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魔女編:Fクラスクエスト旅

【69話】アーサーの目覚め

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アーサーが目を覚ましたのはモニカが目覚めた4日後だった。目を開いても暗闇が広がるばかり。ここがどこかも分からない。

「…モニカ」

小さい声で呼びかけても返事はない。手であたりを探ると柔らかい布団や枕に触れた。自分の家か、医院のベッドかな、と考える。

しばらくして階段をのぼる足音が聞こえてきた。誰かが部屋に入ってくる。アーサーが起き上がると、ガラスが床に落ちる音がした。そして勢いよく抱きしめられる。この匂いは、モニカだ。

「アーサー!!」

「モニカ…おはよう」

「おはようじゃないわよ!!もう目が覚めないのかと思ったわ…良かった…良かった…!!」

兄の目覚めにホッとしたモニカは、アーサーに抱きついて泣き出した。アーサーは妹の背中をさすりながら尋ねた。

「モニカ、怪我は治った?」

「うん…。今じゃもうすっかり元気よ。アーサーは?どこか痛むところはない?」

「大丈夫だよ」

「目は…?」

「うん。見えない。まっくらだ」

モニカはアーサーの頬に手を添えて兄の顔を見た。目は開いているが、視線が合わない。モニカの胸がぎゅっと苦しくなった。

「あ、はやくベニートたちに知らせてこなきゃ。アーサー、ちょっと待っててね」

アーサーから手を離し部屋を出ようとしたモニカだったが、アーサーに服を掴まれる。振り返り兄の顔を見ると不安そうな顔をしている。服を掴んでいる手がかすかに震えていることに気付いた。

「どうしたの?」

「行かないでモニカ」

「…分かったわ」

モニカはベッドに腰かけアイテムボックスから伝書インコを取り出した。1階にいるベニートたちに、アーサーが目覚めたことを伝言した。それを聞いたベニートたちがカミーユに伝書インコを飛ばす。全員が集まったのは1時間後だった。

カミーユたちは目覚めたアーサーに抱きついた。モニカのように精神的な傷を負っていないか心配していたが、アーサーの精神状態は安定しており、落ち着いて魔女の話ができた。カミーユは能力を取り戻すためには再びあの山へ行かなければいけないことを説明した。

「…というわけなんだ。また魔女に会うのは辛いだろうが、俺たちと一緒にまた山へ登ってくれるか?」

「ありがとうカミーユ。僕たちのためにそこまでしてくれて。よろしくおねがいします」

アーサーはそう言ってぺこりと頭を下げた。あまりに平常なアーサーに逆に調子が狂う。カミーユは頭を掻きながら複雑そうな顔をした。

「…ったく、なんでお前はそんなに落ち着いてんだ?モニカみたいにちっとは子どもらしく振舞えよ」

「ちょ、ちょっとカミーユ!余計なこと言わないでよ!」

「なに?モニカ、もしかしてみんなの前で泣いちゃったりしたの?」

「ああ、そりゃあもうワンワンとな!」

ぎゃはは、と笑いながらリアーナがモニカの肩を抱いた。モニカは「もう!リアーナのばかぁ!」と頬を膨らませている。アーサーはそのやり取りを聞いてクスクス笑った。

「モニカ、ごめんね辛い思いをさせて。事前に魔女について調べなかった僕の落ち度だ。Fクラスの敵をなめてた。これからクエストを受けるときはしっかり調べるようにするよ」

「いや、まあ、それはそうなんだがな。あの魔女はFクラスじゃねえ。Aクラスだ」

「なんだって?」

「ギルドの手違いだと思うんだが、Fクラスの中に混じってたんだ。Aクラスのものが」

「手違い…ねェ…」

カトリナは険しい顔をしてボソリと呟いた。
アーサーは魔女クエストがAクラスと聞いて納得がいったようだった。

「どおりで異様に強いと思った。僕たちじゃまったく歯が立たなかった」

「特に魔女は厄介だ。普通の武器じゃ話にならんからな。ま、それはさておき、もう一度確認するぞ。能力を取り戻せばお前は辛い記憶を全て思い出してしまう。それでもいいのか?」

「うん。忘れてしまった記憶が何かは今じゃ分からないけど、今までの僕が耐えれてたんだ。きっと思い出しても大丈夫だよ」

誰もいない方向を向いてアーサーは笑った。そんな彼が痛々しく、カミーユは肩を抱き寄せた。

「分かった。必ず取り戻す」

「で、いつ行く?準備はもう整ったぞ!」

リアーナが手首をコキコキ鳴らしながら仲間に問いかける。早く行きたくてしょうがない顔だ。

「私もバッチリよォ」

「早く魔女を殺したい」

ジルから殺意が湧き出ている。ギリギリと歯ぎしりをしながら低く唸った。仲間のやる気満々な様子に頷き、カミーユが双子に向き直った。

「モニカは?」

「私はいつでも」

「アーサーは?」

「お風呂に入ってご飯を食べてからだったらいつでも」

「よし、じゃあ出発は一週間後にしよう。アーサー、それまでいっぱい食って精力つけとけ。お前らの新しい防具も用意してある。モニカ、出発前にアーサーに着せてやってくれるか」

「うん!」

カミーユたちはその夜双子の家で過ごした。カミーユがアーサーを風呂に入れてわしゃわしゃと髪と体を洗ってやった。久しぶりのお風呂にアーサーは大喜びだ。カミーユは、目が見えなくなってもいつも通りのアーサーを眺めている。強い子どもだな、とアーサーの精神力に関心して頬を緩めた。

風呂に入ったあと、カトリナとリアーナが作った栄養満点のご馳走を、アーサーとモニカがおいしそうに頬張った。目が見えないアーサーの口の中に、モニカが次々とご馳走を放り込んでいく。

「さあ、次はなんでしょうか!」

「ん~!おいしい!これなんのお肉だろう…チキンかな?!」

「正解!じゃあこれは?」

「ブロッコリー!」

「じゃあ~これは?」

「ポーク!」

「それはミノタウロスの肉だぜ!」

「え"っ…」

リアーナの答えにアーサーとモニカの頬が引くつく。それに気付かずリアーナはミノタウロス肉について語りだした。

「ミノタウロスの肉、うめえんだよなあ~!脂身が少なくて、ヘルシーだしな!貧血にも効くんだぜえ?だからほら!もっと食えアーサー!モニカも!」

「い、いや…もういいかなぁ~」

「何言ってんだ!食え食え~!」

「むぐぅ!!」

リアーナがアーサーの口にどんどんミノタウロスの肉を突っ込む。アーサーはもごもご言いながら必死に飲みこんだ。あまりに大量の肉を頬張らせるため、最終的にカミーユが「おいアーサーが窒息したらどうすんだバカ!」とリアーナの頭を殴って止めさせた。

魔女狩りへ行くまでの一週間、目が見えないアーサーはずっと妹の手を離さなかった。モニカはそんな兄に付き添い、優しく介抱した。眠るときもモニカに抱きついて離れなかった。みんなの前では気丈に振舞っているが、真っ暗な世界は怖くて不安で仕方ないのだろう。胸に顔をうずめカタカタ震えるアーサーの背中に腕を回し、モニカは毎晩優しい歌声で子守唄を歌った。
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