日々是好日

四宮

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1.煙雨の先に

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トンコクを離れ、諸国を旅する最中、参拝客が絶えないと噂の北嶺山ホクレイサンに行きたくなった昂遠コウエンは、同地を訪れた帰り、フモトにある嶺州レイシュウに立ち寄ると狼州ロウシュウには向かわず、黒亮公コクリョウコウ率いるコク家が統治トウチする箕衡ミコウに行くことにした。

獣人ジュウジン族が数多く住むその国はジン族の入国が固く禁じられており、入国すれば斬首されると
噂が流れている。だからではないが、近づこうとする者は誰もおらず、全てが謎に包まれている国なのだ。

「どのような国なのだろう?獣人の国というのは」

噂のその地を自分の眼で見てみたい。そんな軽い気持ちは入国してすぐに吹っ飛んだ。
揉め事を避ける為に頭に布を巻き、僧侶ソウリョ姿のまま関門カンモンに近づいてみて初めて、獣人族の姿に息を飲んだ。

布衣ホイに身を包み、二本足で立つその姿は人族と変わらない。
しかし、獣の姿のまま言語を使う民がいるかと思えば、見た目は自分と変わらないのに眼球が猫であったり、頭部から獣の耳が生えていたりとその容姿は様々だった。

「・・・・・・」
獣人の容姿に圧倒されていた彼を驚かせたのはそれだけではない。
入国して初めて目にした箕衡ミコウの町は驚くほどに穏やかで、どの民も笑顔で溢れている。
「・・・・・・」
すぐ隣を獣人族の子供たちが駆けて行く。
その光景を目にした昂遠コウエンの喉の奥が締め付けられたように苦しくなった。

(なんだ・・・この感覚は)

無意識に胸に手を当ててみるも、上手く答えが見つからない。
いや、痛みの理由は既に分かっていて、目を向けたくないだけなのかもしれない。
昂遠はズキリと痛む胸と込み上げる喉に蓋をしたまま、ふうと息を吸い吐くと、ゆっくりと周囲を見渡した。

「・・・ん?」
ふと、親子連れの獣人族が手を繋いで店を散策している姿が目に留まった。
獣耳をピンと立たせたまま、小さな風車を手に笑顔を見せる子供と親の表情に、自然と昂遠の頬も緩んでしまう。
その後ろを、獣耳の少年と獣の手をした少年たちが競い合うように走って行く。
「転ぶなよ」
「だいじょうぶ!」
そんな会話を交わしながら見る大人の表情は、皆、穏やかで優しい。

(いいなぁ。うん。いいな)

足取り軽く散策していると、器を手に立ったまま食事をする民の多さに気がついた。
大体、どこの国にも屋台街があり、店の作りや雰囲気は似たようなものだ。
自由に使える椅子と机を囲むようにずらりと屋台が並び、朝昼晩と時間を問わず、様々な料理を楽しめるとあって、常に大勢の客で賑わっている。

しかも、飯屋に比べると、どの品も割安とあって、飯屋よりも屋台街の方が人気な場所もあるくらいだ。
かくゆう昂遠コウエンも、出身地の豚国トンコクや少し前に滞在していた猪国イコクでは食事は屋台で済ます事が多く、飯屋に行く機会は殆どない。
広さは十分あるはずなのに椅子と机が無いというのはどうにも引っかかる。はて。
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