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2.和やかな宴という名の歓迎会
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「お待たせしました~」
「おお、来た来た」
「ありがとう。重かったでしょう?」
「いえいえ、ごゆっくりどうぞ」
笑みを絶やさぬまま一礼して店員が去って行く。
その背を黙って眺めていた昂遠だったが、友の「さあ、食おうぜ」「今日は祝いの日だ!」の声に我に返ると、頬を緩ませながら席に着くことにした。
「これが・・・この店一番の名物」
先程から何度も机を行ったり来たりする店員の背を時折目で追いながら、昂遠は目の前でクツクツと沸く鴛鴦火鍋に視線を落とした。
対極図の陰陽を彷彿とさせる仕切りのついた鴛鴦鍋で提供されるこの店の火鍋は片方に唐辛子や山椒、花椒を使用した辛口の麻辣味の湯と、もう片方の白湯味の湯が特に人気らしく、どの客もこの料理を注文しては、届くのを今か今かと待っているように見えた。
「昂遠は、火鍋は初めてか?」
「あっはい。初めてです」
「お前、辛いの平気か?苦手だったら無理する必要ないぞ」
「白湯にしなよ。そっちも美味しいよ」
「ありがとうございます。あまり辛いのは得意ではなくて」
「鍋料理は初めて?」
「いえ。猪国では、よく仲間と食べていました」
「へえ」
にっこりと友が笑う。
その笑顔に嬉しくなりながら、昂遠はさて自分もと白湯味の湯に視線を向けることにした。
火鍋は初めてだが、その他の鍋料理は猪国でも頻繁に食べていたから、多分大丈夫だろう。
そんな事をふと考える。
優れた武人を多数輩出する事で有名な猪国では、各国から修行に訪れる者が殆どだ。
修行したい者は国を問わず受け入れるという国の方針もあるせいか、国を問わず、性別や年代も異なる者達が共に鍛錬に励んでいる。
集団生活を基本とし、武芸を磨く者同士、礼節を重んじ、互いを認め合う。けして敵ではなく仲間である。という考え方が広く一般的に伝わっており、住民同士の喧嘩やいざこざはほぼ見られない。恐らくそれは【喧嘩ならよその国でやれ。そんな暇があるなら己の武芸を磨け】という言葉が深く伝わっているせいだろう。
己の腕を磨く事は単純に相手を負かす事ではなく、己の芯をも強くする。と諸国を旅する中で出会った武人の言葉に感銘を受け、彼の紹介で猪国に入った日が些か懐かしい。
相手を故意に傷つける事は、暴力であって強さではないのだ。
昂遠は今もそう思っている。
それに気づかせてくれた猪国での生活は、けして楽なものではなかったが、振り返ってみれば楽しい日々でもあった。
屋台街にふらりと立ち寄り食する時間も悪くはなかったけれど、仲間と共に食べた鍋料理は格別だった。
昂遠を含め、武芸の腕は立つけれど料理に関しては、からっきし駄目な者共が集まった中で唯一、失敗しなかったのが鍋だった。
ただそれだけの話ではあるのだが、中でも昆布と乾燥させた鰹を削った物で取った出汁と醤油を合わせた湯にこれでもかと肉と野菜を投入し、火が通るまで煮込んだ鍋は作りやすく食べやすいと評判で、一時は鍋料理の品評会が行われた事もあった程だ。
緊張感漂う修行の時間とはまた違った雰囲気の中で賑やかに過ごす時間が心地良く、誰かが声をかけずとも食材を手に同じ場所に集い、皆で一つの鍋を囲んで食べたその味はもう一度食べたいと思っても、もう口にする事は難しい。
昂遠にとって懐かしい思い出の味だ。
きっと今日の料理も、自分にとってかけがえのない物になるだろう。
大切な時間がまた一つ増えていく事に喜びを感じながら、昂遠は白湯湯で煮込んでいた大根を箸でつまむと、冷ますことなく軽く口に放り込んだ。
「あっっ!あづっ!・・・あっ、美味しい」
「だろ?」
ハフハフと口を動かす昂遠の隣で狐の獣人族、洓がニコニコと微笑んでいる。
その横では麻辣湯で煮込んだ牛肉を口にした猫の獣人族、匝が机に突っ伏したまま、両手を震わせていた。
「この味!うぅ・・・」
「あっ!お前、肉残しとけよ!」
「え!もう無いの!?」
「ちょっ!ちょっと!店員さーん!!」
「ついでに酒も頼んでくれ。・・・多分足りねえ」
梠の声に、ふと竺の方を見れば、彼は終始笑顔で何杯もの酒を飲み干していく。
