隣人、イケメン俳優につき

タタミ

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事情

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 杉崎久遠は生で見ると写真よりもカッコよかった。
 具体的に言うと黒髪が似合っていて存在感のある目を長いまつげが縁取っていて鼻が高くて横顔がイラストのようで肌が綺麗だった。鼻血まみれでも、それが絵になっていてある意味フィクションのワンシーンのようだ。

「騒がしちゃってすみません。それから……ありがとうございます」
「いえ、えっと……俺が助けになったならよかったです」

 杉崎久遠の部屋のリビングに俺たちはいて、シャレたソファに座っていた。
 革張りのソファはオシャレだが、リビング自体は荒れ放題で割れたコップや倒れた本棚でめちゃくちゃだ。杉崎久遠は俺の前に座って、鼻血をティッシュで拭きながらテーブルの上の倒れたペットボトルを立て直していた。

「あ、俺は隣の406号室に住んでる清永一太です。部屋にいたら喧嘩が聞こえてきて、それでチャイム鳴らしました」
「俺は杉崎久遠です。一応俳優やってます。はは、知ってるか」

 先程俺に助けを求めたときとはうって変わって、杉崎久遠は困ったようなふにゃふにゃした笑顔を浮かべている。普段なら人懐っこい笑顔なのだろうが、鼻血と一緒になると闇深く見えた。

「さっきの男は……知り合いなんですか」

 聞いてから芸能人だし赤の他人に詮索されたくないかと思って、「言いたくなければ大丈夫です」と付け足した。

「……友達、みたいなもんです。業界は関係ないんですけど、たまたま仲良くなったやつで。あいつは気性が荒いんで喧嘩もそれなりに……ありがちというか」

 杉崎久遠の顔は『すみません』という意味を含んだ笑いだった。加害者の男を庇うような態度が気になって、俺は身を乗り出してしまった。

「たまたま部屋を訪ねてきた俺に助けを求めるくらい追い詰められてたんですよね?杉崎さんは明らかに暴行されてるのにあの男は無傷に見えました。ただの喧嘩じゃないんじゃ──」

 杉崎久遠が眉を下げるのに気付いて俺は慌てて黙った。被害者を追い詰めちゃダメだ。警察でもないのに、と先程男に言われた言葉がちらつく。

「すみません、勝手なこと言って。でもその、とりあえず警察に連絡しませんか」
「あー……できれば警察には言いたくないというか、公にしたくなくて。怪我も大したことないし」

 鼻血と唇の裂傷は顔を殴られた跡だし、一瞬見えた腹の大アザは大した怪我だ。
 芸能人だから面倒ごとは御免なのだろうが、このまま泣き寝入りするのは良い判断とは思えない。もちろん、どうするかは被害者の人が決めることだけど。
 賛同できなくて黙っていると、杉崎久遠は鼻をかんでティッシュを捨てて新しいティッシュを取ろうとした。まだ血が止まっていない。

「あの、鼻血出てるときに鼻かんだらダメですよ」
「え、そうなんだ。俺いっつもかんでました」
「氷あてて安静にすると止まりやすいです。あと唇の怪我も消毒しなきゃですよね」
「やーあいにくウチ氷も消毒液もなくて……この部屋、セカンドハウス的に借りてるだけで今まで3回くらいしか来たことないんです」

 なるほど、隣部屋から今まで物音ひとつ感じたことがなかったわけだ。
 今となってはめちゃくちゃに荒れているが、元はモデルルームのような生活感のない室内なんだろうなと、調理器具が1つもないキッチンを見た。

「さっきの──西野っていうやつなんですけど。西野がここ来たのも初めて、というかあいつ今日いきなり来て。来るって聞いてなかったんで連絡しろよって怒ったら、そのまま喧嘩になっちゃって」

 そんな些細なことで、部屋がこんなにめちゃくちゃになるほど大暴れを?

 怒りの沸点が異常だろ、と正直思った。
 でも今の話が嘘だとして、杉崎久遠には嘘を言いたい事情があるわけだ。自分だったら追及されたくないことを人に聞くのは気が引けて、俺は「喧嘩っ早いタイプなんですね、あの西野って人」と返すだけにとどめた。続けて、話題を変えるために両手を膝にポンと置き直す。

「俺、部屋に氷と救急箱あるんで取ってきます」
「え!いやそんな悪いですよ。これ以上迷惑かけられないし」
「気になって首突っ込んだのは俺だし、それに怪我してる人放っておけないですよ。気にしないでください」

 最初は踏ん切りがつかず部屋で二の足を踏んでいた俺でも、助けを求められたからにはちゃんとやるべきことはやるつもりだった。早速立ち上がると杉崎久遠が脚をテーブルにぶつける勢いで俺の腕を掴んだので、俺は杉崎久遠の方に1歩たたらを踏んだ。

「ど、どうしました。脚痛くな──」
「……俺も行ってもいいですか、清永さんの部屋に。ここひとりでいたくなくて」

 ヘラっとした笑顔を浮かべていても、俺を掴む杉崎久遠の手は僅かに震えていた。
 成人男性が震える程の恐怖がこの部屋であった、ということだ。
 西野に何をされたんだと聞きたくなるのを抑えて、「そしたら一緒に行きましょう」と俺は答えた。
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