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初夏編:初夏のポントワーブ

【323話】目を覚ましたカトリナ

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カトリナが眠りから覚めたのは、カミーユが目覚めた2時間後だった。しがみつくアーサーをあやしたあと彼女はゆっくりと起き上がる。アーサーに手を持ってもらいながら、ふらつく足取りでモニカに近づいた。ジルに声をかけながら聖魔法をかけ続けているモニカをカトリナがふわりと抱きしめた。

「ジル、大丈夫だからね。きっともうすぐ治るから。治して見せるからね。……っ」

「ありがとう、モニカ」

「カトリナ…っ!だめだよ寝てなきゃ!!」

「少しくらい平気よォ。私よりあなたが心配。ごめんね、無理をさせてしまって」

「…カトリナのばか…。こんなときでも…私の心配なんかして…っ。すごく苦しいはずなのに…」

「うふふ、これは自業自得よォ。万全じゃない状態でダンジョンになんて潜っちゃったから。それに見た目はひどいけど案外平気なのよォ?だから心配くらいさせてちょうだい。…ボルーノ、モニカのサポートよろしくねェ」

「…ああ。わしにできることは体力を回復させてやるくらいじゃが…。ユーリとふたりでモニカを支えよう。じゃからお前さんは休むのじゃ」

声をかけられたボルーノがこくりと頷き、カトリナの肩を抱きベッドへ連れて行った。アーサーはそのままモニカの隣に座り、目の下にくまができた妹の腰に手をまわした。思いつめた顔をして聖魔法をかけていたモニカは、兄の体温を感じすこし心が落ち着いた。アーサーをちらりと見ると目が合い、目じりを下げた兄が頭を撫でてくれる。

「モニカ、ジルは少しずつよくなってるよ。モニカががんばってくれてるおかげ。代わってあげられないけど…一人にしないからね」

「ありがと。アーサーの顔見たら元気出た。ぎゅってしてくれる?」

「もちろん」

アーサーはモニカをぎゅっと抱きめた。今まで我慢していた分もアーサーを摂取しようと、モニカはアーサーの胸にぐりぐり頭を押し付けたり、においをスーハー嗅いでいる。アーサーは、そばでその様子を見て少し引いているユーリと目が合い苦笑いした。

アーサーがそばにいてくれる嬉しさがいきすぎたモニカは、兄の腕に思いっきり噛みついた。

「いっ?!」

「わっ…」

突然の痛みにアーサーは硬直してしまう。一種の興奮状態に陥っているモニカはかまわず兄をガジガジ噛んでいる。ユーリは目の前の光景を虚無の顔で眺めていた。モニカが満足したころには、アーサーの腕は歯形だらけになっていた。

「あー!なんだかすっきりした!よーし!!がんばるぞぉー!!」

「あはは…。モニカが元気になったならよかった…」

「アーサーはモニカを甘やかしすぎだと思う…」

「え?僕そんなに甘やかしてるかなあ?」

「あ、自覚ないんだね…。アーサーがいいなら僕は何も言わないよ…」

「?」

「あら、ユーリとっても顔が疲れてるわ。少し休んだ方がいいんじゃない?」

「あ、ううん。大丈夫だよ、うん…」

◇◇◇

カトリナを寝かせて容態を診たボルーノは、呆れたようにため息をつく。

「…なにが平気なんじゃ。高熱、頭痛、吐き気、体中の激痛…視力もほとんど戻っておらんな。そんな体でよくニコニコできるのぉ」

「だってあの子たちに会えて嬉しかったんだもの。もう会えないと思っていたから」

「なにを弱気になっておるのじゃ。治るものも治らんくなるぞぃ」

「ふふ、ごめんなさい。…ジルはまだ治らないのね」

「…ああ。モニカが頑張ってくれておるから少しずつ良くはなってきておるが…。呪いが強すぎてモニカの聖魔法でもなかなか消せん。むしろよく今まで生きておったことじゃ」

「そうね…。ジルは…呪いには慣れているから…。そんな彼でもあそこまで苦しんでいるんだがら、相当ね」

「…そうじゃな」

カトリナの濁った瞳が涙でうるむ。泣くのをこらえようと唇を噛み肩を震わせた。ボルーノは何も言わず、彼女の頬に手を添えて優しく撫でた。こらえきれなくなったカトリナは、ボルーノの手を握り枕に顔をうずめた。

「ジルとリアーナが治らなかったらどうしよう…」

「治る。モニカがきっと治してくれる」

「リアーナ…私とカミーユに反魔法をかけたから自分を守る力が残ってなかったの…。私を守ろうとして…。ジルだって…ずっと私たちを守ってくれていた…。ボルーノ…どうしよう…ジルとリアーナが死んでしまったら…いやだ…あの子たちは私の…大切な大切な仲間なの…」

「大丈夫じゃ。大丈夫じゃよ」

「誰にも代えられないの…。私はこのパーティじゃないといやなの…。誰ひとり失いたくないの…」

「お前さんは失わんよ。なんせわしとリアーナの愛弟子であるモニカがつきっきりで治癒してくれているのじゃ。モニカを信じなさいカトリナ。あやつは途中で投げ出したりなどせん。どれほど疲れても、苦しくても、モニカならやり遂げる。

…だからお前さんはもうしばらく休みなさい。それに人の心配ばかりせず自分の体も心配するんじゃな。お前さんだって呪いに侵されておるのじゃ。精神が揺らげば呪いの進行も早くなる。辛いじゃろうが、気を強く持たねばならん。

お前さんはS級冒険者じゃぞ。少女のように泣く姿はいつ見てもかわいらしいが、今は強く美しいお前さんでいなければならんよ。その体から呪いがきれいさっぱり消えたとき、いつものようにこっそりわしの家に来てシクシク泣けばよい」

ボルーノはそう言って最後にウィンクをした。カトリナはまだぽろぽろと涙を流していたが、小さく笑い目をこする。そして手渡された痛み止めと睡眠薬を飲み、再び深い眠りに落ちた。
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