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最終章 初恋と親友
第三十七話
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◇◇◇
八月一日、白浜についてプレゼンをする日がやってきた。栞奈ちゃんを含む『勉強会』メンバーが俺の家に集まり、テーブルの前に腰かける。
残念ながら、準備万端だったのは木渕、花崎さん、栞奈ちゃんの三人だけだった。他四人はまだパワポが完成していなかったので、午前中は作業時間にしてくれた。
俺と七岡、酒井さん、中迫さんがパソコンにかじりついている中、木渕、花崎さん、栞奈ちゃんは、読書をしたり、俺の部屋を散策したりと、各々自由に過ごしている。
ちなみに、ポチャバブ欲を満たすあれこれは、ちゃんと親父の店のスタッフルームに移動させたので、この前みたいな事故は起きない。友だちにバレるより、親父にバレる方がまだマシだ。いや、どっちも嫌に決まっているが。
『勉強会』グループは、栞奈ちゃんが参加してから明るくなった。
始めは不安がっていた酒井さんと中迫さんも、話してみると真面目で裏表のない彼女と話すのを楽しんでいるようだった。
栞奈ちゃんも彼女たちと気が合うのか、葵たちと過ごしていた時よりも作りものじゃない笑顔が多かった。
一見正反対に見える花崎さんと栞奈ちゃんは意外と馬が合うようで、一冊の本を二人で真剣に覗き込んでいたかと思えば、コソコソとやり取りして突然笑い声をあげることもあった。そして二人で肘を小突き合ったり、何かを言おうとした栞奈ちゃんの口を、花崎さんが慌てて塞いだりする。
「女子の戯れって、どうしてこう可愛いんだろうなあ」
集中力が切れた七岡が、頬杖をついてぼんやり呟いた。肩をすくめるだけの俺に「すましやがって」と呻き、木渕に耳打ちをする。
「どうして南の周りには、可愛い子ばっかり寄ってくるんだあ?」
「顔が良いからだろ」
「そうだった。こいつは顔が良いんだった」
「分かるぞ七岡。こいつのあまりの残念っぷりに、時に俺はこいつの顔が良いことを忘れてしまう」
「見慣れるとそこまで顔が良いとも思わねえしなあ」
「おいそこ。失礼なことばっかり言うんじゃありません」
俺がケシカスを二人に投げつけると、向かいに座っていた女子たちがクスクスと笑う。
「男子の戯れって、どうしてこうも見てて面白いんだろうね」
そう囁く花崎さんに、栞奈ちゃんがキャハハと笑う。
「いつもすましてる結也先輩を、イジり倒す木渕先輩と七岡先輩! 三人は相性がいいねー!」
「うんうん。二人といるときの南君、いつもより楽しそう」
「南君をイジッてるときの木渕君と七岡君も輝いてるしね」
酒井さんと中迫さんも、そう言って頷いている。
おい、いつから俺はイジられキャラになったんだ。それが嫌じゃないことが悔しい。
「はい、タイムアップー! みんな、プレゼンの準備はできたかー?」
十三時ぴったりにアラームが鳴り、木渕が手を叩いて俺たちに声をかけた。
俺は、デザインやレイアウトはひどいものだったが、なんとか形にすることができた。他の三人もとりあえずは完成したようで、パソコンからUSBメモリを引き抜いた。
それを受け取った木渕は、一台のノートパソコンにデータを移してプロジェクターと繋ぐ。
いつもは映画を見るために使っているプロジェクターが、まさかプレゼンをするために使われるとは。大学生みたいで悪くない。
「じゃ、順番決めようぜ!」
木渕が割り箸に番号を書き込み、順番に引かせていく。
俺が引いた割り箸には、「三番」と汚い字で書かれていた。よし、ちょうどいい順番だ。
「一番だーれだ!」
まるで王様ゲームのようなノリで木渕が尋ねると、「はーい!」と栞奈ちゃんが勢いよく手を上げた。一番手のプレッシャーなんて微塵も感じていないようで、彼女は堂々とプロジェクターの隣に立ち、手際よく自分のパワポを映す。ほんと、この子は肝が据わっているな。
「牟潮高校一年C組、近藤栞奈です! 本日は白浜の名所のひとつである、三段壁について発表したいと思います! どうぞよろしくお願いします!」
プロジェクターに、「三段壁」と書かれた看板の後ろにそびえる絶壁の写真が映される。
栞奈ちゃんがマウスをクリックすると、「ラブリー♡スポット! 三段壁♡」という、いかにも彼女らしいキャッチフレーズがくるくる回転しながら表示された。
