45 / 49
第四章
第44話 ソファの寝心地
しおりを挟む
涙が零れそうになり、私はハッとして両頬を叩いた。
「泣くな。泣くな。ムミィの思うつぼだけにはなりたくない。どうせこうやってあがいてる私を見ながらケタケタ笑ってるんでしょ、ムカつく。あ、ムカついてきたら悲しくなくなってきた。よし、このままビールでも飲んで記憶を飛ばそう」
私は、鼻息を荒げて玄関の扉を開けた。
すると、誰もいないはずの部屋の中からクラッカーの音が鳴った。
「三十三歳の誕生日おめでとうございます、真白さん!」
続いて聞こえる拍手の音。
満面の笑みで手を叩いているのは、黒スーツを着た見知った少年。
茫然としている私に、少年は声を弾ませて言った。
「ようこそ、後厄!」
私が口をあんぐり開けて、鞄をぽとりと落としても、少年は笑顔を崩さない。
「ささ、ひとまず上がってください! 一年間の後厄ライフプランをお伝えしますので!」
「……いや、え? は? ム……ムミィ?」
指をさされたムミィは、ニパッと笑って手を振った。
「お久しぶりです! 四カ月ぶりですね、真白さん!」
悪びれもせずに笑いかける疫病神を見た瞬間、体中の血管がちぎれたような感覚が襲った。
気付けば私は、本能の赴くままにムミィに殴りかかっていた。
「ムミィてめぇぇぇぇ!!」
「ぶぉばぁあっ!」
私の拳が頬に直撃したムミィは、血を吐き出しながら地面に倒れこんだ。
私は彼を見下ろしながら、コキコキと関節を鳴らす。
「よくもまあのうのうと私のとこに戻って来たわねムミィ~~……?」
「違うんです違うんです!! 僕だって戻るつもりはなかったんです!! もう二度と会わないつもりだったんですよ、僕はぁぁっ!」
「はぁぁ!? それはそれでムカつくんだけどぉぉ!?」
「だって完璧な〝最上の不幸〟を与えられたんですもん~! それなのに、先日、サリーをはじめマル派の神たちから、〝マシロ案件は失敗〟という最終評価がくだされちゃってぇ……!」
ムミィは、腫れた頬をさすりながら涙目で言葉を続ける。
「僕は真白さんを不幸にした際に一つ掟を破ったのではないかと言及されちゃいまして……」
ムミィが破ったと言われた掟は、〝クライアント以外のヒトを不幸にしてはいけない〟というもの。
「真白さんと僕がお別れしたとき、どうやらあなただけでなく僕まで不幸を感じてしまったようでして……。僕は〝ヒト〟ではないので、本来は掟に抵触していないはずなのですが、どうにかして僕の仕事を失敗にさせたいサリーや一部のマル派がそこを指摘して騒ぎ立てまして……」
「わぁ……私のせいだわ、それ……」
「サリーを味方につけるなんて。やりますねえ、真白さんは」
しかも、国中のお偉い神さまたちが、私の料理が恋しいからパブに呼び戻せと、マル派に乗り込んで大騒ぎしたらしい。八幡神が特にご乱心だったとか。
「権力を持つ神々の圧力に負けたマル派は、真白さんの後厄で再び僕を担当につけることに決めました。しかも、もし後厄でも不幸にできなかったら、真白さんを不幸にするまで帰ってくるなってぇ……」
そう言って、ムミィはぶわっと涙を溢れさせ、私にしがみついた。
「そんなの実質戻って来るなと言われているようなものですよぉ~!」
「なんで? 私を不幸にしたらいいだけの話でしょ」
「だって真白さんは、僕がいたら無条件に幸せを感じちゃうじゃないですかあ~!!」
私は顔を真っ赤にして、ムミィに平手打ちをくらわせた。
「ぷあぁっ!」
「な、何言ってんの!? 自惚れすぎでしょあんた!」
「で、でもぉ、さっきまで痛々しいほど不幸だったのに、僕の顔を見るなり頭の中がフローラルの香りになりましたし!」
「人を浮かれポンチみたいな言い方しないでよ!」
ムミィは、ふくれっ面で大暴れしている私をまじまじと見てから顔をほころばせた。
「サリーたちはああ言いますが、やっぱり僕の与えた不幸は最上でしたね!」
「は? 全然だったけど? 不幸になんてなってないし、私。むしろ幸せだったし」
ムミィは恍惚な表情を浮かべ、私を抱きしめる。
「分かってないですねえ、真白さんは」
「な、なによ」
「辛いことと不幸であることは別物です。辛さを抱えているヒトがそれを受け入れず、〝自分は幸せだ〟と思い込もうとすることこそが、とても不幸なことなのです」
「……」
「幸せと不幸は自ら得るものです。でも、辛さは心が自然と抱えてしまうもの。心がすでに得てしまっている辛さを自身で否定してしまったら、心には味方が誰もいなくなってしまう。それじゃあ、癒すことも立ち直ることもできません。むしろ傷は深まるばかりです。そうでしょう?」
私の瞳から零れた涙を、ムミィが指で掬った。
「辛いものは辛い。それでいいんですよ、真白さん。もう無理はしなくていいです。それを受け入れたところで、あなたは不幸になりません。だから僕も、どこにも行きません」
それからの私は、数十年ぶりに、子どものように泣きじゃくった。あまりの大声に、焦ったムミィが布団で私をグルグル巻きにして声を抑え込んだほどだ。
数時間にわたり泣き続けた私は、いつの間にか寝てしまったらしい。ムミィはそんな私をソファに運び、毛布をかけて寝かせた。
そして彼は、優雅にお風呂に入ったあと、ふかふかのベッドと布団で気持ち良くぐっすり眠ったそうだ。
