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北部編:イルネーヌ町
ジルの過去:人殺し
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ジルは家族に愛されたいという一心で暗殺業に励んだ。
物心ついたときには人を殺していたので、何人殺しても、目の前で泣き叫ばれても、心なんて痛まない。
人を殺すとき、ジルはいつも「今日のごはんはなにかなあ」「帰ったらお父さんに褒めてもらえるかなあ」など、くだらないことばかり考えていた。
だが、ジルの暗殺業界での評価がそれなりに上がり始めても、誰も彼を褒めてはくれなかった。
ある日ジルは、見たことがない色の液体を眺めている兄をリビングで見かけた。
《お兄ちゃん、何飲んでるの?》
《これ? 毒》
《ぼくも飲む!》
《ふーん、飲めば?》
マルムはワイングラスに入った毒を弟に手渡した。それを飲んだジルが血反吐を吐いて痙攣しているところを見て、「バカだなあ」と失笑する。
《普通の人が飲んだら即死する毒だよ、それ。僕でも瀕死になると思う》
《え……》
《なにその顔。僕は飲んでないよ。次の暗殺で使おうと思って色を確かめてただけ》
彼はそれだけ言って、足元に転がっている弟に目もくれず、椅子に腰かけ再び毒を眺めた。
父も母も、従者でさえ、死にかけているジルを助けようとしなかった。
《ジル。どうしてその毒を飲んだの? 自分の耐性度も把握できてなかったの?》
《お父さん……た、たすけ……ゴボッ……》
《僕に人を助けるなんてことできない。だって僕は殺したことしかないから》
《おか……さ……》
《人殺しをしてきたあなたが誰かに助けてもらえると思う? いいえ、誰も助けてくれないわ》
《ふふ。人殺しが助けを求めるなんて、我が子であっても滑稽でしかないね》
《さすが出来損ないだね》
血を吐き、吐瀉物を落とし、涙を流す、今にも死にそうなジルを、彼の家族は無表情で見下ろす。
《……》
彼らは表情ひとつ変えなかった。抱きかかえるどころか触れてもくれない。優しい言葉なんて一言ももらえなかった。
(人を殺すのが上手になったのに、どうして僕をそんな目で見るの……? 人殺しは……助けてって言っちゃいけないの……? 人殺しは悪いことなの……? じゃあ、どうして……)
彼が意識を失う間際、遠くから父親の声が聞こえた。
《死にたくないなら自分でどうにかして。いつも君の食事に少量の毒を混ぜてたから、多少の毒耐性は付いてるよ。奇跡が起きれば死なずに済むかもね》
《……》
彼らが思っているほど、ジルは出来損ないなどではなかった。
誰もが死ぬと思ったこの時も、彼はなんとか生きながらえた。
しかし、意識を取り戻したジルは別人のようだった。
あれほど表情豊かだった顔が、仮面のように微動だにしなくなった。
おしゃべりだった口は、薄い唇をきゅっと閉じて何も話さなくなった。
愛情を求めて家族を見つめていた瞳は、光を失い虚空を彷徨うようになった。
その日からジルは、独りを好み、淡々と暗殺業をこなすようになった。
誰とも話さず、黙々と体を鍛え、武術を磨き、毎日のように人を殺した。また、あらゆる状態異常耐性を付けるため、自ら毒を飲み、炎の中に足を踏み入れ、雷に打たれに行く日々を過ごす。暇な時は自身の体に傷を付け、痛み耐性を付けた。
真面目に暗殺業に取り組むジルに、両親は喜ぶ。
《やっとフィリップス家らしい顔つきになってきたね。この前の依頼主も、君の仕事ぶりに手を叩いて喜んでたよ。マルムに勝るにも劣らないなんてことまで言ってた》
それを聞いていたマルムが顔をしかめる。
《いやだな。一緒にしないでよ。こんな出来損ないと》
