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最終章 初恋と親友
第四十一話
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その夜、不安になって葵のSNSを覗くと、案の定俺とシアンさんの写真が投稿されていた。
《私の元カレ、デブ専だったwwww》
その投稿に、たくさんのコメントがついている。
《うわあw まじだw だから葵ちゃんだったらダメだったんだねw 納得www》
《かっこいいのにもったいない》
《この人これからもっと太るだろうねwww 葵の元カレにたくさん食べさせてもらえてw》
気が滅入ったので、スマホを閉じた。
木渕と七岡は葵とSNSで繋がっている。栞奈ちゃんもまだ繋がっているかもしれない。あいつら、もうこの投稿を見たかな。
あいつらには今日片想いしている人と会うって言ってあるから、俺がデブ専だってことを確信するだろう。
今頃引かれているのかな。友だち辞められるのかな。
俺の親のこともバカにされるのかな。店に誰も来なくなったりして。俺のせいで、両親の人生がむちゃくちゃになるかもしれない。申し訳ない。
一人では抱えきれなかった俺は、虚ろな目でもう一度スマホを開き、花崎さんに電話をする。
《もしもし?》
「あ……花崎さん。今大丈夫?」
《大丈夫だよ。どうしたの?》
「あのさ……今から会えたりする……?」
しばらくの沈黙。当然だ。もう二十一時を過ぎている。花崎さんの家は門限が厳しいから、出てくるのは難しいだろう。
諦めかけた時、彼女が《いいよ》と返事をした。
《何かあったんだね。今からいつものファミレスに行く》
「……ありがとう」
無理を言ってしまった。申し訳ない。俺はいつから、こんなに誰かを頼るようになってしまったんだろう。
ファミレスに行くと、すでに花崎さんが待っていた。
「ごめん。呼び出しといて待たせた」
「ううん。気にしないで。……ひどい顔。どうしたの?」
花崎さんが、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
俺は額に手を当てて、消え入りそうな声を出す。
「葵に、バレて。SNSで拡散された」
「……バレたって、まさか」
「俺がぽっちゃり好きってこと。シアンさんと出かけてる時にたまたま出くわして。写真撮られて、投稿された。……あー、どうしよう花崎さん」
葵の投稿を見た彼女が、小刻みに震えたような気がした。
そして、俺に問いかける。
「南君が一番怖がっていることはなに?」
怖がっていること……。いろいろあるけど、一番は――
「三つある。ひとつは両親に迷惑がかからないかってこと。もうひとつは……『勉強会』メンバーに嫌われないかってこと、それとシアンさんに被害がないかってことかな……」
「そう。ひとつはすぐに解決できるね」
「え……」
花崎さんがスマホを耳に当てた。まさか……。
「あ、栞奈ちゃん? 今大丈夫? ……うん、今一緒にいるよ。……うん、うん。あ、助かる。いつものファミレス。うん。はーい、じゃあまたあとで」
「ちょ、ちょっと花崎さん」
彼女は俺を無視して、次々と電話をかけていく。花崎さんの声しか聞こえなかったが、中迫さんと酒井さんは訳が分からないようで、他の三人は事情を察しているようだった。
突然メンバーを呼び出されたことに、心の準備ができていない俺は彼女を恨めし気に睨みつけたが、それでも彼女はどこ吹く風でジュースを啜っている。案外図太いな、花崎さん。
真っ先に駆けつけたのは木渕だった。彼はファミレスに入るなり、血相を変えて俺に駆け寄り「大丈夫か南!?」と肩を掴んだ。
予想と全く違う反応に、俺は戸惑いを隠せなかった。
「え、っと、あの」
「あー、ひどい顔だな。そりゃそうだ。今日は俺がおごってやるから、好きなだけ食えよ」
「……」
