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北部編:イルネーヌ町
ジルの過去:誕生日の贈り物
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「ちょっと! どうして侯爵令嬢がこんなにも強いわけ!? 下手したらマルムよりも強いんだけど!! 何この人」
「ふふ。実は私、腕にはちょっと自信があるのォ。……それよりマルムって?」
「兄の名前。君、ただ者じゃないでしょ。なんなの一体」
ジルの質問に答えず、カトリナは「お兄さん……」と呟いた。そして唇を指でトントンと叩き、考え込む仕草をする。
「マルム……マルムなんて珍しい名前、そんなにいないと思うんだけどォ……。もしかしてあなた、フィリップス家の人かしら?」
「……そうだよ。だから関わらない方が身のため。僕は今、フィリップス家と敵対してる。彼らに命を狙われてるから、僕の保護なんてしない方が良い」
どうして僕は見ず知らずの女の人に馬乗りになられているんだろう、と考えながらジルが答えたが、カトリナは指を振って否定する。
「つまりあなたはジルねェ。いいえ、ジル。あなたはここにいる方がいいわァ。フィリップス家は王族や高位の貴族からの仕事をメインとしているでしょう? つまりこの国に喧嘩を売るような真似はしないと言うことよ。そんな彼らが、オーヴェルニュ侯爵家に手を出すかしら。私は出さないと思うわ」
「……まあ、そうだけど」
ジルは父親の暗殺業についてそれなりに知っている。彼女の言う通り、例えジルを匿ったとしても、フィリップス家がオーヴェルニュ侯爵家に手出しすることはまずないだろう。手を出すとしたら、ジルだけを狙うはずだ。
「うーん、それも面白くないわねェ。あなたが殺されちゃったらつまらないわ。……そうだ、あなた、私のお付きの騎士になって。私のお気に入りになれば、あなたを狙うこともなくなるんじゃなァい?」
「……ねえ、どうして今日会ったばかりの僕のためにそこまでするの。不思議でしょうがないんだけど」
「はじめに言ったじゃない。一目見て欲しいと思ったからよォ。私ね、こう見えて気に入ったものは長く大事にするタイプなの。あなたのことも大切にするわァ」
「だから僕は猫でもドレスでもないってば」
ふいと顔をそむける彼に、カトリナは小さくため息を吐く。
「でも今のあなた、無表情で、無感情で、心がないように見えるわァ。それは物と同じよ」
「……」
「でもね、お母様がよくこう言うの。ひとつの物をずっと大切にしていたら、それにも魂が宿るんだって。あなたも私と一緒にいたら、きっと心が宿るわァ」
「宿らない。僕はそういうのを全部捨てた。もう戻らない」
「そうかしら。それはやってみないと分からないわァ。そもそもあなた、目的もなく家出をしたんでしょう? つまり暇よね?」
「暇……とかそういうのじゃないけど……」
「だったら暇つぶしに私の相手をしてちょうだい? 私といたら、きっと楽しいし、もっと強くなれるわァ」
「強く……」
「ええ。あなたには、私の話し相手とか、身の回りのお世話とか、あとは手合わせの相手もお願いしたいの。今のあなたじゃ私に太刀打ちできないでしょうから、騎士としての訓練も受けさせるわァ。あっという間に強くなるわよ」
それは願ってもないことだった。今の彼では、父親にも兄にも敵わない。今より強くなれば、もしかしたら彼らを殺せるかもしれない。
「……本当に強くなれるの?」
「ええ。保証するわ。あなたはもっと強くなる」
「じゃあ、そうする」
「良かった! でもまずは怪我を治さないといけないわねェ。それに、お父様にもジルを紹介しないと……」
「え、侯爵に許可もなく僕を家に入れたの?」
「ええ。お父様が帰って来るのは夜なんだもの。でも大丈夫よォ。お母様は良いって言ってくれたし、お姉さまたちも賛成してくれたわァ」
「どうして良いって言ったんだ……」
「そうだ、サンプソンにもお手紙を書かなきゃいけないわねェ」
「サンプソン……バーンスタイン大公の息子?」
「ええ、そうよォ。婚約者なの」
「そうなんだ。さすがオーヴェルニュ侯爵令嬢」
「どうもありがとう。ジルがお付きの騎士になるって一応言っておかないと。彼、やきもちやきだから」
今もやきもちを妬いてくれるかは分からないけど、という言葉をカトリナはグッと飲み込み笑みを浮かべた。
「いいの? やきもちやきの婚約者がいるのに男の上に馬乗りになって」
「そうねェ。そろそろ離れたほうがいいかもしれないわ。いい? 逃げないでねェ」
「逃げないよ。逃げるところなんてないし」
こうして、ジルはオーヴェルニュ侯爵令嬢のカトリナと共に過ごすことになった。
カトリナのお付きの騎士になったことで、彼女の思惑通り、フィリップス家はジルの居場所を掴んでも手を出しには来なかった。時たまマルムが嫌味を吐きに彼の元に現れることはあったものの、ジルは平穏な日々を過ごすことになる。
オーヴェルニュ家で生活を始めて数か月が経った頃、庭で姉妹と戯れているカトリナを部屋から眺めていたジルは、微かに頬を緩ませた。
