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第三章 ブロンテとルノワール

第三十二話

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 ◇◇◇

 夏休み中、図書館に足を運ぶと、だいたい栞奈ちゃんと遭遇した。そんな日が数日続き、いつしか図書館に行く前に、《今日は図書館行くの?》とメッセージを送り合うようになっていた。

 読書スペースで、日本史の課題をする俺と、読書をしている栞奈ちゃんが隣り合って座る。
 少しでも俺が『クラセル』を開こうものなら、ぺちんと手を叩かれて「集中~」と注意をされる。おかげで、『クラセル』のイン率は下がったが、無事日本史の課題を終わらせることができた。

「あー。終わったー。これ、栞奈ちゃんが見張ってくれてなかったら絶対こんな早く終わってなかった」
「うんうん! 先輩って集中力ないよねー」
「そんな笑うなよ」

 腕を小突くと、彼女は「はーい」と返事をして本に視線を戻したが、しばらくすると肩を震わせてプッと噴き出した。栞奈ちゃんが楽しそうなら何よりだ。

 その時、バイブ音と共にスマホが光り、メッセージの通知を表示した。花崎さんからだ。

《南くん、白浜のプレゼンの準備は順調?》
「あ」

 日本史の課題に必死で、すっかり忘れていた。白浜のプレゼンの準備なんて、ひとつも進んでないぞ。
 栞奈ちゃんが無遠慮に俺のスマホを覗き込む。

「あっ! ハナサキさんからだー! 結也先輩、今はハナサキさんと付き合ってるのー?」
「付き合ってない。ただの友だち」
「ふーん」

 ニヤニヤと笑う栞奈ちゃんは、俺の言葉を全く信じていないようだった。
 だから俺は、同じクラスで仲の良い『勉強会』グループの中に彼女がいることと、八月に彼らと白浜に旅行すること、その前に白浜の観光地についてプレゼン大会をすることを事細かく説明した。
 それを聞いた彼女は目を輝かせて「おもしろそー!」と足をばたつかせる。

「なにその楽しい遊びー! 楽しいのに勉強にもなるなんて! わー、いいなー!」
「自由研究をこれで済ませられるのは助かるけど、別に楽しくはないだろ……」
「楽しいよー! みんなで調べて、発表して、観光マップ作るなんて! 絶対楽しいよー!」

 知識欲が強い栞奈ちゃんにとっては、確かに楽しい取り組みなのかもしれない。俺よりも栞奈ちゃんの方が、よっぽど『勉強会』グループと馬が合うんじゃないのか?

「それより早く! ハナサキさんに返事しなよー!」
「えー。何て返せばいい?」
「素直に全くできてないーって言えばいいじゃん!」
「恥ずかしくない?」
「見栄張って嘘つく方が恥ずかしいよ! ほら、ゴーゴー!」

 俺一人だったら、適当な嘘をついていたと思う。だが栞奈ちゃんにガン見されていたので、俺はいやいや正直に返した。

《実は全く手をつけてない。花崎さんは?》
《あっ、よかったー。私もなの》
「ハナサキさんもだって! 良かったね!」
「何が良いのか分からないけど、まあ、安心した」

 栞奈ちゃんは「そうだ!」と手を叩き、悪いことを企んでいるような顔をする。

「ハナサキさんも図書館に呼んじゃおうよ! ここになら、白浜の雑誌とか、資料とか、たくさんあるよ! もちろんパソコンだってあるしー! 二人で調べた方がきっと楽しいよー」
「天才か? 天才だな!」

 乗せられた俺は、花崎さんを図書館に誘ってみた。すぐに一時間以内に行くと返事が来る。花崎さんも案外乗り気だ。

「じゃーハナサキさんが来るまでに、使えそうな資料探しとこうよー!」
「お、いいね。探してくる」
「私も手伝うー!」

 立ち上がった彼女に、俺は首を傾げた。

「栞奈ちゃんは読書したいんじゃない? 俺だけで大丈夫だよ」
「ううん! 私も探したいのー。観光雑誌はあっちに置いてるよ、行こ!」

 短いスカートをひらめかせて、踊るように図書館を歩いていく栞奈ちゃん。パンツが見えそうで見えないのがすごい。
 俺が観光雑誌を一冊見つけたときには、栞奈ちゃんは既に三冊の白浜に関する本を抱えていた。
 読書スペースに戻り、かき集めた本を机に載せると、栞奈ちゃんが帰り支度を始めた。

「え? 帰んの?」
「うん! ハナサキさんとの時間を邪魔したくないしー!」
「いやだから、俺たちはそういう関係じゃ……」
「それに、ハナサキさんと私じゃタイプが違いすぎるでしょー? 私は大丈夫だけど、ハナサキさんはきっと嫌だと思うから」

 栞奈ちゃんはそう言って、ピンク髪を指さした。そして、止める間もなく彼女は逃げるようにそこから去って行ってしまった。


 三十分後、花崎さんが図書館へやって来た。キョロキョロとあたりを見回して、俺を見つけたらニッコリ笑って手を振った。
 机に積まれている白浜についての本や雑誌を見て、彼女は「わあ」と口に手を当てる。

「資料がこんなにたくさん。準備してくれてたの? ありがとう」
「ううん。ほとんど栞奈ちゃんが探してくれたやつ」
「栞奈ちゃん?」
「葵の友だち。ピンク髪ツインテールの子、見たことない?」
「ある! あのすっごく可愛い子でしょ?」
「そうそう。あの子、本の虫でさ。よく図書館に入り浸ってるんだ。さっきまでもいたんだけど……」

 帰ってしまったと伝えると、花崎さんが申し訳なさそうに目を伏せる。

「私のせいよね。ごめんね」
「いや、栞奈ちゃんが呼べって言ったんだよ。それなのに帰っちゃってさ」
「申し訳ないなあ」

 花崎さんは、先ほどまで栞奈ちゃんが座っていた椅子に腰かけた。筆記用具とノートを鞄から取り出し、白浜の雑誌を手に取ってペラペラめくる。
 早速作業に取り掛かるのかと思い、俺も本に手を伸ばした。

「元気だった?」

 雑誌を読みながら、小さな声で話しかける花崎さん。いつもより距離が近いからか、声と一緒に漏れる息すら耳に届いた。

「うん。花崎さんは?」
「元気」

 二言三言で会話が途切れるのは、俺と花崎さんの間だといつものことだ。今となっては、それで気まずいと感じることもない。むしろどこか心地いいというか、落ち着く。無理に話さなくていい安心感とでもいうのだろうか。

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