「白浜の景勝地のひとつである三段壁! サスペンスドラマで時々舞台になっている所ですが、実はとってもロマンチックな観光名所なんです」
クリック音と共に画面が切り替わる。
展望台の横に設置されている、ハート型のモニュメントの写真と共に表示された文章は、「二千十六年六月十二日(恋人の日♡)に、♡恋人の聖地♡に選定されました♡」。
栞奈ちゃんは、滑舌の良い話し方で三段壁についての魅力を語っていく。俺でも知らなかったことがたくさんあったので、聞いていて普通に楽しかった。
「――そしてなにより、三段壁の近くにはいくつかの屋台があります! 貝の網焼きとか、かき氷とかお餅とか! きっと海を眺めながら食べる屋台メシはおいしいと思うので、みんなで食べたいでーす!」
最後のパワポには、「みんなで白浜楽しもうね♡」と書かれていた。
しっかり調べ上げている上に、白浜旅行を楽しみにしていることが伝わる発表に、俺たちは思わず拍手をしていた。「すごいー!」と感心している女子たちと、「やべー……。完璧すぎて発表するの恥ずかしくなってきた」と不安げにしている男子たち。
俺はというと、これ以上視界が滲まないよう、必死に堪えていた。
栞奈ちゃんを、このグループに誘ってよかった。
彼女は照れくさそうにペコリと頭を下げて、テーブルに戻ってきた。俺の隣に座った彼女は、俺にだけに聞こえる声で囁く。
「どうだったー? 私の発表」
「最高だった。完璧」
「三段壁で完璧!? 韻踏んじゃって~もう~!」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
俺たちがふざけ合っている間に、木渕がプロジェクターの前に立った。
こいつも他の人たちも面白い発表をしていたので、何度も行ったことがある場所なのに、早く行きたくてしょうがなくなった。
ちなみに俺の、海水が綺麗で、泳いでいる魚がよく見える穴場の海についての発表もなかなか好評だった。
プレゼンを終えた頃には夜になっていたので、親父の創作居酒屋に連れて行き、おいしい料理を振舞った。
普段は食事の量を抑えている女子たちも、あまりのおいしさに腹いっぱい食べてくれていた。
これで、俺たちの白浜へ行く準備は万端だ。
八月一日、白浜についてプレゼンをする日がやってきた。栞奈ちゃんを含む『勉強会』メンバーが俺の家に集まり、テーブルの前に腰かける。
残念ながら、準備万端だったのは木渕、花崎さん、栞奈ちゃんの三人だけだった。他四人はまだパワポが完成していなかったので、午前中は作業時間にしてくれた。
俺と七岡、酒井さん、中迫さんがパソコンにかじりついている中、木渕、花崎さん、栞奈ちゃんは、読書をしたり、俺の部屋を散策したりと、各々自由に過ごしている。
ちなみに、ポチャバブ欲を満たすあれこれは、ちゃんと親父の店のスタッフルームに移動させたので、この前みたいな事故は起きない。友だちにバレるより、親父にバレる方がまだマシだ。いや、どっちも嫌に決まっているが。
『勉強会』グループは、栞奈ちゃんが参加してから明るくなった。
始めは不安がっていた酒井さんと中迫さんも、話してみると真面目で裏表のない彼女と話すのを楽しんでいるようだった。
栞奈ちゃんも彼女たちと気が合うのか、葵たちと過ごしていた時よりも作りものじゃない笑顔が多かった。
一見正反対に見える花崎さんと栞奈ちゃんは意外と馬が合うようで、一冊の本を二人で真剣に覗き込んでいたかと思えば、コソコソとやり取りして突然笑い声をあげることもあった。そして二人で肘を小突き合ったり、何かを言おうとした栞奈ちゃんの口を、花崎さんが慌てて塞いだりする。
「女子の戯れって、どうしてこう可愛いんだろうなあ」
集中力が切れた七岡が、頬杖をついてぼんやり呟いた。肩をすくめるだけの俺に「すましやがって」と呻き、木渕に耳打ちをする。
「どうして南の周りには、可愛い子ばっかり寄ってくるんだあ?」
「顔が良いからだろ」
「そうだった。こいつは顔が良いんだった」
「分かるぞ七岡。こいつのあまりの残念っぷりに、時に俺はこいつの顔が良いことを忘れてしまう」
「見慣れるとそこまで顔が良いとも思わねえしなあ」
「おいそこ。失礼なことばっかり言うんじゃありません」
俺がケシカスを二人に投げつけると、向かいに座っていた女子たちがクスクスと笑う。
