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「護衛までとは言いません。ただルカ様の身を案じていただければと。私は至上宮の管理をしなければならず、いつ何時もおそばに控えるというのは不可能です。不躾なご依頼となり申し訳ございませんが、ルカ様にお力が戻らないこととルカ様に危険が及ぶことは魔界の損失です。どうかご協力いただきたく存じます」

 イリスさんは深々と頭を下げた。4王子たちは言いたいことはありそうなものの、イリスさんの言い分を真っ向から否定もできないようだ。いい歳して学校生活が始まるのかと気を取られていた俺は、沈黙が落ちたことに気づいて手を挙げた。

「あの~。素人質問なんですけど、俺が学校生活始めると色んな人に顔を知られるじゃないですか。至上様の顔って基本隠されてるのに大丈夫なんですかね」
「それについては、最終的に私が記憶を抹消させます」
「イリスさん、記憶消せるんですか!?」
「イリス殿は至上様の唯一の側近で、至上様から魔力を与えられた特別な存在ゆえ、強力な魔法を使えます。学院の関係者全員となればかなり消耗が激しいでしょうが」
「ご説明ありがとうございます。至上様のご尊顔は、限られた者──今回でいえば、私と4王子しか知ってはなりません。お目覚めの際にいた下僕たちは、私が記憶を消す決まりで既に皆記憶抹消済です。配偶者が決まる際には、それ以外の候補者の記憶は至上様が消されるため、最終的には私と配偶者である魔王のみがご尊顔を知っていることになります」
「なるほど……イリスさんは強キャラってことですね」

 とりあえず俺の心配は杞憂らしい。

「それから偽装の身分は作成済です。ルカ・サトーという名前はそのままに『永久中立国のファーブロスから来た末端貴族の子息』という設定で、ある程度調べられてもボロが出ない状態になっています。跡継ぎが魔法を使えないことを嘆いた当主が、私を頼ったということにします。4王子とルカ様に面識があるのは、上に立つ者が弱者救済を学ぶ特別課題の対象となったということにしようかと」
「仕事が早いってレベルじゃないね。さすが至上様の側近。敵に回したら怖いよ~こういう人」
「最初からこの案を通す気しかないようですしね。柔らかそうに見えて我が強い」
「ルカ様、設定はこちらにまとめておりますのでお忘れなきように」

 クシェル王子とマーティアス王子がひそひそと──いや大して隠す気もない音量だったが──話すのを気にもせず、イリスさんは俺に俺の設定書類を渡した。両親と祖父母の名前、一族の財政状況、出身地の住所、幼少期の思い出など様々な捏造がしたためられている。

(これを一晩で……会社にいたら出世コースまっしぐらだろうな。そして俺はこれを覚えきれる気がしない)

「いかがでしょうか。この案に断固反対の方がいらっしゃれば、考え直します」

 イリスさんは終始、批判を想定して対策してきている敏腕営業マンのようだった。俺は学校生活が始まっても始まらなくてもどっちでもいいというか、どちらがいいのかわからない。現場の判断に任せようと4王子を見ると、反対の色は消えているようだった。

「……どうすれば力が戻るのかわからないのは事実。魔法を基本から学ぶというのは現状ある選択肢のひとつだ。護衛は癪だが、こいつを守らなければこちらにも不利益がある。俺は側近の話に乗る」
「俺はルカくんと学校生活が送れるなら、そっちの方が楽しそうだからいいよ。守ってあげられるの嬉しい」
「イリス殿がそうまでするなら、従うまでです。至上様が機能していない現状、至上宮の最高意思決定者はイリス殿ですから」
「僕は心配です。でも至上様が安全を手に入れるために、魔法を学んでほしいとは思います。一緒に頑張りましょう」
「あ、俺はみなさんの総意に従います」

 四者四様、賛成の意思を示したのを見て、俺も一応従う意思を言っておく。

「ご了承いただきまして誠にありがとうございます。それではルカ様のアクラマ入学手続きを進めて参りますので、しばしご歓談を」
「え、今から行くんですか?」
「はい。私から学院長に言えば話はすぐ通ります。通らずとも記憶改ざんで通しますのでご安心ください」

 イリスさんは恐ろしいことを笑顔で言って、次の瞬間消えた。転位魔法で学院長室にでも行ったのだろう。

(急に至上様の側近がアポなし訪問してきたら、めっちゃ焦るだろうな学院長……)
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