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チョコレート
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水原さんと別れた数時間後には、本願くんからLINEの返信があった。
心配かけて申し訳ないといった内容が長文で送られてきて、俺はその元気な真面目さに安堵して笑いながら返信した。
その2日後には、水原さんの言った通り本願くんは帰ってきて、そして今俺に菓子折りを差し出している。
「この度は無駄な心労をおかけして、申し訳ありませんでした」
「いや大袈裟~!やめてよ、菓子折りなんて高いでしょ!これどうしたの。てかその前に体調はもう大丈夫?」
「体調は全快で元気です。菓子折りは水原に持たされました。僕からというより、水原からの贈り物です。ちなみに僕からのお詫びはこちらです」
スッと差し出されたタッパーに入ったバッタの佃煮に、これはこれでどうしたものかと俺は神妙な顔になった。とりあえず菓子折りと一緒にタッパーも受け取ってテーブルに置き、俺は菓子折りにだけ手をつけた。包みを開けると『GODIVA』というロゴが出てくる。
「うわ~すげえ、ゴディバだ!俺食べたことないわ」
「ゴディバってすごいんですか?」
「有名なチョコ。高いやつ。本願くんも食っていいよ」
「竹原さん用の菓子折りですし」とか断られる前に、俺は適当に1粒取って本願くんの手に乗せた。さすがに乗せられたら食べるしかないので、本願くんはチョコを嗅いでから口に入れると丸まっていた背中を伸ばした。
「えっおいしい!待ってください、なんですかこれ」
「だからゴディバのチョコだよ」
「でもスーパーのチョコと全然味が違います!チョコとは思えないような複雑で深い味というか……これが本物のチョコで、今まで僕が食べてたのが偽物……?」
途中からぶつぶつ言い始めた本願くんの手のひらにもうひとつ乗せてから、俺もチョコをいただいた。口触りが良く、洋酒の香りがして大人の味わいでおいしい。お菓子コーナーには売ってない高級な味だ。
しばらくチョコのおいしさに感動しまくる本願くんにチョコを分け与える作業をして、場が和んだところで俺は話を切り出した。
「1個提案あるんだけど、交換日記しない?」
「交換日記?それって、あの交換日記ですか」
「そう、あの交換日記。書いたら相手に渡して、という交換を繰り返すやつ」
俺の考えた苦肉の策だった。
本願くんと長年交流のある水原さんに『竹原さんなら本願くんを救えると思う』というようなことを言われ、俺は俺なりに自分の立場が持つ責任を感じていた。両親に見捨てられるという人生は、やはり俺の想像が及ばないほど壮絶で孤独なはずだ。幼馴染で事情をよく知る女の子にも心を開かなくなるくらいの心情があるわけだ。本願くんがまっとうに元気に過ごしているので、ゲテモノが好きな普通の高校生のような気がしてしまっていたが、まったく普通ではない。
(そりゃ俺に言いたくないこともたくさんあるよな。金銭事情とか)
水原さんとカフェで話した後、クローゼットで見た大金はもしかしたら水原家からの援助なのかもしれない、と思った。金のことを話題にするのは無神経なので水原さんにも本願くんにも聞いていないが、そうなんだろうと俺は自分を納得させていた。
俺の提案に不思議そうな顔をしている本願くんを横目に、俺は交換日記のために買ったA5 サイズのノートを取り出した。
「じゃーん。これでやろう」
「LINEでよくないですか?わざわざノートに書かなくても」
俺がノートを見せると、本願くんはいかにも現代っ子なことを言う。
「手書きだからいいんだよ、こういうのは。やったことない?」
「ないです。女子が似たようなことをやって先生にノートを没収されてるのは見たことあります。もしかして交換日記って昔のヤンキーが流行らせた文化とかですか?」
「いや、ヤンキーというか女子の文化だと思うけど。とにかく!やってみようよ。書いたらポストに入れるってやり方で。内容は何でもOK!くだらないこととか悩み相談とか、好きに書いて」
面と向かって言いにくいことも交換日記なら言えたりするんじゃないかと、そういう考えだった。用事で長期不在にすることがあっても事前に日記に書いてもらえたら、俺がお節介おじさんにならずに済むという効果も期待していた。
「返す期限はなくていつでもいい、と言いたいところだけど決めないとグダグダになるから、いったん4日以内に返すってことでどう」
「あ、竹原さんの憧れだったんですか。交換日記」
色々説明する俺を見て、本願くんは謎が解けたという顔でポンと手を打つ。
(そういうわけではないけど、そういうことにしとくか)
本願くんは交換日記をやる理由がないと納得しなそうだった。ここは俺が大人として道化を演じよう。
「そう、俺交換日記好きなんだけど、全然続いたことなくてさ……。みんな2周くらいすると回さなくなっていって自然消滅しちゃうんだわ」
「なるほど……。そういうことならわかりました。交換日記やりましょう」
「よっしゃ。じゃ、俺が今日書いたらポストにノート入れておくから。次本願くんが日記書けたら俺のポストに入れて」
「はい、任せてください。……ところで、チョコもう1個いただいてもいいですか」
本願くんは交換日記よりもゴディバにずっと気を取られていて、先ほどから視線の6割がチョコに注がれていた。「好きなだけ持って帰っていいよ」と俺は残り半分のチョコを袋に入れたのであった。
20××/10/28 担当:たけはら
今日は菓子折りと佃煮をありがとう。水原さんにもお礼を伝えておいてください。ゴディバ最高!
