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ドジョウ
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土曜の午後12時13分。
俺は今起きた。
クーラーのタイマーが切れて、不快な暑さに負けて起き上がったところだった。
「あっち~……」
言いながらクーラーをつける。
最近7月が本気を出してきて、本当に暑い。
夏バテ状態で、ここ数日ずっとクーラーの効いた部屋でゴロゴロし続けている。どのくらい自堕落になっているかというと、スマホで映画を見始めて寝落ちし、気づいたらエンドロールが流れているという繰り返しが主な生活だった。
「水……」
蛇口をひねったら出てくる水道水は貴重なライフラインだが、ぬるくておいしくはない。
せめて冷たい空気を浴びたくて冷蔵庫を開ける。冷気は心地よいが、冷蔵庫の中がすっからかんなのが見えて、買い物に行かなければ食べ物がない現実に蓋をするため扉を閉めた。
「サトウのご飯に塩をかけて食うか……」
自分で言っていて惨めになることを呟いた時、音割れチャイムが『ビンボン!』と鳴った。
まったく髭を剃っていないしまともな服も着ていないしで、人に会っていい姿じゃないと途中で気づいたがその前に俺は玄関を開けてしまっていた。
「竹原さん!こんにちは」
「おお~本願くん。こんにちは」
白い半袖シャツを着てにこやかに挨拶する本願くんが現れる。白シャツが太陽光を反射してきらめいていて、眩しさに目を細めた。
俺はゆるゆるのタンクトップにトランクス姿だったので、来客が女性じゃなくてよかったとちょっとホッとした。
「竹原さん、夏バテしてそうですね」
「してるしてる。バテバテよ。働く気も起きない。活力ゼロ」
俺の服装に突っ込むでも引くでもない本願くんは、「うんうん」と何やら頷いている。
「それなら、うな丼食べて夏バテ吹き飛ばしませんか」
「うな丼……!?それってあの、うな丼……!?」
うな丼なんて子供のころに食べたのが最後で、今の俺には手の届かない代物なのでテンションが上がってしまった。
「はい、今捕ってきたんで食べましょう」
本願くんが掲げたビニール袋には、ウナギっぽいフォルムの長いものがビチビチ暴れていて、それが俺を冷静にさせた。
「待って。食べたいけど、ウナギって勝手に捕っちゃダメそうじゃない?てかその辺にいるの?」
「これはドジョウなので大丈夫です。ウナギはその辺にはいません」
「そしたらうな丼じゃなくて、ドジョウ丼だよね」
「味は同じなので、問題ないですよ」
(味、同じかなぁ……)
味が同じならウナギの代わりにドジョウが大流行してるはずだから、絶対に違うと思う。
でも俺は夏バテで深く考えるのをやめていたし、ドジョウはカエルやセミより食べる想像がつくのでドジョウ丼でも別にいいかと思った。
「ただ、ご飯を炊くのに1時間かかるのでまた来ます」
「あ、レンチンのご飯ならあるからあげるよ」
「ほんとですか!ありがとうございます。じゃ僕の部屋で作りましょう!」
本願くんの笑顔につられて、さっきまで1歩も部屋を出たくなかった俺は、サトウのご飯を片手にサンダルをつっかけて本願くんの部屋に向かっていた。
「お邪魔しま~す。お、涼しい~」
俺の部屋よりクーラーの効きが良い気がするな。
まだ2回目の訪問なのに俺が馴れ馴れしい態度で部屋に入ると、本願くんも俺が2回目の訪問客とは思っていないかのように、変に気遣うこともなく手際よくボウルにドジョウと水、そして氷を投入する。
「まずはドジョウを氷水に入れて絞めます。塩を入れると早く冷たくなるのでいっぱいイン!」
「へえ~塩ってそういう効果あるんだ。うわほんとだ、冷たっ」
