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淫魔編:シャナの家
【190話】加護の糸
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「はっ…!」
アーサーは飛び起きた。体には傷痕ひとつ残っていない。寝ている間にシャナが全ての傷を癒したのだろう。彼は胸に手を当てながら、さきほど見た夢を反芻する。
「ミアーナ…!!あのときは分からなかった…あれは…加護魔法だったんだ…。てっきり痛みをごまかすために言ってたのかと…」
「アーサーおはよう」
「!」
その声に我に返り、自分の手を握っているシャナを見た。アーサーは彼女の手を弱々しく握り返し、消え入りそうな声で謝罪する。
「シャナ…。さっきはごめんなさい…。鏡に自分が映って…それで…わけわかんなくなっちゃって…」
「正気に戻ったのねアーサー。よかった…。鏡、ね…。杖から聞いているわ。淫魔はあなたの姿をしていたのでしょう?」
「うん…」
「自分の姿を見てあの時のことを思い出してしまったのね。取り乱すのも無理はないわ」
「……」
「安心してちょうだい。この家にある鏡には布をかぶせるわ。…淫魔、なんてことをしてくれたのかしら。アーサーにこんなひどいトラウマを植え付けるなんて…本当にはらがたつ」
「シャナとユーリにひどいものを見せて…それに部屋も汚しちゃって…。本当にごめんなさい」
「私たちと部屋のことは気にしなくていいのよ。あなたが元気になってくれたらそれでいいの」
「ありがとう…」
「アーサー、おいでなさい。エルフの心音は安らぎの効果があるの」
シャナはそう言ってふんわりとアーサーを抱きしめた。トクン、トクンと穏やかな鼓動がアーサーの耳に届く。アーサーはホゥ…と息を吐いて目を瞑った。
「僕、思い出したんだ…」
「なにを?」
「僕とモニカは、確かに小さい頃に加護魔法をかけてもらったことがあるよ」
「そうでしょうね」
「ミアーナはその時こう言ってた…。僕たちの心臓を、加護の糸?でぐるぐる巻きにしたって。それに…僕とモニカの命を加護の糸で繋いだって。めったなことがない限り、僕たちの心臓が止まることはない…。糸で守られてるから城の人たちの力だったら心臓を貫かれることもないって。…どおりで硬かったんだ。なかなか刃が通らなくてびっくりした」
「加護の糸ですって…?」
「あとは、僕たちの心臓が同時に止まらない限り息絶えることはないって…。お互いに支え、分かち合うように言われた。…それと、ミアーナも僕たちと繋がって、50年分の…命の貯金?をしてくれたって言ってた…。このあたりはどういうことかよく分からないけど…」
あまりの情報量にシャナの頭は混乱した。ミアーナと呼ばれるその女性は常人では不可能なことをいくつも双子に施している。シャナはひとつひとつ紐解いていくことにした。
「なるほど。彼女は加護の糸使いだったのね。ということは彼女はヴァルタニア家の末裔…ほぼ間違いなく聖女だわ。それにしても…心臓を加護の糸でぐるぐる巻き…?いえ、それよりも…二人の命を繋ぐなんて。ましてや自分の命を糸を通して…。どれもこれも、よほど優秀な加護魔法使いじゃないとできない芸当だわ。アーサー、ミアーナとあなたたちはどういう関係だったの?」
「ミアーナは僕たちの乳母だったんだ。牢獄にいる僕たちの面倒を見てくれてた。目を盗んでは死にかけてる僕たちに回復魔法をかけてくれたり、眠れない僕たちをあやしてくれた。…今思い返すと確かに変だ。ミアーナは僕たちのあんなひどい怪我や毒を瞬時に回復してた。それに、僕たちをあやすためによく使ってた魔法…あれは光魔法と…聖魔法だ。森に捨てた時もあんな広範囲の結界魔法を張ってくれた。それも…4年間その魔法が消滅することはなかった。囚人の世話役にしては優秀すぎる魔法使いだ…」
「加護魔法、聖魔法、結界魔法…。聖女が得意とする魔法ね」
