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淫魔編:シャナの家
【189話】鏡
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「……」
気付いたら眠っていたらしい。アーサーが目を覚ましたころには部屋に朝日が差し込んでいた。瞳はいまだ光を失ったままだった。彼はゆっくりと上体を起こしあたりを見回す。
「っ…」
目に入ったのは、ベッドの向かいに置かれた鏡台。鏡の向こうで淫魔と同じ姿の人間がこちらを見ている。
「う、うわぁぁぁあぁあっ!!」
アーサーは叫びながらベッドから飛び出し部屋の隅でしゃがみこんだ。ガクガク震え、頭をかかえ、浅い息を繰り返す。頭を抱えていた手がゆっくりと頬まで降り、ぎりぎりと爪を立てた。
「この顔のせいで…モニカは…」
次にアーサーは両手を見た。
「この手で…この体で…モニカが…」
あの部屋の出来事が鮮明にフラッシュバックする。モニカの虚ろな顔、淫魔の挑発的な目。モニカに触れる手、顔、体…。
「はぁっ…はぁっ…はっ…はっ…」
過呼吸になり手足が痺れる。アーサーは腰に付けていた短剣を取り出し自分の手の甲に刺した。痛みに顔を歪めながら短剣を引き抜くと赤黒い血が噴き出す。その血がまたバラバラになった淫魔の死体を思い起こさせた。アーサーはガタガタと震えながら腹に剣を突き刺した。
「うぐぅっ…うぅ…」
何度も、何度も、繰り返し剣を刺す。引き抜くたびに血が噴き出し滴り、床が赤く染まって行く。
「死ねっ…死ねっ…消えろぉっ…!」
◇◇◇
大量の失血で意識が遠のく。自分でつけた数えきれないほどのむごい傷を見て、アーサーは小さく笑った。
「あはは…。ずっとおかしいと思ってたんだ…。こんな傷、普通の人なら死んでるよね…。今までもそうだった…。どうして僕は死なないの…?もう痛みも感じない。これじゃあまるで魔物じゃないか…」
感覚がなくなった手でアイテムボックスをまさぐり聖魔法液を取り出す。それで短剣を濡らし、剣先を左胸に当てた。
「魔物…。そっか…あれは僕だったんだ…。じゃあ、殺さなきゃ…」
胸に剣を刺すと、奥でカキンと硬いものに当たるのを感じた。なかなか刃が通らない。アーサーは今出せるすべての力を込めて剣を押し込み、それを貫いた。
◇◇◇
「アーサー起きてるかしら?朝ご飯でき…」
トレーにホットミルクとパン、オムレツを乗せて客間のドアを開けたシャナは目の前の光景に絶句した。血だまりの真ん中で座り込んだ体中傷だらけのアーサーが、剣を自分の首に当てている。
「アーサー!やめなさい!!」
シャナはトレーを落としアーサーに駆け寄った。手に持った短剣を叩き落とし抱きしめる。アーサーは魂が抜けたように呆然としている。
「何をしているの?!」
「…淫魔を殺してた…」
「あなたは淫魔じゃないわ…。あなたはアーサーよ」
「淫魔…殺さないと…モニカ…」
「淫魔はもう死んだの。あなたは淫魔じゃない。淫魔じゃないのよ…」
「殺してシャナ…僕を殺してよ…」
「殺すわけないでしょう!!」
「ねえシャナ…僕、死なないんだ…。心臓を刺したのに、死なないんだよ…」
「え…?」
シャナはゾッとしてアーサーの体を見た。左胸からドクドクと血が流れている。
「じ…自分で刺したの…?心臓を…?」
「うん…でも死なないんだよ…。おかしいよね…。僕、きっと人間じゃないんだ…。魔物って首と心臓を同時に刺さなきゃいけないから、僕一人じゃ殺せなくて…。シャナ、聖魔法液…あるから、僕が心臓を刺してるときに僕の首を…」
シャナは返事をせずにすぐさま回復魔法をかけた。それに気付きアーサーが拒むように暴れる。
「やめて…!!治さないで!!殺して!!殺してぇぇっ!!!」
「ユーリ!!ユーリ来て!!睡眠薬と増血薬、エリクサーを持ってきて!!」
「いやだ!!いやだぁあぁっ!!!」
「アーサー!モニカを元に戻す目途がたったの!!元に戻るの!!モニカは元に戻るのよ!!」
「離して!!回復魔法をやめてシャナぁっ!!」
「アーサー落ち着いて!私の話を聞いてちょうだい!!」
