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マンションが近づいたところで「新しく買った絵をリビングに飾ったんだよね」と話したら、瀬戸は「見たいです」と笑ってくれた。
だから今新坂は、想定通りに優しかった瀬戸と共にリビングに立っていた。
「わーめっちゃオシャレですね。ニューヨーク?」
「うん。衝動買いしちゃった」
壁にかけられたアーティスティックな画風の街並みを衝動買いしたのは、かなり前だ。買っただけで飾ってなくて、瀬戸を部屋にあげる口実のために昨日飾った。新坂がソファに荷物や帽子を投げ置く間も瀬戸はまじまじと絵を見ていて、意識を自分に向けるために新坂は近づいた。
「ユキトくん、美大だったんだよね。今度なんか絵描いてよ、部屋に飾るから」
「え、ホントですか?そしたら新坂さんのこと描こうかな」
美大卒であることを活かせない仕事を選んだ瀬戸が、今でも趣味で絵は描くと言っていたことを新坂は覚えていた。絵の依頼に嬉しそうにする瀬戸を見ながら、新坂は次にやるべき行動を頭で反芻する。
(壁に押しやってキスをする。そのあとはユキトくんの反応次第)
覚悟を決めて、壁に追い詰めるために新坂は瀬戸の肩に手を置いた。そして、力を込めようとしたとき。
「あ、花ついてますよ」
瀬戸が新坂の髪に触れて笑った。何の裏表もない笑顔が新坂の胸を締めて、肩に置いた手は何もできなかった。
「さっきのミモザ、ついてきちゃいましたね」
言いながら、つまんだ黄色の花をふざけて自分の髪にあてがう。黒髪に黄色が映えて、綺麗だ。瀬戸は本当にミモザが似合っていた。
公園で見た花言葉が頭を過って、新坂は弱く微笑む。
『ミモザの花言葉は「友情」、それから──「秘密の恋」』。
どちらの言葉も、瀬戸に嫌というほど似合っていた。
黙る新坂を横目にミモザを棚の上に置いた瀬戸は、そのまま「じゃ、お疲れ様でした」と言いそうだった。迫るべきなのかどうか、もう新坂にはわからなかった。これから成そうとしていた自分の思惑が、世界中から非難されるような気がした。とにかく別れの言葉を聞きたくなくて、瀬戸の手を掴む。引き寄せるのは気が引けて、新坂は自分だけその場にしゃがみこんだ。
「……帰んないで、ほしい」
手を掴んだまましゃがみこんで、やっと言えた言葉がこれだ。何が酔った勢いだよ、と自嘲が漏れそうになる。
突然湿った声を出した新坂に、動揺したであろう瀬戸はすぐに屈んで手を添えた。
「大丈夫ですか?悪酔いした?」
「もう、酔ってないよ」
背中をさすってくれる瀬戸の手は温かい。
「俺、水持ってきます」
「いらない。平気」
「でも」
「何もいらないから、ここにいて」
わがままに聞こえる言葉を、すがるように伝えていた。伝えてすぐに、なにやってんだと自分に呆れて後悔する。こんな、情緒がぶれた不安定な姿を見せたいわけじゃなかったのに。
新坂は意図的に口角を上げてから、「ごめん、変なこと言った」と言おうと顔を上げた。
「今日帰るのやめます。一緒にいますよ」
でも、新坂が口を開く前に瀬戸がそう言って安心させるように手を握り返していた。
「……いいの?」
「新坂さんのマンションにいるって笹川さんに連絡しとけば、明日の仕事も問題ないですから。ただ、水は飲んでください。明日の朝、顔むくみますよ」
わざと茶化して明るくしようとする優しい声に、感情が込み上げてくる。ここで泣くわけにはいかなくて、新坂は目を瞬くとちゃんとした微笑を作った。
「ありがと。ごめんね」
