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黒羽織其の六 妖刀さがし
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薄い青に照らされて、影の正体が露になる。
鮮やかな赤い縮緬の柄をした着物の裾が、ふと見えた。
長い尻尾。長い耳。はらりと風に揺れる度に、黄金色に輝く長い髪を見る兆斎の眼が大きくなった。
「・・・・・?」
その者は、鉄扇でグッと刀を押し出すと、瞬時にクルリと回転し今度は猫又の背に飛び乗った。
『一体何だ・・』
構えたまま目の前で起こった光景に頭がついていかない鉄心は、呆然とその場に立ち尽くしてしまっている。
理解しようにも、こんな光景を見るのは初めてで、どうにも頭の方がついていかない。
「お前・・・」
「僕の父と母を殺した礼に、この子は貰っていくよ」
凛とした迷いのないその声は驚くほどに美しいものであったが、兆斎は険しい表情を崩そうとしないまま、ジッと眼下を睨みつけている。
「あの女に子供がいたのか・・」
その声を耳にしながら、華月が不意に言葉を漏らした。
「・・・すまない・・遅くなって・・」
サワサワと猫又の栗毛を撫でながら、その者が寂しげに笑い、そうして兆斎を見上げると
「この日をけして忘れはしない!我々は必ず天下を取る。闇夜の上に立つその日まで・・首を洗って待っているがいいぞ・・猫目兆斎!」
そう叫んだ後、二つの影がスーッと闇の中に溶けるように消えて行く。
鉄心は構えていた妖刀を静かに下ろすと、浮かび上がる二匹を見た。
「生き残りの糞野郎・・・わしは猫目やない。闇夜の血を引く闇夜兆斎じゃ・・間違うなや。あほんだらが・・・」
微かに耳にしたその声は低く、ぞくりとするほどに冷たいものであった。
「・・・・・・」
一瞬、華月と目が合った。
呆然と立ち尽くす鉄心を一瞥するも、何も話すことなく背を向けた彼の姿が、スーッと闇に溶けるように消えていく。
それを守るように、兆斎の身体もまた闇の中へと溶けていってしまった。
「・・・・・・・・」
辺りは何も無く、ひっそりとした静寂だけが、彼を包み込んでいく。
見上げた先にあるもの。それは、薄闇に光る雲とあざ笑うように輝く月の光だけであった。
「・・・・・・・」
ずぶ濡れになった鉄心の背後に近付く影がある。
ハッと振り返った鉄心の視線の先にいたのは、同じくずぶ濡れになった才蔵だった。
「・・・・逃したか・・」
「・・はい」
「・・・帰るか・・・帰って風呂に入ろうぜ・・」
「じゃあ。僕が焚きますね」
「・・・ああ」
そんな事を話しながら岐路についた二人を待っていたのは、眠っているはずの篤之進と源太だった。
「・・・あ・・・」
「全く、勝手な行動は慎んでくださいと・・」
そう話す篤之進の顔は優しい。
「・・風呂、焚いてやっから、二人で入って来いよ」
「・・・お前・・」
「・・・・・」
驚く二人に源太と篤之進は、ただ「おかえり」と言い笑った。
その次の日、ある男の遺体が五条大橋近くの高瀬川に投げ捨てられていた事を知った。
その男の首は無く、四条河原に晒し首があると篤之進から聞き、そこに向かった鉄心が見た光景は、青空の下、青竹に括られて捨文とともに晒された本間精一郎の姿であった。
髷が風に吹かれて、ゆらゆらと力なく揺れている。
「・・・・・・・・」
鉄心は口元を覆いながらも、人の中に混ざってそれを見上げている。
日差しの強さに負けて腐敗した匂いが風に乗ってこちらに届いた。
皆の表情も口元を覆いながらも引きつっていて、気分が悪くなった彼が晒し首から顔を背けるのと同時に、同じように背を向けた者がいた。
「もう、藩邸に戻うんですか?」
「ああ。先生は忙しい方じゃきに、先生の留守中に・・」
「それんしても・・」
人を遠ざけるように足早に歩く二つの影は、やがて人ごみの中へと消えていく。
以蔵の隣を歩いている新兵衛は「昨晩は・・・驚きもした」と、なおも会話を続けている。
以蔵は黙ってその声に耳を傾けている。
「・・・ああ」
「昨晩、以蔵さんに斬りかかろうと飛び出した子どもじゃがのう、いやあ、驚きもした・・あの子が飛び出して来んかったら・・以蔵さぁも我々も斬られちょったかもしれん・・危なかぁ・・」
「・・・・・・・」
