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休日
17話 悪くない夜
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わたしがシャワーから上がったあと、綾目が浴室の掃除をしてくれた。薄雪が入るからか念入りにブラシでこすっている。今日で浴室洗剤がなくなってしまうんじゃないかと思うほど浴室を泡まみれにしていた。
「花雫が浴室の掃除を一週間に一回くらいしかしないから、アカがこびりついて全然とれないじゃないかあ!」
「ごめんってぇ。明日…来週ハイターかけるからぁ…」
「平日は絶対になにもしない気だね!」
「仕事から帰ってきてお風呂の掃除?ありえない」
「綾目、ほどほどでかまわないよ。あと花雫を責めないように。住まわせてもらってるのはこちらなのだから」
「…そうですね。じゃあこのくらいにしてお湯を溜めましょう」
「あ!そう言えば良い入浴剤あるよ。友人の出産祝いのお返しにいただいたやつ。わたしお湯ためないからずーっと使えないでいたの。使ってくれる?」
「わ!いいの花雫!お花の香りの入浴剤ある?」
「あるあるー!スズランの香り」
「鈴蘭。いいですね。鈴蘭の香りがする湯に浸かりたいな」
「分かりましたー。ちょっと待ってくださいね」
私はテレビ台の引き出しに突っ込んでいた入浴剤セットを取り出して綾目に渡した。液状の入浴剤を湯舟に入れると、湯が白濁してほのかに花の香りが漂った。私も綾目も良い香りのする湯気をしばらく嗅いだあと、薄雪に声をかける。
「薄雪。準備ができましたよー。入ってください」
ユニットバスに入った薄雪が、浴槽の隣にある便器を凝視しながら呟いた。
「ありがとうございます花雫。…ふむ。便所の隣で入浴。新鮮だ」
「一人暮らしのボロアパートなんてこんなもんですよ。この便座の上に服とかタオルとか置いてください」
「分かりました」
「あ、服洗濯しますか?」
「洗濯。いや、かまわないですよ」
「汚れても妖力で清められるんだよ」
「妖力いいなあ…。じゃあ、洗わなくていいんですね」
「ええ」
「分かりました。ではごゆっくりどうぞー」
私と綾目が浴室から出ようとしたとき、薄雪が綾目に声をかけた。
「綾目。一緒に入るかい?」
「えっ?」
「久しぶりに再会したんだ。湯に浸かりながら話に花を咲かせよう」
薄雪の誘いに綾目はぽぽぽと頬を赤らめた。綾目は薄雪のことを怖がっているけれど、なんだかんだ言ってとても彼のことを慕っているのは私にも分かる。薄雪にお風呂に誘われてよほど嬉しかったんだろう。綾目はコクコク頷き着物の帯を外し始めた。私は「ごゆっくりー」と言ってそっと浴室のドアを閉めた。
「ふう」
わたしは歯ブラシを咥えながらパソコンの電源を入れた。あんな狭い湯舟に二人で入ってすっごく狭いだろうに、浴室からはあやかしたちの楽し気な声がぼんやり聞こえる。ときどき笑い声も響いてきて私まで頬が緩んだ。
「夜にちゃんとシャワー浴びたのいつぶりだろう…。今日のわたしを褒めてあげたい。すごい。えらいぞわたし。ちゃんと夜にお風呂入ってえらい」
朝シャワーを浴びると、電車の時間があるから髪もロクに乾かせない。でも夜だとたっぷり時間があるから、ちゃんと乾くまでゆっくりドライヤーをかけることができた。気分が良かったから、買っただけで使ってなかったフェイスパックまで使っちゃった。きもちよすぎる。夜にお風呂入るの結構いいな。めんどくさいけど。
「はー!気持ち良かったー!」
「良い湯だったね」
小一時間くらい湯舟に浸かっていた薄雪と綾目は、ほんのり肌の色がピンク色になっていた。吐息を漏らしながら私の隣に薄雪が座る。ほかほかしていていつもより表情が緩んでいる。よっぽどお風呂がお気に召したようだ。よかった。
「薄雪、お酒飲みます?」
「いいのですか?いただこうかな」
「…わ、もうこんなに飲んだんですか?今日でなくなっちゃうや」
「おや、それは残念」
「仕方ない。明日一本買ってきてあげます」
私がそう言うと綾目がポカンと口を開けた。
「花雫が…平日に仕事以外のことをするだって…?」
「やっぱり一緒にお酒飲んでくれる人いるとビールがおいしいのよね~」
「それは良かった。明日も酒を飲みかわしましょう、花雫」
「うん」
私と薄雪は、百均のグラスにお酒を入れて乾杯した。薄雪は静かにお酒を飲む。クイっと飲んでは私を見て、じーっと見てからお酒を口に運んで私を見た。こんな眉毛もない私の顔を見て、なんでそんなに嬉しそうな顔をするんだか。
「花雫が浴室の掃除を一週間に一回くらいしかしないから、アカがこびりついて全然とれないじゃないかあ!」
「ごめんってぇ。明日…来週ハイターかけるからぁ…」
「平日は絶対になにもしない気だね!」
「仕事から帰ってきてお風呂の掃除?ありえない」
「綾目、ほどほどでかまわないよ。あと花雫を責めないように。住まわせてもらってるのはこちらなのだから」
「…そうですね。じゃあこのくらいにしてお湯を溜めましょう」
「あ!そう言えば良い入浴剤あるよ。友人の出産祝いのお返しにいただいたやつ。わたしお湯ためないからずーっと使えないでいたの。使ってくれる?」
「わ!いいの花雫!お花の香りの入浴剤ある?」
「あるあるー!スズランの香り」
「鈴蘭。いいですね。鈴蘭の香りがする湯に浸かりたいな」
「分かりましたー。ちょっと待ってくださいね」
私はテレビ台の引き出しに突っ込んでいた入浴剤セットを取り出して綾目に渡した。液状の入浴剤を湯舟に入れると、湯が白濁してほのかに花の香りが漂った。私も綾目も良い香りのする湯気をしばらく嗅いだあと、薄雪に声をかける。
「薄雪。準備ができましたよー。入ってください」
ユニットバスに入った薄雪が、浴槽の隣にある便器を凝視しながら呟いた。
「ありがとうございます花雫。…ふむ。便所の隣で入浴。新鮮だ」
「一人暮らしのボロアパートなんてこんなもんですよ。この便座の上に服とかタオルとか置いてください」
「分かりました」
「あ、服洗濯しますか?」
「洗濯。いや、かまわないですよ」
「汚れても妖力で清められるんだよ」
「妖力いいなあ…。じゃあ、洗わなくていいんですね」
「ええ」
「分かりました。ではごゆっくりどうぞー」
私と綾目が浴室から出ようとしたとき、薄雪が綾目に声をかけた。
「綾目。一緒に入るかい?」
「えっ?」
「久しぶりに再会したんだ。湯に浸かりながら話に花を咲かせよう」
薄雪の誘いに綾目はぽぽぽと頬を赤らめた。綾目は薄雪のことを怖がっているけれど、なんだかんだ言ってとても彼のことを慕っているのは私にも分かる。薄雪にお風呂に誘われてよほど嬉しかったんだろう。綾目はコクコク頷き着物の帯を外し始めた。私は「ごゆっくりー」と言ってそっと浴室のドアを閉めた。
「ふう」
わたしは歯ブラシを咥えながらパソコンの電源を入れた。あんな狭い湯舟に二人で入ってすっごく狭いだろうに、浴室からはあやかしたちの楽し気な声がぼんやり聞こえる。ときどき笑い声も響いてきて私まで頬が緩んだ。
「夜にちゃんとシャワー浴びたのいつぶりだろう…。今日のわたしを褒めてあげたい。すごい。えらいぞわたし。ちゃんと夜にお風呂入ってえらい」
朝シャワーを浴びると、電車の時間があるから髪もロクに乾かせない。でも夜だとたっぷり時間があるから、ちゃんと乾くまでゆっくりドライヤーをかけることができた。気分が良かったから、買っただけで使ってなかったフェイスパックまで使っちゃった。きもちよすぎる。夜にお風呂入るの結構いいな。めんどくさいけど。
「はー!気持ち良かったー!」
「良い湯だったね」
小一時間くらい湯舟に浸かっていた薄雪と綾目は、ほんのり肌の色がピンク色になっていた。吐息を漏らしながら私の隣に薄雪が座る。ほかほかしていていつもより表情が緩んでいる。よっぽどお風呂がお気に召したようだ。よかった。
「薄雪、お酒飲みます?」
「いいのですか?いただこうかな」
「…わ、もうこんなに飲んだんですか?今日でなくなっちゃうや」
「おや、それは残念」
「仕方ない。明日一本買ってきてあげます」
私がそう言うと綾目がポカンと口を開けた。
「花雫が…平日に仕事以外のことをするだって…?」
「やっぱり一緒にお酒飲んでくれる人いるとビールがおいしいのよね~」
「それは良かった。明日も酒を飲みかわしましょう、花雫」
「うん」
私と薄雪は、百均のグラスにお酒を入れて乾杯した。薄雪は静かにお酒を飲む。クイっと飲んでは私を見て、じーっと見てからお酒を口に運んで私を見た。こんな眉毛もない私の顔を見て、なんでそんなに嬉しそうな顔をするんだか。
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