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最終章 初恋と親友
第四十話
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言いたいだけ言ってしまい、少し落ち着きを取り戻した俺は葵の腕を離した。
すぐに平手打ちが飛んでくる。
葵は目に涙を浮かべて、ギリギリと歯ぎしりをしていた。
「バカにしてるのはどっちよ!! こんなデブと比べられて……。私がデブより下だっていうの!? バカにするにもほどがある!!」
「おま、まだシアンさんのことを――」
「見てよあのだらしない体!! 全く食事制限もせずに、好きなだけ食べてる我慢のできない人なのよ!? 私なんて、体型を維持するために、毎日毎日、くそまずいオートミールばっかり食べてるのに!!」
「な……、お前、そんなもんしか食ってねえのかよ」
「そうよ!! それなのに、私がこんなデブより下!? ふざけないでよ!!」
感情に身を任せて、葵が自分のスマホを地面に叩きつけた。アスファルトに直撃した画面が、バキバキに割れて破片が飛び散る。
それでも、彼女の怒りは収まらない。
「こんなに努力してるのに!! どうして私じゃなくてそいつなの!! その顔で笑いかけてもらって、好きなものを買ってもらえるのが、どうして私じゃなくてそのデブなのよ!!」
はぁ……とため息をつき、シアンさんに目で「ごめん」と謝った俺に、シアンさんはジトッとした目で返す。ややこしくなってきたじゃない、とうんざりしている様子だった。
「これだから子どもは」
彼女がそう呟いたのが聞こえた。
そして俺の耳元で「どいて」と囁き、本気の握力で無理矢理俺を葵から引き離す。
彼女は泣いている葵の肩に手を置いて、いつになく低い声で唸った。
「あなた、本当にユウくんのことが好きなの?」
「当たり前でしょ!! 私の結也返してよ!!」
「ユウくんは物じゃない。お人形さんでもお財布でもない、心を持った一人の男の子なのよ。返すとか返さないとか、私たちが決めることじゃないでしょ。ユウくんが決めることよ」
葵はシアンさんの頬を思いっきり平手打ちした。
腹が立ちすぎて一歩足を踏み出した俺に、シアンさんがまた肘鉄する。
「うぐぉぁぁっ……」
頬を叩かれたにもかかわらず、シアンさんは眉一つ動かさない。
逆に葵の方がダメージを負ったようだ。痛そうに手のひらをさすっている。
「デブのくせに偉そうな口利かないで!!」
「どうして?」
「どうしてって!? 見たら分かるでしょ!? あんたみたいに努力なんて何もできないようなオバサンに、毎日努力して体型維持してる私が文句言われる意味が分かんない!!」
「私がデブなことと、あなたがスタイル良いことと、ユウくんは何か関係ある?」
鬼の形相で睨みつける葵にも、シアンさんは何もビビッていないようだった。
女同士の壮絶な戦いに、俺がおしっこをちびりそうだ。
シアンさんはため息を吐き、自身のぽっこりふわふわのおなかをさすった。
「私はね、あなたみたいに美意識が高くて、綺麗になろうと頑張ってる人を尊敬してる」
「当然でしょ!? 頑張れないもんね! デブは我慢できないもんね!」
勝ち誇った笑みを浮かべる葵に、シアンさんが何度も頷く。
「細いことが美しいとされている今の世の中では、デブである私は異端者に近いよね。太っているということは、我慢ができない性格だって第一印象で判断されるし、実際私は我慢が足りないところがあるし」
「その通りよ!! 第一印象で全てが決まる世の中なんだから!!」
「だから、人が私をそんな風に判断することに、私が憤るのは筋違いなわけで」
本当にそうなのだろうか。そうだとしたら、俺はやっぱりこの世の中が嫌いだ。
シアンさんは顔を上げ、葵に向かってニコッと笑う。
「でもね、私はそれを分かった上で、デブであることを選んだんだよ」
「は……? なにそれ、意味分かんない。そんなのデブの負け犬の遠吠えにしか聞こえない」
葵とその仲間たちが失笑しても、シアンさんは毅然として動じない。
「細い人たちは、細くあるために、好きなものを好きなだけ食べることを犠牲にして美しさを得ている。太い私は、好きなものを好きなだけ食べるために、世間から愛されることを犠牲にした」
葵の眉がピクッと上がった。