「絞めている間に、うな丼のタレを作ります」
「ドジョウ丼ね」
「醤油とみりんと砂糖を適当にまぜて終わりです」
本願くんは本当に適当にドバドバと調味料を器に入れて混ぜた。
ちょっと味見をして、「いいでしょう!」と言い切り器を端に追いやる。
見た目は優等生という感じの本願くんだが、行動はかなり男らしい。さすがその辺のセミを食う男だ。
「そしたら次はドジョウを捌きますね」
ボウルで氷水に突っ込まれていたドジョウは、まだちょっと生きているようだったが、本願くんは気にせず掴んでまな板に乗せる。包丁を使うのかと思ったら、引き出しからカッターが出てきた。
「え、カッターで?」
「ドジョウは小さいので普通の包丁だとやりにくいんです。カッターは捌きやすいのでオススメですよ」
言いながら、本願くんはドジョウの頭をカッターで切り落とした。
手際よく胴体を捌き、あっという間にうな丼のウナギっぽい形になる。3尾を捌いた本願くんは、続いて鉄製の串を出してきた。
「3枚一気に3本くらい串を刺してもらっていいですか」
「あ、はい。かば焼きのウナギみたいな感じで?」
「そうですそうです」
ただの見学者と化していた俺は串を受け取って、薄いドジョウの身にぐりぐり差し込んでいく。やったことはなかったし薄いドジョウに刺すのは意外と難しかったけど、及第点くらいの出来にはなったと思う。
俺がドジョウに串をさしている間に、本願くんは使い終わった器具を片付けて、コンロを付けていた。
「それでは焼いていきます」
ドジョウを直接コンロの火の上に持っていき、炙るように焼いていく。
しばらくすると油がジュウジュウと音を立てて、おいしそうな香りがし始めた。
「大体火が通ったので、さっき作ったタレを付けてまた焼きます」
本願くんが適当配分で作ったタレをドジョウたちが身にまとう。まさに見た目はちょっと小さいウナギのかば焼きになった。
タレのついたドジョウたちが焼かれると、更においしそうな香りが立ち込めて、俺は強い空腹を感じつつ、自分で持ってきたサトウのご飯をレンジでチンした。
「では、ご飯をお茶碗によそってタレをかけて……」
お茶碗といいながら、器は春のパン祭りで貰えそうな白いサラダボウルだったが、タレご飯の上にドジョウが乗って、見事ドジョウ丼が完成した。
「できました!おいしそうじゃないですか?」
「うん、見た目はすっかりうな丼だね」
俺自身もワクワクしながらドジョウ丼をふたつローテーブルに運ぶ。
本願くんとふたり揃って「いただきます」と言って、まずドジョウを食べた。口に入れると甘じょっぱいタレの風味が広がる。
「!うまっ!油のないウナギって感じする。俺ドジョウでも十分満たされるわ」
ウナギのような旨味はないが、タレがしっかり味をつけてくれているので気にならなかった。
「おいしいですね!うまくできてよかったです。あ、そうだ。写真撮っとこう」
俺がどんどん食べ進めていると、本願くんはズボンのポケットからスマホを取り出す。
「本願くん、スマホ持ってんだ」
身寄りのない高校生だから、スマホなんて持ってないかと思っていた。
俺はスマホを持っていること自体が意外だったから指摘したのだが、本願くんは違う意味だと思ったらしく、重大なことに気づいた顔をしてすぐにガッテンと手を叩いた。
「すっかりうっかりです!そうですよね、僕たちLINE交換してなかったですよね!」
「え?ああ、確かに」
「交換しましょう!」
ニコニコとQRコードを見せてくる本願くんに押されて、俺はドジョウ丼を食べるのをやめてLINEを開いた。
俺の友達に『祈』という初期アイコンのアカウントが追加されて、すぐに先ほど本願くんが撮ったドジョウ丼の写真が送られてくる。
(高校生の連絡先を知ることになるとは……)