黙り込む俺を勘違いして、木渕がムスッと顔をしかめる。
「なんだよ。俺だってファミレスで奢るくらいの金ならある。……でも、できたら三千円までにしてくれ」
俺はプッと噴き出して、木渕に腹パンした。こいつの財布にいつも五千円しか入っていないことは知っている。その金の大半を、俺に奢るために使おうとしてくれるこいつは、底なしの良い奴だ。
「ありがとな、木渕。なんか元気出たわ」
「そうか。よし、それならいい」
そのあとすぐに七岡が来た。こいつも同じような反応をしていた。
酒井さんもと中迫さんもファミレスに到着する。
そして最後に栞奈ちゃん。彼女は青い手提げ袋だけを手に持っていて、それを俺に手渡した。
「……?」
「これあげる」
「何、これ」
「開けていいよ。あとでね」
触った感触で分厚い本だと分かる。このタイミングで本のプレゼントは、いかにも栞奈ちゃんらしい選択だ。
全員が揃い、視線が俺に集まる。俺が助けを求めて花崎さんをちらりと見ると、彼女は頷いて口を開いた。
「えっと、実理と翔子以外はもう知ってると思うけど――」
花崎さんはゆっくりと、言葉を選んでみんなに事情を説明した。
メンバーは、話を聞くごとに表情が沈んでいった。
「――それで、南君が一番心配してるのは、『勉強会』メンバーに嫌われちゃうんじゃないかってことなんだけど。みんなは今までの話を聞いて、南君のことを嫌いになった?」
「はあ!? 南お前、そんなことを心配してたのか!?」
「ひどいよ南君。私たちが南君のこと嫌いになると思う?」
木渕と酒井さんが思わずといった様子で大声をあげた。
俺は俯いたまま、ボソボソと答える。
「だって引くだろ。俺って普通じゃないんだ。お前らが可愛いって言ってる子のこと、まったく可愛いと思えねえし。ぽっちゃり好きで、年上好きで、性癖も結構変だし……。女子の前でこんなこと言わせんなよ……」
「お前なあー……」
七岡は深いため息をつき、目を細める。
「自分だけが特殊性癖を持っているって思ってるのか? 人に言わないだけで、実は俺だって持ってるんだぞ。例えば俺は、熟女好きだ!」
「はっ!?」
酒井さんもあとに続く。
「私だって、実は腐女子だよ! BL大好き! ごめん! 南君と七岡君で妄想したこともあるの! っていうか私が教室で妄想話したばっかりに、南君がゲイだって噂も流れたこともあって……」
「はぁっ!?」
「ちょっと待て、あの噂の根源、酒井さんだったのかよ!!」
次は中迫さんのターン。
「私は百合好き! 巴と栞奈ちゃんで妄想したことあります! ごめん!」
「「ええっ!?」」
花崎さんと栞奈ちゃんが驚いていると、木渕まで性癖を暴露した。
「この流れで俺が言わないわけにもいかないな! 俺はな、実は腐男子だ! 酒井さん、あとでオススメの漫画教え合おうぜ!」
「えー! いいのー!?」
衝撃に次ぐ衝撃の中、謎の友情が生まれた瞬間だった。
木渕と酒井さんが盛り上がっている中、花崎さんもボソッと呟く。
「私は、建築物を見るとドキドキする……」
特にガウディ、と付け加える花崎さん。
「……」
なるほど。
どうやら俺が知らなかっただけで、人はそれぞれに興奮するものが違うらしい。俺だけじゃなくてこのメンバーみんな、限られた人にだけ、もしくは誰にも言わずにこっそりと、己の性欲を満たしていたということか。
「そうだぞー南。だから、お前がデブ専だろうがなんだろうが、そんなことで俺たちはお前のことを嫌ったりなんかしねえよ。逆に聞くが、俺が腐男子だと聞いて嫌いになったか? なってないよな? え、なってない、よな……?」
だんだんと自信がなくなってきたのか、声が小さくなっていく木渕の背中を、俺は強く叩き「当り前だろ、バカ」と答えた。
「なんか、みんなありがとうな。隠してた性癖暴露大会みたいなことになったな」
「ほんとにねー! でも言えてすっきりしたー! みんなありがとう!」
