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第一章 出会う前から知っていた
折れた剣・2
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話をしたい、と言った後、ミシュアは鉄を打つ彼の横顔を何となく眺めていた。
切れ長の鋭い目、通った鼻。一見、気難しく厳しい……話しづらそうだと感じていたが、口を開いた彼は何処か、可笑しかった。
ただ、鉄を打つ彼の横顔は真剣そのもの。
彼の横顔は、剣を振るう騎士に似ていた。だからこそ、鉄を叩く音が剣撃音と似ているのだと妙に納得した。
鉄を打つ彼の横顔が纏う雰囲気は、最初の印象通り、厳しそうで気難しそう。
(……でも、ほんの少しだけ違う)
何が違うのか、ミシュアには分からなかった。
もっと言えば、何故、彼と話をしたいと思ったのかも。
(普通の武具師とは違う……もっと怒っているみたいか、偉そうか、逆に卑屈か)
思いあぐねていると、カンッと鉄が打たれた。
小屋に入る前から惹かれていた、鉄を打つ音色はやはり耳に心地よかった。
彼が火炉と言った炉――細長く凹の形で火のついた木炭が敷き詰められている――から響く、ぱちぱちという音も落ち着く。また、彼が扇型のふいごで火炉に風を送り込み、ごぉーという響きも新鮮な響きだ。
不意に興味が湧いてきて、周囲を見渡す。
まず、赤熱した鉄……その下にも鉄で出来た台が敷かれている。その鉄の台は小さな机のようで、ツノのようなものが突き出ている。ミシュアは魔獣の一角牛を、連想した。そんな鉄の台の更に下には、切り株がある。もともと大樹だったのだろう、大きく立派な根を張っている。
ミシュアは視線を遊ばせるように、巡らした。
手狭な小屋は、整理されているが、物が多く雑然として見えた。鉄の材料らしき石や、成形したろう鉄板……そして壁にかけられ並べられている、鍛冶道具。大小様々な玄翁、鉄の杭、火ばさみが見える。また、同じく壁に掛けられた幾つもの剣、槍、斧。意外なことに、甲冑もあった……いや、それよりも意外なのは。
半ばから折れ、錆び付いた剣が壁に祭壇のように飾られていることだ。
(……あれは……?)
内心で首を傾げた時だった、じゅーという音を耳が拾い、視線を巡らせると。
「お待たせしました……剣の鍛え直しの話を伺いますよ」
彼が赤熱化した鉄を足下の水の張った桶に浸し、こちらに顔を向けていた。その顔からは鉄を打つ時の真剣さがなくなっている。切れ長がかすかに緩んだ穏やかな彼の顔を見て、思った。
(他の武具師と違って――)
ミシュアは戦っている時のように、確信的な直感が囁く。
(わたしから評価されようなんて、考えてないんだ……多分)
間違いかどうか確かめようと、ここに来た理由の内の一つを、ミシュアは口にした。
「フィフススター・マイスター」
「……」
「記録上、最年少で最短にして、ゴルドバ大陸王国連合の身分評議会に最上の位の刀工として評価された、ギレイ=アド……違いありませんね?」
「……ええっと」
ギレイは困ったように、鼻を指でかいている。
「二、三年だったかな? とにかく昔の話です。それに、僕は今、評議会には確か……」
首をひねるギレイに、ミシュアは内心で少しだけ笑ってしまう。
(身分評議会がつけた位を知らない人なんて……居るんだな)
ミシュアの脳裏に過ぎるのは、騎士の身分を剥奪された壮年の男。その男は騎士の本分足る戦闘技術、その才がないと身分評議会に評価され、商人への転進を余儀なくされた。
(身分評議会の評価――位は今はもう、『身分』なのに)
旧来の、血筋による身分制度は更新されている。身分評議会による、才能の評価がそのまま『身分』とされているのだった。
「ギレイさん、今の貴方はセカンドスターです」
「はぁ……そうですか」
「はい」
「えっと? 剣の鍛え直しの……? あれ? 評価低いから、断られる?」
うろたえたようなギレイに思わず、ミシュアは笑ってしまいながら、
「ふふっ……まさか、逆です」
抱えていた革袋を、差し出す。
「え、え~っと? どういうこと? まぁ、いいや……はい、拝見します」
首を傾げながらも、ギレイは革袋を受け取る。そしてすぐ、ミシュアが言った身分評議会のことなど忘れたかのように、ギレイは革袋から取り出した剣の残骸を見つめる。本当に真剣に。
ただ一瞬だけ…………折られた剣、断面を見つめた時にだけ、ギレイの顔が曇った。悲しそうで、苦しそうだった。まるで自分の身体が、傷ついたかのように。
ミシュアは口を開きかけるが、当のギレイはもう真剣な顔をしていた。いや、というか。
「いいな~この鐔の付け方。振るい手のこと、考えてる。これなら、下級飛竜の爪にも……」
独り言のように、けれど、わりと普通な声量で言う彼の顔は本当に楽しそうなものとなっていた。時を忘れて遊ぶ、少年のように。
ミシュアは彼を見て、思い出す。
(……あったな、私にも。覚えたての剣術を木の剣で……夢中で)
思い出に少し浸りつつ、ミシュアは彼に思う。
(もう少し、ゆっくりと話がしたいな)
何を話すのかは分からないけど、そして、楽しそうで真剣に剣を見定めようとする彼を邪魔してはいけないとも思うけど。そんな色々な思いを胸の内で抱いていると、彼は言った。
「あ、そういえば」彼は言ってくれたのだ。「ゆっくり話をしたいって……」
「……ええ」
「まずは、この剣のお話からさせて下さいね~」
剣から目を離さずに、鼻歌交じりに言う彼に笑ってしまいながら、ミシュアは「ええ」と短く返していた。
切れ長の鋭い目、通った鼻。一見、気難しく厳しい……話しづらそうだと感じていたが、口を開いた彼は何処か、可笑しかった。
ただ、鉄を打つ彼の横顔は真剣そのもの。
彼の横顔は、剣を振るう騎士に似ていた。だからこそ、鉄を叩く音が剣撃音と似ているのだと妙に納得した。
鉄を打つ彼の横顔が纏う雰囲気は、最初の印象通り、厳しそうで気難しそう。
(……でも、ほんの少しだけ違う)
何が違うのか、ミシュアには分からなかった。
もっと言えば、何故、彼と話をしたいと思ったのかも。
(普通の武具師とは違う……もっと怒っているみたいか、偉そうか、逆に卑屈か)
思いあぐねていると、カンッと鉄が打たれた。
小屋に入る前から惹かれていた、鉄を打つ音色はやはり耳に心地よかった。
彼が火炉と言った炉――細長く凹の形で火のついた木炭が敷き詰められている――から響く、ぱちぱちという音も落ち着く。また、彼が扇型のふいごで火炉に風を送り込み、ごぉーという響きも新鮮な響きだ。
不意に興味が湧いてきて、周囲を見渡す。
まず、赤熱した鉄……その下にも鉄で出来た台が敷かれている。その鉄の台は小さな机のようで、ツノのようなものが突き出ている。ミシュアは魔獣の一角牛を、連想した。そんな鉄の台の更に下には、切り株がある。もともと大樹だったのだろう、大きく立派な根を張っている。
ミシュアは視線を遊ばせるように、巡らした。
手狭な小屋は、整理されているが、物が多く雑然として見えた。鉄の材料らしき石や、成形したろう鉄板……そして壁にかけられ並べられている、鍛冶道具。大小様々な玄翁、鉄の杭、火ばさみが見える。また、同じく壁に掛けられた幾つもの剣、槍、斧。意外なことに、甲冑もあった……いや、それよりも意外なのは。
半ばから折れ、錆び付いた剣が壁に祭壇のように飾られていることだ。
(……あれは……?)
内心で首を傾げた時だった、じゅーという音を耳が拾い、視線を巡らせると。
「お待たせしました……剣の鍛え直しの話を伺いますよ」
彼が赤熱化した鉄を足下の水の張った桶に浸し、こちらに顔を向けていた。その顔からは鉄を打つ時の真剣さがなくなっている。切れ長がかすかに緩んだ穏やかな彼の顔を見て、思った。
(他の武具師と違って――)
ミシュアは戦っている時のように、確信的な直感が囁く。
(わたしから評価されようなんて、考えてないんだ……多分)
間違いかどうか確かめようと、ここに来た理由の内の一つを、ミシュアは口にした。
「フィフススター・マイスター」
「……」
「記録上、最年少で最短にして、ゴルドバ大陸王国連合の身分評議会に最上の位の刀工として評価された、ギレイ=アド……違いありませんね?」
「……ええっと」
ギレイは困ったように、鼻を指でかいている。
「二、三年だったかな? とにかく昔の話です。それに、僕は今、評議会には確か……」
首をひねるギレイに、ミシュアは内心で少しだけ笑ってしまう。
(身分評議会がつけた位を知らない人なんて……居るんだな)
ミシュアの脳裏に過ぎるのは、騎士の身分を剥奪された壮年の男。その男は騎士の本分足る戦闘技術、その才がないと身分評議会に評価され、商人への転進を余儀なくされた。
(身分評議会の評価――位は今はもう、『身分』なのに)
旧来の、血筋による身分制度は更新されている。身分評議会による、才能の評価がそのまま『身分』とされているのだった。
「ギレイさん、今の貴方はセカンドスターです」
「はぁ……そうですか」
「はい」
「えっと? 剣の鍛え直しの……? あれ? 評価低いから、断られる?」
うろたえたようなギレイに思わず、ミシュアは笑ってしまいながら、
「ふふっ……まさか、逆です」
抱えていた革袋を、差し出す。
「え、え~っと? どういうこと? まぁ、いいや……はい、拝見します」
首を傾げながらも、ギレイは革袋を受け取る。そしてすぐ、ミシュアが言った身分評議会のことなど忘れたかのように、ギレイは革袋から取り出した剣の残骸を見つめる。本当に真剣に。
ただ一瞬だけ…………折られた剣、断面を見つめた時にだけ、ギレイの顔が曇った。悲しそうで、苦しそうだった。まるで自分の身体が、傷ついたかのように。
ミシュアは口を開きかけるが、当のギレイはもう真剣な顔をしていた。いや、というか。
「いいな~この鐔の付け方。振るい手のこと、考えてる。これなら、下級飛竜の爪にも……」
独り言のように、けれど、わりと普通な声量で言う彼の顔は本当に楽しそうなものとなっていた。時を忘れて遊ぶ、少年のように。
ミシュアは彼を見て、思い出す。
(……あったな、私にも。覚えたての剣術を木の剣で……夢中で)
思い出に少し浸りつつ、ミシュアは彼に思う。
(もう少し、ゆっくりと話がしたいな)
何を話すのかは分からないけど、そして、楽しそうで真剣に剣を見定めようとする彼を邪魔してはいけないとも思うけど。そんな色々な思いを胸の内で抱いていると、彼は言った。
「あ、そういえば」彼は言ってくれたのだ。「ゆっくり話をしたいって……」
「……ええ」
「まずは、この剣のお話からさせて下さいね~」
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