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北部編:イルネーヌ町
ジルの過去:カトリナとの出会い
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午前零時の鐘が鳴る。窓の縁に腰かけていたジルは、夜空を眺めながら懐中時計を閉じた。
そして、誰にともなく呟く。
「この前殺した男の人が、今日は娘の誕生日なんだって命乞いをした。どうして自分の死と子どもの誕生日が関係あるのか分からなかったから、思わず尋ねちゃったよね。そしたら、娘の誕生日を祝いたいからって。一日待ってくれって言われた。殺したけど」
窓から見える景色に街灯ひとつない。フィリップス家の周囲にあるのは、闇に溶け込む木々と、へどろのようにどす黒い夜空だけ。点々と星があるのがどこか落ち着かない。
「どうやら表舞台の人たちは、誕生日に家族から贈り物をもらえるらしい。そしてたった今、僕は十五歳の誕生日を迎えた」
ジルは伸びをして立ち上がる。
「もらいに行こうかな。誕生日の贈り物」
◇◇◇
ジルの父親は、妻の叫び声で目が覚めた。隣で眠っていた彼女は、胸から血を流して息絶えている。そして彼女の傍には、彼ら自身が生み出した優秀な暗殺者が佇んでいた。
「……ジル。何してるの」
「僕、今日誕生日なんだ」
「それがどうしたの。どうして殺したの」
「誕生日には家族から贈り物がもらえるらしいよ」
「それがどうしたと言ってるんだ!!」
怒鳴る父親にも、ジルは眉一つ動かさずナイフを突きつける。
「僕の欲しいもの。僕を暗殺者に仕立て上げた両親の死」
「気でもおかしくなった? あれほど従順に暗殺業をこなしててよく言う」
「今日のために腕を磨いてただけ。ずっと殺したかった。あの時僕を助けてくれなかった父親と母親を。僕を暗殺者にしたお前たちを」
「妻を手にかけて、僕に刃向かうのがどういうことか分かってる? 子どもだからって容赦しないのは知ってるでしょ」
父親も短剣を突き付けたが、ジルは鼻で笑い首を傾げる。
「知ってるよ。だって元々僕には六人の兄弟がいたんだもん。なのに気付いたらマルムと僕だけになってた。殺したんでしょ?」
「暗殺に失敗して死んだ子もいれば、訓練に耐えられずに死んだ子もいるな」
「それを殺したって言うんだよ。知ってた?」
「……ジル。君は優れた暗殺者に育ったけど、僕に敵うと思ってるの。君を育てたのは僕と――」
トス、とジルの背中に刃物が突き刺さる。そして耳元で聞こえる、囁き声。
「僕だよ、出来損ないの弟くん」
「っ!」
警戒していたつもりだったが、完全にマルムの方がうわてだった。ジルは、背後に詰め寄られていることに全く気付かなかった。
「ジル。君はフィリップス家の恥だね。兄として恥ずかしいから死んでほしい」
父親と兄がジルに襲い掛かる。暗殺のプロなだけあり、静かで美しい動きだ。
死なずに屋敷から逃げ出せ、追手から逃れられたのは、奇跡としか言いようがない。おそらく父親も兄も、母親の死に少なからず動揺していたのだろう。
だが、ジルはいつ死んでもおかしくないほどの重傷を負ってしまった。
見知らぬ土地で、血の足跡を付けながらジルは体を引きずって歩く。
「殺せなかった……。今までずっと、彼らを殺すことだけを考えて生きてきたのに……。父親にも、マルムにも敵わなかった……。やっぱり僕は、出来損ないなんだな……」
力尽き、路地裏で倒れこむ。もう指一本動かせない。
「……誕生日の贈り物……一度でいいから、僕も欲しかったな……」
そして、彼は意識を失った。
◇◇◇
死んだと思ったのに、なぜかジルは目を覚ました。それも、豪華なシャンデリアがぶら下がっている天井の下で。
「……?」
「あら、目が覚めたかしら?」
「っ!」
傍で声が聞こえ、ジルは咄嗟にナイフを突きつけた。
しかしその腕は華麗に掴まれ、ひねりあげられる。
「!?」
「びっくりしたわよね。ごめんなさいねェ」
おほほと上品に笑うのは、プラチナブロンドの髪を束ねた見るからに階級の高い令嬢。穏やかな表情を浮かべる彼女の握力は、ジルが今まで経験したことがないほどの強さだった。
睨みつける彼に、彼女はドレスの裾をつかんで挨拶をする。
「はじめまして。私、オーヴェルニュ侯爵の娘、カトリナと申しますわ。路地裏で倒れているあなたを一目見て、欲しいと思っちゃって。拾ってきちゃったのォ」
「……僕は猫じゃないんだけど」
「まあ、ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないのよォ? でも、あなた身寄りがないでしょう? 良かったらしばらくの間、私の相手をしてくれないかしら。最近とっても寂しいのよォ」
「僕とは関わらない方がいいと思う。だから断る。さよなら」
ベッドから出ようとするジルを、カトリナが馬鹿力で抑え込む。
「こらこら! まだ傷が治ってないでしょう? ここを出るならせめて怪我を治してからにしなさい?」
「いい。僕、追われてるんだ。一般人を巻き込みたくない」
「一般人? まあ、侯爵令嬢が一般人」
