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異国編:ジッピン前編:出会い
【274話】春風
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「アーサー、ウスユキってだあれ?」
「え?!なんの冗談?」
「なにが?」
アーサーは一瞬、自分とウスユキとを会わせたくなくてモニカがとぼけているのかと思った。だがモニカはそのようなことをする子ではないし、そもそも嘘が苦手なモニカがこんな上手にとぼけられるわけがない。アーサーはモニカの肩を掴んで揺らした。
「モニカ、まさかウスユキのこと忘れちゃったの?!」
「だからウスユキってだあれ?」
「昨日あんなにウスユキのこと楽しそうに話してたじゃないか!」
「アーサーなに言ってるの…?」
「……」
モニカに訝し気な目で見られたアーサーは混乱した。妹はまるでアーサーが急におかしなことを言い始めたように思っている反応をしている。
「…初日で雷を落として怪我をさせた人のことは?」
「人?私が雷を落としちゃったのは木よ」
「そのワキザシの元の持ち主は?」
「知らないわ。よろず屋でカユボティに買ってもらったワキザシ。私が知ってるのはそれだけだけど」
「…昨日サクラのウキヨエを買ったよね」
「うん」
「誰のために選んだの?」
「キヨハルさんよ。キヨハルさんに頼まれたの」
「……」
淀みなく答えるモニカにアーサーは眉をひそめた。
(ウスユキのことがすっぽり抜け落ちてる。脳震盪のせい?…ううん、そうじゃない。記憶が抜けてるんじゃない。差し替えられてるような…)
「…モニカ。サクラのウキヨエ、キヨハルさんに渡したの?」
「うん。昨日の夜渡したよ」
「分かった。…モニカ、キヨハルさんのところに戻るよ」
「え?」
アーサーは妹の手を引きキヨハルの部屋へ引き返した。ノックをしてから入ると、キヨハルは変わらず煙管を吸っている。アーサーの表情を見たキヨハルは、目を細めて笑みを浮かべた。
「どうしたんだいアーサー。忘れ物かな」
「キヨハル モニカ カラ サクラノ ウキヨエ モラッタ?」
「ああ。もらったよ。白菜の鷽と垂桜。さすがモニカだね。センスがいい」
「ミセテ。ボク モウイッカイ ミタイ」
「……」
「アーサー?キヨハルさんとなに話してるの?」
「モニカ、ちょっと待ってね」
「う、うん…」
キヨハルは答えず、煙を吐く。ちらりとアーサーに目をやり小さく笑った。
「悪いねアーサー。今は手元にないんだ」
「ドウシテ?」
「蔵にしまったからね。…もし必要であれば、出してこようか?」
「だめ!」
「やめて!!」
キヨハルの言葉を聞き、レンゲとムクゲはモニカにしがみついた。モニカは兄に聞こえないよう小声で二人に声をかける。
「レンゲ、ムクゲ。急にどうしたの?アーサーとキヨハルさんなにを話してるの?」
「このままだと浮世絵取られちゃう!」
「モニカの浮世絵取られちゃう!!」
「え?」
モニカにしがみつきながら座敷童はキヨハルに顔を向け、今にも泣きそうな悲痛な声で懇願した。
「浮世絵まで取らないで!」
「ヌシサマからこれ以上なにも取らないで!」
「ヌシサマ…?一体何を言ってるの…?」
モニカはわけが分からず困惑し、キヨハルはまるで彼女たちの声が聞こえないかのように全く反応しない。煙管をふかし、アーサーをただ見つめるだけだった。うしろでコソコソと話し声が聞こえ、アーサーは振り返り眉をひそめた。
「モニカ。誰と話してるの?」
「だ、誰でもない!」
「…?」
モニカは慌ててレンゲとムクゲから視線を外し両手をぶんぶん振って見せた。そんな彼女の腰に座敷童がぎゅっとしがみつき、必死にお願いする。
「お願いモニカ」
「浮世絵ここにない」
「浮世絵見たくないって言って」
「見なくていいって言って」
「お願い」
「お願い」
「~~…」
なにもかもわけが分からない。突然アーサーが知らない人の名を出し、知らないと答えたら血相を変えてキヨハルを問い詰めている。レンゲとムクゲはいつもと打って変わり、泣きそうな顔で必死にモニカに懇願している。いつもと変わりないのはキヨハルだけだった。なにがなんだか分からず頭がパンクしそうだ。モニカはひとまず少女二人を安心させることにした。
「アーサー。キヨハルさんにあげた浮世絵、そんなに見たい?私は別に見なくていいんだけど…」
「浮世絵はどうだっていい。でもモニカ。おかしいんだ。よく分からないけどなにかおかしいよ!キヨハルさんがモニカになにかしたんだ!」
「なにかってなに?」
「分からない!分からないけど!」
アーサーは唇を噛み拳を握りしめた。昨日あんなに楽しそうにウスユキのことを話していたモニカが、今朝になってウスユキのことを知らないと言う。頭を強く打って記憶が混濁していると考えるにはあまりに不自然な記憶の違い。考えられるのは、アーサーがモニカから目を離した30分間…キヨハルに手当てをされているときになにかをされた可能性。