「何かをしようと思ったら、必ず何かを犠牲にしないといけないの。私は、世間からなんと思われようとも、好きなように生きたかった。好きなだけ食べたかった。だからね、私はそういうことを言われることを覚悟の上で太っているの。生半可な気持ちでデブやってないのよ、私」
シアンさんは俺の背中を押して立ち去る態勢をとった。
「あなた、本当にユウくんのことが好きなんだったら、ユウくんの好きなものにケチをつけるのをやめなさい? 人は誰だって、自分の好きなものを否定されたらいやな気分になるのよ」
「あっ、ちょっと、結也……!」
引き留めようとする葵を無視して、俺たちは人混みの中へ紛れて行った。
「ごめんねえ。丸く収めるつもりが、途中から私もちょっと頭に来ちゃって……」
「シアンさんは悪くない。むしろ言ってくれてスッキリした。っていうかなんでぽっちゃりってだけであんなこと言われないといけないんだ? おかしいよこんな世の中」
しばらく経っても怒りが収まらず、葵とこの世の中への文句が止まらない俺に、シアンさんは満面の笑顔を向けた。
「人にバカにされたって、私はこのままで幸せなの! ユウくんと出会えた今なんて最高だよ! だってこんな私を受け入れてくれて、可愛いって言ってくれるんだもん。私、世界で一番幸せ者かもしれない!」
俺だって世界で一番幸せ者だ。好きな人が、俺に受け入れられたことを、世界で一番幸せだと言ってくれているんだから。
俺はふと立ち止まり、シアンさんを見た。
「シアンさん、ありがとう」
「ん? 何が?」
「さっき、葵に、俺は物じゃないって言ってくれた」
「うん。だってユウくんは物じゃないじゃん」
「俺の好きなものを大事にしてくれた」
ああ、俺、今どんな顔してるんだろう。
シアンさん、キョトンとしてる。でも、何かを察したのか、ふいと目を逸らしてもじもじと体を揺らした。
どうしよう。緊張しすぎて手汗がすごい。
俺は、今日一日ずっと言おうと思って言えなかった二文字を、なんとか絞り出そうとした。
「シアンさん。あの。えっと」
「……まだ?」
シアンさんの一言で、俺の心臓が爆発した。
「す、好きです」
やっと言えた。ちょっと声が裏返ったけど、言えた。
シアンさんの反応を見るのが怖くて、おそるおそる窺い見た。
シアンさんは、泣いていた。
すぐに平手打ちが飛んでくる。
葵は目に涙を浮かべて、ギリギリと歯ぎしりをしていた。
「バカにしてるのはどっちよ!! こんなデブと比べられて……。私がデブより下だっていうの!? バカにするにもほどがある!!」
「おま、まだシアンさんのことを――」
「見てよあのだらしない体!! 全く食事制限もせずに、好きなだけ食べてる我慢のできない人なのよ!? 私なんて、体型を維持するために、毎日毎日、くそまずいオートミールばっかり食べてるのに!!」
「な……、お前、そんなもんしか食ってねえのかよ」
「そうよ!! それなのに、私がこんなデブより下!? ふざけないでよ!!」
感情に身を任せて、葵が自分のスマホを地面に叩きつけた。アスファルトに直撃した画面が、バキバキに割れて破片が飛び散る。
それでも、彼女の怒りは収まらない。
「こんなに努力してるのに!! どうして私じゃなくてそいつなの!! その顔で笑いかけてもらって、好きなものを買ってもらえるのが、どうして私じゃなくてそのデブなのよ!!」
はぁ……とため息をつき、シアンさんに目で「ごめん」と謝った俺に、シアンさんはジトッとした目で返す。ややこしくなってきたじゃない、とうんざりしている様子だった。
「これだから子どもは」
彼女がそう呟いたのが聞こえた。
そして俺の耳元で「どいて」と囁き、本気の握力で無理矢理俺を葵から引き離す。
彼女は泣いている葵の肩に手を置いて、いつになく低い声で唸った。
「あなた、本当にユウくんのことが好きなの?」
「当たり前でしょ!! 私の結也返してよ!!」
「ユウくんは物じゃない。お人形さんでもお財布でもない、心を持った一人の男の子なのよ。返すとか返さないとか、私たちが決めることじゃないでしょ。ユウくんが決めることよ」
葵はシアンさんの頬を思いっきり平手打ちした。
腹が立ちすぎて一歩足を踏み出した俺に、シアンさんがまた肘鉄する。
「うぐぉぁぁっ……」
頬を叩かれたにもかかわらず、シアンさんは眉一つ動かさない。
