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第二章 友人と恋人
第十話
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◇◇◇
《ユウさん、こんばんは! あのですね、実は私、ユウさんの漫画を描いてみたんです》
日曜の夜、シアンさんから飛んできたDMを読んで、俺はガッツポーズをした。
『クラセル』のキャラクターだけでなく、SNSで繋がっている親しいプレイヤーのアバターを登場させたものもある彼女の漫画は、今や『クラセル』界で大人気となっていた。一度でいいからシアンさんの漫画に出演したいと切望しているプレイヤーも多く、かくいう俺もその一人だ。
メッセージを見ている限り、ちょっと登場するだけではなく、主人公が俺かのような書き方をしている。一ページ漫画の中だったとしても、主人公になれるなんてテンションが上がる。
《そうなんですか! ありがとうございます。嬉しいです》
《今から漫画を送るので、SNSに載せていいかご判断願います!》
そんなもの、イジり倒されていてもオッケーを出すぞ俺は。シアン漫画の隠れファンなんだから。
送られてきた漫画は、可愛い女の子だと思っていたら実は男の人でした、という単純なストーリーだったが、シアンさん特有のほんわかした絵柄とテンポの良さでクスッと笑える内容に仕上がっていた。
これは俺が『クラセル』のアバターを女性にしていたことで、シアンさんは始め俺のことを女性だと思っていたらしいのだが、SNSでやりとりをしているうちに男性だと知って驚いた、というエピソードから着想を得たそうだ。
《すごく面白いです! シアンさんの漫画は読んでいてほっこりします》
《そう言っていただけると嬉しいです! わーい》
その日から、シアンさんの漫画にはよく俺が登場するようになった。それに、ほぼ毎日DMのやり取りをするようにもなった。ほとんどが『クラセル』に関する質問だったが、熱心に勉強している彼女を応援したくて、出し惜しみなく知識を提供した。
◇◇◇
中間考査初日の月曜日。あの勉強会の日から、初めて『勉強会』メンバーと顔を合わす日がやってきた。
苦手な数学のテストがあるし、彼らにどんな顔をして会えばいいのか分からず、朝から腹を壊すほど気分が落ち込んでいる。
全人類が俺から興味を失って欲しいと願っていた俺が、クラスメイトに嫌われてしまったかもしれないと怯えて登校する日が来るとは。こんなに教室のドアを開けることが怖い日なんて、今まで一度もなかった。
初めに目が合ったのは花崎さんだった。俺は咄嗟に目を背けてしまう。
席についた俺に、花崎さんが声をかけてくれる。
「南君。おはよ」
「……おはよ」
「……」
沈黙。きっと花崎さんも、何と声をかけたらいいのか分からないのだろう。
俺は消え入りそうな声を絞り出す。
「……この前、ごめん」
「ううん。気にしないで。それより、テスト頑張ろうね」
花崎さんの柔らかい声色に、自然と肩の力が抜ける。おそるおそる彼女を見ると、花崎さんは目尻を下げた。俺もつられて、少しだけ口角が上がる。
「おーーーい! 南!」
「おはよー!」
「おわっ!」
俺がいることに気付いた七岡と木渕が駆け寄ってくる。
謝らないと、と口をパクパクさせている俺の肩を、二人は強く叩いた。
「テスト頑張ろうな!」
「六十点以上取らねえと、俺にメシ奢るはめになるぞ!」
「……それは聞いてねえぞ!」
そうだったかあ? と木渕が笑う。七岡もいつもと同じ、うるさい声で騒いでいる。
酒井さんと中迫さんも、前となにも変わらない様子で俺に話しかけてきてくれた。
いつしか俺も彼らにつられて、思いっきり口を開けて笑っていた。
五日にわたる中間考査は、いつもよりも分からない問題が多く感じた。それを木渕と花崎さんに報告すると、それは俺がいつも以上に勉強を頑張ったからだと言っていた。
今までの俺は、分からない問題がどれかすら分かっていなかったようだ。人間とは不思議なもので、分からなさ過ぎたら逆に分かった気になるらしい。
中間考査最終日、『勉強会』グループで打ち上げをした。五日間お世話になったファミレスで、ドリンクバーで乾杯する。
木渕と花崎さんは涼しい顔で、酒井さんと中迫さんは「あーん難しかったよぉぉ」とうなだれて、ドリンクを啜る。
俺と七岡は、一喜一憂しながら二人で答え合わせをしていた。
「おい! 南、七岡! 料理来たから教科書しまえ!」
「あと一問だけ!」
一向に料理に手をつけない俺たちに、木渕と花崎さんは目を見合わせて微笑んでいた。
自己採点では、数学の点数は六十八点だった。正直に言うと八十点は取れたと思っていたのに。せめてあと二点は欲しかった。
悔しがっている俺を見て、木渕が満足げに頷いた。
「テストの結果で悔しがるのは、勉強した証拠だぞ南! 次は七十点目指して頑張ろうな!」
「次は八十点取るし!」
「おお、その意気!」
俺と七岡の成績は、どっこいどっこいだった。
一方、木渕は百点を逃したと悔しがっていた。自己採点の点数を聞くと、九十七点だと言う。その点数で何が不満なんだと尋ねると、勉強を本気で頑張っていたら、百点が取れないと死ぬほど悔しいんだと木渕は答えた。
俺はまだ木渕の領域までは達していないが、今回の考査はいつもより頑張れた気がする。