「・・・わしは、あの子が以蔵さぁを斬るか思いもしたけんど、違うんじゃねえ。以蔵さぁは、あの子に助けられたんじゃねえ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
以蔵は、先ほどからずっと押し黙っている。
空は快晴。
何事も無かったかのように話す新兵衛の声を聞きながら、以蔵は不意に数日前の雨の日の事を思い出していた。
赤い眼球が、雨水に濡れてゆらりと光るあの光景は幾日過ぎてもなかなか忘れられるものではない。
『それに・・あの刀・・』
脇差とも打刀とも違う。木刀の周りを囲むように青い炎が揺らめいて、より不気味さを醸し出している。
だが、何よりも・・・。
「・・・あの餓鬼・・」
呟いた以蔵の声は新兵衛には届かない。
長く伸びた前髪の奥に潜む眼の奥に炎を宿しながら、以蔵の口が僅かに動いた。
「あの餓鬼・・・許さんき・・」
ギリリと拳を握りながら、そう呟く以蔵の声は吹いた風によって静かにかき消されて行ってしまったのである。
深く、人里離れた山の中で栗毛の上に横たわる者がいる。
一族の遺体が周囲を覆い、赤く染まった大地は亡骸の血を絶えず吸い続けている。
ムッとくる腐敗した鉄錆びの匂いの中で猫又の背に寝転がったその者は、パタンと尾を揺らしながら、ぼんやりとした視線を前方に向けた。
「・・・・・・」
あの赤い鳥居はもう無い。父と母の首も斬り落とされて持ち去られてしまった。
無残にも首の無い骸が二つ、寄り添うように抱きあっている。
「・・あれでは・・心静かに眠れまい・・・」
やがてすべての躯は砂へと変わり果ててゆくだろう。行き場の無い魂のみを残して。
くぅーんと、力なく鳴く猫又の声もどこか悲しい。
「・・・・・・・首も持っていかれてしまったね・・」
そう呟く者の声に、またくぅーんと猫又が鳴いた。
「大丈夫だよ。猫又。僕らは何度でも立ち上がる。そうして今度は、僕が一族の無念を晴らすんだ・・・」
ゆっくりと猫又の柔らかい栗毛を撫でる。
その顔は青白くやつれてはいたが、穏やかに微笑んでいるように見えた。
「・・・・・そうだろう?晴明・・」
轟々と燃ゆる炎を内に秘めたまま、そう呟く彼の視線の先にあるもの。
壊された鳥居の奥で黄金に輝くその先にある光は言葉を交わすことなく、ただゆらゆらと揺れていたのだった。
妖刀探し・終。
鮮やかな赤い縮緬の柄をした着物の裾が、ふと見えた。
長い尻尾。長い耳。はらりと風に揺れる度に、黄金色に輝く長い髪を見る兆斎の眼が大きくなった。
「・・・・・?」
その者は、鉄扇でグッと刀を押し出すと、瞬時にクルリと回転し今度は猫又の背に飛び乗った。
『一体何だ・・』
構えたまま目の前で起こった光景に頭がついていかない鉄心は、呆然とその場に立ち尽くしてしまっている。
理解しようにも、こんな光景を見るのは初めてで、どうにも頭の方がついていかない。
「お前・・・」
「僕の父と母を殺した礼に、この子は貰っていくよ」
凛とした迷いのないその声は驚くほどに美しいものであったが、兆斎は険しい表情を崩そうとしないまま、ジッと眼下を睨みつけている。
「あの女に子供がいたのか・・」
その声を耳にしながら、華月が不意に言葉を漏らした。
「・・・すまない・・遅くなって・・」
サワサワと猫又の栗毛を撫でながら、その者が寂しげに笑い、そうして兆斎を見上げると
「この日をけして忘れはしない!我々は必ず天下を取る。闇夜の上に立つその日まで・・首を洗って待っているがいいぞ・・猫目兆斎!」
そう叫んだ後、二つの影がスーッと闇の中に溶けるように消えて行く。
鉄心は構えていた妖刀を静かに下ろすと、浮かび上がる二匹を見た。
「生き残りの糞野郎・・・わしは猫目やない。闇夜の血を引く闇夜兆斎じゃ・・間違うなや。あほんだらが・・・」
微かに耳にしたその声は低く、ぞくりとするほどに冷たいものであった。
「・・・・・・」
一瞬、華月と目が合った。
呆然と立ち尽くす鉄心を一瞥するも、何も話すことなく背を向けた彼の姿が、スーッと闇に溶けるように消えていく。
それを守るように、兆斎の身体もまた闇の中へと溶けていってしまった。
「・・・・・・・・」
辺りは何も無く、ひっそりとした静寂だけが、彼を包み込んでいく。
見上げた先にあるもの。それは、薄闇に光る雲とあざ笑うように輝く月の光だけであった。
「・・・・・・・」
ずぶ濡れになった鉄心の背後に近付く影がある。