逆に葵の方がダメージを負ったようだ。痛そうに手のひらをさすっている。
「デブのくせに偉そうな口利かないで!!」
「どうして?」
「どうしてって!? 見たら分かるでしょ!? あんたみたいに努力なんて何もできないようなオバサンに、毎日努力して体型維持してる私が文句言われる意味が分かんない!!」
「私がデブなことと、あなたがスタイル良いことと、ユウくんは何か関係ある?」
鬼の形相で睨みつける葵にも、シアンさんは何もビビッていないようだった。
女同士の壮絶な戦いに、俺がおしっこをちびりそうだ。
シアンさんはため息を吐き、自身のぽっこりふわふわのおなかをさすった。
「私はね、あなたみたいに美意識が高くて、綺麗になろうと頑張ってる人を尊敬してる」
「当然でしょ!? 頑張れないもんね! デブは我慢できないもんね!」
勝ち誇った笑みを浮かべる葵に、シアンさんが何度も頷く。
「細いことが美しいとされている今の世の中では、デブである私は異端者に近いよね。太っているということは、我慢ができない性格だって第一印象で判断されるし、実際私は我慢が足りないところがあるし」
「その通りよ!! 第一印象で全てが決まる世の中なんだから!!」
「だから、人が私をそんな風に判断することに、私が憤るのは筋違いなわけで」
本当にそうなのだろうか。そうだとしたら、俺はやっぱりこの世の中が嫌いだ。
シアンさんは顔を上げ、葵に向かってニコッと笑う。
「でもね、私はそれを分かった上で、デブであることを選んだんだよ」
「は……? なにそれ、意味分かんない。そんなのデブの負け犬の遠吠えにしか聞こえない」
葵とその仲間たちが失笑しても、シアンさんは毅然として動じない。
「細い人たちは、細くあるために、好きなものを好きなだけ食べることを犠牲にして美しさを得ている。太い私は、好きなものを好きなだけ食べるために、世間から愛されることを犠牲にした」
葵の眉がピクッと上がった。
「何かをしようと思ったら、必ず何かを犠牲にしないといけないの。私は、世間からなんと思われようとも、好きなように生きたかった。好きなだけ食べたかった。だからね、私はそういうことを言われることを覚悟の上で太っているの。生半可な気持ちでデブやってないのよ、私」
シアンさんは俺の背中を押して立ち去る態勢をとった。
「あなた、本当にユウくんのことが好きなんだったら、ユウくんの好きなものにケチをつけるのをやめなさい? 人は誰だって、自分の好きなものを否定されたらいやな気分になるのよ」
「あっ、ちょっと、結也……!」
引き留めようとする葵を無視して、俺たちは人混みの中へ紛れて行った。
「ごめんねえ。丸く収めるつもりが、途中から私もちょっと頭に来ちゃって……」
「シアンさんは悪くない。むしろ言ってくれてスッキリした。っていうかなんでぽっちゃりってだけであんなこと言われないといけないんだ? おかしいよこんな世の中」
しばらく経っても怒りが収まらず、葵とこの世の中への文句が止まらない俺に、シアンさんは満面の笑顔を向けた。
「人にバカにされたって、私はこのままで幸せなの! ユウくんと出会えた今なんて最高だよ! だってこんな私を受け入れてくれて、可愛いって言ってくれるんだもん。私、世界で一番幸せ者かもしれない!」
俺だって世界で一番幸せ者だ。好きな人が、俺に受け入れられたことを、世界で一番幸せだと言ってくれているんだから。
俺はふと立ち止まり、シアンさんを見た。
「シアンさん、ありがとう」
「ん? 何が?」
「さっき、葵に、俺は物じゃないって言ってくれた」
「うん。だってユウくんは物じゃないじゃん」
「俺の好きなものを大事にしてくれた」
ああ、俺、今どんな顔してるんだろう。
シアンさん、キョトンとしてる。でも、何かを察したのか、ふいと目を逸らしてもじもじと体を揺らした。
どうしよう。緊張しすぎて手汗がすごい。
俺は、今日一日ずっと言おうと思って言えなかった二文字を、なんとか絞り出そうとした。
「シアンさん。あの。えっと」
「……まだ?」
シアンさんの一言で、俺の心臓が爆発した。
「す、好きです」
やっと言えた。ちょっと声が裏返ったけど、言えた。
シアンさんの反応を見るのが怖くて、おそるおそる窺い見た。
シアンさんは、泣いていた。
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