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エピローグ
最終話:五年後:旅
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トロワの夜は星空が綺麗だ。
美術館から少し歩いたところに、まだ建物が立っていない空き地がある。そこでは空を遮るものがないので、星空がもっときれいに見える。
アーサーとモニカはそこがお気に入りだ。その時も空き地で寝転び、夜空を見上げていた。
「この前ね、僕たちが十歳のとき……ポントワーブに来たばかりのときに買ったパンツが、カミーユの家から出てきたんだ。僕が忘れて帰ったのをシャナが大切に持ってくれてたんだって」
「あはは!」
「すごく小さくて、今の僕じゃ入らなかった」
「え? どうして穿こうと思ったの?」
「懐かしさのあまり……」
「アーサーはいつまで経っても変な子ねえ」
ケタケタ笑うモニカにアーサーは唇を尖らせた。しかしすぐにフッと微笑み、夜空に目を向ける。
「ユーリの薬屋には、僕が昔使ってた調合道具が今でも残ってるんだって」
「ふふ。そういうの、ちょっと嬉しいね」
「うん。ポントワーブやトロワ、ルアンにも……僕たちが生きてきた痕跡がちょっとずつ残ってる。たとえ無名の冒険者でも、無名の薬師でも、生きてきた場所にはちゃあんと残ってる」
「それに、私の中にアーサーとの思い出がいっぱい詰まってるよ。きっとカミーユたちの中にも、ヴィクスたちの中にも……今まで出会ってきた人たちの中にたくさん」
アーサーがモニカの手に触れると、モニカはしっかりとその手を握った。
「アーサー。これからもいろんなところに行こうね! 私、冒険者も続けながら、いろんなことに挑戦したいの!」
「僕も! バンスティンを一周して~、そのあとはジッピン以外の異国にも行ってみたい!」
「いいわね! あとね、あとね、私はね――」
大人になっても双子の好奇心は増すばかり。夢を語っているとあっという間に時間が過ぎる。
そんな二人を、夜風に当たりに来たヴィクスが覗き込んだ。
「お兄様、お姉様。こんなところにいたのですね」
「あ、ヴィクス! ヴィクスも寝転がってみて! お星さまがとってもきれいだから」
ヴィクスは二人の真ん中で寝転んだ。双子のそばいいるとヴィクスは心が落ち着くのか少しだけ眠くなる。
彼はしばらく二人のとりとめのない会話を聞き、小さく相槌を打ってはニコニコ笑っていた。
双子がひとしきり話したあと、やっとヴィクスが口を開く。
「お兄様、お姉様。お願いを聞いていただけませんか?」
「うん、いいよ。ヴィクスのお願いならなんでもきいてあげる」
「あはは。お願いを聞く前からそんなこと言うなんて、危ないですよ」
「ヴィクスが僕たちに危ないお願いなんてするわけないからね」
ヴィクスは微笑むだけで、アーサーの言葉を否定しなかった。
彼は起き上がり、瞳にきらきらと星空を映している双子に視線を送る。
ヴィクスは微笑を浮かべているが、どこか儚げだ。
「僕は、あと二年しか生きられません」
アーサーとモニカは眉をひそめた。そのようなこと、この五年間で一度も聞いたことがなかった。しかし冗談というには面白くないし、ヴィクスの表情が悲しすぎる。
信じたくなくて小さく首を横に振る双子に、ヴィクスは応える。
「もう決まっていることなんです」
アーサーとモニカを哀しみの魔女から助けるため、ヴィクスは魔女に寿命を半分差し出した。
その上ダフにも寿命を分け与えた彼には、あとたった二年の命しか残されていなかった。
「全て僕が自ら選び削った命です。自分のしたことに後悔はありません」
ですが、とヴィクスは双子の手を握る。
「心残りができました。お兄様、お姉様。僕がこの世から去ったあと……シチュリアとマリウスをお願いできませんか」
アーサーとモニカは、弟の震えた手を握り返した。
「……うん。僕たちが二人を幸せにするって約束する」
「二人にいっぱい笑ってもらえるように、私たち頑張るね」
「よかった……。ありがとうございます」
それから、ヴィクスもアーサーもモニカも、しんみりと星空を眺めた。
