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最終編:反乱編:王城

近衛兵

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「ヴィクス!! ストーーーーップ!!」
「!」

 全速力で向かってきたモニカにヴィクスは押し倒された。モニカも勢い余ってヴィクスの上に倒れこむ。ヴィクスが慌てて起き上がろうとしても、モニカにもみくちゃにされて再び床に倒れこんだ。

「お、お姉さまっ! お離しください! これが僕の最期にするべきことなんです!!」
「だめーーー! 親殺しは一生ものの汚名だって誰かが言ってたからダメーーーーー!!」

 モニカが必死に暴れているのを見て、ヴィクスはクスッと笑った。

「お姉さま……。だから僕がするんです。あなたとお兄様の手は汚させません」
「あんたも汚しちゃだめだって言ってんのー!」
「いいえ、お姉さま。僕は今日ここで一生を終えるのですから……今さら汚名なんていくら被っても関係ないんです。それにもう僕の手は真っ黒。これ以上穢れようもないほど穢れておりますので」

 モニカはムゥゥゥッと頬を膨らまし、ヴィクスにアッパーを食らわせた。

「ヴィクスのぉぉぉバカぁぁぁぁっ!!」
「ぐふぅぁぁっ……!」
「ダメだよモニカ! 君のアッパーはえげつないんだから! 手加減しないとヴィクスが死んじゃう!!」

 慌ててアーサーがヴィクスを救出しに行った。

「ヴィクス大丈夫!?」
「だ……大丈夫ですが……」
「でも、あんなことしちゃダメでしょ!? あれじゃあまるで悪者だよ!?」
「……悪者なんです、僕は……」
「ううん、悪者になんてさせない。……ダフ! ヴィクス見張っててくれる? この子なにするか分かんないからさ!」
「は、はい!」

 ダフとシチュリアに半ば拘束されたヴィクスは、部屋の隅に追いやられた。
 アーサーは「あー……びっくりしたぁ……」とため息をつき、再び国王に向き直る。
 国王はそこらへんにあった剣をアーサーに向け、泣き叫んだ。

「貴様ぁぁぁぁっ!! ヴィクスをたぶらかしおって!!」

 アーサーは応えず、国王の耳元で囁いた。

「降伏してください、お父上。お分かりでしょう? あなたにはもう味方なんてものは誰ひとりいないんです。あなたの子どもも、城の者も、全て僕たちについている。潔く負けを認めてください」

 国王はまわりを見回した。息絶えた王妃。冷たい目をしているヴィクス。敵意に満ちた目をしている衛兵たち。
 彼はだらんと腕の力を抜き、項垂れた。

「~~~……わしは、死ぬのか……?」
「……そうですね」
「……ジュリアとウィルクと……ヴィクスの命を差し出すから、わしの命だけは……」

 国王の頬にアーサーの手の平が飛んでくる。アーサーの瞳孔は細くなり、毛が逆立っていた。

「いい加減にしろ!! 僕の大切な弟と妹をなんだと思ってるんだ!!」
「わしは国王だ……誰の命よりも高貴で……大切で……重要な……」
「……話にならない。もういい」

 国王を縄で後ろ手に縛り、城の外まで連れて行こうとしたアーサーをカミーユが呼び止める。

「アーサー……」
「みんなの前で国王を処刑する。それで、戦争は終わるでしょ……?」
「……ああ、そうだな……」

 アウス軍が謁見の間を出ようとしたとき、複数の臣下にまた呼び止められた。

「あ、あの……アウス様……!」
「ん? どうしたの?」
「あの……ヴィクス王子の処遇は……」
「ああ……彼は処刑しないよ」
「「えっ」」

 臣下たちとヴィクスが同時に声を上げた。彼らにアーサーは微かに口角を上げる。

「ヴィクスは殺さない。ジュリアもウィルクも、処刑しない。彼らには田舎町で隠居してもらいたいんだ」
「……」

 アーサーとはそれだけ言って謁見の間を出た。モニカとS級冒険者、シチュリアも彼に続く。

 ダフは立ちすくんでいるヴィクスに優しく声をかけた。

「さあ殿下、行きましょう」
「……どこへ?」
「あなたの私室です。全てが終わるまで、お休みください」
「そんな……僕は……」

 その場を動こうとしないヴィクスの手をダフが握る。

「殿下。全てがあなたの思い通りにいくと思わないでください! あなたはアーサーとモニカには敵わない。大切な人の言うこと、聞いてあげてください」
「……」

 ダフの説得で、やっとヴィクスが歩き出した。

「僕は……死ねないのかな」
「はい。死ねませんね、残念ながら!」

 ダフはそう言ってガハハと笑った。

「それでもいいじゃありませんか! あなたはこれから、仮面なんて被らずに好きに生きていけますよ! 俺は一度殿下と町で買い物をしてみたいです!」

 ヴィクスは魂が抜けたようにおぼつかない足取りだった。まさか本当に生かされるとは思っていなかった。自死しようとしても、きっと見張りにつくであろうダフに止められるのだろう。
 今の彼には、〝生きる〟という選択肢しか与えられていなかった。

「僕が生きていてもいいのかな……」
「良いんです! アーサーとモニカが良いと言っているのですから!」
「いいわけねえだろうがぁぁぁ~!! 死ねぇぇぇぇ!! 悪魔の子どもめぇぇぇぇ!!」
「「「!!」」」

 物陰に隠れていた、恨みを募らせた臣下たちが飛び出した。みなが剣を振り上げている。
 ダフは咄嗟にヴィクスに覆いかぶさった。
 鈍い音が何度もヴィクスの耳に響く。

「ガフッ……」
「ダフ……?」
「で……殿下……ご無事ですか……?」
「ダ……ダフ……? どうなっている……? この生暖かいものはなに……? ダフッ……ダフッ……?」
「なんでもないです……。大丈夫ですから……」

 ヴィクスは震える手を見た。血がベットリとついている。ダフの血だ。

「ダフ……ッ。ダフ……!! どうして僕をかばった!?」
「どうして……? そんなの決まっているじゃありませんか……」

 ダフはそっとヴィクスの両頬を血まみれの両手で包んだ。

「俺は……殿下の近衛兵ですから……。ずっとずっと……」
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