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第一章
第10話 夢の色
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晩ごはんを食べたあと、私とムミィはスプーン片手に浴槽に向かった。スプーンで寒天ゼリーの表面を叩いてみると、弾力のあるぷるぷるの感触が伝わってくる。
「よかった。固まってる!」
「早速いただきましょう~!」
「あーーーっ! 待ってよ一口目は私からでしょぉ!?」
私はムミィを妨害して、我先にとスプーンを寒天ゼリーに当てた。むちっとした抵抗のあと、諦めたかのようにスプーンを受け入れる寒天ゼリー。
半透明のオレンジ色が、スプーンの上で揺れる。
「おぉぉぉ……っ! これが……浴槽寒天ゼリー……!」
「真白さん! 僕もいいですか!? いっちゃっていいですか!?」
「許す!!」
ムミィはスプーンに載りきらないほどの寒天ゼリーを掬い、電球の光を当てる。
「これが真白さんの一つ目の夢の色……。美しいです……」
ムミィの言ったことは大袈裟だけど、私もこの寒天ゼリーの色はすごく綺麗だと思った。
味は、まあ、普通の寒天ゼリーだったけど。
ちまちまと二人で寒天ゼリーを頬張っているとき、ムミィが私に尋ねた。
「どうですか、真白さん。夢を一つ叶えた気持ちは」
私は応える代わりに、スプーンで寒天ゼリーをぺちぺち叩いた。
子どものときに見ていた、何の意味もないくだらない夢。大人だったら、やろうと思えば誰だってできること。そもそもこんな夢、普通大人はやろうなんて思わない。
それなのにどうしてだろう。たったこれだけのことで、私の心に空いた小さな溝が、満たされたような気持ちになった。子どもの頃に失くした物を、見つけたような感覚。
「私の一つ目の夢の色は、オレンジ色だったのかあ」
「はい! 最終的には七色の夢を集めて、最上の不幸を呼び寄せましょうね、真白さん!」
「……」
なんというか、ムミィは水を差すのが天才的に上手いなぁ。
お腹いっぱいになるまで食べたあと、私は余った寒天ゼリーをタッパー三つ分だけ冷蔵庫に入れた。残りはムミィが引き取ってくれるそうなんだけど……。
「ねえムミィ。こんなの、何に使うの?」
「僕が経営しているパブのデザートとして出そうかと!」
情報量が多くて、私はすぐに反応できなかった。
「……はっ!? あんた、パブ経営してるの!?」
「はい! 少名毘古那の温泉のように、ウツシヨの片隅で気まぐれに店を開いています!」
「そこでこの浴槽寒天ゼリーをデザートに出すぅ!?」
「良いアイディアだと思いませんか? お客さんもきっと喜びます!」
いやいやいや。誰が、他人が使っている浴槽で作られた大味の寒天ゼリーを食べて喜ぶの? そんなので喜ぶ人は変態でしかないでしょう。それはそれで私が嫌だ。
声を荒げて抗議する私に、ムミィはチッチッチと指を揺らした。
「真白さん。僕の店を訪れるお客さんは、ほとんどが神です。神は浴槽で作られたことになんて何も感じませんよ」
「それでもさあ……衛生上危なすぎるでしょ……」
「だから相手はヒトじゃなくて神なんですって。潔癖症のヒトと同じ尺度で物を考えないでください。僕たちが見ているのは、そのモノの価値そのものです」
ムミィはそう言って、寒天ゼリーを一掬いした。
「この寒天ゼリーは、真白さんの夢そのもの。それも純粋で楽しい夢です。そんな夢を口にできるなんて、めったにありません。神は、そういうモノにこそ価値を見出すんです」
ムミィは時たまこういう「良い感じのこと」を言う。その時はいつだって柔らかくて優しい表情を浮かべるんだけど、この時は、すぐにニィッといやらしい笑みに表情を変えた。
「つまりこれを出せば儲かるんですよ。分かります?」
「……あんた、もしかしてそのために……」
「いえいえ!? 儲かるから真白さんに寒天ゼリーを作らせたなんて、決してそんなことはありませんよぉ!? あはっ、あはは~っ」
そんな下手な作り笑いで、冷や汗をドバドバ流しながら否定されたって、説得力の欠片もない。
上手いこと使われたんだから、私だって悪徳商人になってやる。
私はムミィの胸ぐらを掴み、指でお金のマークを作った。
「それで? 私の取り分はいかほどで?」
「そうですねえ~。かなり良いモノをひとつでどうです?」
ムミィが提示してくる条件なんて、向こうが有利に決まっている。
「ダメ。寒天ゼリーで得た収入の八割よ」
「えぇっ!? それはさすがにボッタクリすぎではぁ!?」
「じゃあ七割」
「頑張っても五割です!」
私はムミィから手を離し、立ち上がった。
「じゃあ浴槽寒天ゼリーは卸さなーい」
「なぁっ……!」
「もったいないけど残りは捨てるわね~」
「ぐぅっ……」
頬を膨らませて目で訴えているムミィを無視して、私は浴室に向かった。
すると、ムミィが大声で叫んだ。
「~~分かりましたよぉ!! じゃあ、六割渡します!! これでどうですかぁ!!」
「乗った! 商談成立ぅ!」
「ぐぅぅ……っ! ヒトに主導権を握られたのなんて初めてだぁぁっ……。くっそぉぉ……っ」
