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魂魄編:闇オークション
闇オークションの始まり
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薄暗い会場では、観客の囁き声が微かなざわめきを生んでいる。
観客席が徐々に埋まるが、招待されている人数が多くないのか、そこまでぎゅうぎゅう詰めというわけではなかった。
モニカがタールに話しかけようとしたら、彼は何も言わずに指を一本唇に当てた。モニカは自分の口を手で押さえ、コクコクと頷いた。
闇オークション開始の時刻となり、舞台の下手側から司会者が登場した。
司会者は女性で、裏生地が深紅の黒マントを羽織り、頭には大きな羽が飾られているシルクハットを被っている。顔の半分はヴェネチアンマスクで隠されていたが、彼女の赤髪にタールとロイアーサーは眉をひそめた。
「あれは……」
「ルリンだね」
「まじか……。あいつ、主催者にまで……」
タールは深いため息をつき、呆れたように首を横に振った。ロイアーサーは変わらず薄い微笑みを浮かべていたが、彼女を見る目はゾッとするほど冷たかった。
モニカは聞き覚えのある名前に首を傾げ、少しの間考えた。そしてハッと思い出す。
「ルリンって……吸血鬼事件のときに誘拐された子だよね?」
「ああ」
タールが頷いたので、モニカはチラッとロイアーサーに視線を送る。
「もしかして、彼女もロイを……?」
「そうだ。あいつもロイをいじめてた」
「僕をいじめてた子たちはみんな、闇系のイベントによく顔を出す貴族だった」
二人の会話を聞いていたロイアーサーが付け加えた。
彼の言葉にモニカの心が沈む。そんな彼女の手を、ロイアーサーが優しく撫でた。
「モニカさんがそんな顔をする必要はないよ。それに、僕だって彼女にひどいことをたくさんしたから。今ではお互い様なんだよ」
「……たしかに、ルリンは一番後遺症がひどい。あいつはチムシーに寄生されたまま、ずっと血を与えられなかった。だからあいつが一番……狂っちまった」
「そうなんだ。どんな後遺症が残ったの?」
ロイアーサーが楽し気に尋ねた。この時ばかりはカチンと来たのか、タールが彼を睨みつける。
「定期的に人の血を求めてしまう。あと、時々奇声を発する」
「わー! それはひどい」
「面白がらないでくれ。……俺だって、後遺症で時々人の血を飲まないと気分が悪くなるし、時々記憶が飛ぶんだぞ」
「えっ!?」
モニカは驚き、慌ててナイフを取り出し手首に添えた。
「どうして早く言ってくれないの!? タール、ずっと飲んでないんじゃない!? 飲む!?」
「あ、いや、いい……。そこまで頻繁に必要としない……」
「モニカさん、僕飲みたい」
「ロイはだめ。だってただ飲みたいだけでしょ」
「残念」
「おい。じゃれてないで、舞台見ろ。始まるぞ」
タールが顎で指した舞台の中央で、顔を隠したルリンが両手を広げて挨拶を始めた。
「紳士淑女の皆様。闇オークションへ、ようこそお越しくださいましたわ。今回も、皆様が驚く商品ばかりを取り揃えております。どうぞお楽しみに」
挨拶を終え、ルリンが会釈をするが、観客席から拍手や歓声はない。だが、観客が興奮しているのは雰囲気で分かった。そわそわと体を揺らしている人たち、隣の人へ耳打ちをしている人たち。1品目の商品が何かをいち早く見たそうに首を伸ばしている人たちもいた。
そして、舞台に大きな布を被せた何かが運び込まれた。
ルリンはゆっくりと商品の前に立ち、布を掴み揺らめかせる。
「私のこだわりといたしまして、一品目では、第二の目玉をご紹介することにしておりますの。ちなみに、第一の目玉はもちろん最後ですわ。始めから最後までお客様の興奮が冷めやらぬよう、という願いを込めております。そしてその第一品目はーー」
大きな布で囲った何かの周りを歩いたり、布を少し捲りあげて中をチラっと見せたりして、ルリンは散々勿体ぶった。
布の中が少し見えた時に、タールとロイアーサーはだいたい何が出品物かが分かった。
(檻……か)
(檻から微かにすすり泣く声が聞こえる)
(あの檻の大きさは、人の子どもサイズだな)
(奇形の子か……魔物を憑依させた子どもか……もしくは)
「さあ、ごらんください!!! あなた方の大好物の……ハーフエルフですわ!!!」
やっぱりな、とタールとロイアーサーは小さくため息をついた。
しかし、予想にもしていなかった出品物に、モニカの息が止まり、血の気が引いた。
ルリンがやっと布を全てはぎ取った。
檻の中を見たモニカが叫び声をあげようとしたので、大きく息を吸った彼女の口を、咄嗟にロイアーサーが塞いで抱き寄せた。
「モニカさん。大声なんて出したら追い出されるよ」
「ロイ! ロイ! ハーフエルフの女の子が!! あんなっ……! あんな小さな檻の中にっ……! それに……人前であんな服を着て……っ!! 助けないと!!!」
「モニカさん。これが闇オークションだよ。闇オークションに出品されるのは、何もいわくありげな物だけじゃない。特殊な人間も出品される。これからもどんどんこうやって、檻の中に入れられた子どもや大人が出品される。
