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異国編:ジッピン後編:別れ
【299話】もう枝を折らないのなら
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「それもいいね。……」
薄雪の胸に手を置き術を施そうとしたキヨハルが、顔を歪めて舌打ちをした。
「アルジサマどうしたの」
「なんか変」
「複雑な術が出せない。…どうやら森に力を吸われていたみたいだね」
「…え」
「性格が悪い森だ。体を傷つけても私が気にしていないから、今度は力を吸っていたんだ。そうしたら薄雪を助けられないから」
「…アルジサマが一番苦しむこと」
「力を失えばヌシサマ助けられない」
「目の前にいるのに」
「助けられない…」
「やってくれたね…」
がしがしと髪をかき乱しながらキヨハルが毒づいた。今にも死んでしまいそうなウスユキを前にして何もできない自分にはらがたった。悪態をついていると、ウスユキがクスリと笑いキヨハルの体を押しのけようとした。
「喜代春、もういいですよ。あなたはできる限りのことをした。君にできることはもうなにもない。だから早く森から出なさい」
死にかけているというのに満足げな表情をしているウスユキを見て、キヨハルがまた舌打ちをした。
「薄雪…君は分かっていたね?私の力が失われていることに」
「ええ。私が森に念じたんです。体を傷つけず力を奪いなさいと」
「この森には意地の悪いモノしかいないのかな?」
「あなたが四肢をもがれるところなんて見たくないからね」
「助かりたくないだけだろう。まったく。これくらいのことで私が諦めるとでも思っているのかな」
「…往生際の悪い」
キヨハルは自分の首に扇子を当てた。それが触れた肌が裂け血が滴る。ウスユキの頭を持ち、首元へ押し付けた。
「…どういうつもりだい」
「私の血を飲みなさい薄雪。こう見えても私だって清いあやかしだ。血を飲めば幾分か君の力となるだろう」
「…私が自ら飲むとでも思うかい?」
「飲んでくれたら褒美をあげよう」
「褒美?」
怪訝な顔をしているウスユキの耳元でキヨハルが囁く。
「モニカに会わせてあげるよ」
「っ…」
「蓮華と蕣に、モニカに触れられないよう術をかけていたが解くことにする。今後は彼女と会っても私は干渉しない。もう彼女の記憶を奪わないと約束しよう。彼女はあと数日で異国へ帰ってしまうが、これからも定期的にこの国へ来てくれるはずだ。そのときはまたモニカと過ごせばいい」
「…本当に言っているのかい?」
「約束しよう」
「どうしてまたそんな心変わりを?」
「君が生きようとしてくれる理由なんてそれしか思いつかないからね」
「…モニカ…」
ウスユキはそっと目を閉じ少女の名を呟いた。長い長い間、その姿をヒトの目に映させることもかなわなかった薄雪がやっと言葉を交わせたヒトの子。少女は迷わず傷ついた薄雪を治癒し、夜中に呼び出してもぷんぷん怒りながらも談笑に付き合ってくれた。コロコロと変わる表情、まさしく満開の花のような笑顔。辛い過去を持ちながらも、穢れることなく懸命に生きているその姿が頭に焼き付いて離れない。
もう一度会えたなら、また言葉を話せたら…。モニカの記憶を奪われたあの日から、薄雪は毎日そのことばかりを考えていた。彼女から贈られた浮世絵を眺め、彼女のために手折った木を撫でながら。
ウスユキの瞳から一粒の涙が流れる。キヨハルは彼の頭を抱き、柔らかな口調で囁いた。
「私は…君に枝を折らせた彼女に怒りを覚えた。自分を傷つけた君にもね。だから記憶を奪った。もう二度と会わせるつもりなどなかった」
「……」
「蓮華と蕣…それに朝霧にまでがみがみ説教されたよ」
「ふふ」
「薄雪。君は私にヒトを奪われてから生きる気力を失ったね。蕣を通して見る君はまるで抜け殻のようだった」
「…生きているだけというのはなかなか辛いんだよ喜代春」
「これからはモニカに尽くせばいい」
「……」
「…君の生きる気力になるのなら、モニカを守ってあげたらいい。モニカのために生きたらいい。彼女は君を穢さない唯一のヒトだ。他のヒトの目に君を触れさせるのは許さないが…モニカであれば幾分か安心だ。…君がまた枝を折らない限りね」
「枝のことは謝るよ」
「薄雪。私はあの子から記憶を奪った。きれいさっぱり奪ったはずなのに、断片的な記憶の欠片が彼女から離れなかったんだ。私の術を受けても完全に記憶が失われなかったヒトなど今まで見たことがない。それが彼女の体質のせいかどうかは分からないが、彼女にとってもまた、君との時間がそれほど大切なモノだったのは間違いないよ。彼女なら君を大切にしてくれる。今ではそう思う。…君が自分から枝を折らないのならね」
「ありがとう、喜代春。…枝のことはもう言わないでくれないかな」
