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第二章 友人と恋人

第十一話

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 そして、地獄の土曜日がやってくる。
 俺が集合場所に到着したときには、俺以外の全員が集まっていた。
 相変わらず女子たちはキメ顔をして自撮りをしており、男子たちはスマホをいじりながらボソボソと会話をしている。

「あ! 結也先輩来たー!!」
「ごめん。遅くなった」
「ううん! 時間ぴったりだよ!」

 真っ先に俺に気付いたのは葵ちゃんだった。手を振りながら駆け寄り、自然な流れで俺の腕にしがみつく。細すぎる彼女の腕は骨の感触しかしなかった。ちなみに胸は大きくて柔らかいです。

「早く行きましょ! せーんぱい!」

 葵ちゃんに連れられてみんなと合流する。そのままテーマパークへ向かい、ゲートをくぐった。
 テーマパークの中へ足を踏み入れると、異世界転移したような感覚に陥った。

 誰もが聴いたことのある、胸が躍らずにはいられないBGMに包まれた、中世のヨーロッパのような風景が広がっている。噴水の奥にそびえる城の前をカラスが飛んでいるだけで、情緒溢れるワンシーンになるから不思議だ。

「きゃー! ボンジョルノくんだー!」

 雰囲気に浸っていると、女子たちの甲高い声が耳をつんざいた。
 いつの間にかエントランスに、マスコットキャラクターの着ぐるみがいた。それらは大袈裟なジェスチャーをして入場者を歓迎している。
 女子たちは目にも止まらぬ速さでスマホを連打して、マスコットキャラクターを撮影した。

「結也先輩! ボンジョルノくんと一緒に撮りましょぉー!」

 葵ちゃんに手を引かれて、ボンジョルノくん(レッサーパンダをモチーフにしたキャラクター)のところへ連れて行かれる。

「絶対いや。写真はマジでいやなんだって。俺カメラマンするからさ。ほら、葵ちゃんとボンジョルノくんのツーショット撮ってやるから」
「えー!? 何言ってんの先輩? 先輩とボンジョルノくんのスリーショットが撮りたいのー!」
「いや、も、やめっ……」

 俺には拒否権がないようだ。結局、無理矢理マスコットキャラクターの隣に立たされ、その上カメラに向かってポーズをとらされた。最悪だ。今すぐ葵ちゃんのスマホを叩き割りたい。

 俺は抑えられない怒りを、着ぐるみを睨みつけることで発散した。だが途中で、この着ぐるみの中には労働している人間が入っているんだなと考えてしまい、一瞬にして世知辛い現実に引き戻されたし、罪もない従業員を睨みつけていたことが申し訳なくなった。

 それから俺たちはアトラクションを回るわけだが、なぜかずっと葵ちゃんに腕にしがみつかれていた。それだけじゃない。アトラクションに乗るときは必ず葵ちゃんの隣に座らされ、ことあるごとに葵ちゃんに写真を撮られ、葵ちゃんの自撮りに参加させられ、葵ちゃんと食べ物を半分こさせられる。

 俺は、心と脳みそをシャットダウンして、この苦痛な時間を耐え忍ぶ。
 そうこうしているうちに、いつの間にか、俺と葵ちゃんは恋人つなぎをしていた。

「先輩、パレードきれいですねっ」
「あ、うん、そうだね」

 イルミネーションで彩られた乗り物の上で、マスコットキャラクターが踊っている。
 葵ちゃんがこちらを見ていることに気付き、俺も彼女に視線を移した。

 夜になっても少しも崩れていない化粧。作り物のように滑らかな肌と、潤いのある唇。
 彼女の瞳には、イルミネーションの光が映りこんでいる。
 着ぐるみのマスコットキャラクターよりも、彼女の方がずっと非現実的だった。

「……先輩」

 葵ちゃんが上目遣いで俺を呼んだ。

「ん?」
「……好きです」

 彼女の瞳が潤む。

「付き合って、ください」

 そして、俺の腕にきゅっとしがみついた。

 その時の葵ちゃんは、男だったら誰だって惚れてしまうだろうってくらい可愛かったはずだ。
 確かに俺も可愛いと思った。

 だがそれよりも、俺の頭の中で鳴り響く、友人たちと交わしてきた過去の会話に気を取られた。


《ま、あの子よりは私たちのほうがマシかな~》
《きゃはは! 葵、何言ってんのぉ?》
《そんなの当然じゃあん!》
《比べるまでもないよぉ!》
《あんなだらしない体で結也先輩の前に現れちゃダメでしょー!》

《お前そろそろ彼女見つけろよー》
《この前クラスの女子が、ゲイなんじゃねえかって話してるの聞いたぞー?》

《結也先輩は、どんな子がタイプなんですかっ?》

《あれ? 結也先輩まさか、ああいう子がタイプだったり~?》


 あ、あはは。そんな、まさか。


「……」

 こんなに可愛い葵ちゃんの告白を断ったら、俺の性癖が普通じゃないことがバレるかもしれない。それどころか、ゲイというデタラメな噂が広がってしまうかもしれない。
 返事をできずにいる俺を急かすように、葵ちゃんが言葉を足す。

「先輩……。だめ、ですか……?」

 ……逆に、葵ちゃんと付き合えば、俺がデブ専だということもバレないし、ゲイと誤解されることもないのでは。

「……いいよ」

 俺がそう答えると、葵ちゃんの顔がパァッと輝いた。そしてすぐさまスマホを取り出し、自撮りをする。
 俺は今日、一体何枚の写真を撮られてしまったのだろう。

「やったー!! じゃあ先輩、付き合った記念に撮りましょう~!」

 思えば、今日、葵ちゃん以外の子たちとほとんど話していなかった。この前あんなにスキンシップが激しかった栞奈ちゃんでさえ、七岡たちとばかり会話していた。そして男子組もまた、葵ちゃん以外の女子とばかり喋って、俺のことは最低限しか構わなかった。

 きっと今日のこれは、葵ちゃんが仕掛けた罠だったのだろう。
 俺と付き合うために、棚本妹を利用してセッティングした罠。俺以外のメンバーと打ち合わせて、できるだけ二人の世界を作らせていたのか。

 一度しか会ったことがない、内面もロクに知らない俺を仕留めるために、葵ちゃんはここまでやってのけた。
 それはきっと、彼女も俺と同じように、子どもらしい思惑があったのだろう。

 俺は、葵ちゃんが彼女というステータスが欲しかった。
 そして葵ちゃんも、俺が彼氏というステータスが欲しかった。

 俺たちは恐らく、互いに恋愛感情を抱いてはいない。

《☆記念日☆ 葵♡結也 お付き合いすることになりました♡ しあわせ♡》

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