(僕だって物を大事にするタイプなんだ。人生ではじめてもらった贈り物、命を懸けて大切にするよ)
◇◇◇
「ふふ。実は私、腕にはちょっと自信があるのォ。……それよりマルムって?」
「兄の名前。君、ただ者じゃないでしょ。なんなの一体」
ジルの質問に答えず、カトリナは「お兄さん……」と呟いた。そして唇を指でトントンと叩き、考え込む仕草をする。
「マルム……マルムなんて珍しい名前、そんなにいないと思うんだけどォ……。もしかしてあなた、フィリップス家の人かしら?」
「……そうだよ。だから関わらない方が身のため。僕は今、フィリップス家と敵対してる。彼らに命を狙われてるから、僕の保護なんてしない方が良い」
どうして僕は見ず知らずの女の人に馬乗りになられているんだろう、と考えながらジルが答えたが、カトリナは指を振って否定する。
「つまりあなたはジルねェ。いいえ、ジル。あなたはここにいる方がいいわァ。フィリップス家は王族や高位の貴族からの仕事をメインとしているでしょう? つまりこの国に喧嘩を売るような真似はしないと言うことよ。そんな彼らが、オーヴェルニュ侯爵家に手を出すかしら。私は出さないと思うわ」
「……まあ、そうだけど」
ジルは父親の暗殺業についてそれなりに知っている。彼女の言う通り、例えジルを匿ったとしても、フィリップス家がオーヴェルニュ侯爵家に手出しすることはまずないだろう。手を出すとしたら、ジルだけを狙うはずだ。
「うーん、それも面白くないわねェ。あなたが殺されちゃったらつまらないわ。……そうだ、あなた、私のお付きの騎士になって。私のお気に入りになれば、あなたを狙うこともなくなるんじゃなァい?」
「……ねえ、どうして今日会ったばかりの僕のためにそこまでするの。不思議でしょうがないんだけど」
「はじめに言ったじゃない。一目見て欲しいと思ったからよォ。私ね、こう見えて気に入ったものは長く大事にするタイプなの。あなたのことも大切にするわァ」
「だから僕は猫でもドレスでもないってば」
ふいと顔をそむける彼に、カトリナは小さくため息を吐く。
「でも今のあなた、無表情で、無感情で、心がないように見えるわァ。それは物と同じよ」
「……」
「でもね、お母様がよくこう言うの。ひとつの物をずっと大切にしていたら、それにも魂が宿るんだって。あなたも私と一緒にいたら、きっと心が宿るわァ」
「宿らない。僕はそういうのを全部捨てた。もう戻らない」
「そうかしら。それはやってみないと分からないわァ。そもそもあなた、目的もなく家出をしたんでしょう? つまり暇よね?」
「暇……とかそういうのじゃないけど……」
「だったら暇つぶしに私の相手をしてちょうだい? 私といたら、きっと楽しいし、もっと強くなれるわァ」
「強く……」
「ええ。あなたには、私の話し相手とか、身の回りのお世話とか、あとは手合わせの相手もお願いしたいの。今のあなたじゃ私に太刀打ちできないでしょうから、騎士としての訓練も受けさせるわァ。あっという間に強くなるわよ」
それは願ってもないことだった。今の彼では、父親にも兄にも敵わない。今より強くなれば、もしかしたら彼らを殺せるかもしれない。
「……本当に強くなれるの?」
「ええ。保証するわ。あなたはもっと強くなる」
「じゃあ、そうする」
「良かった! でもまずは怪我を治さないといけないわねェ。それに、お父様にもジルを紹介しないと……」
「え、侯爵に許可もなく僕を家に入れたの?」
「ええ。お父様が帰って来るのは夜なんだもの。でも大丈夫よォ。お母様は良いって言ってくれたし、お姉さまたちも賛成してくれたわァ」
「どうして良いって言ったんだ……」
「そうだ、サンプソンにもお手紙を書かなきゃいけないわねェ」
「サンプソン……バーンスタイン大公の息子?」
「ええ、そうよォ。婚約者なの」
「そうなんだ。さすがオーヴェルニュ侯爵令嬢」
「どうもありがとう。ジルがお付きの騎士になるって一応言っておかないと。彼、やきもちやきだから」
今もやきもちを妬いてくれるかは分からないけど、という言葉をカトリナはグッと飲み込み笑みを浮かべた。
「いいの? やきもちやきの婚約者がいるのに男の上に馬乗りになって」
「そうねェ。そろそろ離れたほうがいいかもしれないわ。いい? 逃げないでねェ」
「逃げないよ。逃げるところなんてないし」
こうして、ジルはオーヴェルニュ侯爵令嬢のカトリナと共に過ごすことになった。
カトリナのお付きの騎士になったことで、彼女の思惑通り、フィリップス家はジルの居場所を掴んでも手を出しには来なかった。時たまマルムが嫌味を吐きに彼の元に現れることはあったものの、ジルは平穏な日々を過ごすことになる。
オーヴェルニュ家で生活を始めて数か月が経った頃、庭で姉妹と戯れているカトリナを部屋から眺めていたジルは、微かに頬を緩ませた。
(僕だって物を大事にするタイプなんだ。人生ではじめてもらった贈り物、命を懸けて大切にするよ)
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