(佃煮は夕飯でちゃんと食べました。おいしかったです。ビールにも合いました)
えーっと、それから。それから……。
俺から交換日記やろうとか言ったのに、いざ書き始めると何書けばいいのか悩むな……。
あ、趣味とか話したことなかったよね!趣味は何ですか?(書いて思ったけどお見合いみたいでキモイわ、ごめん)
俺は映画観るのが趣味かな。映画館で観るのが1番いいんだけど、欲望のままに見てるとお財布が死ぬんだよね……。
ちなみに俺の好きな映画は『ショーシャンクの空に』『インセプション』『マッドマックス』とか!他にもいろいろあるからまた押し付けでオススメする笑。
本願くんも好きな映画あったら教えて!
この内容の日記をポストに入れた3日後、返信があった。
20××/10/31 担当:本願
今日はハロウィンらしいです🎃←カボチャのつもりです
日本人ってハロウィンと全然縁ないのに好きですよね。そういう僕も日本人なので便乗して、お菓子を贈ります。野イチゴのジャムです。これ実質お菓子なので食べてください。
趣味って聞かれると悩みますね……。スポーツは苦手でテレビも観なくて(Youtubeで魚の捌き方とかは観ます)
その辺にある無料のものでご飯を作るのが好きですけど、これって趣味になるのかな……。あ、そしたら竹原さんとご飯食べるのが趣味ですかね!
実は映画全然観たことなくて……。結構高いんですね、映画。映画館も行ったことないので、いつかちゃんと観てみたいです。ポップコーン食べるらしいですよね。
心配かけて申し訳ないといった内容が長文で送られてきて、俺はその元気な真面目さに安堵して笑いながら返信した。
その2日後には、水原さんの言った通り本願くんは帰ってきて、そして今俺に菓子折りを差し出している。
「この度は無駄な心労をおかけして、申し訳ありませんでした」
「いや大袈裟~!やめてよ、菓子折りなんて高いでしょ!これどうしたの。てかその前に体調はもう大丈夫?」
「体調は全快で元気です。菓子折りは水原に持たされました。僕からというより、水原からの贈り物です。ちなみに僕からのお詫びはこちらです」
スッと差し出されたタッパーに入ったバッタの佃煮に、これはこれでどうしたものかと俺は神妙な顔になった。とりあえず菓子折りと一緒にタッパーも受け取ってテーブルに置き、俺は菓子折りにだけ手をつけた。包みを開けると『GODIVA』というロゴが出てくる。
「うわ~すげえ、ゴディバだ!俺食べたことないわ」
「ゴディバってすごいんですか?」
「有名なチョコ。高いやつ。本願くんも食っていいよ」
「竹原さん用の菓子折りですし」とか断られる前に、俺は適当に1粒取って本願くんの手に乗せた。さすがに乗せられたら食べるしかないので、本願くんはチョコを嗅いでから口に入れると丸まっていた背中を伸ばした。
「えっおいしい!待ってください、なんですかこれ」
「だからゴディバのチョコだよ」
「でもスーパーのチョコと全然味が違います!チョコとは思えないような複雑で深い味というか……これが本物のチョコで、今まで僕が食べてたのが偽物……?」
途中からぶつぶつ言い始めた本願くんの手のひらにもうひとつ乗せてから、俺もチョコをいただいた。口触りが良く、洋酒の香りがして大人の味わいでおいしい。お菓子コーナーには売ってない高級な味だ。
しばらくチョコのおいしさに感動しまくる本願くんにチョコを分け与える作業をして、場が和んだところで俺は話を切り出した。
「1個提案あるんだけど、交換日記しない?」
「交換日記?それって、あの交換日記ですか」
「そう、あの交換日記。書いたら相手に渡して、という交換を繰り返すやつ」
俺の考えた苦肉の策だった。
本願くんと長年交流のある水原さんに『竹原さんなら本願くんを救えると思う』というようなことを言われ、俺は俺なりに自分の立場が持つ責任を感じていた。両親に見捨てられるという人生は、やはり俺の想像が及ばないほど壮絶で孤独なはずだ。幼馴染で事情をよく知る女の子にも心を開かなくなるくらいの心情があるわけだ。本願くんがまっとうに元気に過ごしているので、ゲテモノが好きな普通の高校生のような気がしてしまっていたが、まったく普通ではない。
(そりゃ俺に言いたくないこともたくさんあるよな。金銭事情とか)