「僕のせいでモニカがあんな目に遭った!!僕がいなかったら誘惑にかかることもなかった!!淫魔だってきっと僕自身なんだ!!僕がモニカにあんなことしたんだぁぁぁ!!」
「だめだわ…錯乱してる。思考が正常に働いていない…。アーサー暴れないで!!モニカを襲ったのはあなたじゃない!!」
「僕が…僕がいなかったら!!…どうして死なないんだ…!どうして死なないんだよぉ…!!」
「モニカはそんなこと思わない!!モニカが目覚めた時あなたが死んでいたら、モニカはどうなると思ってるの?!モニカはあなたのことを自分よりも大切に思っているのよ!!」
「母さん!!持ってきたよ!!」
「貸して!!」
ユーリから薬を受け取ったシャナは、暴れるアーサーを押し倒して馬乗りになった。口を無理矢理広げ薬を飲ませる。吐き出そうとするので飲み込むまで口を塞いだ。
「ンーーー!!ンーーーー!!!」
「生きることは辛く、死ぬことはとても楽よ。苦しみから解放される一番簡単な方法なんだもの。あなたがモニカより自分の方が大切なら、いっそ一思いに殺してあげるわ」
「ンーーーー…!」
「でも、あなたが自分よりモニカの方が大切なら生きなさい。少なくとも…モニカが目覚めるまで。そして聞きなさい。自分が死んだほうがモニカは幸せなのか。もしモニカがあなたの死を望むなら、その時も私があなたを殺してあげる」
「ンーッ…ンッ…」
「答えてアーサー。あなたは、自分とモニカ、どちらが大切なの?」
シャナはそう言ってアーサーの口を塞いでいた手を離した。アーサーは咳き込んだあと、ぼろぼろと涙をこぼした。
「さあどっち?」
「…モニカに決まってる…!」
「そう。だったら保留ね。この続きはモニカが目覚めてからよ。分かった?」
「ひぐっ…うぅ…」
「回復魔法をかけさせてくれるかしら?」
「ゴホッ…うぅぅ…うぐっ…」
シャナが杖を向けてもアーサーはもう抵抗しなかった。ユーリが彼の口に薬と水を注ぎこむと、大人しくそれを飲みこんだ。シャナはアーサーの頬をさすりながら優しい微笑みを浮かべた。
「ありがとうアーサー」
その言葉に、アーサーの目から大粒の涙が落ちた。シャナが彼を抱きしめ頭を撫でると、アーサーは嗚咽を漏らしながらシャナにしがみついた。
「シャナ…ユーリ…ごめんなさい…」
「いいのよ。私もユーリを失ったときは、ずっと自分を責めて死んでしまいたいと思っていたから。あなたの気持ちは痛いほど分かるわ」
「うぅっ…ひぐっ…ぅぅ~…」
「あと、あなたはれっきとした人間よ。あなたが心臓を刺しても死ななかったのは、非常に強力な加護魔法がかけられているからよ」
「グスッ…グス…。かご…まほう…?」
「ここまで強い加護魔法は見たことがないわ。加護魔法は想いがそのまま強さになる。覚えがないかしら?あなたのことを心から愛していて、死んでほしくないと願っていた人がいなかった?その人に、胸に魔法をかけられたことはない?」
「あ……」
睡眠薬が効き、アーサーの瞼がだんだん重くなってきた。眠りに落ちたアーサーを見てシャナは深い安堵のため息をつく。ユーリはアーサーのあまりにひどい姿に涙を流していた。
「ユーリ、大丈夫?あなたはあまり血を見たことがないでしょう。自分の部屋に戻りなさい」
「ううん。手伝うよ母さん。友だちで…僕の命の恩人が、こんなに辛い思いをしてるんだ。力になりたい」
「そう…。ありがとうユーリ。じゃあ、タオルとお湯、それと新しい寝衣を持ってきてくれるかしら」
「うん。…母さん、アーサーにキスしてもいい?」
「もちろんいいわよ。愛情いっぱい込めてしてあげて」
「うん」
ユーリはアーサーの頬にそっとキスをした。彼の唇が、アーサーの血によって赤く染まる。ユーリは頭を撫でながら優しく声をかける。
「だいすきだよアーサー。だから死なないで。モニカは僕が治すから。絶対に、治すからね」
眠るアーサーの目から涙が一筋流れる。それはユーリの声が聞こえたからか、それとも夢の中の自分が泣いていたからなのか…。
◆◆◆
《おかあさん、アウスがずっとおなかがいたいって泣いてるの。血をね、どばって口から出したの…。いつもよりもたくさん…。たすけておかあさん…》
《アウス様、大丈夫ですよ。こんなのすぐ治ります。へっちゃらへっちゃら》
