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画廊編:4人での日々
屈辱的な挨拶
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アーサーとモニカが児童養護施設へ入ると、いつものようにマドレーヌさんが出迎えてくれた。双子は彼女にジュリアとウィルクを紹介した。王女と王子とバレないよう偽名を使い、平民の服を着せ、ジュリアには化粧もさせていない。それどころか、あえて二人のツヤツヤの髪と肌をくすませるために、とろこどころ土で汚れさせている。それでも彼女たちの首筋がすっと通り、胸を張った立ち姿は気品があり子どもながらに威厳がある。日頃の癖で、顎をくっと上げて見下す視線を送ってしまっているのも平民らしくなかった。
「おや!アビーとモニカじゃないかあ!よくきたねえ。…おや?そちらの子たちは?」
「こんにちはマドレーヌさん!こちらジュリーとウィリーです。ジュリー、ウィリー。こちらマドレーヌさん」
ジュリアとウィルクはぴくっと眉を動かした。人を紹介するとき、目上の人に目下の人を先に紹介するマナーがある。彼女たちは今まで先に自分たちを紹介されたことなどなかった。しかもこのような貧困層の平民より目下に扱われることは、これまでもこれからも一生ないだろう。
とんでもない屈辱に二人は唇を噛んだ。もちろんこのマナーを知っているアーサーとモニカは、妹弟が怒り狂ってしまわないか内心ヒヤヒヤしていた。
(おねがい…耐えてね~…)
(ううう…ジュリアから氷魔法が若干漏れてるよぉ…)
先に動いたのはジュリアだった。握りしめすぎて手の平に爪の痕がついている。その手の力をなんとか抜き、スカートの裾を掴む。彼女はぷるぷる震えながら膝を折り頭を下げた。階級が低い人がする挨拶を、彼女は生まれて初めてした。歯を食いしばりながらもなんとか笑顔を繕っている。
姉に倣い、ウィルクも歯ぎしりをしながら腰をかがめた。マドレーヌの手をとり、手の甲に恭しくキスをする。顔を上げた彼は少年とは思えないほど大人びた微笑みを浮かべていた(背中に回していた左手は、血管が浮き上がるほど強く拳を握っていたが)。
階級が低い者が先に口を開いてはいけない。ジュリアとウィルクはマドレーヌが彼女たちに声をかけるまで微笑を崩さず沈黙を貫いた。
「……」
マドレーヌは驚きすぎて言葉を失っている。アーサーとモニカは額に手を乗せため息をついた。
((やりすぎ……))
トロワ貧困層の住民が貴族のマナーを知っているわけがない。貴族の挨拶をしたこともあるわけがない。美しい所作で頭を下げられたり、恭しく手の甲にキスをされたことなんて、今の今までなかった。
マドレーヌはぽかんと口を開けてアーサーとモニカを見た。双子は冷や汗をだらだら垂らしながら、身振り手振りで彼女に「挨拶して!」と伝えた。マドレーヌは頷き、「よ、よろしくね。ジュリー、ウィリー」と声をかけた。それでやっとジュリアとウィルクが「お会いできて光栄でございます」と挨拶を返した。
「だーーー!えーっと!!ジュリーとウィリーは私たちのお友だちでね!!最近この子たち、貴族ごっこにハマってるの!!」
なんとかしてごまかそうとしたモニカが慌ててマドレーヌと妹弟の間に割って入った。アーサーもコクコク頷き、モニカの嘘に話を合わせる。
「そうそう!!とっても上手でしょ!!」
「あっ!そうだったんだねえ。いいねえあんたたち。アビーとモニカみたいな素敵な貴族さまに遊んでもらえて。これからも仲良くしてもらうんだよぉ」
双子を貴族の子どもと思っているマドレーヌはそう言いながら、ジュリアとウィルクの頭を撫でた。咄嗟に彼女の手を払いのけそうになったジュリアとウィルクの手を、アーサーが目にも止まらない速さで掴み阻止した。今では彼女たちは屈辱に耐えきられず目に涙を溜めている。限界だ、と感じた双子は逃げるように自分たちがいつも泊まっている部屋へ妹弟を連れ込んだ。
「ごめんね!ジュリア、ウィルク!!いやな思いさせちゃったね!!」
「我慢してくれてありがとう…。よくがんばったね。ごめんね」
部屋に入った途端、室内の物が全て凍り付いた。ウィルクは床にアイテムボックスを投げつけてしゃがみこんでいる。
(これがアーサー様とモニカ様のためでなければ…。私は彼女を殺してしまっていたかもしれない)
(お兄さまとお姉さまのためじゃなかったら、僕は今すぐにでもインコを飛ばしてた…!)