なんとなく知っていいのかなという気持ちになりながら、俺は本願くんと一緒にドジョウ丼を楽しんだ。
俺は今起きた。
クーラーのタイマーが切れて、不快な暑さに負けて起き上がったところだった。
「あっち~……」
言いながらクーラーをつける。
最近7月が本気を出してきて、本当に暑い。
夏バテ状態で、ここ数日ずっとクーラーの効いた部屋でゴロゴロし続けている。どのくらい自堕落になっているかというと、スマホで映画を見始めて寝落ちし、気づいたらエンドロールが流れているという繰り返しが主な生活だった。
「水……」
蛇口をひねったら出てくる水道水は貴重なライフラインだが、ぬるくておいしくはない。
せめて冷たい空気を浴びたくて冷蔵庫を開ける。冷気は心地よいが、冷蔵庫の中がすっからかんなのが見えて、買い物に行かなければ食べ物がない現実に蓋をするため扉を閉めた。
「サトウのご飯に塩をかけて食うか……」
自分で言っていて惨めになることを呟いた時、音割れチャイムが『ビンボン!』と鳴った。
まったく髭を剃っていないしまともな服も着ていないしで、人に会っていい姿じゃないと途中で気づいたがその前に俺は玄関を開けてしまっていた。
「竹原さん!こんにちは」
「おお~本願くん。こんにちは」
白い半袖シャツを着てにこやかに挨拶する本願くんが現れる。白シャツが太陽光を反射してきらめいていて、眩しさに目を細めた。
俺はゆるゆるのタンクトップにトランクス姿だったので、来客が女性じゃなくてよかったとちょっとホッとした。
「竹原さん、夏バテしてそうですね」
「してるしてる。バテバテよ。働く気も起きない。活力ゼロ」
俺の服装に突っ込むでも引くでもない本願くんは、「うんうん」と何やら頷いている。
「それなら、うな丼食べて夏バテ吹き飛ばしませんか」
「うな丼……!?それってあの、うな丼……!?」
うな丼なんて子供のころに食べたのが最後で、今の俺には手の届かない代物なのでテンションが上がってしまった。
「はい、今捕ってきたんで食べましょう」
本願くんが掲げたビニール袋には、ウナギっぽいフォルムの長いものがビチビチ暴れていて、それが俺を冷静にさせた。
「待って。食べたいけど、ウナギって勝手に捕っちゃダメそうじゃない?てかその辺にいるの?」
「これはドジョウなので大丈夫です。ウナギはその辺にはいません」
「そしたらうな丼じゃなくて、ドジョウ丼だよね」
「味は同じなので、問題ないですよ」
(味、同じかなぁ……)
味が同じならウナギの代わりにドジョウが大流行してるはずだから、絶対に違うと思う。
でも俺は夏バテで深く考えるのをやめていたし、ドジョウはカエルやセミより食べる想像がつくのでドジョウ丼でも別にいいかと思った。
「ただ、ご飯を炊くのに1時間かかるのでまた来ます」
「あ、レンチンのご飯ならあるからあげるよ」
「ほんとですか!ありがとうございます。じゃ僕の部屋で作りましょう!」
本願くんの笑顔につられて、さっきまで1歩も部屋を出たくなかった俺は、サトウのご飯を片手にサンダルをつっかけて本願くんの部屋に向かっていた。
「お邪魔しま~す。お、涼しい~」
俺の部屋よりクーラーの効きが良い気がするな。
まだ2回目の訪問なのに俺が馴れ馴れしい態度で部屋に入ると、本願くんも俺が2回目の訪問客とは思っていないかのように、変に気遣うこともなく手際よくボウルにドジョウと水、そして氷を投入する。
「まずはドジョウを氷水に入れて絞めます。塩を入れると早く冷たくなるのでいっぱいイン!」
「へえ~塩ってそういう効果あるんだ。うわほんとだ、冷たっ」
「絞めている間に、うな丼のタレを作ります」
「ドジョウ丼ね」
「醤油とみりんと砂糖を適当にまぜて終わりです」
本願くんは本当に適当にドバドバと調味料を器に入れて混ぜた。