「泣くな。泣くな。ムミィの思うつぼだけにはなりたくない。どうせこうやってあがいてる私を見ながらケタケタ笑ってるんでしょ、ムカつく。あ、ムカついてきたら悲しくなくなってきた。よし、このままビールでも飲んで記憶を飛ばそう」
私は、鼻息を荒げて玄関の扉を開けた。
すると、誰もいないはずの部屋の中からクラッカーの音が鳴った。
「三十三歳の誕生日おめでとうございます、真白さん!」
続いて聞こえる拍手の音。
満面の笑みで手を叩いているのは、黒スーツを着た見知った少年。
茫然としている私に、少年は声を弾ませて言った。
「ようこそ、後厄!」
私が口をあんぐり開けて、鞄をぽとりと落としても、少年は笑顔を崩さない。
「ささ、ひとまず上がってください! 一年間の後厄ライフプランをお伝えしますので!」
「……いや、え? は? ム……ムミィ?」
指をさされたムミィは、ニパッと笑って手を振った。
「お久しぶりです! 四カ月ぶりですね、真白さん!」
悪びれもせずに笑いかける疫病神を見た瞬間、体中の血管がちぎれたような感覚が襲った。
気付けば私は、本能の赴くままにムミィに殴りかかっていた。
「ムミィてめぇぇぇぇ!!」
「ぶぉばぁあっ!」
私の拳が頬に直撃したムミィは、血を吐き出しながら地面に倒れこんだ。
私は彼を見下ろしながら、コキコキと関節を鳴らす。
「よくもまあのうのうと私のとこに戻って来たわねムミィ~~……?」
「違うんです違うんです!! 僕だって戻るつもりはなかったんです!! もう二度と会わないつもりだったんですよ、僕はぁぁっ!」
「はぁぁ!? それはそれでムカつくんだけどぉぉ!?」
「だって完璧な〝最上の不幸〟を与えられたんですもん~! それなのに、先日、サリーをはじめマル派の神たちから、〝マシロ案件は失敗〟という最終評価がくだされちゃってぇ……!」
ムミィは、腫れた頬をさすりながら涙目で言葉を続ける。
「僕は真白さんを不幸にした際に一つ掟を破ったのではないかと言及されちゃいまして……」
ムミィが破ったと言われた掟は、〝クライアント以外のヒトを不幸にしてはいけない〟というもの。
「真白さんと僕がお別れしたとき、どうやらあなただけでなく僕まで不幸を感じてしまったようでして……。僕は〝ヒト〟ではないので、本来は掟に抵触していないはずなのですが、どうにかして僕の仕事を失敗にさせたいサリーや一部のマル派がそこを指摘して騒ぎ立てまして……」
「わぁ……私のせいだわ、それ……」
「サリーを味方につけるなんて。やりますねえ、真白さんは」
しかも、国中のお偉い神さまたちが、私の料理が恋しいからパブに呼び戻せと、マル派に乗り込んで大騒ぎしたらしい。八幡神が特にご乱心だったとか。
「権力を持つ神々の圧力に負けたマル派は、真白さんの後厄で再び僕を担当につけることに決めました。しかも、もし後厄でも不幸にできなかったら、真白さんを不幸にするまで帰ってくるなってぇ……」
そう言って、ムミィはぶわっと涙を溢れさせ、私にしがみついた。
「そんなの実質戻って来るなと言われているようなものですよぉ~!」
「なんで? 私を不幸にしたらいいだけの話でしょ」
「だって真白さんは、僕がいたら無条件に幸せを感じちゃうじゃないですかあ~!!」
私は顔を真っ赤にして、ムミィに平手打ちをくらわせた。
「ぷあぁっ!」
「な、何言ってんの!? 自惚れすぎでしょあんた!」
「で、でもぉ、さっきまで痛々しいほど不幸だったのに、僕の顔を見るなり頭の中がフローラルの香りになりましたし!」
「人を浮かれポンチみたいな言い方しないでよ!」
ムミィは、ふくれっ面で大暴れしている私をまじまじと見てから顔をほころばせた。
「サリーたちはああ言いますが、やっぱり僕の与えた不幸は最上でしたね!」
「は? 全然だったけど? 不幸になんてなってないし、私。むしろ幸せだったし」
ムミィは恍惚な表情を浮かべ、私を抱きしめる。
「分かってないですねえ、真白さんは」
「な、なによ」
「辛いことと不幸であることは別物です。辛さを抱えているヒトがそれを受け入れず、〝自分は幸せだ〟と思い込もうとすることこそが、とても不幸なことなのです」
「……」
「幸せと不幸は自ら得るものです。でも、辛さは心が自然と抱えてしまうもの。心がすでに得てしまっている辛さを自身で否定してしまったら、心には味方が誰もいなくなってしまう。それじゃあ、癒すことも立ち直ることもできません。むしろ傷は深まるばかりです。そうでしょう?」
私の瞳から零れた涙を、ムミィが指で掬った。
「辛いものは辛い。それでいいんですよ、真白さん。もう無理はしなくていいです。それを受け入れたところで、あなたは不幸になりません。だから僕も、どこにも行きません」
それからの私は、数十年ぶりに、子どものように泣きじゃくった。あまりの大声に、焦ったムミィが布団で私をグルグル巻きにして声を抑え込んだほどだ。
数時間にわたり泣き続けた私は、いつの間にか寝てしまったらしい。ムミィはそんな私をソファに運び、毛布をかけて寝かせた。
そして彼は、優雅にお風呂に入ったあと、ふかふかのベッドと布団で気持ち良くぐっすり眠ったそうだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる