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ショートストーリー
【画廊編SS】 ヴィクスの夢の中
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揺れるカーテンから覗く空は、メレンゲのような雲をゆっくりと、ゆっくりと泳がせている。
ヴィクスは髪を風になびかせて、擦り切れた本のページをめくった。
「君主は自身を守るために、善行ではない態度も取る必要がある。あらゆる君主はその気質が評価されるが、一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能なので、自分の国家に損失を招くような重大な悪評のみを退けることになる——」
「またその本読んでるの?」
彼の耳を撫でる、幼い声。その声を聞いただけで、ヴィクスの口元は緩み、目尻が優しく下がった。
「兄さん」
ひょこひょこと軽い足取りで、無遠慮にヴィクスの隣に腰かけたのは、彼の兄であるアウス。
アウスは本を覗き込み、さらさらと音読した。
「ーーしかしながら、自国の存続のために悪評が立つならば、その払拭にこだわらなくてもよい。全般的に考察すると、美徳であっても破滅に通じることがあり、逆に悪徳であっても安全と繁栄がもたらされることが、しばしばあるからである。……なあに、これ?」
難しい単語ばかりで顔をしかめている兄に、ヴィクスはクスクスと笑う。
「帝王学。君主の気質だよ」
ふーん、と声を漏らすが、アウスはおそらく理解をしていないのだろう、首を傾げていた。
「よく分からないや!」
「兄さんは分からなくていいことさ」
「そっか!」
アウスはニパっと笑い、ソファに寝転びヴィクスの膝に頭を乗せた。
ヴィクスは彼の頭を撫でながら、帝王学の書物に再び目を落とす。
「あー! そこにいたのねアウス!」
「わ! 見つかった!」
「まーたヴィクスの邪魔をしてぇー!!」
「ひぅっ」
モリアの大声に、思わずアウスが弟にしがみついた。
モリアはしかめっ面でずかずかとヴィクスに近づき、指をさす。
「ヴィクス! あんたがアウスを甘やかすから、こぉんなに甘えん坊になっちゃったんだからね!」
「姉さんだって、兄さんのことをたっぷり甘やかしていると思うけど」
「そ、そんなことないもん!」
どうだか、とヴィクスが片眉を上げると、モリアがふいと顔を背けた。
「アウス! ヴィクスと遊ぶならわたしも呼んで! 仲間外れにしないでよね! わたしだって、ヴィクスと遊びたいんだから!」
「はぁい」
「ふんっ!」
頬を膨らませたまま、モリアはヴィクスの隣に座る。彼女も寝転び頭を膝に載せるものだから、ヴィクスはソファの真ん中でぎゅうぎゅう詰めになっている。
喉を鳴らす兄と姉は、陽の光を浴びて気持ちよさそうに目を瞑った。
ふとももを占領する彼らがかさばり、本が読みづらい。ヴィクスはため息をつき、書物を床に放り投げた。
そして両手で、アウスとモリアの頭を撫でる。
「お日さま、きもちいねモリア」
「きもちい~」
「ヴィクスのお膝、きもちいね」
「ふにふに~……ちょっとかたいけど」
「ヴィクスに頭撫でてもらうの、きもちいね」
「わたしは髪を編んでもらうほうがすき」
「いいなあ。僕も髪伸ばそうかなあ」
何の意味もなさない、非生産的な会話。
べとついた人間関係とは無縁の、まぶしいほどの、ひだまりのようなやりとり。
ヴィクスはもう一度空を見て、呟いた。
「今日はあたたかいね」
◇◇◇
「あら」
「おはようございます。お兄さま」
廊下を歩いていると、反対側からジュリアとウィルクが歩いてきた。
ウィルクは立ち止まり丁寧に、ジュリアはめんどくさそうにささっと会釈をする。
「ああ、おはよう」
ヴィクスは挨拶を返し、謁見の間に入っていった。
彼の後姿を見送っていたジュリアとウィルクが目を見合わせる。
「今日のお兄さま、機嫌が良いですね」