水原さんとカフェで話した後、クローゼットで見た大金はもしかしたら水原家からの援助なのかもしれない、と思った。金のことを話題にするのは無神経なので水原さんにも本願くんにも聞いていないが、そうなんだろうと俺は自分を納得させていた。
俺の提案に不思議そうな顔をしている本願くんを横目に、俺は交換日記のために買ったA5 サイズのノートを取り出した。
「じゃーん。これでやろう」
「LINEでよくないですか?わざわざノートに書かなくても」
俺がノートを見せると、本願くんはいかにも現代っ子なことを言う。
「手書きだからいいんだよ、こういうのは。やったことない?」
「ないです。女子が似たようなことをやって先生にノートを没収されてるのは見たことあります。もしかして交換日記って昔のヤンキーが流行らせた文化とかですか?」
「いや、ヤンキーというか女子の文化だと思うけど。とにかく!やってみようよ。書いたらポストに入れるってやり方で。内容は何でもOK!くだらないこととか悩み相談とか、好きに書いて」
面と向かって言いにくいことも交換日記なら言えたりするんじゃないかと、そういう考えだった。用事で長期不在にすることがあっても事前に日記に書いてもらえたら、俺がお節介おじさんにならずに済むという効果も期待していた。
「返す期限はなくていつでもいい、と言いたいところだけど決めないとグダグダになるから、いったん4日以内に返すってことでどう」
「あ、竹原さんの憧れだったんですか。交換日記」
色々説明する俺を見て、本願くんは謎が解けたという顔でポンと手を打つ。
(そういうわけではないけど、そういうことにしとくか)
本願くんは交換日記をやる理由がないと納得しなそうだった。ここは俺が大人として道化を演じよう。
「そう、俺交換日記好きなんだけど、全然続いたことなくてさ……。みんな2周くらいすると回さなくなっていって自然消滅しちゃうんだわ」
「なるほど……。そういうことならわかりました。交換日記やりましょう」
「よっしゃ。じゃ、俺が今日書いたらポストにノート入れておくから。次本願くんが日記書けたら俺のポストに入れて」
「はい、任せてください。……ところで、チョコもう1個いただいてもいいですか」
本願くんは交換日記よりもゴディバにずっと気を取られていて、先ほどから視線の6割がチョコに注がれていた。「好きなだけ持って帰っていいよ」と俺は残り半分のチョコを袋に入れたのであった。
20××/10/28 担当:たけはら
今日は菓子折りと佃煮をありがとう。水原さんにもお礼を伝えておいてください。ゴディバ最高!
(佃煮は夕飯でちゃんと食べました。おいしかったです。ビールにも合いました)
えーっと、それから。それから……。
俺から交換日記やろうとか言ったのに、いざ書き始めると何書けばいいのか悩むな……。
あ、趣味とか話したことなかったよね!趣味は何ですか?(書いて思ったけどお見合いみたいでキモイわ、ごめん)
俺は映画観るのが趣味かな。映画館で観るのが1番いいんだけど、欲望のままに見てるとお財布が死ぬんだよね……。
ちなみに俺の好きな映画は『ショーシャンクの空に』『インセプション』『マッドマックス』とか!他にもいろいろあるからまた押し付けでオススメする笑。
本願くんも好きな映画あったら教えて!
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20××/10/31 担当:本願
今日はハロウィンらしいです🎃←カボチャのつもりです
日本人ってハロウィンと全然縁ないのに好きですよね。そういう僕も日本人なので便乗して、お菓子を贈ります。野イチゴのジャムです。これ実質お菓子なので食べてください。
趣味って聞かれると悩みますね……。スポーツは苦手でテレビも観なくて(Youtubeで魚の捌き方とかは観ます)
その辺にある無料のものでご飯を作るのが好きですけど、これって趣味になるのかな……。あ、そしたら竹原さんとご飯食べるのが趣味ですかね!
実は映画全然観たことなくて……。結構高いんですね、映画。映画館も行ったことないので、いつかちゃんと観てみたいです。ポップコーン食べるらしいですよね。
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