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決戦編:バンスティンダンジョン

扉の仕掛け

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バンスティンダンジョンの入り口である、かつて金飾で美しく彩られていたのであろう色褪せた両開き扉は、固く閉ざされていた。カミーユが押しても引いてもビクともしない。

「ま、当然だわな。簡単に開いたら魔物が外に出ちまう。……おい、ジル、マデリア、ちょっと来い」

呼ばれた二人が無言でカミーユの隣に立った。

「仕掛け?」

ジルが尋ねたときには、もうカミーユは葉巻に火を付けて一服する気満々だ。

「ああ。そういうめんどくせえのはお前らの仕事だ。頼んだぞ」

「おー、カミーユ、俺にも一本くれ」

「金貨三枚な」

「なんでだよ! 高すぎんだろ!」

扉から離れた場所で葉巻をスパスパ吸い始めたパーティリーダー二人に、ジルとマデリアはジトッとした目を向ける。

「頭使う系になったらすぐ葉巻を吸い始めるんだ、あのゴリラ」

「うちのもそうよ。別に賢くないわけじゃないのに、やる気がないの」

「分かる」

アーサーとモニカが興味深々で見学する中、ジルとマデリアはブツクサと文句を言いながらも、扉の解析を進めていく。

「一見なんの変哲もない扉のように見えるね。こういう時にはたいがい魔法の仕掛けが施されてる」

「その通りよ、ジル。その仕掛けを解く前に、まずは結界魔法を破壊しないとね」

マデリアが杖を大きく振った瞬間、アーサーの力が抜けて地面にへたりこんだ。

「……え?」

「アーサー? どうしたの?」

「力が……抜けて……」

モニカが慌てて兄に回復魔法をかける。なにかしらの状態異常に侵されてしまったようだ。
背後が騒がしいことに気付き、マデリアがちらりと視線を送る。

「あら。アーサー、大丈夫?」

「だ……大丈夫だけど……なにが……?」

「結界解除の魔法を発動したの。かなり強めのものだったから、人にも影響が出たみたいね」

「ジルは平気なの……?」

「多少のデバフがかかったね。でもたいしたことない」

マデリアがジルに向かって軽く杖を振り、状態異常を回復する。そして彼女はモニカに目を向け、首を傾げた。

「モニカが平気なのが不思議」

「私は状態異常無効の指輪をつけてるから」

「そう。便利ね、それ」

結界魔法が解けた両開き扉は、先ほどとは全く違うものに変形していた。
木造に見えていたそれは石造りになっており、扉の中央に巨大な球体の水晶がはめ込まれている。水晶の中では赤色のモヤが漂っているように見えた。
そして左扉の左端と右扉の右端に、四角形の黒い石が、縦にそれぞれ五つ埋め込まれていた。一番上の石には、百合の花を象った白色の光が、ネオンのようにじんわり光を放っている。

本来の姿をあらわした扉を見て、ジルとマデリアが「うわー……」と声を揃えて呻く。

「めんどうくさいやつだ」

「体力と魔力を消耗させられるやつだわ」

げんなりしながら、引き続き解析に努める彼らのうしろで、双子は姿を変えた扉に大はしゃぎしている。

「アーサー! 見た? 見たあ!?」

「見たー!! 扉がぐにゅぅってなって、違う扉になったねー!!」

「すごいね! すごいねー!!」

「ねえねえジル! もう結界解けたんでしょ!? まだ入らないのー?」

「まだ入れないよ。というよりここからが本番まであるね」

「え! そうなの!?」

「うん。僕たちは今から、知力と体力と魔力を駆使して、この扉の謎を解かなきゃいけないんだ」

ジルの隣で、すでにくだびれているマデリアも口を開く。

「いわゆる謎解きね。Sランクダンジョンの入り口はだいたい謎解きになってるの。はあ、やになっちゃうわ」

「僕のパーティは謎解きになったら急にポンコツになるから、いつも一人で解いてたんだけど。今日はマデリアがいてくれて助かるよ」

「それは私のセリフよ。助かるわ」

双子の目には、謎解きが楽しそうに映ったらしい。モニカとアーサーは手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねた。

「私たちも解くー!!」

「僕もー!!」

(モニカはさておき、アーサーが協力してくれるのはありがたいな)

ジルはこっそりそう思ったが、口には出さないことにした。

四人並んでしばらく扉を眺める。一分しか経っていないのに、すでにモニカは考えることを放棄して、ぼけっと立っているだけだった。

まず始めに口を開いたのはジルだ。

「この水晶は簡単だね。色に合った魔法を打ちこめばいいだけでしょ」

「そうでしょうね。解くのは簡単だけど、一番魔法使いに負荷がかかるいやらしい仕掛け」

マデリアの言葉に、ジルは「まちがいない」と口角をクイと上げた。

「で、やっかいなのはこの四角い石だ。これがなんなのかさっぱり分からない。マデリア、試しに適当な魔法を打ってみて」

「分かったわ」

マデリアが、一番上の黒石に小さな火魔法を放つ。
すると石に浮かび上がる模様が、百合から薔薇に変わった。

「模様がユリからバラに、光の色が白から赤に変わった。違う魔法を打ってみて」

「じゃあ、雷」

静電気ほどの小さな雷が黒石に放たれると、オレンジ色の光でダリアの模様が浮かび上がった。
基礎魔法を一通り試してみたが、他の魔法では何も反応しない。

「ということは、ユリ、バラ、ダリアの三種類かな」

「そのようね。で、この五つの石に最適な模様を浮かび上がらせればいいのね」

「さて、考えようか」

そしてまた沈黙の時間が続く。すっかり飽きたモニカは、いつの間にか遠く離れたカトリナの膝の上で果物を頬張っていた。

「ユリで真っ先に思い浮かぶのは、王族の象徴である紋章かしら」

「そうだね。そしてバラで連想するのは、オーヴェルニュ家の家紋」

「ありえるわね」

「だったら、ダリアも貴族の家紋から来ているのかな。ダリアはクラーク家の家紋だったはずだけど……」

「クラーク家? どうして伯爵の家紋なのかしら」

「さあ、分からない」

「ねえねえ!」

ボソボソ話し合っていたジルとマデリアに、アーサーが元気よく声をかけた。

「僕、思ったことがあるんだけど、言っていい?」

「いいよ。教えて」

「リリー、ローズ、ダリアって、オヴェルニー学院の寮の名前と同じなんだー!」

アーサーの言葉に、ジルはハッとする。

「確かに」

「だからね、ビオラもあるんじゃないかなって思う!」

「アーサー、あなた賢いわね」

「えへへ~」

アーサーが褒められたのに、なぜかジルまで得意げだ。

「ってことは、もうひとつ花の模様が浮かび上がる魔法があるかもしれないってことだね。試してみる価値はある」

「基礎魔法は全て試したわ。じゃあ、状態異常魔法か回復魔法……もしくはその他の魔法……。選択肢が広すぎるわね」

ため息を吐くマデリアに、アーサーが目をキラキラさせて石を指さす。

「これ、全部花と同じ色の光だよね! もしビオラの模様が浮かび上がるなら、きっと紫だと思う! 紫のイメージの魔法は……」

「「「毒」」」

声が揃ったので、三人はクスクス笑った。そしてマデリアが杖をちょんと石に当てると、ビオラの模様が浮かび上がる。

「お手柄よ、アーサー」

「やったー!」
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