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決戦編:バンスティンダンジョン

神が創りし最高傑作の毒

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 地下一階の魔物を掃討した双子とS級冒険者は、最奥にある地下二階に続く扉の謎解きに取り掛かった。といっても、謎解きを解くのはジルとマデリアの役目なので、他のメンバーは焚火をおこして休憩している。
 ジルは、そんな彼らを恨めしげに睨みつけながらボソッと呟いた。

「全く。毎度のことだけどマデリア以外誰も手伝おうとしない」
「私もジルも疲れてるのにね。そういえばアーサーは? あの子は手伝ってくれると思ってたわ」
「そういえば。アーサー、どこに行ったんだろう」

 同時刻、モニカはリアーナに、楽しみの魔女(リアーナの祖母)特製のエーテルを飲まされていた。

「おら! モニカ飲め! お前のだーいすきなばあちゃんのエーテルだぜぇ!」
「ひぃぃんっ! まずいよぉぉぉ」
「ぎゃはは! しっかり飲んどけよー! あたしとお前が魔力切れなんて起こしでもしたら、近距離のヤツらの仕事が増えちまうんだからな!!」

 リアーナはミントにも、激マズエーテルを差し出す。

「ミントも飲んどけよぉー!」
「わあ! ありがとうリアーナ~。助かるよ~」
「お前が一番魔力の消耗えぐいだろうからな! しっかり飲め! あー、マデリアにも飲ませとかねえと」
「じゃあ私が渡してくる!」

 モニカはそう言って、謎解きをしているマデリアの元まで行った。

「あら、ありがとうモニカ」
「どういたしまして!」
「ところでアーサーはどこかしら。手伝ってもらいたいんだけど」
「あれっ、そう言えば……。探してくる!」

◇◇◇

 地下一階の最奥から三つ前のエリアにアーサーはいた。自分が倒したキングマンティコアの傍で、何やら不気味な笑みをこぼしている。

「えへへ……。やっと二人っきりになれたね……。一口舐めた瞬間から、僕は君のことが忘れられなくなったんだ……。これからは君が僕の一番だよ……。えへへ……」

 慎重な手つきで、アーサーはマンティコアの尾の先端をナイフで切断した。中からどろりとした毒液が噴き出したが、アーサーは器用に一滴もこぼさず瓶に注ぎ込む。その時の彼の表情は、まるで愛しい人の寝顔を眺めているようだった。

「きれいだよ、キングマンティコアくん……。君の毒はちょびっとドス黒すぎるけど、そんなの気にしなくていいよ。それが君の個性だし、僕はそんな君がすき」
「へえ、アウスは毒が好きなんだ」
「うん。だいすきなんだぁ。焼き菓子にかけて食べたいくらいすき」
「そっかあ。僕の毒はドラゴンでも死んじゃうんだけど、飲んでみる?」
「えっ!? いいのぉ!?」

 期待に目を輝かせて顔を上げたアーサーは、頬杖をついてキングマンティコアの上で寝転がっているシルヴェストルと目が合った。彼の姿を見た瞬間、アーサーは「うわぁぁっ!」と悲鳴を上げて尻もちをついた。

「シ、シ、シルヴェッ……」
「こんにちは、アウス。地下一階の掃討完了おめでとう」
「い、いつからそこにっ……」
「君がキングマンティコアの毒を口説き始めた時くらいから」

 ニッコリ笑うシルヴェストル。口をパクパクさせて後ずさることしかできないアーサーに、彼は血が滲む人差し指を差し伸べる。

「さあ、お飲みよ。僕の血は毒そのもの。ヴァラリアでさえ、僕の体に流れるもの以上の毒は作れない。いわば僕の血は、神が創りし最高傑作の毒だよ」
「最高傑作の……毒……」

 誘惑的なキャッチコピーに、アーサーがごくりと唾を飲む。

「安心して。僕は君を殺すつもりはない。君の体質にぴったりの毒濃度にしてあげる。口を開けて」

 言われるがまま、アーサーは口を開ける。

「舌を出して」
「ベ」

 シルヴェストルはアーサーの舌をぺろっと舐め(アーサーの背筋がゾワゾワした)、吟味するように何度か舌打ちする。そして感心したようにアーサーに微笑みかけた。

「アウス、君の毒耐性はすごいね。ほんの少し手加減するだけで大丈夫そうだ。毒の症状が出た方がいいのかな」
「う、うん……! ちょっと死にかけるくらいが理想的……」
「はは、変わってるね。分かった。死にかけるくらいの濃度にするよ。安心して、ちゃんとあとで毒状態は治してあげるから」
「ほんと……?」
「うん。僕は違えないと誓う」
「どうしてそこまで……」
「なぜなら君は、未来の僕の主人だから」

 さあどうぞ、と、シルヴェストルがアーサーの唇に指を近づける。
 欲望に抗えなかったアーサーは、ちろりと舌先で彼の血を舐めた。

「……っ、う、ウゥァッ……! ゴホッ、グアッ……!!」

 一滴舌に載せただけで、舌が焼けただれ、鼻血が噴き出し、嘔吐が止まらなくなった。それだけでなく、目から血の涙が溢れ出る。バジリスクの毒でさえほとんど症状が出なくなったアーサーでさえ、この反応。ある程度の毒耐性しかないモニカなら……いや、下手したらカミーユでさえ即死してしまうかもしれないほどの凶悪な毒だ。

 シルヴェストルは、もだえ苦しむアーサーを抱き上げ、口の中にサラサラとした粉薬を流し込んだ。そしてアーサーの耳の裏に指を当て呪文を唱えると、スゥッと毒状態がおさまった。

 苦しそうに肩で息をするアーサーに、シルヴェストルは「どうだった?」と尋ねた。
 アーサーは顔を手で覆い、プルプル震えながら答える。

「……最高だったぁ……」

 その言葉に、ボッとシルヴェストルの顔が真っ赤になる。もじもじと指を動かし、「う、うそだ」と呟く。

「ヒトにとって僕の血は最高なんかじゃないだろう。毒なんだから」
「ううん。最高だったよ……。今までのどの毒より……モニカの毒より、よかったぁ……。うぅぅ……敵だからこんなこと言いたくないけど……ありがとう……」
「ありがとう……?」

 シルヴェストルは首を傾げ、しげしげとアーサーを見る。

「〝ありがとう〟……。毒を飲ませて、〝ありがとう〟なんて……。ふふ。やっぱり君にはミモレスの魂が宿ってるね。僕に〝ありがとう〟と言ったヒトは、君と、ミモレスだけだよ」
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