両親の褒め言葉にも、兄の貶し言葉にも、ジルは眉一つ動かさない。彼は何も聞こえていないかのように食事を口に運び、一言も話さず部屋に戻った。
物心ついたときには人を殺していたので、何人殺しても、目の前で泣き叫ばれても、心なんて痛まない。
人を殺すとき、ジルはいつも「今日のごはんはなにかなあ」「帰ったらお父さんに褒めてもらえるかなあ」など、くだらないことばかり考えていた。
だが、ジルの暗殺業界での評価がそれなりに上がり始めても、誰も彼を褒めてはくれなかった。
ある日ジルは、見たことがない色の液体を眺めている兄をリビングで見かけた。
《お兄ちゃん、何飲んでるの?》
《これ? 毒》
《ぼくも飲む!》
《ふーん、飲めば?》
マルムはワイングラスに入った毒を弟に手渡した。それを飲んだジルが血反吐を吐いて痙攣しているところを見て、「バカだなあ」と失笑する。
《普通の人が飲んだら即死する毒だよ、それ。僕でも瀕死になると思う》
《え……》
《なにその顔。僕は飲んでないよ。次の暗殺で使おうと思って色を確かめてただけ》
彼はそれだけ言って、足元に転がっている弟に目もくれず、椅子に腰かけ再び毒を眺めた。
父も母も、従者でさえ、死にかけているジルを助けようとしなかった。
《ジル。どうしてその毒を飲んだの? 自分の耐性度も把握できてなかったの?》
《お父さん……た、たすけ……ゴボッ……》
《僕に人を助けるなんてことできない。だって僕は殺したことしかないから》
《おか……さ……》
《人殺しをしてきたあなたが誰かに助けてもらえると思う? いいえ、誰も助けてくれないわ》
《ふふ。人殺しが助けを求めるなんて、我が子であっても滑稽でしかないね》
《さすが出来損ないだね》
血を吐き、吐瀉物を落とし、涙を流す、今にも死にそうなジルを、彼の家族は無表情で見下ろす。
《……》
彼らは表情ひとつ変えなかった。抱きかかえるどころか触れてもくれない。優しい言葉なんて一言ももらえなかった。
(人を殺すのが上手になったのに、どうして僕をそんな目で見るの……? 人殺しは……助けてって言っちゃいけないの……? 人殺しは悪いことなの……? じゃあ、どうして……)
彼が意識を失う間際、遠くから父親の声が聞こえた。
《死にたくないなら自分でどうにかして。いつも君の食事に少量の毒を混ぜてたから、多少の毒耐性は付いてるよ。奇跡が起きれば死なずに済むかもね》
《……》
彼らが思っているほど、ジルは出来損ないなどではなかった。
誰もが死ぬと思ったこの時も、彼はなんとか生きながらえた。
しかし、意識を取り戻したジルは別人のようだった。
あれほど表情豊かだった顔が、仮面のように微動だにしなくなった。
おしゃべりだった口は、薄い唇をきゅっと閉じて何も話さなくなった。
愛情を求めて家族を見つめていた瞳は、光を失い虚空を彷徨うようになった。
その日からジルは、独りを好み、淡々と暗殺業をこなすようになった。
誰とも話さず、黙々と体を鍛え、武術を磨き、毎日のように人を殺した。また、あらゆる状態異常耐性を付けるため、自ら毒を飲み、炎の中に足を踏み入れ、雷に打たれに行く日々を過ごす。暇な時は自身の体に傷を付け、痛み耐性を付けた。
真面目に暗殺業に取り組むジルに、両親は喜ぶ。
《やっとフィリップス家らしい顔つきになってきたね。この前の依頼主も、君の仕事ぶりに手を叩いて喜んでたよ。マルムに勝るにも劣らないなんてことまで言ってた》
それを聞いていたマルムが顔をしかめる。
《いやだな。一緒にしないでよ。こんな出来損ないと》
両親の褒め言葉にも、兄の貶し言葉にも、ジルは眉一つ動かさない。彼は何も聞こえていないかのように食事を口に運び、一言も話さず部屋に戻った。
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