(モニカがウスユキのことを知らないって言うなんておかしい!ウスユキはモニカしか友だちがいなくてひとりぼっちだって言ってたじゃないか。とっても寂しそうな目をしてるから、時々話し相手になってあげるって…。ウスユキにはきっとモニカが必要なんだ。なのに…忘れちゃうなんてあんまりだ)
「アーサー、どうするんだい。浮世絵を見たいなら持ってくるよ」
「……」
(キヨハルさんがモニカになにかをしたんじゃないか?でもなんのために…。そんなことをする理由が分からない…)
アーサー自身、正直何が起こっているのか分かっていない。キヨハルがモニカになにかした確証もない。
「アーサー一体どうしちゃったの?とにかく一度戻りましょう?」
「でも…!」
「今のあなた冷静じゃないわ。キヨハルさんに迷惑かけちゃってるわよ」
「でも、だって…!」
「一度部屋に戻って考えを整理して?それからまたキヨハルさんに会いに来たらいいじゃない」
「っ…」
モニカが兄の手を握り部屋を出ようと歩き出した。アーサーはしばらくためらったあと、キヨハルを一瞥して彼に背を向ける。アーサーの背に向けてキヨハルが声をかけた。
「アーサー」
「…ハイ」
「君はコチラ側に手を出してはいけないよ」
「…?」
「目に映すことすらできないものの恨みは買わない方が良いからね」
「……」
「ではまたすぐあとに」
キヨハルは煙管を煙草盆に乗せ、それに立てかけていた扇子を手に持った。音を立てずそっとひろげ、扇面に息を吹きかける。息はあたたかい風となって背を向けて歩いているアーサーを通り抜けた。突然の風に驚いたアーサーは振り返ってキヨハルを見る。
「?」
「おっと。窓が開いていたのかな。きもちの良い春風が吹いたね」
キヨハルが朗らかな口調でそう言うと、ぽかんとしていたアーサーがにっこりと笑った。
「ウン!キモチヨカッタ!今日は天気がいいんだねモニカ!」
「いい風だったわね!はやくお出かけしたいね!」
「したいねー!部屋に戻ってキモノに着替えよう!」
「キモノ!!きゃー!早く着たい!」
「ジャアネ キヨハル!マタネ!」
「マアネ キヨハル!」
「いってらっしゃい」
双子はにこにこしながら客室へ戻っていった。ノリスケに頼んで着物を着付けてもらっている最中、アーサーは「あれ?」と首を傾げた。
「さっきどうしてキヨハルさんの部屋に戻ったんだっけ?」
「え?!なんの冗談?」
「なにが?」
アーサーは一瞬、自分とウスユキとを会わせたくなくてモニカがとぼけているのかと思った。だがモニカはそのようなことをする子ではないし、そもそも嘘が苦手なモニカがこんな上手にとぼけられるわけがない。アーサーはモニカの肩を掴んで揺らした。
「モニカ、まさかウスユキのこと忘れちゃったの?!」
「だからウスユキってだあれ?」
「昨日あんなにウスユキのこと楽しそうに話してたじゃないか!」
「アーサーなに言ってるの…?」
「……」
モニカに訝し気な目で見られたアーサーは混乱した。妹はまるでアーサーが急におかしなことを言い始めたように思っている反応をしている。
「…初日で雷を落として怪我をさせた人のことは?」
「人?私が雷を落としちゃったのは木よ」
「そのワキザシの元の持ち主は?」
「知らないわ。よろず屋でカユボティに買ってもらったワキザシ。私が知ってるのはそれだけだけど」
「…昨日サクラのウキヨエを買ったよね」
「うん」
「誰のために選んだの?」
「キヨハルさんよ。キヨハルさんに頼まれたの」
「……」
淀みなく答えるモニカにアーサーは眉をひそめた。
(ウスユキのことがすっぽり抜け落ちてる。脳震盪のせい?…ううん、そうじゃない。記憶が抜けてるんじゃない。差し替えられてるような…)
「…モニカ。サクラのウキヨエ、キヨハルさんに渡したの?」
「うん。昨日の夜渡したよ」
「分かった。…モニカ、キヨハルさんのところに戻るよ」
「え?」
アーサーは妹の手を引きキヨハルの部屋へ引き返した。ノックをしてから入ると、キヨハルは変わらず煙管を吸っている。アーサーの表情を見たキヨハルは、目を細めて笑みを浮かべた。
「どうしたんだいアーサー。忘れ物かな」
「キヨハル モニカ カラ サクラノ ウキヨエ モラッタ?」
「ああ。もらったよ。白菜の鷽と垂桜。さすがモニカだね。センスがいい」
「ミセテ。ボク モウイッカイ ミタイ」
「……」
「アーサー?キヨハルさんとなに話してるの?」
「モニカ、ちょっと待ってね」
「う、うん…」
キヨハルは答えず、煙を吐く。ちらりとアーサーに目をやり小さく笑った。
「悪いねアーサー。今は手元にないんだ」
「ドウシテ?」
「蔵にしまったからね。…もし必要であれば、出してこようか?」
