2 / 31
事情
しおりを挟む
杉崎久遠は生で見ると写真よりもカッコよかった。
具体的に言うと黒髪が似合っていて存在感のある目を長いまつげが縁取っていて鼻が高くて横顔がイラストのようで肌が綺麗だった。鼻血まみれでも、それが絵になっていてある意味フィクションのワンシーンのようだ。
「騒がしちゃってすみません。それから……ありがとうございます」
「いえ、えっと……俺が助けになったならよかったです」
杉崎久遠の部屋のリビングに俺たちはいて、シャレたソファに座っていた。
革張りのソファはオシャレだが、リビング自体は荒れ放題で割れたコップや倒れた本棚でめちゃくちゃだ。杉崎久遠は俺の前に座って、鼻血をティッシュで拭きながらテーブルの上の倒れたペットボトルを立て直していた。
「あ、俺は隣の406号室に住んでる清永一太です。部屋にいたら喧嘩が聞こえてきて、それでチャイム鳴らしました」
「俺は杉崎久遠です。一応俳優やってます。はは、知ってるか」
先程俺に助けを求めたときとはうって変わって、杉崎久遠は困ったようなふにゃふにゃした笑顔を浮かべている。普段なら人懐っこい笑顔なのだろうが、鼻血と一緒になると闇深く見えた。
「さっきの男は……知り合いなんですか」
聞いてから芸能人だし赤の他人に詮索されたくないかと思って、「言いたくなければ大丈夫です」と付け足した。
「……友達、みたいなもんです。業界は関係ないんですけど、たまたま仲良くなったやつで。あいつは気性が荒いんで喧嘩もそれなりに……ありがちというか」
杉崎久遠の顔は『すみません』という意味を含んだ笑いだった。加害者の男を庇うような態度が気になって、俺は身を乗り出してしまった。
「たまたま部屋を訪ねてきた俺に助けを求めるくらい追い詰められてたんですよね?杉崎さんは明らかに暴行されてるのにあの男は無傷に見えました。ただの喧嘩じゃないんじゃ──」
杉崎久遠が眉を下げるのに気付いて俺は慌てて黙った。被害者を追い詰めちゃダメだ。警察でもないのに、と先程男に言われた言葉がちらつく。
「すみません、勝手なこと言って。でもその、とりあえず警察に連絡しませんか」
「あー……できれば警察には言いたくないというか、公にしたくなくて。怪我も大したことないし」
鼻血と唇の裂傷は顔を殴られた跡だし、一瞬見えた腹の大アザは大した怪我だ。
芸能人だから面倒ごとは御免なのだろうが、このまま泣き寝入りするのは良い判断とは思えない。もちろん、どうするかは被害者の人が決めることだけど。
賛同できなくて黙っていると、杉崎久遠は鼻をかんでティッシュを捨てて新しいティッシュを取ろうとした。まだ血が止まっていない。
「あの、鼻血出てるときに鼻かんだらダメですよ」
「え、そうなんだ。俺いっつもかんでました」
「氷あてて安静にすると止まりやすいです。あと唇の怪我も消毒しなきゃですよね」
「やーあいにくウチ氷も消毒液もなくて……この部屋、セカンドハウス的に借りてるだけで今まで3回くらいしか来たことないんです」
なるほど、隣部屋から今まで物音ひとつ感じたことがなかったわけだ。
今となってはめちゃくちゃに荒れているが、元はモデルルームのような生活感のない室内なんだろうなと、調理器具が1つもないキッチンを見た。
「さっきの──西野っていうやつなんですけど。西野がここ来たのも初めて、というかあいつ今日いきなり来て。来るって聞いてなかったんで連絡しろよって怒ったら、そのまま喧嘩になっちゃって」
そんな些細なことで、部屋がこんなにめちゃくちゃになるほど大暴れを?