酒井さんがそう言って笑うと、他のメンバーもスッキリした顔で笑った。
俺も笑っていたが、時々目をこすらないといけなかった。
《私の元カレ、デブ専だったwwww》
その投稿に、たくさんのコメントがついている。
《うわあw まじだw だから葵ちゃんだったらダメだったんだねw 納得www》
《かっこいいのにもったいない》
《この人これからもっと太るだろうねwww 葵の元カレにたくさん食べさせてもらえてw》
気が滅入ったので、スマホを閉じた。
木渕と七岡は葵とSNSで繋がっている。栞奈ちゃんもまだ繋がっているかもしれない。あいつら、もうこの投稿を見たかな。
あいつらには今日片想いしている人と会うって言ってあるから、俺がデブ専だってことを確信するだろう。
今頃引かれているのかな。友だち辞められるのかな。
俺の親のこともバカにされるのかな。店に誰も来なくなったりして。俺のせいで、両親の人生がむちゃくちゃになるかもしれない。申し訳ない。
一人では抱えきれなかった俺は、虚ろな目でもう一度スマホを開き、花崎さんに電話をする。
《もしもし?》
「あ……花崎さん。今大丈夫?」
《大丈夫だよ。どうしたの?》
「あのさ……今から会えたりする……?」
しばらくの沈黙。当然だ。もう二十一時を過ぎている。花崎さんの家は門限が厳しいから、出てくるのは難しいだろう。
諦めかけた時、彼女が《いいよ》と返事をした。
《何かあったんだね。今からいつものファミレスに行く》
「……ありがとう」
無理を言ってしまった。申し訳ない。俺はいつから、こんなに誰かを頼るようになってしまったんだろう。
ファミレスに行くと、すでに花崎さんが待っていた。
「ごめん。呼び出しといて待たせた」
「ううん。気にしないで。……ひどい顔。どうしたの?」
花崎さんが、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
俺は額に手を当てて、消え入りそうな声を出す。
「葵に、バレて。SNSで拡散された」
「……バレたって、まさか」
「俺がぽっちゃり好きってこと。シアンさんと出かけてる時にたまたま出くわして。写真撮られて、投稿された。……あー、どうしよう花崎さん」
葵の投稿を見た彼女が、小刻みに震えたような気がした。
そして、俺に問いかける。
「南君が一番怖がっていることはなに?」
怖がっていること……。いろいろあるけど、一番は――
「三つある。ひとつは両親に迷惑がかからないかってこと。もうひとつは……『勉強会』メンバーに嫌われないかってこと、それとシアンさんに被害がないかってことかな……」
「そう。ひとつはすぐに解決できるね」
「え……」
花崎さんがスマホを耳に当てた。まさか……。
「あ、栞奈ちゃん? 今大丈夫? ……うん、今一緒にいるよ。……うん、うん。あ、助かる。いつものファミレス。うん。はーい、じゃあまたあとで」
「ちょ、ちょっと花崎さん」
彼女は俺を無視して、次々と電話をかけていく。花崎さんの声しか聞こえなかったが、中迫さんと酒井さんは訳が分からないようで、他の三人は事情を察しているようだった。
突然メンバーを呼び出されたことに、心の準備ができていない俺は彼女を恨めし気に睨みつけたが、それでも彼女はどこ吹く風でジュースを啜っている。案外図太いな、花崎さん。
真っ先に駆けつけたのは木渕だった。彼はファミレスに入るなり、血相を変えて俺に駆け寄り「大丈夫か南!?」と肩を掴んだ。
予想と全く違う反応に、俺は戸惑いを隠せなかった。
「え、っと、あの」
「あー、ひどい顔だな。そりゃそうだ。今日は俺がおごってやるから、好きなだけ食えよ」
「……」
黙り込む俺を勘違いして、木渕がムスッと顔をしかめる。
「なんだよ。俺だってファミレスで奢るくらいの金ならある。……でも、できたら三千円までにしてくれ」
