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最終章 初恋と親友
第三十九話
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そしてシアンさんと会う日がやって来た。
栞奈ちゃん監修の服装をして、待ち合わせの十五分前に駅で待っていると、すぐにシアンさんが俺の背中を叩く。
「お待たせー!」
「あ、早いね?」
「うんうん! でもユウ君の方が早かったけどねー。じゃあ、行こっか」
「うん」
今日のシアンさんは、ビリヤードグリーン色のふんわりしたロングワンピースを着ていた。体型が隠れていて残念だが、それでもぷにぷに感が伝わってきてとても良い。
シアンさんが選んだ場所は、スイーツビュッフェが開催されているホテルのカフェだ。ネットのレビューで評判が良いらしく、甘いものに目がない彼女は行きたくて仕方がなかったそうだ。
話を聞いていると、彼女にはあまりすぐ会える友人がいないそうで、時間が合いそうな俺を選んだようだ。消去法で選ばれたのは少し複雑だが、それでも誘ってもらえて嬉しいから素直に喜ぶことにする。
カフェに到着するやいなや、シアンさんは一目散にスイーツが並んでいるところへ消えていった。
俺が見つけた時にはもう、彼女のトレーにこんもりと甘い物が積まれていた。美術館の時のまったりとした彼女とは打って変わり、年末のバーゲンセールで買い物をするおばちゃんレベルで戦士の目をしている。可愛い。
彼女は俺が席に戻るまで、食べるのを待ってくれていた。俺がフォークを手に持つと、シアンさんは「いただきます!」と手を合わせて、一瞬にしてスイーツを吸い込み、また取りに行ってしまった。
彼女曰く、生クリームもケーキも、空気で膨らんでいるだけだから、ほぼ空気を食べているようなものらしい。つまりこの程度で満足ができないということだ。ちなみに俺は、一皿目で腹がしんどくなってきた。
俺がノロノロと数少ない塩気のある総菜を口に運んでいる間も、シアンさんは次々とスイーツを吸い込む。
甘いものを食べている時の彼女は、人生で一番幸せな瞬間のような顔をする。だから俺は、シアンさんが食べているところを見るのが好きだった。
「はー! おなかいっぱい! 塩舐めたい~」
四皿目にして、やっとシアンさんは満足できたようだ。そしておもむろに鞄から小袋に入った、白い粉を取り出して舐め始める。
「シアンさん? その白い粉、なに……」
「これ? 食塩!」
「食塩……? どうして食塩なんて持って来てるの?」
想像していた物でなくて良かったと胸を撫でおろしたが、それでも食塩を持ち歩いているのは不自然だ。
「だって甘い物ばっかり食べてたら、塩気が足りなくなってしんどくなってくるでしょ? だから塩を舐めて中和してるの! これは今までの経験で得た解決策!」
「なるほど……?」
シアンさんは俺が思っていた以上に、はちゃめちゃに変わり者で面白い人なのかもしれない。
カフェを出たシアンさんは、塩気が足りないのでラーメンを食べたいと言った。甘い物だけでなく塩気の物も食べられるなんて、この人無敵なんじゃないのか。
二人で町を歩いていると、近くでスマホのシャッター音が鳴った。
驚いてあたりを見回して、俺は言葉を失う。
「……葵」
そこには、スマホを構えている葵と、不愉快な仲間たちが立っていた。
撮られた。写真。シアンさんと歩いている写真。
拡散される。バレる。俺の性癖。
「ユウくん? どうしたの? あの子たち知り合い? やばー、若い~」
シアンさんに腕をグイグイ引っ張られても、俺は動けなかった。
ニヤニヤした葵たちが、スマホを弄びながら近づいてくる。
「へー。結也、やっぱりそうだったんじゃん」
「……」
「私じゃダメな理由が分かってすっきりした」
俺の目の前でスマホを裏返し、撮ったばかりの写真を見せつける。
「デブ専なんじゃん」
やめろ。シアンさんの前でそれ以上言うな。
「恥ずかしくないの? こんなデブと一緒に町歩いて」
シアンさんのことをデブなんて言うな。
「しかもオバサンじゃん。結也とこのデブじゃ、不釣り合いだよ」
その言葉でブッツリ切れた。俺は青筋を浮かべて、怒鳴ろうと大きく口を開く。
「葵テメ――」
「ユウくん、落ち着いて」
その瞬間、シアンさんに肩を掴まれた。握力が強すぎて、思わず彼女を二度見する。
シアンさんは、微笑みを崩さないまま、庇うように俺の前に立つ。