怒りの沸点が異常だろ、と正直思った。
でも今の話が嘘だとして、杉崎久遠には嘘を言いたい事情があるわけだ。自分だったら追及されたくないことを人に聞くのは気が引けて、俺は「喧嘩っ早いタイプなんですね、あの西野って人」と返すだけにとどめた。続けて、話題を変えるために両手を膝にポンと置き直す。
「俺、部屋に氷と救急箱あるんで取ってきます」
「え!いやそんな悪いですよ。これ以上迷惑かけられないし」
「気になって首突っ込んだのは俺だし、それに怪我してる人放っておけないですよ。気にしないでください」
最初は踏ん切りがつかず部屋で二の足を踏んでいた俺でも、助けを求められたからにはちゃんとやるべきことはやるつもりだった。早速立ち上がると杉崎久遠が脚をテーブルにぶつける勢いで俺の腕を掴んだので、俺は杉崎久遠の方に1歩たたらを踏んだ。
「ど、どうしました。脚痛くな──」
「……俺も行ってもいいですか、清永さんの部屋に。ここひとりでいたくなくて」
ヘラっとした笑顔を浮かべていても、俺を掴む杉崎久遠の手は僅かに震えていた。
成人男性が震える程の恐怖がこの部屋であった、ということだ。
西野に何をされたんだと聞きたくなるのを抑えて、「そしたら一緒に行きましょう」と俺は答えた。
具体的に言うと黒髪が似合っていて存在感のある目を長いまつげが縁取っていて鼻が高くて横顔がイラストのようで肌が綺麗だった。鼻血まみれでも、それが絵になっていてある意味フィクションのワンシーンのようだ。
「騒がしちゃってすみません。それから……ありがとうございます」
「いえ、えっと……俺が助けになったならよかったです」
杉崎久遠の部屋のリビングに俺たちはいて、シャレたソファに座っていた。
革張りのソファはオシャレだが、リビング自体は荒れ放題で割れたコップや倒れた本棚でめちゃくちゃだ。杉崎久遠は俺の前に座って、鼻血をティッシュで拭きながらテーブルの上の倒れたペットボトルを立て直していた。
「あ、俺は隣の406号室に住んでる清永一太です。部屋にいたら喧嘩が聞こえてきて、それでチャイム鳴らしました」
「俺は杉崎久遠です。一応俳優やってます。はは、知ってるか」
先程俺に助けを求めたときとはうって変わって、杉崎久遠は困ったようなふにゃふにゃした笑顔を浮かべている。普段なら人懐っこい笑顔なのだろうが、鼻血と一緒になると闇深く見えた。
「さっきの男は……知り合いなんですか」
聞いてから芸能人だし赤の他人に詮索されたくないかと思って、「言いたくなければ大丈夫です」と付け足した。
「……友達、みたいなもんです。業界は関係ないんですけど、たまたま仲良くなったやつで。あいつは気性が荒いんで喧嘩もそれなりに……ありがちというか」
杉崎久遠の顔は『すみません』という意味を含んだ笑いだった。加害者の男を庇うような態度が気になって、俺は身を乗り出してしまった。
「たまたま部屋を訪ねてきた俺に助けを求めるくらい追い詰められてたんですよね?杉崎さんは明らかに暴行されてるのにあの男は無傷に見えました。ただの喧嘩じゃないんじゃ──」
杉崎久遠が眉を下げるのに気付いて俺は慌てて黙った。被害者を追い詰めちゃダメだ。警察でもないのに、と先程男に言われた言葉がちらつく。
「すみません、勝手なこと言って。でもその、とりあえず警察に連絡しませんか」
「あー……できれば警察には言いたくないというか、公にしたくなくて。怪我も大したことないし」
鼻血と唇の裂傷は顔を殴られた跡だし、一瞬見えた腹の大アザは大した怪我だ。
芸能人だから面倒ごとは御免なのだろうが、このまま泣き寝入りするのは良い判断とは思えない。もちろん、どうするかは被害者の人が決めることだけど。
賛同できなくて黙っていると、杉崎久遠は鼻をかんでティッシュを捨てて新しいティッシュを取ろうとした。まだ血が止まっていない。
「あの、鼻血出てるときに鼻かんだらダメですよ」
「え、そうなんだ。俺いっつもかんでました」
「氷あてて安静にすると止まりやすいです。あと唇の怪我も消毒しなきゃですよね」
「やーあいにくウチ氷も消毒液もなくて……この部屋、セカンドハウス的に借りてるだけで今まで3回くらいしか来たことないんです」
なるほど、隣部屋から今まで物音ひとつ感じたことがなかったわけだ。
今となってはめちゃくちゃに荒れているが、元はモデルルームのような生活感のない室内なんだろうなと、調理器具が1つもないキッチンを見た。
「さっきの──西野っていうやつなんですけど。西野がここ来たのも初めて、というかあいつ今日いきなり来て。来るって聞いてなかったんで連絡しろよって怒ったら、そのまま喧嘩になっちゃって」
そんな些細なことで、部屋がこんなにめちゃくちゃになるほど大暴れを?
怒りの沸点が異常だろ、と正直思った。
でも今の話が嘘だとして、杉崎久遠には嘘を言いたい事情があるわけだ。自分だったら追及されたくないことを人に聞くのは気が引けて、俺は「喧嘩っ早いタイプなんですね、あの西野って人」と返すだけにとどめた。続けて、話題を変えるために両手を膝にポンと置き直す。
「俺、部屋に氷と救急箱あるんで取ってきます」
「え!いやそんな悪いですよ。これ以上迷惑かけられないし」
「気になって首突っ込んだのは俺だし、それに怪我してる人放っておけないですよ。気にしないでください」
最初は踏ん切りがつかず部屋で二の足を踏んでいた俺でも、助けを求められたからにはちゃんとやるべきことはやるつもりだった。早速立ち上がると杉崎久遠が脚をテーブルにぶつける勢いで俺の腕を掴んだので、俺は杉崎久遠の方に1歩たたらを踏んだ。
「ど、どうしました。脚痛くな──」
「……俺も行ってもいいですか、清永さんの部屋に。ここひとりでいたくなくて」
ヘラっとした笑顔を浮かべていても、俺を掴む杉崎久遠の手は僅かに震えていた。
成人男性が震える程の恐怖がこの部屋であった、ということだ。
西野に何をされたんだと聞きたくなるのを抑えて、「そしたら一緒に行きましょう」と俺は答えた。
148
あなたにおすすめの小説
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
笑って下さい、シンデレラ
椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。
面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。
ツンデレは振り回されるべき。
思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる