ある解放奴隷の物語

二水

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第二十五話 鉄は熱いうちに叩け

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 道具は大切に扱うものだ
 自分が作ったものなら愛着もあるだろう
 これからの旅の相棒になるのだから
   ――吟遊詩人ジーンの歌より


 合計で五日間の鍛冶の手伝いを終え、ベンは約束通りヨナに武器作りを伝授することになった。
 大の大人でも常に轟轟と燃え続ける竈の熱気の中で作業をすることに耐えられず音を上げる者が多い中、文句ひとつ言わず指示通りに仕事をこなしたヨナをベンは見直し評価した。
「お前頑張った。俺助かった」
 今日の分の報酬の銀貨五枚と、依頼の延長を引き受けた礼としてベンはそこから銀貨十枚を足してヨナに支払った。
「約束。武器作り方、教える」
 ベンは工房で竈に石炭を放り込み、それらが勢いよく燃え上がるのを確認すると、ヨナに「短剣見せろ」といって彼の短剣を受け取った。
 魔物との一戦を終えた量産品のそれはただ一度使っただけで刃が毀れてしまっていた。
 ふむ、と彼はその剣を指で数回弾いた後、「これ使う」と言って短剣を根元から折った。
 彼曰く材料は無駄にできないため壊れた武器や消耗した鎧なども分解して再度鍛えなおして新たに作ることもあるそうだ。
「お前小さい。ナイフ、使いやすい。」
 このくらいの、とベンが刃渡りを手で表現する。それはヨナの短剣の半分にも満たない長さであったが、彼が旅人として移動や野営をすることを見越した携行性や日常的に使える利点を重視したものであった。
 ヨナは自分がそれを持つ姿を想像し、それから「わかった」と頷いた。
 剣の形から鋼に打ちなおす作業は力が必要なためベンがやるという。ヨナはそれを見ながら竈に石炭を入れ続け火を弱めないように努めた。
 折った剣をさらにいくつかに折って数個の破片にした後、それらを重ねて熱してから砂を馴染ませつつひたすらに叩いた。
 作業を繰り返していくうちに短剣だったものは一つの小さな鉄の塊になった。
 ここからヨナに引き継いで武器を形作らせるという。
 自分の思い描くナイフの形をヨナは絵にしてベンに相談する。いくつかの手直しを加え、ふたりは最終的に戦闘にも使える狩猟用のナイフを作ることになった。
 鉄塊を何度も火にくべながら叩いて伸ばし、形を作っていく。何十回も何百回も槌を振るって自分が思い描く形に近づけようと叩き続けた。
 形を作り、焼きを入れる。刃を磨くと何重にも重なった鋼がはっきりと波模様を映し出した。
「綺麗……」
 ヨナは思わず口からそうこぼした。実用性もさることながら、重々しくも優雅なその模様は芸術作品ともいえる風合いだ。
 それから二人は細部の仕上げと柄の作成に取り掛かった。
 あれがいい、こうがいいなど意見を出すが、最終的にはベンの提言による『日常生活から狩猟や戦闘にも耐えうる実用性』という本来の目的に沿う事となり、取り回しのしやすい形に加工することになった。
 いろいろなことを話しながら作業をすすめる。ベンは言葉は拙いが、かつての巨人の仲間のことや自分がいかに鍛冶屋としての仕事に誇りを持っているかをヨナに聞かせた。
 誇りというものを大切にする理由がヨナには理解できなかったが、その話をするときのベンの顔はとても目が輝いていて覇気があるように感じられた。
「できた。これ、おまえのもの」
 最後に仕上げ完成したナイフをヨナに手渡し感触を確かめる。肉厚で短剣とさほど変わらぬほどの重さを持つ凝縮された鉄の重みがずしりとヨナの腕を引っ張る。しかしいざそれを振ってみると、重心をなるべく手元へ寄せたベンの配慮によって決してナイフに振り回されることはなく、少し慣れれば自在に使えそうなほど手に馴染んだ。
 試し切りにぶ厚い皮の果物を持ってきてヨナに切らせる。少し力を入れるだけで切っ先は皮に突き刺さり、そのまま押し込むとするりと果物を二つに割って汁が滴った。
「よく切れる。すごい」
 ヨナは刃を服の裾で拭ってその切れ味をベンに伝えた。
「俺のナイフ、石も砕く。刃も毀れない」
 大した手入れはしなくても使った後に軽く拭く程度で十分に切れ味を保てるそうだ。使い続ける限り錆びることはなく、どんな扱いをしても決して折れることがないという。
 それでも手入れをするに越したことはなく、焼き直しや研磨の作業をすれば常にその性能を十分に引き出せるとベンは言った。
「もし手入れする、巨人の鍛冶屋探せ」
 外には所々で巨人が暮らしており、男の多くは自分の装備を自作するために鍛冶ができる者も多いという。そして巨人が作った装備を修理できるのは同じく怪力を持つ巨人だけであるそうだ。
 彼らの伝承では巨人が鍛冶を人に教えたが、人の力が弱すぎた結果身につかなかったそうだ。それでも人は武器を作り続けて粗悪な品質のものが当たり前のように出回っていることを一部の巨人は嘆いているという。
「でもここの職人、みんないいやつ。だから俺手伝う」
 誰が作ったかなどは問題ではなく、自分の仲間には手伝いを惜しまない。不器用な巨人の義理堅さをヨナは感じ取った。
 最後にベンはナイフを入れるための鞘を作ってくれた。厚手の革を縫い合わせて留め具をつける。それに穴をあけて紐を通せるようにし、どこにでも取り付けられるようにした。
 腰袋の帯に紐を通してナイフを腰に固定する。これなら動いても落ちることはなく安定しそうだ。ヨナはすばやく抜く動作を二三度試したあとに満足そうに「ありがとう」とベンに礼を言った。
「それと、これ。飾り石の欠片。お前の友達、あげろ」
 ざらっと音がする小さな麻袋をヨナに渡し、ベンは「よく頑張った。お疲れ様」と見送った。
 外はすっかり暗く、他の店の多くはすでに閉まっていた。
「ヨナ君!」
 帰り道を歩いていると、戻りが遅いので心配になったノーラがちょうど駆けてきた。
「大丈夫ですか?」
「うん、これベンと作ってた」
 ヨナは腰からナイフを取り出してノーラに見せた。月の明かりで鈍く光る刃を見てノーラは「とても綺麗ですね」と言う。
「この模様は描いたんですか?」
「ううん、僕の短剣を重ねて叩いたらこうなった」
 鋼自体の模様だと説明するとノーラは「神秘ですね」と不思議そうに眺めた。
 独特の模様が浮き出る刃物は、鋼を重ねて鍛えるだけの力と、それを加工する技を持つ名工の証明にもなる。手伝ってもらったことが多いとはいえ、ヨナにとってそれは金銭的な付加価値以上に自分の経験と知識と五日間の思い出として大切にしたくなる宝物だった。
「さあ、帰りましょう」
 ノーラに手を引かれて帰り道を歩く。
 星々は槌で叩かれた鉄のように明るく輝いていた。

 
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