何度ここを出る言っても、カトリナは許してくれなかった。ジルがベッドから出ようと暴れているうちに、いつの間にかカトリナが馬乗りになって動きを封じていた。
そして、誰にともなく呟く。
「この前殺した男の人が、今日は娘の誕生日なんだって命乞いをした。どうして自分の死と子どもの誕生日が関係あるのか分からなかったから、思わず尋ねちゃったよね。そしたら、娘の誕生日を祝いたいからって。一日待ってくれって言われた。殺したけど」
窓から見える景色に街灯ひとつない。フィリップス家の周囲にあるのは、闇に溶け込む木々と、へどろのようにどす黒い夜空だけ。点々と星があるのがどこか落ち着かない。
「どうやら表舞台の人たちは、誕生日に家族から贈り物をもらえるらしい。そしてたった今、僕は十五歳の誕生日を迎えた」
ジルは伸びをして立ち上がる。
「もらいに行こうかな。誕生日の贈り物」
◇◇◇
ジルの父親は、妻の叫び声で目が覚めた。隣で眠っていた彼女は、胸から血を流して息絶えている。そして彼女の傍には、彼ら自身が生み出した優秀な暗殺者が佇んでいた。
「……ジル。何してるの」
「僕、今日誕生日なんだ」
「それがどうしたの。どうして殺したの」
「誕生日には家族から贈り物がもらえるらしいよ」
「それがどうしたと言ってるんだ!!」
怒鳴る父親にも、ジルは眉一つ動かさずナイフを突きつける。
「僕の欲しいもの。僕を暗殺者に仕立て上げた両親の死」
「気でもおかしくなった? あれほど従順に暗殺業をこなしててよく言う」
「今日のために腕を磨いてただけ。ずっと殺したかった。あの時僕を助けてくれなかった父親と母親を。僕を暗殺者にしたお前たちを」
「妻を手にかけて、僕に刃向かうのがどういうことか分かってる? 子どもだからって容赦しないのは知ってるでしょ」
父親も短剣を突き付けたが、ジルは鼻で笑い首を傾げる。
「知ってるよ。だって元々僕には六人の兄弟がいたんだもん。なのに気付いたらマルムと僕だけになってた。殺したんでしょ?」
「暗殺に失敗して死んだ子もいれば、訓練に耐えられずに死んだ子もいるな」
「それを殺したって言うんだよ。知ってた?」
「……ジル。君は優れた暗殺者に育ったけど、僕に敵うと思ってるの。君を育てたのは僕と――」
トス、とジルの背中に刃物が突き刺さる。そして耳元で聞こえる、囁き声。
「僕だよ、出来損ないの弟くん」
「っ!」
警戒していたつもりだったが、完全にマルムの方がうわてだった。ジルは、背後に詰め寄られていることに全く気付かなかった。
「ジル。君はフィリップス家の恥だね。兄として恥ずかしいから死んでほしい」
父親と兄がジルに襲い掛かる。暗殺のプロなだけあり、静かで美しい動きだ。
死なずに屋敷から逃げ出せ、追手から逃れられたのは、奇跡としか言いようがない。おそらく父親も兄も、母親の死に少なからず動揺していたのだろう。
だが、ジルはいつ死んでもおかしくないほどの重傷を負ってしまった。
見知らぬ土地で、血の足跡を付けながらジルは体を引きずって歩く。
「殺せなかった……。今までずっと、彼らを殺すことだけを考えて生きてきたのに……。父親にも、マルムにも敵わなかった……。やっぱり僕は、出来損ないなんだな……」
力尽き、路地裏で倒れこむ。もう指一本動かせない。
「……誕生日の贈り物……一度でいいから、僕も欲しかったな……」
そして、彼は意識を失った。
◇◇◇
死んだと思ったのに、なぜかジルは目を覚ました。それも、豪華なシャンデリアがぶら下がっている天井の下で。
「……?」
「あら、目が覚めたかしら?」
「っ!」
傍で声が聞こえ、ジルは咄嗟にナイフを突きつけた。
しかしその腕は華麗に掴まれ、ひねりあげられる。
「!?」
「びっくりしたわよね。ごめんなさいねェ」
おほほと上品に笑うのは、プラチナブロンドの髪を束ねた見るからに階級の高い令嬢。穏やかな表情を浮かべる彼女の握力は、ジルが今まで経験したことがないほどの強さだった。
睨みつける彼に、彼女はドレスの裾をつかんで挨拶をする。
「はじめまして。私、オーヴェルニュ侯爵の娘、カトリナと申しますわ。路地裏で倒れているあなたを一目見て、欲しいと思っちゃって。拾ってきちゃったのォ」
「……僕は猫じゃないんだけど」
「まあ、ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないのよォ? でも、あなた身寄りがないでしょう? 良かったらしばらくの間、私の相手をしてくれないかしら。最近とっても寂しいのよォ」
「僕とは関わらない方がいいと思う。だから断る。さよなら」
ベッドから出ようとするジルを、カトリナが馬鹿力で抑え込む。
「こらこら! まだ傷が治ってないでしょう? ここを出るならせめて怪我を治してからにしなさい?」
「いい。僕、追われてるんだ。一般人を巻き込みたくない」
「一般人? まあ、侯爵令嬢が一般人」
何度ここを出る言っても、カトリナは許してくれなかった。ジルがベッドから出ようと暴れているうちに、いつの間にかカトリナが馬乗りになって動きを封じていた。
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