上 下
40 / 45
最終章 初恋と親友

第三十九話

しおりを挟む
 そしてシアンさんと会う日がやって来た。
 栞奈ちゃん監修の服装をして、待ち合わせの十五分前に駅で待っていると、すぐにシアンさんが俺の背中を叩く。

「お待たせー!」
「あ、早いね?」
「うんうん! でもユウ君の方が早かったけどねー。じゃあ、行こっか」
「うん」

 今日のシアンさんは、ビリヤードグリーン色のふんわりしたロングワンピースを着ていた。体型が隠れていて残念だが、それでもぷにぷに感が伝わってきてとても良い。

 シアンさんが選んだ場所は、スイーツビュッフェが開催されているホテルのカフェだ。ネットのレビューで評判が良いらしく、甘いものに目がない彼女は行きたくて仕方がなかったそうだ。

 話を聞いていると、彼女にはあまりすぐ会える友人がいないそうで、時間が合いそうな俺を選んだようだ。消去法で選ばれたのは少し複雑だが、それでも誘ってもらえて嬉しいから素直に喜ぶことにする。

 カフェに到着するやいなや、シアンさんは一目散にスイーツが並んでいるところへ消えていった。
 俺が見つけた時にはもう、彼女のトレーにこんもりと甘い物が積まれていた。美術館の時のまったりとした彼女とは打って変わり、年末のバーゲンセールで買い物をするおばちゃんレベルで戦士の目をしている。可愛い。

 彼女は俺が席に戻るまで、食べるのを待ってくれていた。俺がフォークを手に持つと、シアンさんは「いただきます!」と手を合わせて、一瞬にしてスイーツを吸い込み、また取りに行ってしまった。

 彼女曰く、生クリームもケーキも、空気で膨らんでいるだけだから、ほぼ空気を食べているようなものらしい。つまりこの程度で満足ができないということだ。ちなみに俺は、一皿目で腹がしんどくなってきた。

 俺がノロノロと数少ない塩気のある総菜を口に運んでいる間も、シアンさんは次々とスイーツを吸い込む。
 甘いものを食べている時の彼女は、人生で一番幸せな瞬間のような顔をする。だから俺は、シアンさんが食べているところを見るのが好きだった。

「はー! おなかいっぱい! 塩舐めたい~」

 四皿目にして、やっとシアンさんは満足できたようだ。そしておもむろに鞄から小袋に入った、白い粉を取り出して舐め始める。

「シアンさん? その白い粉、なに……」
「これ? 食塩!」
「食塩……? どうして食塩なんて持って来てるの?」

 想像していた物でなくて良かったと胸を撫でおろしたが、それでも食塩を持ち歩いているのは不自然だ。

「だって甘い物ばっかり食べてたら、塩気が足りなくなってしんどくなってくるでしょ? だから塩を舐めて中和してるの! これは今までの経験で得た解決策!」
「なるほど……?」

 シアンさんは俺が思っていた以上に、はちゃめちゃに変わり者で面白い人なのかもしれない。
 カフェを出たシアンさんは、塩気が足りないのでラーメンを食べたいと言った。甘い物だけでなく塩気の物も食べられるなんて、この人無敵なんじゃないのか。

 二人で町を歩いていると、近くでスマホのシャッター音が鳴った。
 驚いてあたりを見回して、俺は言葉を失う。

「……葵」

 そこには、スマホを構えている葵と、不愉快な仲間たちが立っていた。
 撮られた。写真。シアンさんと歩いている写真。
 拡散される。バレる。俺の性癖。

「ユウくん? どうしたの? あの子たち知り合い? やばー、若い~」

 シアンさんに腕をグイグイ引っ張られても、俺は動けなかった。
 ニヤニヤした葵たちが、スマホを弄びながら近づいてくる。

「へー。結也、やっぱりそうだったんじゃん」
「……」
「私じゃダメな理由が分かってすっきりした」

 俺の目の前でスマホを裏返し、撮ったばかりの写真を見せつける。

「デブ専なんじゃん」

 やめろ。シアンさんの前でそれ以上言うな。

「恥ずかしくないの? こんなデブと一緒に町歩いて」

 シアンさんのことをデブなんて言うな。

「しかもオバサンじゃん。結也とこのデブじゃ、不釣り合いだよ」

 その言葉でブッツリ切れた。俺は青筋を浮かべて、怒鳴ろうと大きく口を開く。

「葵テメ――」
「ユウくん、落ち着いて」

 その瞬間、シアンさんに肩を掴まれた。握力が強すぎて、思わず彼女を二度見する。
シアンさんは、微笑みを崩さないまま、庇うように俺の前に立つ。

「ごめんね。今日はちょっとユウくんに付き合ってもらってただけなの。私とユウくんはただの友だちだから」

 うわあ……。目の前で言われるとへこむ。
 シアンさんが場を収めようとしても、葵は止まらない。

「ちょっとオバサン! 今私、結也と話してるんだけど! 邪魔しないでくれる!?」
「ごめんね。ユウくんじゃ、私に気を遣って本当のことを言えないだろうから。代わりに私が弁解しておこうと思って」

 シアンさんの言葉を真に受けた葵は、ふくれっ面で「まあ、確かに? 結也優しいもんね。デブのおばさん相手でも――」などと的外れなことを垂れ流す。
 聞くに堪えない言葉の数々に、俺がまた怒鳴ろうとした瞬間、みぞおちにシアンさんの肘がめり込んだ。

「ぐおぁぁっ……!」
「私が無理にお願いして、ついてきてもらったの。ほら、ユウくんって優しいでしょ? 私のお誘いを断れなくて、今日一日私に付き合うことになったの」

 シアンさんの言葉に納得したのか、余裕を取り戻した葵が、彼女を一瞥して吐き捨てるように言う。

「オバサン。もうちょっと身の程をわきまえたら? あんたと連れ立って歩くなんて、結也が可哀想じゃん」
「うんうん。ごめんね、これから気を付ける」
「分かったなら良いけど。ほら、行こ結也」

 葵が手招きをする。
 俺はその細すぎる腕を掴み、歯を食いしばって呻いた。

「……れよ」
「え? なに?」
「シアンさんに謝れよ!」
「ちょっと、ユウくん。私はいいから」

 シアンさんが止めようとしたが、俺はもう我慢できなかった。

「俺が誰と歩いてたってお前にはもう関係ねーだろ! 別れてんだから!」
「なっ……」

 葵の表情が引きつったが、俺はやめることができなかった。

「さっきシアンさんが言ったこと、全部嘘だから。俺はシアンさんと遊べて嬉しいし、今日だってすごく楽しみにしてた。シアンさんと一緒にいる時間は、お前といたときより、ずっと、ずっと、ずっと楽しいんだよ!」
「ユウくん! そんなこと言っちゃダメでしょ!」

 シアンさんに、またものすごい握力で腕を掴まれるが、今度は無理矢理振り払った。
 葵の表情は、ショックを受けているというよりも、屈辱を味わっているという方が近い。

「俺のことはいくらでもバカにしていいけど、シアンさんのことは二度とバカにするな。分かったな?」
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛する人への手紙

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

習作~はじめての投稿~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ライバルはわんこ

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

異世界でアイドル始めちゃいました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...