「で、でもミアーナはずっと城にいたよ…。僕たちの世話をずっと見てた。聖女がどうして…」
アーサーが顔を上げると、口に手を当てて考え込んでいるシャナの顔が見えた。しばらくして、黙っていたシャナがボソっと呟く。
「…王族は一度聖女を妃に迎え入れたことがあったわ」
「どうしてそれを?!」
「アーサー、あまり言いたくないんだけど、私、300年以上生きているエルフなの」
「あっ…そ、そうだった。じゃあミモレスのことも知ってるんだね」
「あら、アーサーも知っているの?ええ、ミモレス・ヴァルタニア。最も有名な聖女の家系よ。彼女が妃になった代の王政は素晴らしかった。なのにどんどん腐敗して…。いえ、今はそんな話どうでもいいわね」
話が脱線しかけたのでシャナは咳ばらいをして気を取り直した。
「あのね、王族は血の繋がりを重んじるの。だから城の中にもできるだけ血縁関係がある人しか入れたがらないのよ。ましてや乳母なんて重要な役割にはね。だから王子や王女の乳母は、血縁関係のある優秀な血を流している人が選ばれる…と聞いたことがあるわ。ミアーナが加護の糸使いの聖女なのであれば、ほぼ間違いなくミモレスと血が繋がっているわね」
「ミアーナが…ミモレスと血が繋がってる…」
「ミアーナはヴァルタニアの血を引く優秀な聖女…。心臓を刺しても死なないほど強力な加護魔法は、加護の糸によるものだったのね。それで少しは納得したわ」
シャナは納得したようだったが、アーサーには意味が分からないことばかりだった。上目遣いでシャナを見上げながら、一番知りたいことを尋ねる。
「シャナ、加護の糸ってなに?」
「それを説明するためには、まず神の加護について話さなきゃいけないわね。ちょうどいいわ。これからあなたたちも加護魔法を受ける予定だから。まとめて説明しちゃうわね」
「?」
アーサーを赤ん坊のように抱きながら、シャナは心地の良い声でこの世界に住まう数多の神の話を始めた。それがまるで子守唄のようで、アーサーはついうとうとと目を瞑ってしまう。夢に落ちそうになっては慌てて目を開けて彼女の話に耳を傾けた。
アーサーは飛び起きた。体には傷痕ひとつ残っていない。寝ている間にシャナが全ての傷を癒したのだろう。彼は胸に手を当てながら、さきほど見た夢を反芻する。
「ミアーナ…!!あのときは分からなかった…あれは…加護魔法だったんだ…。てっきり痛みをごまかすために言ってたのかと…」
「アーサーおはよう」
「!」
その声に我に返り、自分の手を握っているシャナを見た。アーサーは彼女の手を弱々しく握り返し、消え入りそうな声で謝罪する。
「シャナ…。さっきはごめんなさい…。鏡に自分が映って…それで…わけわかんなくなっちゃって…」
「正気に戻ったのねアーサー。よかった…。鏡、ね…。杖から聞いているわ。淫魔はあなたの姿をしていたのでしょう?」
「うん…」
「自分の姿を見てあの時のことを思い出してしまったのね。取り乱すのも無理はないわ」
「……」
「安心してちょうだい。この家にある鏡には布をかぶせるわ。…淫魔、なんてことをしてくれたのかしら。アーサーにこんなひどいトラウマを植え付けるなんて…本当にはらがたつ」
「シャナとユーリにひどいものを見せて…それに部屋も汚しちゃって…。本当にごめんなさい」
「私たちと部屋のことは気にしなくていいのよ。あなたが元気になってくれたらそれでいいの」
「ありがとう…」
「アーサー、おいでなさい。エルフの心音は安らぎの効果があるの」
シャナはそう言ってふんわりとアーサーを抱きしめた。トクン、トクンと穏やかな鼓動がアーサーの耳に届く。アーサーはホゥ…と息を吐いて目を瞑った。
「僕、思い出したんだ…」
「なにを?」
「僕とモニカは、確かに小さい頃に加護魔法をかけてもらったことがあるよ」
「そうでしょうね」