「アルジサマねちっこい」
「ヌシサマ反省してる」
「アルジサマしつこい」
薄雪の胸に手を置き術を施そうとしたキヨハルが、顔を歪めて舌打ちをした。
「アルジサマどうしたの」
「なんか変」
「複雑な術が出せない。…どうやら森に力を吸われていたみたいだね」
「…え」
「性格が悪い森だ。体を傷つけても私が気にしていないから、今度は力を吸っていたんだ。そうしたら薄雪を助けられないから」
「…アルジサマが一番苦しむこと」
「力を失えばヌシサマ助けられない」
「目の前にいるのに」
「助けられない…」
「やってくれたね…」
がしがしと髪をかき乱しながらキヨハルが毒づいた。今にも死んでしまいそうなウスユキを前にして何もできない自分にはらがたった。悪態をついていると、ウスユキがクスリと笑いキヨハルの体を押しのけようとした。
「喜代春、もういいですよ。あなたはできる限りのことをした。君にできることはもうなにもない。だから早く森から出なさい」
死にかけているというのに満足げな表情をしているウスユキを見て、キヨハルがまた舌打ちをした。
「薄雪…君は分かっていたね?私の力が失われていることに」
「ええ。私が森に念じたんです。体を傷つけず力を奪いなさいと」
「この森には意地の悪いモノしかいないのかな?」
「あなたが四肢をもがれるところなんて見たくないからね」
「助かりたくないだけだろう。まったく。これくらいのことで私が諦めるとでも思っているのかな」
「…往生際の悪い」
キヨハルは自分の首に扇子を当てた。それが触れた肌が裂け血が滴る。ウスユキの頭を持ち、首元へ押し付けた。
「…どういうつもりだい」
「私の血を飲みなさい薄雪。こう見えても私だって清いあやかしだ。血を飲めば幾分か君の力となるだろう」
「…私が自ら飲むとでも思うかい?」
「飲んでくれたら褒美をあげよう」
「褒美?」
怪訝な顔をしているウスユキの耳元でキヨハルが囁く。
「モニカに会わせてあげるよ」
「っ…」
「蓮華と蕣に、モニカに触れられないよう術をかけていたが解くことにする。今後は彼女と会っても私は干渉しない。もう彼女の記憶を奪わないと約束しよう。彼女はあと数日で異国へ帰ってしまうが、これからも定期的にこの国へ来てくれるはずだ。そのときはまたモニカと過ごせばいい」
「…本当に言っているのかい?」
「約束しよう」
「どうしてまたそんな心変わりを?」
「君が生きようとしてくれる理由なんてそれしか思いつかないからね」
「…モニカ…」
ウスユキはそっと目を閉じ少女の名を呟いた。長い長い間、その姿をヒトの目に映させることもかなわなかった薄雪がやっと言葉を交わせたヒトの子。少女は迷わず傷ついた薄雪を治癒し、夜中に呼び出してもぷんぷん怒りながらも談笑に付き合ってくれた。コロコロと変わる表情、まさしく満開の花のような笑顔。辛い過去を持ちながらも、穢れることなく懸命に生きているその姿が頭に焼き付いて離れない。
もう一度会えたなら、また言葉を話せたら…。モニカの記憶を奪われたあの日から、薄雪は毎日そのことばかりを考えていた。彼女から贈られた浮世絵を眺め、彼女のために手折った木を撫でながら。
ウスユキの瞳から一粒の涙が流れる。キヨハルは彼の頭を抱き、柔らかな口調で囁いた。
「私は…君に枝を折らせた彼女に怒りを覚えた。自分を傷つけた君にもね。だから記憶を奪った。もう二度と会わせるつもりなどなかった」
「……」
「蓮華と蕣…それに朝霧にまでがみがみ説教されたよ」
「ふふ」
「薄雪。君は私にヒトを奪われてから生きる気力を失ったね。蕣を通して見る君はまるで抜け殻のようだった」
「…生きているだけというのはなかなか辛いんだよ喜代春」
「これからはモニカに尽くせばいい」
「……」
「…君の生きる気力になるのなら、モニカを守ってあげたらいい。モニカのために生きたらいい。彼女は君を穢さない唯一のヒトだ。他のヒトの目に君を触れさせるのは許さないが…モニカであれば幾分か安心だ。…君がまた枝を折らない限りね」
「枝のことは謝るよ」
「薄雪。私はあの子から記憶を奪った。きれいさっぱり奪ったはずなのに、断片的な記憶の欠片が彼女から離れなかったんだ。私の術を受けても完全に記憶が失われなかったヒトなど今まで見たことがない。それが彼女の体質のせいかどうかは分からないが、彼女にとってもまた、君との時間がそれほど大切なモノだったのは間違いないよ。彼女なら君を大切にしてくれる。今ではそう思う。…君が自分から枝を折らないのならね」
「ありがとう、喜代春。…枝のことはもう言わないでくれないかな」
「アルジサマねちっこい」
「ヌシサマ反省してる」
「アルジサマしつこい」
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