そう言って、新坂はこれ以上瀬戸を心配させないために立ち上がる。瀬戸は微笑みを返して、新坂の肩を撫でた。
だから今新坂は、想定通りに優しかった瀬戸と共にリビングに立っていた。
「わーめっちゃオシャレですね。ニューヨーク?」
「うん。衝動買いしちゃった」
壁にかけられたアーティスティックな画風の街並みを衝動買いしたのは、かなり前だ。買っただけで飾ってなくて、瀬戸を部屋にあげる口実のために昨日飾った。新坂がソファに荷物や帽子を投げ置く間も瀬戸はまじまじと絵を見ていて、意識を自分に向けるために新坂は近づいた。
「ユキトくん、美大だったんだよね。今度なんか絵描いてよ、部屋に飾るから」
「え、ホントですか?そしたら新坂さんのこと描こうかな」
美大卒であることを活かせない仕事を選んだ瀬戸が、今でも趣味で絵は描くと言っていたことを新坂は覚えていた。絵の依頼に嬉しそうにする瀬戸を見ながら、新坂は次にやるべき行動を頭で反芻する。
(壁に押しやってキスをする。そのあとはユキトくんの反応次第)
覚悟を決めて、壁に追い詰めるために新坂は瀬戸の肩に手を置いた。そして、力を込めようとしたとき。
「あ、花ついてますよ」
瀬戸が新坂の髪に触れて笑った。何の裏表もない笑顔が新坂の胸を締めて、肩に置いた手は何もできなかった。
「さっきのミモザ、ついてきちゃいましたね」
言いながら、つまんだ黄色の花をふざけて自分の髪にあてがう。黒髪に黄色が映えて、綺麗だ。瀬戸は本当にミモザが似合っていた。
公園で見た花言葉が頭を過って、新坂は弱く微笑む。
『ミモザの花言葉は「友情」、それから──「秘密の恋」』。
どちらの言葉も、瀬戸に嫌というほど似合っていた。
黙る新坂を横目にミモザを棚の上に置いた瀬戸は、そのまま「じゃ、お疲れ様でした」と言いそうだった。迫るべきなのかどうか、もう新坂にはわからなかった。これから成そうとしていた自分の思惑が、世界中から非難されるような気がした。とにかく別れの言葉を聞きたくなくて、瀬戸の手を掴む。引き寄せるのは気が引けて、新坂は自分だけその場にしゃがみこんだ。
「……帰んないで、ほしい」
手を掴んだまましゃがみこんで、やっと言えた言葉がこれだ。何が酔った勢いだよ、と自嘲が漏れそうになる。
突然湿った声を出した新坂に、動揺したであろう瀬戸はすぐに屈んで手を添えた。
「大丈夫ですか?悪酔いした?」
「もう、酔ってないよ」
背中をさすってくれる瀬戸の手は温かい。
「俺、水持ってきます」
「いらない。平気」
「でも」
「何もいらないから、ここにいて」
わがままに聞こえる言葉を、すがるように伝えていた。伝えてすぐに、なにやってんだと自分に呆れて後悔する。こんな、情緒がぶれた不安定な姿を見せたいわけじゃなかったのに。
新坂は意図的に口角を上げてから、「ごめん、変なこと言った」と言おうと顔を上げた。
「今日帰るのやめます。一緒にいますよ」
でも、新坂が口を開く前に瀬戸がそう言って安心させるように手を握り返していた。
「……いいの?」
「新坂さんのマンションにいるって笹川さんに連絡しとけば、明日の仕事も問題ないですから。ただ、水は飲んでください。明日の朝、顔むくみますよ」
わざと茶化して明るくしようとする優しい声に、感情が込み上げてくる。ここで泣くわけにはいかなくて、新坂は目を瞬くとちゃんとした微笑を作った。
「ありがと。ごめんね」
そう言って、新坂はこれ以上瀬戸を心配させないために立ち上がる。瀬戸は微笑みを返して、新坂の肩を撫でた。
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