612 / 718
北部編:決断
追憶
しおりを挟む
話し合いが終わり、アーサーとモニカは寝室のベッドに倒れこんだ。
モニカは兄に何と声をかけていいのか分からず、布団に顔をうずめて黙り込んでいる。考えなければいけないことと、考えたくないことが多すぎる。
もうこのまま眠ってしまいたいと目を瞑った時、アーサーのくぐもった声が聞こえた。
「キヨハルさんは、このことを言ってたんだ」
「え?」
突然異国のあやかしの名が出たので、モニカは意味が分からず首を傾げることしかできなかった。
アーサーはのろのろと顔をモニカに向け、彼女と目を合わさないままボソボソと話す。
「モニカ、覚えてる? ジッピンから帰るときに、キヨハルさんが言ってたこと」
「なんとなく……?」
「あのね、キヨハルさん、こう言ってたんだーー」
アーサーは目を瞑り、目に刻まれた記憶を遡った。
◇◇◇
《アーサー、モニカ。バンスティンを変えたいかい?》
《…変えたい》
《デモ ワタシタチニ ソンナコトデキナイ…》
《当然ふたりでなんてできるはずがない。それに君たちだけでは到底できないよ。なぜなら君たちは綺麗なことしかしないから》
《綺麗なこと…?》
《君たちは優しくて、純粋で、綺麗だ。人に恨まれるようなことはしないだろう。でもそれだけでは、あそこまで腐敗した国は良くならないよ。いびつに育ったモノは綺麗に磨くだけでは良くならない。一度壊してしまわないと》
《キヨハルノ イッテルコト ムズカシクテ ヨク ワカラナイ…》
《いつか分かるときがくる。ただ、ひとつだけ覚えておきなさい》
《……》
《自ら手を汚し、人に恨まれてでも国を変えようとしている子たちがいることを》
《……》
《君たちはその子たちを守らなければならない。そのためには君たちができることをしなさい。今までのように、君たちの優しさでヒトを助け、たくさんのヒトに愛されなさい。来るべき日にたくさんのヒトが君たちの味方になってくれるように》
《キヨハルさん…》
《私は…私たちはアーサーとモニカを見守っているよ。たとえ離れていてもずっと、君たちを支えよう。そう、彼のように》
《?》
キヨハルはそう呟き、指でモニカの胸元に触れた。その指は何かを伝うかのように空を滑り、キヨハルは遠い海の向こうを見た。
《辛い目に遭ったモノより、傍で見ているモノの方が辛いこともある。己の無力さを呪い、全てを失ってでも守りたいと思う。そのモノを守ることができるなら、何を壊してもいい。例えそれが、そのモノにとって一番大切なモノだったとしても。秩序、国、自分自身、…最も親しい友人であってもね》
《……》
《薄雪はそれでも私を赦してくれた。すべてを奪った私を、それでも大切なモノとして思ってくれている。君たちはどうだろう。…バンスティンの行く末を、私はここで見守っているよ》
《キヨハルさん、あの…僕、なんのことかさっぱり…》
《分かる日が来る。そう遠くないうちに、ねーー》
◇◇◇
「……キヨハルさんには、この未来がみえてたんだね。こうなることも、ヴィクスがしてることも、なにもかも。……そうなんでしょ、アサギリ」
それまで沈黙していたワキザシが、ため息交じりに答える。
《~~……、ああ、そうだよ……》
「キヨハルさんは、こうも言ってた。〝そうして身内の悪行から目を背けるのかい?〟〝民と共に暮らし、民の苦しみをその目で見てきた王族の者こそ、今の腐った王族を変えられるのではないかと私は思うのだが〟って」
《……ああ》
「僕が、統治者になりたくないって駄々をこねるのも分かってたんだね」
《そうだ。ヒトのことなんて、あの大あやかし様にはお見通しなんだよ》
「……僕たちは綺麗なことしかしてこなかった。汚い仕事は全部、他の人がやってくれたなんて。……大好きな人たちにさせちゃってたなんて……」
「わたしも……わたしもよ、アーサー。わたしだって気付いていなかったわ。……裏S級冒険者に言われるまでは」
「モニカ……」
縋るような目で見つめる兄を、モニカはぎゅっと抱きしめた。グスグスと泣きだしたアーサーの頭を撫でてやると、彼は押さえきれない本音を吐露する。
「ヴィクス……僕のせいで……っ。うぅぅ~……っ。僕のせいで、今までこんな……こんなひどいことをさせて……っ」
「……」
「僕のことなんて……気にしなくていいのに……っ。ただナイフで刺しただけじゃないか……たったそれだけで……こんなことをするまで傷ついていたなんて……っ!」
《……お前はそれを知っても、まだ〝ポントワーブでモニカと二人でまったり過ごしたい〟のか?》
アサギリの問いかけに、アーサーは押さえられない嗚咽を漏らした。
「っ……過ごしたいよ……っ!! だってあんなにしあわせだったんだ……! はじめてふるさとができたんだ。ポントワーブのあの家が、僕の全てなんだよ……っ! あの楽しかった毎日に戻りたい……っ!! 戻りたい……!!」
「アーサー」
泣き喚くアーサーの両頬を、モニカはそっと手で包んだ。ボロボロと泣いているアーサーとは対照的に、モニカは静かに涙を流し、微笑んでいる。
そして、静かな声で言った。
「ヴィクスを助けてあげましょう。ジュリアとウィルクを、守ってあげよう」
「モ、モニカ……」
「……」
「モニカまで、僕に統治者になれって言うの……?」
「いいえ」
「……?」
「わたしが統治者になるわ」