その良い飲みっぷりに、昂遠の口が曲がっていった。
「おお、来た来た」
「ありがとう。重かったでしょう?」
「いえいえ、ごゆっくりどうぞ」
笑みを絶やさぬまま一礼して店員が去って行く。
その背を黙って眺めていた昂遠だったが、友の「さあ、食おうぜ」「今日は祝いの日だ!」の声に我に返ると、頬を緩ませながら席に着くことにした。
「これが・・・この店一番の名物」
先程から何度も机を行ったり来たりする店員の背を時折目で追いながら、昂遠は目の前でクツクツと沸く鴛鴦火鍋に視線を落とした。
対極図の陰陽を彷彿とさせる仕切りのついた鴛鴦鍋で提供されるこの店の火鍋は片方に唐辛子や山椒、花椒を使用した辛口の麻辣味の湯と、もう片方の白湯味の湯が特に人気らしく、どの客もこの料理を注文しては、届くのを今か今かと待っているように見えた。
「昂遠は、火鍋は初めてか?」
「あっはい。初めてです」
「お前、辛いの平気か?苦手だったら無理する必要ないぞ」
「白湯にしなよ。そっちも美味しいよ」
「ありがとうございます。あまり辛いのは得意ではなくて」
「鍋料理は初めて?」
「いえ。猪国では、よく仲間と食べていました」
「へえ」
にっこりと友が笑う。
その笑顔に嬉しくなりながら、昂遠はさて自分もと白湯味の湯に視線を向けることにした。
火鍋は初めてだが、その他の鍋料理は猪国でも頻繁に食べていたから、多分大丈夫だろう。
そんな事をふと考える。
優れた武人を多数輩出する事で有名な猪国では、各国から修行に訪れる者が殆どだ。
修行したい者は国を問わず受け入れるという国の方針もあるせいか、国を問わず、性別や年代も異なる者達が共に鍛錬に励んでいる。
集団生活を基本とし、武芸を磨く者同士、礼節を重んじ、互いを認め合う。けして敵ではなく仲間である。という考え方が広く一般的に伝わっており、住民同士の喧嘩やいざこざはほぼ見られない。恐らくそれは【喧嘩ならよその国でやれ。そんな暇があるなら己の武芸を磨け】という言葉が深く伝わっているせいだろう。
己の腕を磨く事は単純に相手を負かす事ではなく、己の芯をも強くする。と諸国を旅する中で出会った武人の言葉に感銘を受け、彼の紹介で猪国に入った日が些か懐かしい。
相手を故意に傷つける事は、暴力であって強さではないのだ。
昂遠は今もそう思っている。
それに気づかせてくれた猪国での生活は、けして楽なものではなかったが、振り返ってみれば楽しい日々でもあった。
屋台街にふらりと立ち寄り食する時間も悪くはなかったけれど、仲間と共に食べた鍋料理は格別だった。
昂遠を含め、武芸の腕は立つけれど料理に関しては、からっきし駄目な者共が集まった中で唯一、失敗しなかったのが鍋だった。
ただそれだけの話ではあるのだが、中でも昆布と乾燥させた鰹を削った物で取った出汁と醤油を合わせた湯にこれでもかと肉と野菜を投入し、火が通るまで煮込んだ鍋は作りやすく食べやすいと評判で、一時は鍋料理の品評会が行われた事もあった程だ。
緊張感漂う修行の時間とはまた違った雰囲気の中で賑やかに過ごす時間が心地良く、誰かが声をかけずとも食材を手に同じ場所に集い、皆で一つの鍋を囲んで食べたその味はもう一度食べたいと思っても、もう口にする事は難しい。
昂遠にとって懐かしい思い出の味だ。
きっと今日の料理も、自分にとってかけがえのない物になるだろう。
大切な時間がまた一つ増えていく事に喜びを感じながら、昂遠は白湯湯で煮込んでいた大根を箸でつまむと、冷ますことなく軽く口に放り込んだ。
「あっっ!あづっ!・・・あっ、美味しい」
「だろ?」
ハフハフと口を動かす昂遠の隣で狐の獣人族、洓がニコニコと微笑んでいる。
その横では麻辣湯で煮込んだ牛肉を口にした猫の獣人族、匝が机に突っ伏したまま、両手を震わせていた。
「この味!うぅ・・・」
「あっ!お前、肉残しとけよ!」
「え!もう無いの!?」
「ちょっ!ちょっと!店員さーん!!」
「ついでに酒も頼んでくれ。・・・多分足りねえ」
梠の声に、ふと竺の方を見れば、彼は終始笑顔で何杯もの酒を飲み干していく。
その良い飲みっぷりに、昂遠の口が曲がっていった。
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