「ええ。それにいつもより顔色が良かったわ」
「素敵な夢でも見たのでしょうか」
【SS ヴィクスの夢の中 end】
ヴィクスは髪を風になびかせて、擦り切れた本のページをめくった。
「君主は自身を守るために、善行ではない態度も取る必要がある。あらゆる君主はその気質が評価されるが、一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能なので、自分の国家に損失を招くような重大な悪評のみを退けることになる——」
「またその本読んでるの?」
彼の耳を撫でる、幼い声。その声を聞いただけで、ヴィクスの口元は緩み、目尻が優しく下がった。
「兄さん」
ひょこひょこと軽い足取りで、無遠慮にヴィクスの隣に腰かけたのは、彼の兄であるアウス。
アウスは本を覗き込み、さらさらと音読した。
「ーーしかしながら、自国の存続のために悪評が立つならば、その払拭にこだわらなくてもよい。全般的に考察すると、美徳であっても破滅に通じることがあり、逆に悪徳であっても安全と繁栄がもたらされることが、しばしばあるからである。……なあに、これ?」
難しい単語ばかりで顔をしかめている兄に、ヴィクスはクスクスと笑う。
「帝王学。君主の気質だよ」
ふーん、と声を漏らすが、アウスはおそらく理解をしていないのだろう、首を傾げていた。
「よく分からないや!」
「兄さんは分からなくていいことさ」
「そっか!」
アウスはニパっと笑い、ソファに寝転びヴィクスの膝に頭を乗せた。
ヴィクスは彼の頭を撫でながら、帝王学の書物に再び目を落とす。
「あー! そこにいたのねアウス!」
「わ! 見つかった!」
「まーたヴィクスの邪魔をしてぇー!!」
「ひぅっ」
モリアの大声に、思わずアウスが弟にしがみついた。
モリアはしかめっ面でずかずかとヴィクスに近づき、指をさす。
「ヴィクス! あんたがアウスを甘やかすから、こぉんなに甘えん坊になっちゃったんだからね!」
「姉さんだって、兄さんのことをたっぷり甘やかしていると思うけど」
「そ、そんなことないもん!」
どうだか、とヴィクスが片眉を上げると、モリアがふいと顔を背けた。
「アウス! ヴィクスと遊ぶならわたしも呼んで! 仲間外れにしないでよね! わたしだって、ヴィクスと遊びたいんだから!」
「はぁい」
「ふんっ!」
頬を膨らませたまま、モリアはヴィクスの隣に座る。彼女も寝転び頭を膝に載せるものだから、ヴィクスはソファの真ん中でぎゅうぎゅう詰めになっている。
喉を鳴らす兄と姉は、陽の光を浴びて気持ちよさそうに目を瞑った。
ふとももを占領する彼らがかさばり、本が読みづらい。ヴィクスはため息をつき、書物を床に放り投げた。
そして両手で、アウスとモリアの頭を撫でる。
「お日さま、きもちいねモリア」
「きもちい~」
「ヴィクスのお膝、きもちいね」
「ふにふに~……ちょっとかたいけど」
「ヴィクスに頭撫でてもらうの、きもちいね」
「わたしは髪を編んでもらうほうがすき」
「いいなあ。僕も髪伸ばそうかなあ」
何の意味もなさない、非生産的な会話。
べとついた人間関係とは無縁の、まぶしいほどの、ひだまりのようなやりとり。
ヴィクスはもう一度空を見て、呟いた。
「今日はあたたかいね」
◇◇◇
「あら」
「おはようございます。お兄さま」
廊下を歩いていると、反対側からジュリアとウィルクが歩いてきた。
ウィルクは立ち止まり丁寧に、ジュリアはめんどくさそうにささっと会釈をする。
「ああ、おはよう」
ヴィクスは挨拶を返し、謁見の間に入っていった。
彼の後姿を見送っていたジュリアとウィルクが目を見合わせる。
「今日のお兄さま、機嫌が良いですね」
「ええ。それにいつもより顔色が良かったわ」
「素敵な夢でも見たのでしょうか」
【SS ヴィクスの夢の中 end】
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