次は七岡よりも、ずっと良い成績を残してやるからな。覚悟しておけよ。
《ユウさん、こんばんは! あのですね、実は私、ユウさんの漫画を描いてみたんです》
日曜の夜、シアンさんから飛んできたDMを読んで、俺はガッツポーズをした。
『クラセル』のキャラクターだけでなく、SNSで繋がっている親しいプレイヤーのアバターを登場させたものもある彼女の漫画は、今や『クラセル』界で大人気となっていた。一度でいいからシアンさんの漫画に出演したいと切望しているプレイヤーも多く、かくいう俺もその一人だ。
メッセージを見ている限り、ちょっと登場するだけではなく、主人公が俺かのような書き方をしている。一ページ漫画の中だったとしても、主人公になれるなんてテンションが上がる。
《そうなんですか! ありがとうございます。嬉しいです》
《今から漫画を送るので、SNSに載せていいかご判断願います!》
そんなもの、イジり倒されていてもオッケーを出すぞ俺は。シアン漫画の隠れファンなんだから。
送られてきた漫画は、可愛い女の子だと思っていたら実は男の人でした、という単純なストーリーだったが、シアンさん特有のほんわかした絵柄とテンポの良さでクスッと笑える内容に仕上がっていた。
これは俺が『クラセル』のアバターを女性にしていたことで、シアンさんは始め俺のことを女性だと思っていたらしいのだが、SNSでやりとりをしているうちに男性だと知って驚いた、というエピソードから着想を得たそうだ。
《すごく面白いです! シアンさんの漫画は読んでいてほっこりします》
《そう言っていただけると嬉しいです! わーい》
その日から、シアンさんの漫画にはよく俺が登場するようになった。それに、ほぼ毎日DMのやり取りをするようにもなった。ほとんどが『クラセル』に関する質問だったが、熱心に勉強している彼女を応援したくて、出し惜しみなく知識を提供した。
◇◇◇
中間考査初日の月曜日。あの勉強会の日から、初めて『勉強会』メンバーと顔を合わす日がやってきた。
苦手な数学のテストがあるし、彼らにどんな顔をして会えばいいのか分からず、朝から腹を壊すほど気分が落ち込んでいる。
全人類が俺から興味を失って欲しいと願っていた俺が、クラスメイトに嫌われてしまったかもしれないと怯えて登校する日が来るとは。こんなに教室のドアを開けることが怖い日なんて、今まで一度もなかった。
初めに目が合ったのは花崎さんだった。俺は咄嗟に目を背けてしまう。
席についた俺に、花崎さんが声をかけてくれる。
「南君。おはよ」
「……おはよ」
「……」
沈黙。きっと花崎さんも、何と声をかけたらいいのか分からないのだろう。
俺は消え入りそうな声を絞り出す。
「……この前、ごめん」
「ううん。気にしないで。それより、テスト頑張ろうね」
花崎さんの柔らかい声色に、自然と肩の力が抜ける。おそるおそる彼女を見ると、花崎さんは目尻を下げた。俺もつられて、少しだけ口角が上がる。
「おーーーい! 南!」
「おはよー!」
「おわっ!」
俺がいることに気付いた七岡と木渕が駆け寄ってくる。
謝らないと、と口をパクパクさせている俺の肩を、二人は強く叩いた。
「テスト頑張ろうな!」
「六十点以上取らねえと、俺にメシ奢るはめになるぞ!」
「……それは聞いてねえぞ!」
そうだったかあ? と木渕が笑う。七岡もいつもと同じ、うるさい声で騒いでいる。
酒井さんと中迫さんも、前となにも変わらない様子で俺に話しかけてきてくれた。
いつしか俺も彼らにつられて、思いっきり口を開けて笑っていた。
五日にわたる中間考査は、いつもよりも分からない問題が多く感じた。それを木渕と花崎さんに報告すると、それは俺がいつも以上に勉強を頑張ったからだと言っていた。
今までの俺は、分からない問題がどれかすら分かっていなかったようだ。人間とは不思議なもので、分からなさ過ぎたら逆に分かった気になるらしい。
中間考査最終日、『勉強会』グループで打ち上げをした。五日間お世話になったファミレスで、ドリンクバーで乾杯する。
木渕と花崎さんは涼しい顔で、酒井さんと中迫さんは「あーん難しかったよぉぉ」とうなだれて、ドリンクを啜る。
俺と七岡は、一喜一憂しながら二人で答え合わせをしていた。
「おい! 南、七岡! 料理来たから教科書しまえ!」
「あと一問だけ!」
一向に料理に手をつけない俺たちに、木渕と花崎さんは目を見合わせて微笑んでいた。
自己採点では、数学の点数は六十八点だった。正直に言うと八十点は取れたと思っていたのに。せめてあと二点は欲しかった。
悔しがっている俺を見て、木渕が満足げに頷いた。
「テストの結果で悔しがるのは、勉強した証拠だぞ南! 次は七十点目指して頑張ろうな!」
「次は八十点取るし!」
「おお、その意気!」
俺と七岡の成績は、どっこいどっこいだった。
一方、木渕は百点を逃したと悔しがっていた。自己採点の点数を聞くと、九十七点だと言う。その点数で何が不満なんだと尋ねると、勉強を本気で頑張っていたら、百点が取れないと死ぬほど悔しいんだと木渕は答えた。
俺はまだ木渕の領域までは達していないが、今回の考査はいつもより頑張れた気がする。
次は七岡よりも、ずっと良い成績を残してやるからな。覚悟しておけよ。
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