57 / 71
大切なモノ
55話 誰のモノ
しおりを挟む
あやかしに唇を奪われた花雫は昏倒した。
ぐったりした彼女を抱きかかえたあやかしが彼女の瞼をべろりと舐めると、黒い痣が刻まれた。
「花雫!!」
「近寄るな!!!」
あやかしがシャーッと威嚇して黒い瘴気を吐き出した。それに触れた薄雪の腕がたちどころに腐っていく。
顔に瘴気を受けた綾目は爛れる感覚に悲鳴を上げた。
「あぁぁぁっ…!!!」
薄雪がよろけた綾目を抱き留める。綾目の腕がパキパキと音を立て灰色になった。ひび割れていくそれに薄雪が顔をしかめる。
(まずい。軸である美しさを失えば綾目は消えてしまう…っ)
迷う余裕も手順を踏む時間もなかった。
薄雪は、綾目と花雫を結ぶ縁を引きちぎった。綾目の体がのけぞり苦痛に悲鳴をあげる。薄雪の胸にも激痛が走った。
縁を結んでいた花が怒り、薄雪の清らかさを奪った。
顔を歪めながら、薄雪は術を唱え壁に扇子を打ち付けた。コチラ側とアチラ側を繋ぐ扉を無理矢理広げ、そこに綾目を投げ入れる。
世の理が怒り、薄雪の妖力を奪った。
「ぐっ…」
薄雪は穢れに弱い。自身を守っていた清らかさと妖力を奪われた彼は、コチラ側の穢れに体を侵された。特に目の前に立っているあやかしは、おぞましいほどの穢れに包まれている。薄雪はその穢れに耐えられず血を吐いた。
アチラ側に引き込まれていく綾目が薄雪に手を伸ばす。
「薄…雪さま…!」
「綾目はアチラ側へお戻りなさい!穢れは喜代春に清めてもらうよう!」
「だめですっ…!薄雪さまが…!!このままじゃ薄雪がしんじゃう!!うすゆ…」
薄雪は綾目の手を取らなかった。ゆっくりと扉が閉じていく。薄雪は深く息を吐き、血を拭いながらあやかしに向き直った。
「花雫を返しなさい」
「返す?コレはもう私のモノ。奪おうとしているのはお前だ」
あやかしは花雫を抱きしめ、再び瘴気を振りまいた。薄雪が浄化しようと扇子を一振りするが、力をほとんど失った薄雪では瘴気を完全には消し去ることができなかった。
薄い瘴気は薄雪の体を纏い、徐々に肉を腐らせていく。
「……」
「ふふっ。お前が一歩近づくごとに瘴気を振りまいてやる」
「困りましたね。このままでは花雫が死んでしまう」
「自分のことを心配したらどうだ。お前、今にも死にそうだぞ」
「私のことはお気になさらず」
扇子を持つ腕が青黒く変色し肉が爛れている。骨が覗くその腕を、薄雪は無表情で眺めた。
(花の痕がないほうで良かった)
「…あなた、以前に二度、ここに来ていますね」
「そうだ。なのにお前のせいで中に入ることができなかった。気持ちの悪い花のせいで」
「あの花々を知らないということは、あなたはアチラ側のモノではないですね。コチラ側で生まれたあやかし…いえ、あやかしになってしまったヒト…ですか」
「意味の分からないことを。はやくココから出て行け」
「断る。花雫は渡しません。ですがあなたが元々ヒトであったなら…私はあなたを癒しましょう」
「誰もそのようなこと望んではいない。ここから立ち去れ。お前の顔を見ているだけで気分が悪くなる」
「……」
あやかしのまわりに立ち込める瘴気がだんだんと濃くなっていく。その瘴気を吸ってしまった花雫はガクガクと震え涎を垂らしてた。薄雪は顔をしかめ、腰に挿していた脇差に手を添えた。
「時間がない。悪いが力ずくで」
たん、と床を踏む音が聞こえ、あやかしの視界から薄雪の姿が消えた。
視線を泳がせた一瞬の隙に、目の前まで距離を詰めていた薄雪が姿を現す。咄嗟にあやかしが瘴気をまき散らすが、薄雪が抜刀しただけで浄化された。
「なっ…」
「朝霧」
「う…っ!」
朝霧があやかしの胸を貫いた。
彼女のまわりに桜の花びらが舞い散り、霧が晴れるかのように空気が澄んだ。
苦し気な悲鳴をあげながら、あやかしは震える手で朝霧を掴んだ。黒い涙を流す瞳で薄雪をぎろりと睨みつける。
「ぐ…私の…愛するモノを奪うな…。コレは…私だけのモノ…」
あやかしに触れている刀身が黒ずんでいく。薄雪にだけ聞こえる、朝霧のうめき声。舞い散る花びらも色がくすみ、あやかしから新たな瘴気が生み出された。
「朝霧、”夢見”を」
罵詈雑言をまき散らしながら、朝霧は力を振り絞った。薄雪はそっと目を閉じた。朝霧に誘われた夢を見るために。