モニカは兄に何と声をかけていいのか分からず、布団に顔をうずめて黙り込んでいる。考えなければいけないことと、考えたくないことが多すぎる。
もうこのまま眠ってしまいたいと目を瞑った時、アーサーのくぐもった声が聞こえた。
「キヨハルさんは、このことを言ってたんだ」
「え?」
突然異国のあやかしの名が出たので、モニカは意味が分からず首を傾げることしかできなかった。
アーサーはのろのろと顔をモニカに向け、彼女と目を合わさないままボソボソと話す。
「モニカ、覚えてる? ジッピンから帰るときに、キヨハルさんが言ってたこと」
「なんとなく……?」
「あのね、キヨハルさん、こう言ってたんだーー」
アーサーは目を瞑り、目に刻まれた記憶を遡った。
◇◇◇
《アーサー、モニカ。バンスティンを変えたいかい?》
《…変えたい》
《デモ ワタシタチニ ソンナコトデキナイ…》
《当然ふたりでなんてできるはずがない。それに君たちだけでは到底できないよ。なぜなら君たちは綺麗なことしかしないから》
《綺麗なこと…?》
《君たちは優しくて、純粋で、綺麗だ。人に恨まれるようなことはしないだろう。でもそれだけでは、あそこまで腐敗した国は良くならないよ。いびつに育ったモノは綺麗に磨くだけでは良くならない。一度壊してしまわないと》
《キヨハルノ イッテルコト ムズカシクテ ヨク ワカラナイ…》
《いつか分かるときがくる。ただ、ひとつだけ覚えておきなさい》
《……》
《自ら手を汚し、人に恨まれてでも国を変えようとしている子たちがいることを》
《……》
《君たちはその子たちを守らなければならない。そのためには君たちができることをしなさい。今までのように、君たちの優しさでヒトを助け、たくさんのヒトに愛されなさい。来るべき日にたくさんのヒトが君たちの味方になってくれるように》
《キヨハルさん…》
《私は…私たちはアーサーとモニカを見守っているよ。たとえ離れていてもずっと、君たちを支えよう。そう、彼のように》
《?》
キヨハルはそう呟き、指でモニカの胸元に触れた。その指は何かを伝うかのように空を滑り、キヨハルは遠い海の向こうを見た。
《辛い目に遭ったモノより、傍で見ているモノの方が辛いこともある。己の無力さを呪い、全てを失ってでも守りたいと思う。そのモノを守ることができるなら、何を壊してもいい。例えそれが、そのモノにとって一番大切なモノだったとしても。秩序、国、自分自身、…最も親しい友人であってもね》
《……》
《薄雪はそれでも私を赦してくれた。すべてを奪った私を、それでも大切なモノとして思ってくれている。君たちはどうだろう。…バンスティンの行く末を、私はここで見守っているよ》
《キヨハルさん、あの…僕、なんのことかさっぱり…》
《分かる日が来る。そう遠くないうちに、ねーー》
◇◇◇
「……キヨハルさんには、この未来がみえてたんだね。こうなることも、ヴィクスがしてることも、なにもかも。……そうなんでしょ、アサギリ」
それまで沈黙していたワキザシが、ため息交じりに答える。
《~~……、ああ、そうだよ……》
「キヨハルさんは、こうも言ってた。〝そうして身内の悪行から目を背けるのかい?〟〝民と共に暮らし、民の苦しみをその目で見てきた王族の者こそ、今の腐った王族を変えられるのではないかと私は思うのだが〟って」
《……ああ》
「僕が、統治者になりたくないって駄々をこねるのも分かってたんだね」
《そうだ。ヒトのことなんて、あの大あやかし様にはお見通しなんだよ》
「……僕たちは綺麗なことしかしてこなかった。汚い仕事は全部、他の人がやってくれたなんて。……大好きな人たちにさせちゃってたなんて……」
「わたしも……わたしもよ、アーサー。わたしだって気付いていなかったわ。……裏S級冒険者に言われるまでは」
「モニカ……」
縋るような目で見つめる兄を、モニカはぎゅっと抱きしめた。グスグスと泣きだしたアーサーの頭を撫でてやると、彼は押さえきれない本音を吐露する。
「ヴィクス……僕のせいで……っ。うぅぅ~……っ。僕のせいで、今までこんな……こんなひどいことをさせて……っ」
「……」
「僕のことなんて……気にしなくていいのに……っ。ただナイフで刺しただけじゃないか……たったそれだけで……こんなことをするまで傷ついていたなんて……っ!」
《……お前はそれを知っても、まだ〝ポントワーブでモニカと二人でまったり過ごしたい〟のか?》
アサギリの問いかけに、アーサーは押さえられない嗚咽を漏らした。
「っ……過ごしたいよ……っ!! だってあんなにしあわせだったんだ……! はじめてふるさとができたんだ。ポントワーブのあの家が、僕の全てなんだよ……っ! あの楽しかった毎日に戻りたい……っ!! 戻りたい……!!」
「アーサー」
泣き喚くアーサーの両頬を、モニカはそっと手で包んだ。ボロボロと泣いているアーサーとは対照的に、モニカは静かに涙を流し、微笑んでいる。
そして、静かな声で言った。
「ヴィクスを助けてあげましょう。ジュリアとウィルクを、守ってあげよう」
「モ、モニカ……」
「……」
「モニカまで、僕に統治者になれって言うの……?」
「いいえ」
「……?」
「わたしが統治者になるわ」
13
あなたにおすすめの小説
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。