俺はプッと噴き出して、木渕に腹パンした。こいつの財布にいつも五千円しか入っていないことは知っている。その金の大半を、俺に奢るために使おうとしてくれるこいつは、底なしの良い奴だ。
「ありがとな、木渕。なんか元気出たわ」
「そうか。よし、それならいい」
そのあとすぐに七岡が来た。こいつも同じような反応をしていた。
酒井さんもと中迫さんもファミレスに到着する。
そして最後に栞奈ちゃん。彼女は青い手提げ袋だけを手に持っていて、それを俺に手渡した。
「……?」
「これあげる」
「何、これ」
「開けていいよ。あとでね」
触った感触で分厚い本だと分かる。このタイミングで本のプレゼントは、いかにも栞奈ちゃんらしい選択だ。
全員が揃い、視線が俺に集まる。俺が助けを求めて花崎さんをちらりと見ると、彼女は頷いて口を開いた。
「えっと、実理と翔子以外はもう知ってると思うけど――」
花崎さんはゆっくりと、言葉を選んでみんなに事情を説明した。
メンバーは、話を聞くごとに表情が沈んでいった。
「――それで、南君が一番心配してるのは、『勉強会』メンバーに嫌われちゃうんじゃないかってことなんだけど。みんなは今までの話を聞いて、南君のことを嫌いになった?」
「はあ!? 南お前、そんなことを心配してたのか!?」
「ひどいよ南君。私たちが南君のこと嫌いになると思う?」
木渕と酒井さんが思わずといった様子で大声をあげた。
俺は俯いたまま、ボソボソと答える。
「だって引くだろ。俺って普通じゃないんだ。お前らが可愛いって言ってる子のこと、まったく可愛いと思えねえし。ぽっちゃり好きで、年上好きで、性癖も結構変だし……。女子の前でこんなこと言わせんなよ……」
「お前なあー……」
七岡は深いため息をつき、目を細める。
「自分だけが特殊性癖を持っているって思ってるのか? 人に言わないだけで、実は俺だって持ってるんだぞ。例えば俺は、熟女好きだ!」
「はっ!?」
酒井さんもあとに続く。
「私だって、実は腐女子だよ! BL大好き! ごめん! 南君と七岡君で妄想したこともあるの! っていうか私が教室で妄想話したばっかりに、南君がゲイだって噂も流れたこともあって……」
「はぁっ!?」
「ちょっと待て、あの噂の根源、酒井さんだったのかよ!!」
次は中迫さんのターン。
「私は百合好き! 巴と栞奈ちゃんで妄想したことあります! ごめん!」
「「ええっ!?」」
花崎さんと栞奈ちゃんが驚いていると、木渕まで性癖を暴露した。
「この流れで俺が言わないわけにもいかないな! 俺はな、実は腐男子だ! 酒井さん、あとでオススメの漫画教え合おうぜ!」
「えー! いいのー!?」
衝撃に次ぐ衝撃の中、謎の友情が生まれた瞬間だった。
木渕と酒井さんが盛り上がっている中、花崎さんもボソッと呟く。
「私は、建築物を見るとドキドキする……」
特にガウディ、と付け加える花崎さん。
「……」
なるほど。
どうやら俺が知らなかっただけで、人はそれぞれに興奮するものが違うらしい。俺だけじゃなくてこのメンバーみんな、限られた人にだけ、もしくは誰にも言わずにこっそりと、己の性欲を満たしていたということか。
「そうだぞー南。だから、お前がデブ専だろうがなんだろうが、そんなことで俺たちはお前のことを嫌ったりなんかしねえよ。逆に聞くが、俺が腐男子だと聞いて嫌いになったか? なってないよな? え、なってない、よな……?」
だんだんと自信がなくなってきたのか、声が小さくなっていく木渕の背中を、俺は強く叩き「当り前だろ、バカ」と答えた。
「なんか、みんなありがとうな。隠してた性癖暴露大会みたいなことになったな」
「ほんとにねー! でも言えてすっきりしたー! みんなありがとう!」
酒井さんがそう言って笑うと、他のメンバーもスッキリした顔で笑った。
俺も笑っていたが、時々目をこすらないといけなかった。
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