「ごめんね。今日はちょっとユウくんに付き合ってもらってただけなの。私とユウくんはただの友だちだから」
うわあ……。目の前で言われるとへこむ。
シアンさんが場を収めようとしても、葵は止まらない。
「ちょっとオバサン! 今私、結也と話してるんだけど! 邪魔しないでくれる!?」
「ごめんね。ユウくんじゃ、私に気を遣って本当のことを言えないだろうから。代わりに私が弁解しておこうと思って」
シアンさんの言葉を真に受けた葵は、ふくれっ面で「まあ、確かに? 結也優しいもんね。デブのおばさん相手でも――」などと的外れなことを垂れ流す。
聞くに堪えない言葉の数々に、俺がまた怒鳴ろうとした瞬間、みぞおちにシアンさんの肘がめり込んだ。
「ぐおぁぁっ……!」
「私が無理にお願いして、ついてきてもらったの。ほら、ユウくんって優しいでしょ? 私のお誘いを断れなくて、今日一日私に付き合うことになったの」
シアンさんの言葉に納得したのか、余裕を取り戻した葵が、彼女を一瞥して吐き捨てるように言う。
「オバサン。もうちょっと身の程をわきまえたら? あんたと連れ立って歩くなんて、結也が可哀想じゃん」
「うんうん。ごめんね、これから気を付ける」
「分かったなら良いけど。ほら、行こ結也」
葵が手招きをする。
俺はその細すぎる腕を掴み、歯を食いしばって呻いた。
「……れよ」
「え? なに?」
「シアンさんに謝れよ!」
「ちょっと、ユウくん。私はいいから」
シアンさんが止めようとしたが、俺はもう我慢できなかった。
「俺が誰と歩いてたってお前にはもう関係ねーだろ! 別れてんだから!」
「なっ……」
葵の表情が引きつったが、俺はやめることができなかった。
「さっきシアンさんが言ったこと、全部嘘だから。俺はシアンさんと遊べて嬉しいし、今日だってすごく楽しみにしてた。シアンさんと一緒にいる時間は、お前といたときより、ずっと、ずっと、ずっと楽しいんだよ!」
「ユウくん! そんなこと言っちゃダメでしょ!」
シアンさんに、またものすごい握力で腕を掴まれるが、今度は無理矢理振り払った。
葵の表情は、ショックを受けているというよりも、屈辱を味わっているという方が近い。
「俺のことはいくらでもバカにしていいけど、シアンさんのことは二度とバカにするな。分かったな?」
栞奈ちゃん監修の服装をして、待ち合わせの十五分前に駅で待っていると、すぐにシアンさんが俺の背中を叩く。
「お待たせー!」
「あ、早いね?」
「うんうん! でもユウ君の方が早かったけどねー。じゃあ、行こっか」
「うん」
今日のシアンさんは、ビリヤードグリーン色のふんわりしたロングワンピースを着ていた。体型が隠れていて残念だが、それでもぷにぷに感が伝わってきてとても良い。
シアンさんが選んだ場所は、スイーツビュッフェが開催されているホテルのカフェだ。ネットのレビューで評判が良いらしく、甘いものに目がない彼女は行きたくて仕方がなかったそうだ。
話を聞いていると、彼女にはあまりすぐ会える友人がいないそうで、時間が合いそうな俺を選んだようだ。消去法で選ばれたのは少し複雑だが、それでも誘ってもらえて嬉しいから素直に喜ぶことにする。
カフェに到着するやいなや、シアンさんは一目散にスイーツが並んでいるところへ消えていった。
俺が見つけた時にはもう、彼女のトレーにこんもりと甘い物が積まれていた。美術館の時のまったりとした彼女とは打って変わり、年末のバーゲンセールで買い物をするおばちゃんレベルで戦士の目をしている。可愛い。
彼女は俺が席に戻るまで、食べるのを待ってくれていた。俺がフォークを手に持つと、シアンさんは「いただきます!」と手を合わせて、一瞬にしてスイーツを吸い込み、また取りに行ってしまった。
彼女曰く、生クリームもケーキも、空気で膨らんでいるだけだから、ほぼ空気を食べているようなものらしい。つまりこの程度で満足ができないということだ。ちなみに俺は、一皿目で腹がしんどくなってきた。
俺がノロノロと数少ない塩気のある総菜を口に運んでいる間も、シアンさんは次々とスイーツを吸い込む。
甘いものを食べている時の彼女は、人生で一番幸せな瞬間のような顔をする。だから俺は、シアンさんが食べているところを見るのが好きだった。
「はー! おなかいっぱい! 塩舐めたい~」
四皿目にして、やっとシアンさんは満足できたようだ。そしておもむろに鞄から小袋に入った、白い粉を取り出して舐め始める。