お願いモニカさん。君にとってここが苦しい場所なのは分かってる。いてもたってもいられないのも分かる。だけど、お願い。耐えて。我慢して。お兄さんのためなんだ」
観客席が徐々に埋まるが、招待されている人数が多くないのか、そこまでぎゅうぎゅう詰めというわけではなかった。
モニカがタールに話しかけようとしたら、彼は何も言わずに指を一本唇に当てた。モニカは自分の口を手で押さえ、コクコクと頷いた。
闇オークション開始の時刻となり、舞台の下手側から司会者が登場した。
司会者は女性で、裏生地が深紅の黒マントを羽織り、頭には大きな羽が飾られているシルクハットを被っている。顔の半分はヴェネチアンマスクで隠されていたが、彼女の赤髪にタールとロイアーサーは眉をひそめた。
「あれは……」
「ルリンだね」
「まじか……。あいつ、主催者にまで……」
タールは深いため息をつき、呆れたように首を横に振った。ロイアーサーは変わらず薄い微笑みを浮かべていたが、彼女を見る目はゾッとするほど冷たかった。
モニカは聞き覚えのある名前に首を傾げ、少しの間考えた。そしてハッと思い出す。
「ルリンって……吸血鬼事件のときに誘拐された子だよね?」
「ああ」
タールが頷いたので、モニカはチラッとロイアーサーに視線を送る。
「もしかして、彼女もロイを……?」
「そうだ。あいつもロイをいじめてた」
「僕をいじめてた子たちはみんな、闇系のイベントによく顔を出す貴族だった」
二人の会話を聞いていたロイアーサーが付け加えた。
彼の言葉にモニカの心が沈む。そんな彼女の手を、ロイアーサーが優しく撫でた。
「モニカさんがそんな顔をする必要はないよ。それに、僕だって彼女にひどいことをたくさんしたから。今ではお互い様なんだよ」
「……たしかに、ルリンは一番後遺症がひどい。あいつはチムシーに寄生されたまま、ずっと血を与えられなかった。だからあいつが一番……狂っちまった」
「そうなんだ。どんな後遺症が残ったの?」
ロイアーサーが楽し気に尋ねた。この時ばかりはカチンと来たのか、タールが彼を睨みつける。
「定期的に人の血を求めてしまう。あと、時々奇声を発する」
「わー! それはひどい」
「面白がらないでくれ。……俺だって、後遺症で時々人の血を飲まないと気分が悪くなるし、時々記憶が飛ぶんだぞ」
「えっ!?」
モニカは驚き、慌ててナイフを取り出し手首に添えた。
「どうして早く言ってくれないの!? タール、ずっと飲んでないんじゃない!? 飲む!?」
「あ、いや、いい……。そこまで頻繁に必要としない……」
「モニカさん、僕飲みたい」
「ロイはだめ。だってただ飲みたいだけでしょ」
「残念」
「おい。じゃれてないで、舞台見ろ。始まるぞ」
タールが顎で指した舞台の中央で、顔を隠したルリンが両手を広げて挨拶を始めた。
「紳士淑女の皆様。闇オークションへ、ようこそお越しくださいましたわ。今回も、皆様が驚く商品ばかりを取り揃えております。どうぞお楽しみに」
挨拶を終え、ルリンが会釈をするが、観客席から拍手や歓声はない。だが、観客が興奮しているのは雰囲気で分かった。そわそわと体を揺らしている人たち、隣の人へ耳打ちをしている人たち。1品目の商品が何かをいち早く見たそうに首を伸ばしている人たちもいた。
そして、舞台に大きな布を被せた何かが運び込まれた。
ルリンはゆっくりと商品の前に立ち、布を掴み揺らめかせる。
「私のこだわりといたしまして、一品目では、第二の目玉をご紹介することにしておりますの。ちなみに、第一の目玉はもちろん最後ですわ。始めから最後までお客様の興奮が冷めやらぬよう、という願いを込めております。そしてその第一品目はーー」
大きな布で囲った何かの周りを歩いたり、布を少し捲りあげて中をチラっと見せたりして、ルリンは散々勿体ぶった。
布の中が少し見えた時に、タールとロイアーサーはだいたい何が出品物かが分かった。
(檻……か)
(檻から微かにすすり泣く声が聞こえる)
(あの檻の大きさは、人の子どもサイズだな)
(奇形の子か……魔物を憑依させた子どもか……もしくは)
「さあ、ごらんください!!! あなた方の大好物の……ハーフエルフですわ!!!」
やっぱりな、とタールとロイアーサーは小さくため息をついた。
しかし、予想にもしていなかった出品物に、モニカの息が止まり、血の気が引いた。
ルリンがやっと布を全てはぎ取った。
檻の中を見たモニカが叫び声をあげようとしたので、大きく息を吸った彼女の口を、咄嗟にロイアーサーが塞いで抱き寄せた。
「モニカさん。大声なんて出したら追い出されるよ」
「ロイ! ロイ! ハーフエルフの女の子が!! あんなっ……! あんな小さな檻の中にっ……! それに……人前であんな服を着て……っ!! 助けないと!!!」
「モニカさん。これが闇オークションだよ。闇オークションに出品されるのは、何もいわくありげな物だけじゃない。特殊な人間も出品される。これからもどんどんこうやって、檻の中に入れられた子どもや大人が出品される。
お願いモニカさん。君にとってここが苦しい場所なのは分かってる。いてもたってもいられないのも分かる。だけど、お願い。耐えて。我慢して。お兄さんのためなんだ」
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