アーサーとモニカは不安げに目を見合わせた。ジュリアとウィルクをトロワに連れてきたのは間違いだったかもしれない。双子が思っていた以上に妹弟のプライドをズタズタにしてしまう、地獄のような場所になってしまうかもしれない。王女と王子が平民に変装することは、予想よりもずっと難しく厳しいものだった。
「おや!アビーとモニカじゃないかあ!よくきたねえ。…おや?そちらの子たちは?」
「こんにちはマドレーヌさん!こちらジュリーとウィリーです。ジュリー、ウィリー。こちらマドレーヌさん」
ジュリアとウィルクはぴくっと眉を動かした。人を紹介するとき、目上の人に目下の人を先に紹介するマナーがある。彼女たちは今まで先に自分たちを紹介されたことなどなかった。しかもこのような貧困層の平民より目下に扱われることは、これまでもこれからも一生ないだろう。
とんでもない屈辱に二人は唇を噛んだ。もちろんこのマナーを知っているアーサーとモニカは、妹弟が怒り狂ってしまわないか内心ヒヤヒヤしていた。
(おねがい…耐えてね~…)
(ううう…ジュリアから氷魔法が若干漏れてるよぉ…)
先に動いたのはジュリアだった。握りしめすぎて手の平に爪の痕がついている。その手の力をなんとか抜き、スカートの裾を掴む。彼女はぷるぷる震えながら膝を折り頭を下げた。階級が低い人がする挨拶を、彼女は生まれて初めてした。歯を食いしばりながらもなんとか笑顔を繕っている。
姉に倣い、ウィルクも歯ぎしりをしながら腰をかがめた。マドレーヌの手をとり、手の甲に恭しくキスをする。顔を上げた彼は少年とは思えないほど大人びた微笑みを浮かべていた(背中に回していた左手は、血管が浮き上がるほど強く拳を握っていたが)。
階級が低い者が先に口を開いてはいけない。ジュリアとウィルクはマドレーヌが彼女たちに声をかけるまで微笑を崩さず沈黙を貫いた。
「……」
マドレーヌは驚きすぎて言葉を失っている。アーサーとモニカは額に手を乗せため息をついた。
((やりすぎ……))
トロワ貧困層の住民が貴族のマナーを知っているわけがない。貴族の挨拶をしたこともあるわけがない。美しい所作で頭を下げられたり、恭しく手の甲にキスをされたことなんて、今の今までなかった。
マドレーヌはぽかんと口を開けてアーサーとモニカを見た。双子は冷や汗をだらだら垂らしながら、身振り手振りで彼女に「挨拶して!」と伝えた。マドレーヌは頷き、「よ、よろしくね。ジュリー、ウィリー」と声をかけた。それでやっとジュリアとウィルクが「お会いできて光栄でございます」と挨拶を返した。
「だーーー!えーっと!!ジュリーとウィリーは私たちのお友だちでね!!最近この子たち、貴族ごっこにハマってるの!!」
なんとかしてごまかそうとしたモニカが慌ててマドレーヌと妹弟の間に割って入った。アーサーもコクコク頷き、モニカの嘘に話を合わせる。
「そうそう!!とっても上手でしょ!!」
「あっ!そうだったんだねえ。いいねえあんたたち。アビーとモニカみたいな素敵な貴族さまに遊んでもらえて。これからも仲良くしてもらうんだよぉ」
双子を貴族の子どもと思っているマドレーヌはそう言いながら、ジュリアとウィルクの頭を撫でた。咄嗟に彼女の手を払いのけそうになったジュリアとウィルクの手を、アーサーが目にも止まらない速さで掴み阻止した。今では彼女たちは屈辱に耐えきられず目に涙を溜めている。限界だ、と感じた双子は逃げるように自分たちがいつも泊まっている部屋へ妹弟を連れ込んだ。
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