こんな日に限って流れ星が多い。いつもなら嬉しいのに、この日はひどく悲しかった。
ふとヴィクスがひとりでに呟く。
「僕はわがままな人間ですね」
「そうかなあ」
「あれほど死にたいと思っていたのに、今では死にたくないと思ってしまいます」
「……」
ヴィクスはそっと夜空に手を伸ばし、星空を掴もうとか弱く握る。
「もっとあなたたちと過ごす時間が欲しい。シチュリアに恩返しがしたい。ジュリアとウィルクを、今までの分も可愛がりたい。ダフと……もっと遊びたい」
ヴィクスの声が震えている。アーサーとモニカに抱きしめられた彼は、涙と鼻水をぼとぼと流しながら声を絞り出した。
「……モリウスが大人になるところを……この目で見届けたかった……っ!」
アーサーとモニカも共に泣いた。
今までたくさん辛い想いをしてきたヴィクス。
双子は、彼の〝死にたい〟という願いを無理やり捨てさせた。
それでも踏ん張って生きてくれたヴィクスが、やっと生きたいと思えるようになったのに。
彼は、今度は〝生きたい〟という願いを捨てなければならないのだろうか。
そんなのあんまりだ。
アーサーとモニカは勢いよく起き上がった。
「僕たちも二年間トロワで暮らそうかとも思ったけど」
「そんな暇はなさそうね!」
双子の不思議な会話にヴィクスが首を傾げる。
「急にどうされましたか?」
モニカとアーサーはイシシと笑う。
「えへへー!」
「さっきちょうどね、異国に行きたいねって話をしてたんだ」
「異国に、もしかしたらヴィクスの寿命を延ばす方法があるかもしれない!」
「だから僕たち、探してくるよ!」
「絶対に見つけてくるから、それまで待っててね、ヴィクス!」
ポカンと口を開けるヴィクスに、アーサーとモニカは片目を瞑って謝った。
「だからごめん、さっきのお願いは聞けないなあ」
「ヴィクスが生きて、自分の手でちゃあんと二人を幸せにしなさい!」
思い立ったが吉日。
アーサーとモニカは夜中にもかかわらず、アイテムボックスを腰に下げて、ヴィクスの命をつなぎとめるための旅に出た。
捨てられた双子は、これからもずっと、誰かを救うために旅をする。
【捨てられた双子のセカンドライフ end】
美術館から少し歩いたところに、まだ建物が立っていない空き地がある。そこでは空を遮るものがないので、星空がもっときれいに見える。
アーサーとモニカはそこがお気に入りだ。その時も空き地で寝転び、夜空を見上げていた。
「この前ね、僕たちが十歳のとき……ポントワーブに来たばかりのときに買ったパンツが、カミーユの家から出てきたんだ。僕が忘れて帰ったのをシャナが大切に持ってくれてたんだって」
「あはは!」
「すごく小さくて、今の僕じゃ入らなかった」
「え? どうして穿こうと思ったの?」
「懐かしさのあまり……」
「アーサーはいつまで経っても変な子ねえ」
ケタケタ笑うモニカにアーサーは唇を尖らせた。しかしすぐにフッと微笑み、夜空に目を向ける。
「ユーリの薬屋には、僕が昔使ってた調合道具が今でも残ってるんだって」
「ふふ。そういうの、ちょっと嬉しいね」
「うん。ポントワーブやトロワ、ルアンにも……僕たちが生きてきた痕跡がちょっとずつ残ってる。たとえ無名の冒険者でも、無名の薬師でも、生きてきた場所にはちゃあんと残ってる」
「それに、私の中にアーサーとの思い出がいっぱい詰まってるよ。きっとカミーユたちの中にも、ヴィクスたちの中にも……今まで出会ってきた人たちの中にたくさん」
アーサーがモニカの手に触れると、モニカはしっかりとその手を握った。
「アーサー。これからもいろんなところに行こうね! 私、冒険者も続けながら、いろんなことに挑戦したいの!」
「僕も! バンスティンを一周して~、そのあとはジッピン以外の異国にも行ってみたい!」
「いいわね! あとね、あとね、私はね――」
大人になっても双子の好奇心は増すばかり。夢を語っているとあっという間に時間が過ぎる。
そんな二人を、夜風に当たりに来たヴィクスが覗き込んだ。
「お兄様、お姉様。こんなところにいたのですね」
「あ、ヴィクス! ヴィクスも寝転がってみて! お星さまがとってもきれいだから」