ハッと振り返った鉄心の視線の先にいたのは、同じくずぶ濡れになった才蔵だった。
「・・・・逃したか・・」
「・・はい」
「・・・帰るか・・・帰って風呂に入ろうぜ・・」
「じゃあ。僕が焚きますね」
「・・・ああ」
そんな事を話しながら岐路についた二人を待っていたのは、眠っているはずの篤之進と源太だった。
「・・・あ・・・」
「全く、勝手な行動は慎んでくださいと・・」
そう話す篤之進の顔は優しい。
「・・風呂、焚いてやっから、二人で入って来いよ」
「・・・お前・・」
「・・・・・」
驚く二人に源太と篤之進は、ただ「おかえり」と言い笑った。
その次の日、ある男の遺体が五条大橋近くの高瀬川に投げ捨てられていた事を知った。
その男の首は無く、四条河原に晒し首があると篤之進から聞き、そこに向かった鉄心が見た光景は、青空の下、青竹に括られて捨文とともに晒された本間精一郎の姿であった。
髷が風に吹かれて、ゆらゆらと力なく揺れている。
「・・・・・・・・」
鉄心は口元を覆いながらも、人の中に混ざってそれを見上げている。
日差しの強さに負けて腐敗した匂いが風に乗ってこちらに届いた。
皆の表情も口元を覆いながらも引きつっていて、気分が悪くなった彼が晒し首から顔を背けるのと同時に、同じように背を向けた者がいた。
「もう、藩邸に戻うんですか?」
「ああ。先生は忙しい方じゃきに、先生の留守中に・・」
「それんしても・・」
人を遠ざけるように足早に歩く二つの影は、やがて人ごみの中へと消えていく。
以蔵の隣を歩いている新兵衛は「昨晩は・・・驚きもした」と、なおも会話を続けている。
以蔵は黙ってその声に耳を傾けている。
「・・・ああ」
「昨晩、以蔵さんに斬りかかろうと飛び出した子どもじゃがのう、いやあ、驚きもした・・あの子が飛び出して来んかったら・・以蔵さぁも我々も斬られちょったかもしれん・・危なかぁ・・」
「・・・・・・・」
「・・・わしは、あの子が以蔵さぁを斬るか思いもしたけんど、違うんじゃねえ。以蔵さぁは、あの子に助けられたんじゃねえ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
以蔵は、先ほどからずっと押し黙っている。
空は快晴。
何事も無かったかのように話す新兵衛の声を聞きながら、以蔵は不意に数日前の雨の日の事を思い出していた。
赤い眼球が、雨水に濡れてゆらりと光るあの光景は幾日過ぎてもなかなか忘れられるものではない。
『それに・・あの刀・・』
脇差とも打刀とも違う。木刀の周りを囲むように青い炎が揺らめいて、より不気味さを醸し出している。
だが、何よりも・・・。
「・・・あの餓鬼・・」
呟いた以蔵の声は新兵衛には届かない。
長く伸びた前髪の奥に潜む眼の奥に炎を宿しながら、以蔵の口が僅かに動いた。
「あの餓鬼・・・許さんき・・」
ギリリと拳を握りながら、そう呟く以蔵の声は吹いた風によって静かにかき消されて行ってしまったのである。
深く、人里離れた山の中で栗毛の上に横たわる者がいる。
一族の遺体が周囲を覆い、赤く染まった大地は亡骸の血を絶えず吸い続けている。
ムッとくる腐敗した鉄錆びの匂いの中で猫又の背に寝転がったその者は、パタンと尾を揺らしながら、ぼんやりとした視線を前方に向けた。
「・・・・・・」
あの赤い鳥居はもう無い。父と母の首も斬り落とされて持ち去られてしまった。
無残にも首の無い骸が二つ、寄り添うように抱きあっている。
「・・あれでは・・心静かに眠れまい・・・」
やがてすべての躯は砂へと変わり果ててゆくだろう。行き場の無い魂のみを残して。
くぅーんと、力なく鳴く猫又の声もどこか悲しい。
「・・・・・・・首も持っていかれてしまったね・・」
そう呟く者の声に、またくぅーんと猫又が鳴いた。
「大丈夫だよ。猫又。僕らは何度でも立ち上がる。そうして今度は、僕が一族の無念を晴らすんだ・・・」
ゆっくりと猫又の柔らかい栗毛を撫でる。
その顔は青白くやつれてはいたが、穏やかに微笑んでいるように見えた。
「・・・・・そうだろう?晴明・・」
轟々と燃ゆる炎を内に秘めたまま、そう呟く彼の視線の先にあるもの。
壊された鳥居の奥で黄金に輝くその先にある光は言葉を交わすことなく、ただゆらゆらと揺れていたのだった。
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