ちょっと味見をして、「いいでしょう!」と言い切り器を端に追いやる。
見た目は優等生という感じの本願くんだが、行動はかなり男らしい。さすがその辺のセミを食う男だ。
「そしたら次はドジョウを捌きますね」
ボウルで氷水に突っ込まれていたドジョウは、まだちょっと生きているようだったが、本願くんは気にせず掴んでまな板に乗せる。包丁を使うのかと思ったら、引き出しからカッターが出てきた。
「え、カッターで?」
「ドジョウは小さいので普通の包丁だとやりにくいんです。カッターは捌きやすいのでオススメですよ」
言いながら、本願くんはドジョウの頭をカッターで切り落とした。
手際よく胴体を捌き、あっという間にうな丼のウナギっぽい形になる。3尾を捌いた本願くんは、続いて鉄製の串を出してきた。
「3枚一気に3本くらい串を刺してもらっていいですか」
「あ、はい。かば焼きのウナギみたいな感じで?」
「そうですそうです」
ただの見学者と化していた俺は串を受け取って、薄いドジョウの身にぐりぐり差し込んでいく。やったことはなかったし薄いドジョウに刺すのは意外と難しかったけど、及第点くらいの出来にはなったと思う。
俺がドジョウに串をさしている間に、本願くんは使い終わった器具を片付けて、コンロを付けていた。
「それでは焼いていきます」
ドジョウを直接コンロの火の上に持っていき、炙るように焼いていく。
しばらくすると油がジュウジュウと音を立てて、おいしそうな香りがし始めた。
「大体火が通ったので、さっき作ったタレを付けてまた焼きます」
本願くんが適当配分で作ったタレをドジョウたちが身にまとう。まさに見た目はちょっと小さいウナギのかば焼きになった。
タレのついたドジョウたちが焼かれると、更においしそうな香りが立ち込めて、俺は強い空腹を感じつつ、自分で持ってきたサトウのご飯をレンジでチンした。
「では、ご飯をお茶碗によそってタレをかけて……」
お茶碗といいながら、器は春のパン祭りで貰えそうな白いサラダボウルだったが、タレご飯の上にドジョウが乗って、見事ドジョウ丼が完成した。
「できました!おいしそうじゃないですか?」
「うん、見た目はすっかりうな丼だね」
俺自身もワクワクしながらドジョウ丼をふたつローテーブルに運ぶ。
本願くんとふたり揃って「いただきます」と言って、まずドジョウを食べた。口に入れると甘じょっぱいタレの風味が広がる。
「!うまっ!油のないウナギって感じする。俺ドジョウでも十分満たされるわ」
ウナギのような旨味はないが、タレがしっかり味をつけてくれているので気にならなかった。
「おいしいですね!うまくできてよかったです。あ、そうだ。写真撮っとこう」
俺がどんどん食べ進めていると、本願くんはズボンのポケットからスマホを取り出す。
「本願くん、スマホ持ってんだ」
身寄りのない高校生だから、スマホなんて持ってないかと思っていた。
俺はスマホを持っていること自体が意外だったから指摘したのだが、本願くんは違う意味だと思ったらしく、重大なことに気づいた顔をしてすぐにガッテンと手を叩いた。
「すっかりうっかりです!そうですよね、僕たちLINE交換してなかったですよね!」
「え?ああ、確かに」
「交換しましょう!」
ニコニコとQRコードを見せてくる本願くんに押されて、俺はドジョウ丼を食べるのをやめてLINEを開いた。
俺の友達に『祈』という初期アイコンのアカウントが追加されて、すぐに先ほど本願くんが撮ったドジョウ丼の写真が送られてくる。
(高校生の連絡先を知ることになるとは……)
なんとなく知っていいのかなという気持ちになりながら、俺は本願くんと一緒にドジョウ丼を楽しんだ。
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