よほど悔しかったのか、ムミィはその晩布団に潜りこんでしくしく泣いていた。ちょっと良心が痛んだけれど、最終的に妥当な報酬なったと私としては思っているし、なにより今晩も当然のようにムミィがベッドを占領しているんだから、これくらいやっても良いでしょ。
「よかった。固まってる!」
「早速いただきましょう~!」
「あーーーっ! 待ってよ一口目は私からでしょぉ!?」
私はムミィを妨害して、我先にとスプーンを寒天ゼリーに当てた。むちっとした抵抗のあと、諦めたかのようにスプーンを受け入れる寒天ゼリー。
半透明のオレンジ色が、スプーンの上で揺れる。
「おぉぉぉ……っ! これが……浴槽寒天ゼリー……!」
「真白さん! 僕もいいですか!? いっちゃっていいですか!?」
「許す!!」
ムミィはスプーンに載りきらないほどの寒天ゼリーを掬い、電球の光を当てる。
「これが真白さんの一つ目の夢の色……。美しいです……」
ムミィの言ったことは大袈裟だけど、私もこの寒天ゼリーの色はすごく綺麗だと思った。
味は、まあ、普通の寒天ゼリーだったけど。
ちまちまと二人で寒天ゼリーを頬張っているとき、ムミィが私に尋ねた。
「どうですか、真白さん。夢を一つ叶えた気持ちは」
私は応える代わりに、スプーンで寒天ゼリーをぺちぺち叩いた。
子どものときに見ていた、何の意味もないくだらない夢。大人だったら、やろうと思えば誰だってできること。そもそもこんな夢、普通大人はやろうなんて思わない。
それなのにどうしてだろう。たったこれだけのことで、私の心に空いた小さな溝が、満たされたような気持ちになった。子どもの頃に失くした物を、見つけたような感覚。
「私の一つ目の夢の色は、オレンジ色だったのかあ」
「はい! 最終的には七色の夢を集めて、最上の不幸を呼び寄せましょうね、真白さん!」
「……」
なんというか、ムミィは水を差すのが天才的に上手いなぁ。
お腹いっぱいになるまで食べたあと、私は余った寒天ゼリーをタッパー三つ分だけ冷蔵庫に入れた。残りはムミィが引き取ってくれるそうなんだけど……。
「ねえムミィ。こんなの、何に使うの?」
「僕が経営しているパブのデザートとして出そうかと!」
情報量が多くて、私はすぐに反応できなかった。
「……はっ!? あんた、パブ経営してるの!?」
「はい! 少名毘古那の温泉のように、ウツシヨの片隅で気まぐれに店を開いています!」
「そこでこの浴槽寒天ゼリーをデザートに出すぅ!?」
「良いアイディアだと思いませんか? お客さんもきっと喜びます!」
いやいやいや。誰が、他人が使っている浴槽で作られた大味の寒天ゼリーを食べて喜ぶの? そんなので喜ぶ人は変態でしかないでしょう。それはそれで私が嫌だ。
声を荒げて抗議する私に、ムミィはチッチッチと指を揺らした。
「真白さん。僕の店を訪れるお客さんは、ほとんどが神です。神は浴槽で作られたことになんて何も感じませんよ」
「それでもさあ……衛生上危なすぎるでしょ……」
「だから相手はヒトじゃなくて神なんですって。潔癖症のヒトと同じ尺度で物を考えないでください。僕たちが見ているのは、そのモノの価値そのものです」
ムミィはそう言って、寒天ゼリーを一掬いした。
「この寒天ゼリーは、真白さんの夢そのもの。それも純粋で楽しい夢です。そんな夢を口にできるなんて、めったにありません。神は、そういうモノにこそ価値を見出すんです」
ムミィは時たまこういう「良い感じのこと」を言う。その時はいつだって柔らかくて優しい表情を浮かべるんだけど、この時は、すぐにニィッといやらしい笑みに表情を変えた。
「つまりこれを出せば儲かるんですよ。分かります?」
「……あんた、もしかしてそのために……」
「いえいえ!? 儲かるから真白さんに寒天ゼリーを作らせたなんて、決してそんなことはありませんよぉ!? あはっ、あはは~っ」
そんな下手な作り笑いで、冷や汗をドバドバ流しながら否定されたって、説得力の欠片もない。
上手いこと使われたんだから、私だって悪徳商人になってやる。
私はムミィの胸ぐらを掴み、指でお金のマークを作った。
「それで? 私の取り分はいかほどで?」
「そうですねえ~。かなり良いモノをひとつでどうです?」
ムミィが提示してくる条件なんて、向こうが有利に決まっている。
「ダメ。寒天ゼリーで得た収入の八割よ」
「えぇっ!? それはさすがにボッタクリすぎではぁ!?」
「じゃあ七割」
「頑張っても五割です!」
私はムミィから手を離し、立ち上がった。
「じゃあ浴槽寒天ゼリーは卸さなーい」
「なぁっ……!」
「もったいないけど残りは捨てるわね~」
「ぐぅっ……」
頬を膨らませて目で訴えているムミィを無視して、私は浴室に向かった。
すると、ムミィが大声で叫んだ。
「~~分かりましたよぉ!! じゃあ、六割渡します!! これでどうですかぁ!!」
「乗った! 商談成立ぅ!」
「ぐぅぅ……っ! ヒトに主導権を握られたのなんて初めてだぁぁっ……。くっそぉぉ……っ」
よほど悔しかったのか、ムミィはその晩布団に潜りこんでしくしく泣いていた。ちょっと良心が痛んだけれど、最終的に妥当な報酬なったと私としては思っているし、なにより今晩も当然のようにムミィがベッドを占領しているんだから、これくらいやっても良いでしょ。
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