《いたい…いたいよぉ…》
《…食事に猛毒とガラスの破片。怪我を治しても治しても絶えないし。ヴィクス様がお生まれになってから、よりひどくなってきているわね…。このままじゃお二人は…》
《おかあさん…?》
《どうしたのおかあさん?むーってかおしてたよ。もしかして…アウスしんじゃうの…?》
《いいえ、なんでもありませんよ。そうだ、いいことを思いつきました。アウス様とモリア様におまじないをかけてあげましょう。はい、しなないしなな~いポンポンポーン》
《ふふ、あはは。おかあさん、なあにそのじゅもん》
《アウスきいた?!ぽんぽんぽーんだって!》
《はいできました。あなたたちの心臓に、加護の糸をグルッグルに巻きつけました。これでめったなことがない限りあなたたちの心臓は止まりません。糸で守っているので、城の者程度の腕力であれば心臓に刃もとどかないでしょう。首を飛ばされちゃうと…さすがに死んじゃいますがね…》
《?》
《むずかしくてよくわかんないよぉ》
《どんな存在であれあなたたちは王族の血を引く者。斬首刑に処されることはないでしょうが…。保険をかけておきましょう。はい、もう一度いきますよ~。しなないしなな~いポンポンポーン》
《ぽんぽぽーん!》
《ぽぽーん?ぽんぽーんだよモリア》
《よし。あなたたちの命を加護の糸で繋ぎました。これであなたたちは二人同時に心臓が止まらない限り、息絶えることはありません。お互いに支え、分かち合ってください。さらにさらに、私とお二人を繋げてっと…50年分あなたたちに与えますよ~。これは命の貯金です。大切に使うんですよ?》
《?》
《むずかしくてよくわかんないよぉ》
《あなたたちは分からなくていいんです。それよりもみんなで呪文を唱えましょうね。ほらアウス様とモリア様もご一緒に~?》
《しなないしなな~いポンポンポーン!きゃはは!》
《あはは!へんてこりん!ポンポンポーン!》
《ふふふ。…あなたたちは死なせません。この命尽きるまで…いえ、尽きようとも、あなたたちを守ると約束します。愛しい愛しい、我が一族の血を色濃く継いだお二人を…》
気付いたら眠っていたらしい。アーサーが目を覚ましたころには部屋に朝日が差し込んでいた。瞳はいまだ光を失ったままだった。彼はゆっくりと上体を起こしあたりを見回す。
「っ…」
目に入ったのは、ベッドの向かいに置かれた鏡台。鏡の向こうで淫魔と同じ姿の人間がこちらを見ている。
「う、うわぁぁぁあぁあっ!!」
アーサーは叫びながらベッドから飛び出し部屋の隅でしゃがみこんだ。ガクガク震え、頭をかかえ、浅い息を繰り返す。頭を抱えていた手がゆっくりと頬まで降り、ぎりぎりと爪を立てた。
「この顔のせいで…モニカは…」
次にアーサーは両手を見た。
「この手で…この体で…モニカが…」
あの部屋の出来事が鮮明にフラッシュバックする。モニカの虚ろな顔、淫魔の挑発的な目。モニカに触れる手、顔、体…。
「はぁっ…はぁっ…はっ…はっ…」
過呼吸になり手足が痺れる。アーサーは腰に付けていた短剣を取り出し自分の手の甲に刺した。痛みに顔を歪めながら短剣を引き抜くと赤黒い血が噴き出す。その血がまたバラバラになった淫魔の死体を思い起こさせた。アーサーはガタガタと震えながら腹に剣を突き刺した。
「うぐぅっ…うぅ…」
何度も、何度も、繰り返し剣を刺す。引き抜くたびに血が噴き出し滴り、床が赤く染まって行く。
「死ねっ…死ねっ…消えろぉっ…!」
◇◇◇
大量の失血で意識が遠のく。自分でつけた数えきれないほどのむごい傷を見て、アーサーは小さく笑った。
「あはは…。ずっとおかしいと思ってたんだ…。こんな傷、普通の人なら死んでるよね…。今までもそうだった…。どうして僕は死なないの…?もう痛みも感じない。これじゃあまるで魔物じゃないか…」
感覚がなくなった手でアイテムボックスをまさぐり聖魔法液を取り出す。それで短剣を濡らし、剣先を左胸に当てた。
「魔物…。そっか…あれは僕だったんだ…。じゃあ、殺さなきゃ…」
胸に剣を刺すと、奥でカキンと硬いものに当たるのを感じた。なかなか刃が通らない。アーサーは今出せるすべての力を込めて剣を押し込み、それを貫いた。
