつではなかった。
「・・ぅ・・ぐ・・・ぁ・・・」
赤黒く染まる視界の中で垣間見えたもの。それは、くぐもった世界の奥に聞こえる悲鳴と、捥がれ落ちた片腕に見えた―――・・・。
「・・・・・・・・」
「・・くん・・くん・・?」
「う・・ぁ・・ぁ・・」
「鉄くん!」
「はっ・・はっ・・」
「ゆっくり力を抜きなさい。ゆっくりと・・布越しに息を吸いなさい」
「・・・・は・・は・・」
潤んだ視界の先に見える顔がある。
「・・ぁに・・ぇ・・」
黒く長い髪とやや吊り上がったその瞳は良く知る誰かと、うり二つに見えたのだ。
「・・そう・・いいですよ・・慌てなくていい・・」
「・・・ぁ・・・」
「話さなくていい・・・雫、控えていますね」
「はい」
「水と、白湯を寄こしなさい。なるべく早く」
「かしこまりました」
「・・ぁ・・に・・」
「・・・・・・・」
薄ぼんやりと見える視界の奥に一瞬ではあったが、鉄心はよく知る兄の衣を見た。
「・・え・・ぁに・・っ・・」
見覚えのある野原の上で、誰かが振り返り笑っている口元だけが、鉄心の脳裏を染めていく。
ザァッと、薄桃色の桜の花びらが眼前を覆い、黒い衣を溶かしていってしまう。
「・・って・・・・まっ・・」
頬を何かが伝い落ちていく。顎まで滑るそれが涙であると分かったのは暫く経過しての事だった。
正座の姿勢でゆっくりと思い出すように、鉄心がその人物の様子を伝え、篤之進は袂に袖を通したまま、何かを考えるように目を閉じていたのだが、報告を全て聞き終えると、やがて深い息を吐きながら
「恐らく・・・誰かが猫目一族の怒りを買ったのだと思います」
と、暗い表情で呟いた。
「猫・・・目・・?ですか・・・」
「はい。元来、猫というものは化けて出ると言われていますが、その猫達を一手に束ねているのが猫目一族です。彼らはもともとは、この都を束ねる藩のように身分制になっていて、霊力の強い幹部達は、人の姿に化ける事が出来ると聞いた事があります。それも平安の時代に狐達とは違う方法で、人間から逃げる事が出来たのかもしれません」
これは憶測でしかありませんが。そう付け加えながら、篤之進は重い溜息を吐いた。
「怒りを買うとは・・どういうことでしょう」
「どういうことだと思いますか?」
「誰かが猫をいじめたのでしょうか?この京には野良犬だけでなく、野良猫も数多くいます。その猫をいじめるものがいたとしても、何ら不思議ではないと思います。よく神社や寺の境内なんかで猫を多く見かけますし・・中には三味線になるからと猫取りがいるという噂も耳にした事が・・・」
「猫目一族はもともと、懐の大きな・・・それこそ些細ないざこざで怒るような者達ではありません。それだけのことで幹部達が怒るとは聞いた事がない」
「では・・一体・・・」
「分かりませんか。鉄君」
「分かりません・・篤之進様」
首を捻りながらも困った顔をする鉄心に、篤之進はふうと溜息を吐きながら彼を見た。
「誰かが・・・猫を使って試し斬りをしたのだとしたら・・?」
「え・・」
鉄心の表情が、一瞬にして凍りついたように硬くなる。
「はあ・・・・っ・・・新しい刀を持ってその刀の切れ味を試すのに、むやみやたらに猫を斬ったものがいたのだとしたら・・・それを束ねる一族の幹部達はどう思うでしょうね?」
眼を逸らすことなく見つめたまま話す彼のその声に、鉄心の心の臓が煩く鳴り響く。
「・・・・・あ・・・・」
不意に鉄心の耳に入るものがいる。それは甲高い声だった。
『おのれぇぇぇぇぇっ!!!!!人間どもめぇぇぇっ!!!!』
『我らを辱めんとする輩をこれ以上許すわけにはいかぬ』
『猫又を呼べ!!誰ゾ!誰ゾおるかっ!!』
『刀を持った人間どもに同じ苦しみを与えるがいいッ!!』
『我ら一族の怒りを買ったその報い。体に受けるがいいぞ!!』
ぼんやりと霞む視界の中で群衆の目の前に立つ者が、行けと命じるように手を伸ばし、その声にこたえるかの如く群衆が両手を挙げている光景が脳裏に甦る。
「・・・っ」
誰かがこちらを見やる顔がある。
一瞬はっきりと見えたそれは、赤く鮮やかな着物の袖を振るい睨む、ギョロリと大きな眼球であった。
「・・・っ・・・あ・・・」
脳が、揺れる。
せりあがっていく何かが鉄心の肉体を、そして脳を、眼球を、腕を捥ごうと闇の底から這い上がってこようとしている。
「・・・っ・・が・・」
無意識に上体が崩れる音がする。伸ばしたその腕が、掴んだ髪を誰かが剥ごうと手を伸ばしてくる。
それはひとつやふたつではなかった。
「・・ぅ・・ぐ・・・ぁ・・・」
赤黒く染まる視界の中で垣間見えたもの。それは、くぐもった世界の奥に聞こえる悲鳴と、捥がれ落ちた片腕に見えた―――・・・。
「・・・・・・・・」
「・・くん・・くん・・?」
「う・・ぁ・・ぁ・・」
「鉄くん!」
「はっ・・はっ・・」
「ゆっくり力を抜きなさい。ゆっくりと・・布越しに息を吸いなさい」
「・・・・は・・は・・」
潤んだ視界の先に見える顔がある。
「・・ぁに・・ぇ・・」
黒く長い髪とやや吊り上がったその瞳は良く知る誰かと、うり二つに見えたのだ。
「・・そう・・いいですよ・・慌てなくていい・・」
「・・・ぁ・・・」
「話さなくていい・・・雫、控えていますね」
「はい」
「水と、白湯を寄こしなさい。なるべく早く」
「かしこまりました」
「・・ぁ・・に・・」
「・・・・・・・」
薄ぼんやりと見える視界の奥に一瞬ではあったが、鉄心はよく知る兄の衣を見た。
「・・え・・ぁに・・っ・・」
見覚えのある野原の上で、誰かが振り返り笑っている口元だけが、鉄心の脳裏を染めていく。
ザァッと、薄桃色の桜の花びらが眼前を覆い、黒い衣を溶かしていってしまう。
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