ヴィクスは二人の真ん中で寝転んだ。双子のそばいいるとヴィクスは心が落ち着くのか少しだけ眠くなる。
彼はしばらく二人のとりとめのない会話を聞き、小さく相槌を打ってはニコニコ笑っていた。
双子がひとしきり話したあと、やっとヴィクスが口を開く。
「お兄様、お姉様。お願いを聞いていただけませんか?」
「うん、いいよ。ヴィクスのお願いならなんでもきいてあげる」
「あはは。お願いを聞く前からそんなこと言うなんて、危ないですよ」
「ヴィクスが僕たちに危ないお願いなんてするわけないからね」
ヴィクスは微笑むだけで、アーサーの言葉を否定しなかった。
彼は起き上がり、瞳にきらきらと星空を映している双子に視線を送る。
ヴィクスは微笑を浮かべているが、どこか儚げだ。
「僕は、あと二年しか生きられません」
アーサーとモニカは眉をひそめた。そのようなこと、この五年間で一度も聞いたことがなかった。しかし冗談というには面白くないし、ヴィクスの表情が悲しすぎる。
信じたくなくて小さく首を横に振る双子に、ヴィクスは応える。
「もう決まっていることなんです」
アーサーとモニカを哀しみの魔女から助けるため、ヴィクスは魔女に寿命を半分差し出した。
その上ダフにも寿命を分け与えた彼には、あとたった二年の命しか残されていなかった。
「全て僕が自ら選び削った命です。自分のしたことに後悔はありません」
ですが、とヴィクスは双子の手を握る。
「心残りができました。お兄様、お姉様。僕がこの世から去ったあと……シチュリアとマリウスをお願いできませんか」
アーサーとモニカは、弟の震えた手を握り返した。
「……うん。僕たちが二人を幸せにするって約束する」
「二人にいっぱい笑ってもらえるように、私たち頑張るね」
「よかった……。ありがとうございます」
それから、ヴィクスもアーサーもモニカも、しんみりと星空を眺めた。
こんな日に限って流れ星が多い。いつもなら嬉しいのに、この日はひどく悲しかった。
ふとヴィクスがひとりでに呟く。
「僕はわがままな人間ですね」
「そうかなあ」
「あれほど死にたいと思っていたのに、今では死にたくないと思ってしまいます」
「……」
ヴィクスはそっと夜空に手を伸ばし、星空を掴もうとか弱く握る。
「もっとあなたたちと過ごす時間が欲しい。シチュリアに恩返しがしたい。ジュリアとウィルクを、今までの分も可愛がりたい。ダフと……もっと遊びたい」
ヴィクスの声が震えている。アーサーとモニカに抱きしめられた彼は、涙と鼻水をぼとぼと流しながら声を絞り出した。
「……モリウスが大人になるところを……この目で見届けたかった……っ!」
アーサーとモニカも共に泣いた。
今までたくさん辛い想いをしてきたヴィクス。
双子は、彼の〝死にたい〟という願いを無理やり捨てさせた。
それでも踏ん張って生きてくれたヴィクスが、やっと生きたいと思えるようになったのに。
彼は、今度は〝生きたい〟という願いを捨てなければならないのだろうか。
そんなのあんまりだ。
アーサーとモニカは勢いよく起き上がった。
「僕たちも二年間トロワで暮らそうかとも思ったけど」
「そんな暇はなさそうね!」
双子の不思議な会話にヴィクスが首を傾げる。
「急にどうされましたか?」
モニカとアーサーはイシシと笑う。
「えへへー!」
「さっきちょうどね、異国に行きたいねって話をしてたんだ」
「異国に、もしかしたらヴィクスの寿命を延ばす方法があるかもしれない!」
「だから僕たち、探してくるよ!」
「絶対に見つけてくるから、それまで待っててね、ヴィクス!」
ポカンと口を開けるヴィクスに、アーサーとモニカは片目を瞑って謝った。
「だからごめん、さっきのお願いは聞けないなあ」
「ヴィクスが生きて、自分の手でちゃあんと二人を幸せにしなさい!」
思い立ったが吉日。
アーサーとモニカは夜中にもかかわらず、アイテムボックスを腰に下げて、ヴィクスの命をつなぎとめるための旅に出た。
捨てられた双子は、これからもずっと、誰かを救うために旅をする。
【捨てられた双子のセカンドライフ end】
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