◇◇◇
「アーサー起きてるかしら?朝ご飯でき…」
トレーにホットミルクとパン、オムレツを乗せて客間のドアを開けたシャナは目の前の光景に絶句した。血だまりの真ん中で座り込んだ体中傷だらけのアーサーが、剣を自分の首に当てている。
「アーサー!やめなさい!!」
シャナはトレーを落としアーサーに駆け寄った。手に持った短剣を叩き落とし抱きしめる。アーサーは魂が抜けたように呆然としている。
「何をしているの?!」
「…淫魔を殺してた…」
「あなたは淫魔じゃないわ…。あなたはアーサーよ」
「淫魔…殺さないと…モニカ…」
「淫魔はもう死んだの。あなたは淫魔じゃない。淫魔じゃないのよ…」
「殺してシャナ…僕を殺してよ…」
「殺すわけないでしょう!!」
「ねえシャナ…僕、死なないんだ…。心臓を刺したのに、死なないんだよ…」
「え…?」
シャナはゾッとしてアーサーの体を見た。左胸からドクドクと血が流れている。
「じ…自分で刺したの…?心臓を…?」
「うん…でも死なないんだよ…。おかしいよね…。僕、きっと人間じゃないんだ…。魔物って首と心臓を同時に刺さなきゃいけないから、僕一人じゃ殺せなくて…。シャナ、聖魔法液…あるから、僕が心臓を刺してるときに僕の首を…」
シャナは返事をせずにすぐさま回復魔法をかけた。それに気付きアーサーが拒むように暴れる。
「やめて…!!治さないで!!殺して!!殺してぇぇっ!!!」
「ユーリ!!ユーリ来て!!睡眠薬と増血薬、エリクサーを持ってきて!!」
「いやだ!!いやだぁあぁっ!!!」
「アーサー!モニカを元に戻す目途がたったの!!元に戻るの!!モニカは元に戻るのよ!!」
「離して!!回復魔法をやめてシャナぁっ!!」
「アーサー落ち着いて!私の話を聞いてちょうだい!!」
「僕のせいでモニカがあんな目に遭った!!僕がいなかったら誘惑にかかることもなかった!!淫魔だってきっと僕自身なんだ!!僕がモニカにあんなことしたんだぁぁぁ!!」
「だめだわ…錯乱してる。思考が正常に働いていない…。アーサー暴れないで!!モニカを襲ったのはあなたじゃない!!」
「僕が…僕がいなかったら!!…どうして死なないんだ…!どうして死なないんだよぉ…!!」
「モニカはそんなこと思わない!!モニカが目覚めた時あなたが死んでいたら、モニカはどうなると思ってるの?!モニカはあなたのことを自分よりも大切に思っているのよ!!」
「母さん!!持ってきたよ!!」
「貸して!!」
ユーリから薬を受け取ったシャナは、暴れるアーサーを押し倒して馬乗りになった。口を無理矢理広げ薬を飲ませる。吐き出そうとするので飲み込むまで口を塞いだ。
「ンーーー!!ンーーーー!!!」
「生きることは辛く、死ぬことはとても楽よ。苦しみから解放される一番簡単な方法なんだもの。あなたがモニカより自分の方が大切なら、いっそ一思いに殺してあげるわ」
「ンーーーー…!」
「でも、あなたが自分よりモニカの方が大切なら生きなさい。少なくとも…モニカが目覚めるまで。そして聞きなさい。自分が死んだほうがモニカは幸せなのか。もしモニカがあなたの死を望むなら、その時も私があなたを殺してあげる」
「ンーッ…ンッ…」
「答えてアーサー。あなたは、自分とモニカ、どちらが大切なの?」
シャナはそう言ってアーサーの口を塞いでいた手を離した。アーサーは咳き込んだあと、ぼろぼろと涙をこぼした。
「さあどっち?」
「…モニカに決まってる…!」
「そう。だったら保留ね。この続きはモニカが目覚めてからよ。分かった?」
「ひぐっ…うぅ…」
「回復魔法をかけさせてくれるかしら?」
「ゴホッ…うぅぅ…うぐっ…」
シャナが杖を向けてもアーサーはもう抵抗しなかった。ユーリが彼の口に薬と水を注ぎこむと、大人しくそれを飲みこんだ。シャナはアーサーの頬をさすりながら優しい微笑みを浮かべた。
「ありがとうアーサー」
その言葉に、アーサーの目から大粒の涙が落ちた。シャナが彼を抱きしめ頭を撫でると、アーサーは嗚咽を漏らしながらシャナにしがみついた。
「シャナ…ユーリ…ごめんなさい…」
「いいのよ。私もユーリを失ったときは、ずっと自分を責めて死んでしまいたいと思っていたから。あなたの気持ちは痛いほど分かるわ」