「シアンさん? その白い粉、なに……」
「これ? 食塩!」
「食塩……? どうして食塩なんて持って来てるの?」
想像していた物でなくて良かったと胸を撫でおろしたが、それでも食塩を持ち歩いているのは不自然だ。
「だって甘い物ばっかり食べてたら、塩気が足りなくなってしんどくなってくるでしょ? だから塩を舐めて中和してるの! これは今までの経験で得た解決策!」
「なるほど……?」
シアンさんは俺が思っていた以上に、はちゃめちゃに変わり者で面白い人なのかもしれない。
カフェを出たシアンさんは、塩気が足りないのでラーメンを食べたいと言った。甘い物だけでなく塩気の物も食べられるなんて、この人無敵なんじゃないのか。
二人で町を歩いていると、近くでスマホのシャッター音が鳴った。
驚いてあたりを見回して、俺は言葉を失う。
「……葵」
そこには、スマホを構えている葵と、不愉快な仲間たちが立っていた。
撮られた。写真。シアンさんと歩いている写真。
拡散される。バレる。俺の性癖。
「ユウくん? どうしたの? あの子たち知り合い? やばー、若い~」
シアンさんに腕をグイグイ引っ張られても、俺は動けなかった。
ニヤニヤした葵たちが、スマホを弄びながら近づいてくる。
「へー。結也、やっぱりそうだったんじゃん」
「……」
「私じゃダメな理由が分かってすっきりした」
俺の目の前でスマホを裏返し、撮ったばかりの写真を見せつける。
「デブ専なんじゃん」
やめろ。シアンさんの前でそれ以上言うな。
「恥ずかしくないの? こんなデブと一緒に町歩いて」
シアンさんのことをデブなんて言うな。
「しかもオバサンじゃん。結也とこのデブじゃ、不釣り合いだよ」
その言葉でブッツリ切れた。俺は青筋を浮かべて、怒鳴ろうと大きく口を開く。
「葵テメ――」
「ユウくん、落ち着いて」
その瞬間、シアンさんに肩を掴まれた。握力が強すぎて、思わず彼女を二度見する。
シアンさんは、微笑みを崩さないまま、庇うように俺の前に立つ。
「ごめんね。今日はちょっとユウくんに付き合ってもらってただけなの。私とユウくんはただの友だちだから」
うわあ……。目の前で言われるとへこむ。
シアンさんが場を収めようとしても、葵は止まらない。
「ちょっとオバサン! 今私、結也と話してるんだけど! 邪魔しないでくれる!?」
「ごめんね。ユウくんじゃ、私に気を遣って本当のことを言えないだろうから。代わりに私が弁解しておこうと思って」
シアンさんの言葉を真に受けた葵は、ふくれっ面で「まあ、確かに? 結也優しいもんね。デブのおばさん相手でも――」などと的外れなことを垂れ流す。
聞くに堪えない言葉の数々に、俺がまた怒鳴ろうとした瞬間、みぞおちにシアンさんの肘がめり込んだ。
「ぐおぁぁっ……!」
「私が無理にお願いして、ついてきてもらったの。ほら、ユウくんって優しいでしょ? 私のお誘いを断れなくて、今日一日私に付き合うことになったの」
シアンさんの言葉に納得したのか、余裕を取り戻した葵が、彼女を一瞥して吐き捨てるように言う。
「オバサン。もうちょっと身の程をわきまえたら? あんたと連れ立って歩くなんて、結也が可哀想じゃん」
「うんうん。ごめんね、これから気を付ける」
「分かったなら良いけど。ほら、行こ結也」
葵が手招きをする。
俺はその細すぎる腕を掴み、歯を食いしばって呻いた。
「……れよ」
「え? なに?」
「シアンさんに謝れよ!」
「ちょっと、ユウくん。私はいいから」
シアンさんが止めようとしたが、俺はもう我慢できなかった。
「俺が誰と歩いてたってお前にはもう関係ねーだろ! 別れてんだから!」
「なっ……」
葵の表情が引きつったが、俺はやめることができなかった。
「さっきシアンさんが言ったこと、全部嘘だから。俺はシアンさんと遊べて嬉しいし、今日だってすごく楽しみにしてた。シアンさんと一緒にいる時間は、お前といたときより、ずっと、ずっと、ずっと楽しいんだよ!」
「ユウくん! そんなこと言っちゃダメでしょ!」
シアンさんに、またものすごい握力で腕を掴まれるが、今度は無理矢理振り払った。
葵の表情は、ショックを受けているというよりも、屈辱を味わっているという方が近い。
「俺のことはいくらでもバカにしていいけど、シアンさんのことは二度とバカにするな。分かったな?」
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