「男子の戯れって、どうしてこうも見てて面白いんだろうね」
そう囁く花崎さんに、栞奈ちゃんがキャハハと笑う。
「いつもすましてる結也先輩を、イジり倒す木渕先輩と七岡先輩! 三人は相性がいいねー!」
「うんうん。二人といるときの南君、いつもより楽しそう」
「南君をイジッてるときの木渕君と七岡君も輝いてるしね」
酒井さんと中迫さんも、そう言って頷いている。
おい、いつから俺はイジられキャラになったんだ。それが嫌じゃないことが悔しい。
「はい、タイムアップー! みんな、プレゼンの準備はできたかー?」
十三時ぴったりにアラームが鳴り、木渕が手を叩いて俺たちに声をかけた。
俺は、デザインやレイアウトはひどいものだったが、なんとか形にすることができた。他の三人もとりあえずは完成したようで、パソコンからUSBメモリを引き抜いた。
それを受け取った木渕は、一台のノートパソコンにデータを移してプロジェクターと繋ぐ。
いつもは映画を見るために使っているプロジェクターが、まさかプレゼンをするために使われるとは。大学生みたいで悪くない。
「じゃ、順番決めようぜ!」
木渕が割り箸に番号を書き込み、順番に引かせていく。
俺が引いた割り箸には、「三番」と汚い字で書かれていた。よし、ちょうどいい順番だ。
「一番だーれだ!」
まるで王様ゲームのようなノリで木渕が尋ねると、「はーい!」と栞奈ちゃんが勢いよく手を上げた。一番手のプレッシャーなんて微塵も感じていないようで、彼女は堂々とプロジェクターの隣に立ち、手際よく自分のパワポを映す。ほんと、この子は肝が据わっているな。
「牟潮高校一年C組、近藤栞奈です! 本日は白浜の名所のひとつである、三段壁について発表したいと思います! どうぞよろしくお願いします!」
プロジェクターに、「三段壁」と書かれた看板の後ろにそびえる絶壁の写真が映される。
栞奈ちゃんがマウスをクリックすると、「ラブリー♡スポット! 三段壁♡」という、いかにも彼女らしいキャッチフレーズがくるくる回転しながら表示された。
「白浜の景勝地のひとつである三段壁! サスペンスドラマで時々舞台になっている所ですが、実はとってもロマンチックな観光名所なんです」
クリック音と共に画面が切り替わる。
展望台の横に設置されている、ハート型のモニュメントの写真と共に表示された文章は、「二千十六年六月十二日(恋人の日♡)に、♡恋人の聖地♡に選定されました♡」。
栞奈ちゃんは、滑舌の良い話し方で三段壁についての魅力を語っていく。俺でも知らなかったことがたくさんあったので、聞いていて普通に楽しかった。
「――そしてなにより、三段壁の近くにはいくつかの屋台があります! 貝の網焼きとか、かき氷とかお餅とか! きっと海を眺めながら食べる屋台メシはおいしいと思うので、みんなで食べたいでーす!」
最後のパワポには、「みんなで白浜楽しもうね♡」と書かれていた。
しっかり調べ上げている上に、白浜旅行を楽しみにしていることが伝わる発表に、俺たちは思わず拍手をしていた。「すごいー!」と感心している女子たちと、「やべー……。完璧すぎて発表するの恥ずかしくなってきた」と不安げにしている男子たち。
俺はというと、これ以上視界が滲まないよう、必死に堪えていた。
栞奈ちゃんを、このグループに誘ってよかった。
彼女は照れくさそうにペコリと頭を下げて、テーブルに戻ってきた。俺の隣に座った彼女は、俺にだけに聞こえる声で囁く。
「どうだったー? 私の発表」
「最高だった。完璧」
「三段壁で完璧!? 韻踏んじゃって~もう~!」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
俺たちがふざけ合っている間に、木渕がプロジェクターの前に立った。
こいつも他の人たちも面白い発表をしていたので、何度も行ったことがある場所なのに、早く行きたくてしょうがなくなった。
ちなみに俺の、海水が綺麗で、泳いでいる魚がよく見える穴場の海についての発表もなかなか好評だった。
プレゼンを終えた頃には夜になっていたので、親父の創作居酒屋に連れて行き、おいしい料理を振舞った。
普段は食事の量を抑えている女子たちも、あまりのおいしさに腹いっぱい食べてくれていた。
これで、俺たちの白浜へ行く準備は万端だ。
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