「ミアーナはその時こう言ってた…。僕たちの心臓を、加護の糸?でぐるぐる巻きにしたって。それに…僕とモニカの命を加護の糸で繋いだって。めったなことがない限り、僕たちの心臓が止まることはない…。糸で守られてるから城の人たちの力だったら心臓を貫かれることもないって。…どおりで硬かったんだ。なかなか刃が通らなくてびっくりした」
「加護の糸ですって…?」
「あとは、僕たちの心臓が同時に止まらない限り息絶えることはないって…。お互いに支え、分かち合うように言われた。…それと、ミアーナも僕たちと繋がって、50年分の…命の貯金?をしてくれたって言ってた…。このあたりはどういうことかよく分からないけど…」
あまりの情報量にシャナの頭は混乱した。ミアーナと呼ばれるその女性は常人では不可能なことをいくつも双子に施している。シャナはひとつひとつ紐解いていくことにした。
「なるほど。彼女は加護の糸使いだったのね。ということは彼女はヴァルタニア家の末裔…ほぼ間違いなく聖女だわ。それにしても…心臓を加護の糸でぐるぐる巻き…?いえ、それよりも…二人の命を繋ぐなんて。ましてや自分の命を糸を通して…。どれもこれも、よほど優秀な加護魔法使いじゃないとできない芸当だわ。アーサー、ミアーナとあなたたちはどういう関係だったの?」
「ミアーナは僕たちの乳母だったんだ。牢獄にいる僕たちの面倒を見てくれてた。目を盗んでは死にかけてる僕たちに回復魔法をかけてくれたり、眠れない僕たちをあやしてくれた。…今思い返すと確かに変だ。ミアーナは僕たちのあんなひどい怪我や毒を瞬時に回復してた。それに、僕たちをあやすためによく使ってた魔法…あれは光魔法と…聖魔法だ。森に捨てた時もあんな広範囲の結界魔法を張ってくれた。それも…4年間その魔法が消滅することはなかった。囚人の世話役にしては優秀すぎる魔法使いだ…」
「加護魔法、聖魔法、結界魔法…。聖女が得意とする魔法ね」
「で、でもミアーナはずっと城にいたよ…。僕たちの世話をずっと見てた。聖女がどうして…」
アーサーが顔を上げると、口に手を当てて考え込んでいるシャナの顔が見えた。しばらくして、黙っていたシャナがボソっと呟く。
「…王族は一度聖女を妃に迎え入れたことがあったわ」
「どうしてそれを?!」
「アーサー、あまり言いたくないんだけど、私、300年以上生きているエルフなの」
「あっ…そ、そうだった。じゃあミモレスのことも知ってるんだね」
「あら、アーサーも知っているの?ええ、ミモレス・ヴァルタニア。最も有名な聖女の家系よ。彼女が妃になった代の王政は素晴らしかった。なのにどんどん腐敗して…。いえ、今はそんな話どうでもいいわね」
話が脱線しかけたのでシャナは咳ばらいをして気を取り直した。
「あのね、王族は血の繋がりを重んじるの。だから城の中にもできるだけ血縁関係がある人しか入れたがらないのよ。ましてや乳母なんて重要な役割にはね。だから王子や王女の乳母は、血縁関係のある優秀な血を流している人が選ばれる…と聞いたことがあるわ。ミアーナが加護の糸使いの聖女なのであれば、ほぼ間違いなくミモレスと血が繋がっているわね」
「ミアーナが…ミモレスと血が繋がってる…」
「ミアーナはヴァルタニアの血を引く優秀な聖女…。心臓を刺しても死なないほど強力な加護魔法は、加護の糸によるものだったのね。それで少しは納得したわ」
シャナは納得したようだったが、アーサーには意味が分からないことばかりだった。上目遣いでシャナを見上げながら、一番知りたいことを尋ねる。
「シャナ、加護の糸ってなに?」
「それを説明するためには、まず神の加護について話さなきゃいけないわね。ちょうどいいわ。これからあなたたちも加護魔法を受ける予定だから。まとめて説明しちゃうわね」
「?」
アーサーを赤ん坊のように抱きながら、シャナは心地の良い声でこの世界に住まう数多の神の話を始めた。それがまるで子守唄のようで、アーサーはついうとうとと目を瞑ってしまう。夢に落ちそうになっては慌てて目を開けて彼女の話に耳を傾けた。
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