「うぅっ…ひぐっ…ぅぅ~…」
「あと、あなたはれっきとした人間よ。あなたが心臓を刺しても死ななかったのは、非常に強力な加護魔法がかけられているからよ」
「グスッ…グス…。かご…まほう…?」
「ここまで強い加護魔法は見たことがないわ。加護魔法は想いがそのまま強さになる。覚えがないかしら?あなたのことを心から愛していて、死んでほしくないと願っていた人がいなかった?その人に、胸に魔法をかけられたことはない?」
「あ……」
睡眠薬が効き、アーサーの瞼がだんだん重くなってきた。眠りに落ちたアーサーを見てシャナは深い安堵のため息をつく。ユーリはアーサーのあまりにひどい姿に涙を流していた。
「ユーリ、大丈夫?あなたはあまり血を見たことがないでしょう。自分の部屋に戻りなさい」
「ううん。手伝うよ母さん。友だちで…僕の命の恩人が、こんなに辛い思いをしてるんだ。力になりたい」
「そう…。ありがとうユーリ。じゃあ、タオルとお湯、それと新しい寝衣を持ってきてくれるかしら」
「うん。…母さん、アーサーにキスしてもいい?」
「もちろんいいわよ。愛情いっぱい込めてしてあげて」
「うん」
ユーリはアーサーの頬にそっとキスをした。彼の唇が、アーサーの血によって赤く染まる。ユーリは頭を撫でながら優しく声をかける。
「だいすきだよアーサー。だから死なないで。モニカは僕が治すから。絶対に、治すからね」
眠るアーサーの目から涙が一筋流れる。それはユーリの声が聞こえたからか、それとも夢の中の自分が泣いていたからなのか…。
◆◆◆
《おかあさん、アウスがずっとおなかがいたいって泣いてるの。血をね、どばって口から出したの…。いつもよりもたくさん…。たすけておかあさん…》
《アウス様、大丈夫ですよ。こんなのすぐ治ります。へっちゃらへっちゃら》
《いたい…いたいよぉ…》
《…食事に猛毒とガラスの破片。怪我を治しても治しても絶えないし。ヴィクス様がお生まれになってから、よりひどくなってきているわね…。このままじゃお二人は…》
《おかあさん…?》
《どうしたのおかあさん?むーってかおしてたよ。もしかして…アウスしんじゃうの…?》
《いいえ、なんでもありませんよ。そうだ、いいことを思いつきました。アウス様とモリア様におまじないをかけてあげましょう。はい、しなないしなな~いポンポンポーン》
《ふふ、あはは。おかあさん、なあにそのじゅもん》
《アウスきいた?!ぽんぽんぽーんだって!》
《はいできました。あなたたちの心臓に、加護の糸をグルッグルに巻きつけました。これでめったなことがない限りあなたたちの心臓は止まりません。糸で守っているので、城の者程度の腕力であれば心臓に刃もとどかないでしょう。首を飛ばされちゃうと…さすがに死んじゃいますがね…》
《?》
《むずかしくてよくわかんないよぉ》
《どんな存在であれあなたたちは王族の血を引く者。斬首刑に処されることはないでしょうが…。保険をかけておきましょう。はい、もう一度いきますよ~。しなないしなな~いポンポンポーン》
《ぽんぽぽーん!》
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《よし。あなたたちの命を加護の糸で繋ぎました。これであなたたちは二人同時に心臓が止まらない限り、息絶えることはありません。お互いに支え、分かち合ってください。さらにさらに、私とお二人を繋げてっと…50年分あなたたちに与えますよ~。これは命の貯金です。大切に使うんですよ?》
《?》
《むずかしくてよくわかんないよぉ》
《あなたたちは分からなくていいんです。それよりもみんなで呪文を唱えましょうね。ほらアウス様とモリア様もご一緒に~?》
《しなないしなな~いポンポンポーン!きゃはは!》
《あはは!へんてこりん!ポンポンポーン!》
《ふふふ。…あなたたちは死なせません。この命尽きるまで…いえ、尽きようとも、あなたたちを守ると約束します。愛しい愛しい、我が一族の血を色濃く継いだお二人を…》
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