「だめ!」
「やめて!!」
キヨハルの言葉を聞き、レンゲとムクゲはモニカにしがみついた。モニカは兄に聞こえないよう小声で二人に声をかける。
「レンゲ、ムクゲ。急にどうしたの?アーサーとキヨハルさんなにを話してるの?」
「このままだと浮世絵取られちゃう!」
「モニカの浮世絵取られちゃう!!」
「え?」
モニカにしがみつきながら座敷童はキヨハルに顔を向け、今にも泣きそうな悲痛な声で懇願した。
「浮世絵まで取らないで!」
「ヌシサマからこれ以上なにも取らないで!」
「ヌシサマ…?一体何を言ってるの…?」
モニカはわけが分からず困惑し、キヨハルはまるで彼女たちの声が聞こえないかのように全く反応しない。煙管をふかし、アーサーをただ見つめるだけだった。うしろでコソコソと話し声が聞こえ、アーサーは振り返り眉をひそめた。
「モニカ。誰と話してるの?」
「だ、誰でもない!」
「…?」
モニカは慌ててレンゲとムクゲから視線を外し両手をぶんぶん振って見せた。そんな彼女の腰に座敷童がぎゅっとしがみつき、必死にお願いする。
「お願いモニカ」
「浮世絵ここにない」
「浮世絵見たくないって言って」
「見なくていいって言って」
「お願い」
「お願い」
「~~…」
なにもかもわけが分からない。突然アーサーが知らない人の名を出し、知らないと答えたら血相を変えてキヨハルを問い詰めている。レンゲとムクゲはいつもと打って変わり、泣きそうな顔で必死にモニカに懇願している。いつもと変わりないのはキヨハルだけだった。なにがなんだか分からず頭がパンクしそうだ。モニカはひとまず少女二人を安心させることにした。
「アーサー。キヨハルさんにあげた浮世絵、そんなに見たい?私は別に見なくていいんだけど…」
「浮世絵はどうだっていい。でもモニカ。おかしいんだ。よく分からないけどなにかおかしいよ!キヨハルさんがモニカになにかしたんだ!」
「なにかってなに?」
「分からない!分からないけど!」
アーサーは唇を噛み拳を握りしめた。昨日あんなに楽しそうにウスユキのことを話していたモニカが、今朝になってウスユキのことを知らないと言う。頭を強く打って記憶が混濁していると考えるにはあまりに不自然な記憶の違い。考えられるのは、アーサーがモニカから目を離した30分間…キヨハルに手当てをされているときになにかをされた可能性。
(モニカがウスユキのことを知らないって言うなんておかしい!ウスユキはモニカしか友だちがいなくてひとりぼっちだって言ってたじゃないか。とっても寂しそうな目をしてるから、時々話し相手になってあげるって…。ウスユキにはきっとモニカが必要なんだ。なのに…忘れちゃうなんてあんまりだ)
「アーサー、どうするんだい。浮世絵を見たいなら持ってくるよ」
「……」
(キヨハルさんがモニカになにかをしたんじゃないか?でもなんのために…。そんなことをする理由が分からない…)
アーサー自身、正直何が起こっているのか分かっていない。キヨハルがモニカになにかした確証もない。
「アーサー一体どうしちゃったの?とにかく一度戻りましょう?」
「でも…!」
「今のあなた冷静じゃないわ。キヨハルさんに迷惑かけちゃってるわよ」
「でも、だって…!」
「一度部屋に戻って考えを整理して?それからまたキヨハルさんに会いに来たらいいじゃない」
「っ…」
モニカが兄の手を握り部屋を出ようと歩き出した。アーサーはしばらくためらったあと、キヨハルを一瞥して彼に背を向ける。アーサーの背に向けてキヨハルが声をかけた。
「アーサー」
「…ハイ」
「君はコチラ側に手を出してはいけないよ」
「…?」
「目に映すことすらできないものの恨みは買わない方が良いからね」
「……」
「ではまたすぐあとに」
キヨハルは煙管を煙草盆に乗せ、それに立てかけていた扇子を手に持った。音を立てずそっとひろげ、扇面に息を吹きかける。息はあたたかい風となって背を向けて歩いているアーサーを通り抜けた。突然の風に驚いたアーサーは振り返ってキヨハルを見る。
「?」
「おっと。窓が開いていたのかな。きもちの良い春風が吹いたね」
キヨハルが朗らかな口調でそう言うと、ぽかんとしていたアーサーがにっこりと笑った。
「ウン!キモチヨカッタ!今日は天気がいいんだねモニカ!」
「いい風だったわね!はやくお出かけしたいね!」
「したいねー!部屋に戻ってキモノに着替えよう!」
「キモノ!!きゃー!早く着たい!」
「ジャアネ キヨハル!マタネ!」
「マアネ キヨハル!」
「いってらっしゃい」
双子はにこにこしながら客室へ戻っていった。ノリスケに頼んで着物を着付けてもらっている最中、アーサーは「あれ?」と首を傾げた。
「さっきどうしてキヨハルさんの部屋に戻ったんだっけ?」
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