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北部編:イルネーヌ町

ジルの過去:あの日

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「そっくりだったでしょ。彼」

「……うん。ほんとにジルじゃないの……? 顔も、髪型も、体型も、話し方も、全部ジルにそっくりだったよ……」

「信じてもらえないかもしれないけど、僕じゃないよ。あれは……僕の兄」

「お兄さん……?」

兄弟にしてはそっくりすぎるとモニカは眉を寄せた。その反応に、ジルは苦笑を浮かべる。

「……今まで嫌われたくなくて話してなかったんだけど、そうも言ってられないね。少し、僕の実家の話をしてもいい?」

「……」

モニカが小さく頷くと、ジルは伏し目がちに話し始めた。

「僕の実家……フィリップス家は代々人殺しを家業としてる」

「え……」

「いわゆる暗殺業ってやつ。バンスティンではそこそこ有名で、王族からの依頼も来るほど」

「……」

「僕は幼い頃から暗殺のイロハを叩きこまれて、何度も人を殺してきた」

ジルはふぅ、とため息を吐き、壁にもたれかかる。モニカが衝撃を受けて固まっていても、まるで独り言のように言葉を続けた。

それは長い長い話だった。
彼が生まれてから、カトリナに拾われるまでの十五年間の話。
カミーユパーティとクルドパーティしかしらない彼の過去を、モニカは出会って六年目にして聞くことになる。

◇◇◇

ジル・フランドル・フィリップス。バンスティン西部で生まれた彼は、物心ついたときには人を殺していた。

《ジル、あそこにいるおじいさんを殺してきて》

《え……? ぼくひとりで……?》

《そうだよ》

《で、でもぼくひとりでなんてしたことない……》

《大丈夫。子どもってだけで人は油断してくれる。僕がついていくより君一人の方がやりやすいから。でもチャンスは一回。確実に仕留めて》

《……はい》

彼は両親と手を繋いだことがなかった。幼い頃から握っていたのは、親の手ではなくナイフの柄。
彼は笑うことも、怒ることも、声を荒げることも許されなかった。存在感を消し、目立たずに標的に近づくためだと父は言った。

その教育のせいか、フィリップス家の人間はみな同じ表情と口調、そしてよく似た佇まいをしていた。
その中でジルただ一人が表情豊かだった。喜怒哀楽が上手に隠せず、よく笑う子どもだった。
そのせいでよく彼はお仕置きをされていたし、兄に疎まれていた。

三歳年上の兄であるマルムは、父親そっくりの顔――いつ見ても無表情だった。
よく失敗をするジルとは違い、マルムは非常に優秀な暗殺者として育っていた。

幼いながらに、ジルは両親が自分より兄の方を愛していることに気付く。
無表情の両親が、稀にふと微かに笑みをこぼすことがあるが、それは決まって兄と話しているときだった。

褒められている兄を見て、ジルが思わず「いいなあ」と漏らしたことがあった。
指を咥えてマルムを見上げる彼に、両親はこう言った。

《君も早くフィリップス家に恥じない暗殺者になるんだよ》

《そんな顔をするのはやめなさい。指を咥えるのもやめて。それじゃあそこらへんの子どもと同じよ》

《がんばったら、褒めてくれる?》

《褒められるためにしないで。淡々と仕事をこなしてほしいな。そしたらちゃんと評価はするよ》

《やったぁ! じゃあがんばらなきゃ!》

大喜びするジルに、父親と母親は呆れたように目を見合わせた。話にならないとでも言いたげだ。
マルムも苦虫を噛み潰したような顔で、ジルに言葉を吐き捨てる。

《君ってほんと出来損ないだよね。本当にフィリップス家の子どもなのかな》

《ぼく、はやくお兄ちゃんみたいになりたい!》

《なれるわけないでしょ。君みたいなドジでノロマが、僕みたいになりたいなんて笑っちゃうよ》

ジルは、今となっては唯一の兄弟であるマルムのことが好きだった。
冷たくあしらわれても、苛立つ兄に殴られても、両親のいないときにこっそり拷問の練習台にされても、彼は兄のことを慕っていた。

《おつかれ。自分の部屋に戻って良いよ》

その日は足の爪を全て剥がれた日だった。以前爪を剥がされた時に泣いたら鬱陶しがられたので、ジルは痛みで汗をダラダラ流しながらも無理やり笑う。

《お、お兄ちゃん。ぼく、今日はお兄ちゃんと一緒に寝たいなあ、なんて……》

《何言ってるの? 嫌に決まってるでしょ》

《ぼく、がんばって痛いの我慢してるし……。練習、する相手になったよ。今まで一度も、お父さんとお母さんに告げ口もしてない。だから、一回だけでもいいから……僕のお願い……》

《そんなこと言うならもう練習台になんかしない。母さんと父さんに告げ口してもいいよ。だから出て行ってくれる?》

《ご、ごめんなさい。そんなことしない。ごめんなさい。だから嫌いにならないで。もう一緒に寝たいなんて言わないから……》

《ふーん。じゃあ、出て行って》

ジルは足を引きずり、ぐすぐす泣きながら部屋を出る。
彼が出て行ったあと、マルムは剥いだ爪を暖炉に放り入れて鼻で笑った。

《嫌いにならないでって何? とっくの前から嫌いだけど?》

マルムだけでなく両親も、ジルが愛情に飢えていることに嫌悪感を抱いていた。
兄が褒められていると羨望の眼差しで見つめ、町で親子が手を繋いでいるのを見ると、こっそり親を窺い見る。
その真似をして繋ごうとした手を父親に振り払われたジルは、目に涙を浮かべて俯いた。

夜中にこっそり両親のベッドに潜り込もうとしたこともあった。しかし無言で部屋を追い出され、内側から錠をかけられる。

閉まったドアの前で、ジルは目を何度も擦った。

《きっと、ぼくが立派な暗殺者じゃないからいけないんだ。フィリップス家に恥じない暗殺者になったら、きっとお父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、ぼくのことを褒めてくれる。たくさん人を殺したら、きっとみんな僕のことを好きになってくれる》
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