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大切なモノ

61話 目

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「これは…綾目の瞳じゃないか」

「……」

「っ…」

「あっ!」

薄雪は身を縮めていた綾目を抱き寄せ、瞼を開かせようと指を当てる。綾目は目をきつく瞑り抵抗していたが、薄雪の力に敵わなかった。

「…っ」

綾目の瞳は白濁した茶色。瞳孔は丸い。明らかにヒトの目であり、それは花雫のものと同じ色をしていた。

「…どういうことだい。何をしたんだ喜代春」

声を荒げた薄雪が喜代春を睨みつけた。喜代春はため息をつき、トントン、と煙管の灰を落とす。

「実は、失明したのは綾目ではなかった」

「……」

「花雫だったんだよ」

その言葉だけで薄雪は全てを悟った。眩暈を起こし体がよろける。彼を蓮華と蕣が支えた。

「…失明した花雫の目になってあげたんだね、綾目」

「…はい」

「君も花雫を守りたかったんだね」

「はい…」

「そうか…。自分の美しさのことしか考えられなかったモノノケが、大切なモノのために自らを差し出したのか」

薄雪は綾目をそっと抱きしめた。唇を震わせ、こみ上げてくるものを飲み込み、小さく笑った。

「確かに、これは閉じ込めたくなるね」

◇◇◇

「私はね、綾目も薄雪も同じことを言うと確信していた。同じ頼みであれば先着順で叶えることにしているのでね、花雫には綾目の瞳を与えることにしたよ」

喜代春はそう言ったあと、ブツブツと文句を垂れた。

「それに君にも一度私と同じ思いをさせたかったしね。どうだい。これで少しは分かったかい」

「そうですね。これは辛い」

「分かればよろしい」

「喜代春…僕の目を使って薄雪さまにいじわるをしないでよ…」

「いじわるをしたのは君の方だ、綾目。薄雪はきっと、自分が傷つくより君が傷ついた方がつらいよ。それを分かっててこんなことを願ったね」

「うっ…」

「だからお互いさまさ。こんなことを私にさせることも充分ないじわるだ。まったく」

喜代春の小言はしばらく続いた。蓮華と蕣も喜代春に同意しているのか、頬を膨らませながら小言に何度も頷いている。薄雪と綾目は困ったように笑った。

言いたいことを全て吐き出してすっきりした喜代春が黙り込んだ。伝えなければならないことが、もうひとつある。

「薄雪」

「はい」

「綾目の目を得た花雫は視力を取り戻したよ」

「…ありがとうございます」

「ただ…」

喜代春は言葉に詰まる。今から言うことは、薄雪にとってひどく心を痛めるだろう。蓮華と蕣はそんな彼の手を握った。

「アルジサマ」

「私たちから伝える?」

「…いや、私から伝える」

「分かった」

「…どうしましたか」

「薄雪。花雫の瞼にはウメの願いと呪いが今もなお深く刻まれている。コレは私でも消すことができなかった。穢れ切った朝霧でさえ厳しい。ましてや力をほとんど失っている君には到底無理だ。痕を消すことができるのは、おそらく穢れを祓った朝霧だけ。つまり100年経たないとできない。…花雫の寿命に間に合わない」

「…何が言いたいんです」

「この痕にはウメの願いがこめられている。”私だけを見て”というね」

「……」

薄雪の頬に汗が伝う。

「まさか」

「この痕がある限り、花雫はあやかしを目に映すことができない」
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