ぐったりした彼女を抱きかかえたあやかしが彼女の瞼をべろりと舐めると、黒い痣が刻まれた。
「花雫!!」
「近寄るな!!!」
あやかしがシャーッと威嚇して黒い瘴気を吐き出した。それに触れた薄雪の腕がたちどころに腐っていく。
顔に瘴気を受けた綾目は爛れる感覚に悲鳴を上げた。
「あぁぁぁっ…!!!」
薄雪がよろけた綾目を抱き留める。綾目の腕がパキパキと音を立て灰色になった。ひび割れていくそれに薄雪が顔をしかめる。
(まずい。軸である美しさを失えば綾目は消えてしまう…っ)
迷う余裕も手順を踏む時間もなかった。
薄雪は、綾目と花雫を結ぶ縁を引きちぎった。綾目の体がのけぞり苦痛に悲鳴をあげる。薄雪の胸にも激痛が走った。
縁を結んでいた花が怒り、薄雪の清らかさを奪った。
顔を歪めながら、薄雪は術を唱え壁に扇子を打ち付けた。コチラ側とアチラ側を繋ぐ扉を無理矢理広げ、そこに綾目を投げ入れる。
世の理が怒り、薄雪の妖力を奪った。
「ぐっ…」
薄雪は穢れに弱い。自身を守っていた清らかさと妖力を奪われた彼は、コチラ側の穢れに体を侵された。特に目の前に立っているあやかしは、おぞましいほどの穢れに包まれている。薄雪はその穢れに耐えられず血を吐いた。
アチラ側に引き込まれていく綾目が薄雪に手を伸ばす。
「薄…雪さま…!」
「綾目はアチラ側へお戻りなさい!穢れは喜代春に清めてもらうよう!」
「だめですっ…!薄雪さまが…!!このままじゃ薄雪がしんじゃう!!うすゆ…」
薄雪は綾目の手を取らなかった。ゆっくりと扉が閉じていく。薄雪は深く息を吐き、血を拭いながらあやかしに向き直った。
「花雫を返しなさい」
「返す?コレはもう私のモノ。奪おうとしているのはお前だ」
あやかしは花雫を抱きしめ、再び瘴気を振りまいた。薄雪が浄化しようと扇子を一振りするが、力をほとんど失った薄雪では瘴気を完全には消し去ることができなかった。
薄い瘴気は薄雪の体を纏い、徐々に肉を腐らせていく。
「……」
「ふふっ。お前が一歩近づくごとに瘴気を振りまいてやる」
「困りましたね。このままでは花雫が死んでしまう」
「自分のことを心配したらどうだ。お前、今にも死にそうだぞ」
「私のことはお気になさらず」
扇子を持つ腕が青黒く変色し肉が爛れている。骨が覗くその腕を、薄雪は無表情で眺めた。
(花の痕がないほうで良かった)
「…あなた、以前に二度、ここに来ていますね」
「そうだ。なのにお前のせいで中に入ることができなかった。気持ちの悪い花のせいで」
「あの花々を知らないということは、あなたはアチラ側のモノではないですね。コチラ側で生まれたあやかし…いえ、あやかしになってしまったヒト…ですか」
「意味の分からないことを。はやくココから出て行け」
「断る。花雫は渡しません。ですがあなたが元々ヒトであったなら…私はあなたを癒しましょう」
「誰もそのようなこと望んではいない。ここから立ち去れ。お前の顔を見ているだけで気分が悪くなる」
「……」
あやかしのまわりに立ち込める瘴気がだんだんと濃くなっていく。その瘴気を吸ってしまった花雫はガクガクと震え涎を垂らしてた。薄雪は顔をしかめ、腰に挿していた脇差に手を添えた。
「時間がない。悪いが力ずくで」
たん、と床を踏む音が聞こえ、あやかしの視界から薄雪の姿が消えた。
視線を泳がせた一瞬の隙に、目の前まで距離を詰めていた薄雪が姿を現す。咄嗟にあやかしが瘴気をまき散らすが、薄雪が抜刀しただけで浄化された。
「なっ…」
「朝霧」
「う…っ!」
朝霧があやかしの胸を貫いた。
彼女のまわりに桜の花びらが舞い散り、霧が晴れるかのように空気が澄んだ。
苦し気な悲鳴をあげながら、あやかしは震える手で朝霧を掴んだ。黒い涙を流す瞳で薄雪をぎろりと睨みつける。
「ぐ…私の…愛するモノを奪うな…。コレは…私だけのモノ…」
あやかしに触れている刀身が黒ずんでいく。薄雪にだけ聞こえる、朝霧のうめき声。舞い散る花びらも色がくすみ、あやかしから新たな瘴気が生み出された。
「朝霧、”夢見”を」
罵詈雑言をまき散らしながら、朝霧は力を振り絞った。薄雪はそっと目を閉じた。朝霧に誘われた夢を見るために。
0
あなたにおすすめの小説
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる