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第4章:魔族の子
第34話 無意味な魔法陣
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大きな荷物を抱える朝陽が、デュベたちの寝室の扉を勢いよく開けた。そこには、手足がどす黒く変色した瀕死の子どもたちを静かに見守っているドロリスがいた。
慌ただしく荷物の中身を床にぶちまける朝陽に、ドロリスが声をかける。
「アサヒ……。諦めろ、手遅れだ。この子たちはもう……」
朝陽は大声でドロリスの言葉をかき消した。
「百五十年前に大魔王があらわれたとき、ヒト族の間で疫病が蔓延したそうです。魔術史書に載っていた症状が、まさにこの子たちと同じでしたっ……。百五十年前の魔術師は、それが疫病なんかではなく大魔王の呪いだと気付き、魔術によって呪いを打ち払ったと……!」
魔術史書には、大魔王の呪いを解くための魔法陣やペンタクルなどの図解が詳細に載っていた。
(魔術師たちは……勇者や国王に命を狙われている間も、逃げながらずっと書をしたため続けた。……この魔術を後世に残すために。そうですよね、ソチネさん)
魔術の仕掛けがかけられていた、あの紺色の本。筆跡も、魔法陣も、全て魔術師ソロモンが書いたものだと朝陽には分かった。
彼女には似合わない乱雑な文字でしたためられているページもあった。インクがなくて代わりに血を使ったのか、赤い文字で書かれているところもあった。
彼女は、数百年後のヒト族を守るため、命をかけてあの本を書き記したのだろう。
(これはソチネさんがヒト族のために残したもの。でも……ごめんなさい。僕はあなたの書を、魔族の子を救うために使います……っ)
朝陽は書道道具を広げ、床に墨を落とす。
「この魔法陣とペンタクルで、大魔王の呪いを解くことができるはずなんです!」
いつ見ても彼の字を書いている姿は美しいと、ドロリスは思った。
「アサヒ。ヒト族の魔法陣で魔族を守ることができるのか」
「いいえ。この魔法陣をそのまま使っても、下手したら魔族の血が流れるデュベたちを傷つけてしまう恐れがあります。だから、僕なりに描き換えます。儀式に使う薬草や木も、魔族に縁のあるもので代用するつもりです」
ドロリスは床に落ちていた魔術史書を拾い上げ、開いていたページを流し読む。
そして、汗を流しながら魔法陣を描くヒト族の名を呼んだ。
「アサヒ」
「……ドロリスさん、すみません。僕、今集中してて――」
「この魔法陣は、魔力のステータスを三千以上有する者のみが使えると書かれているが」
「……」
朝陽は一瞬ピクリと反応したが、すぐに筆を動かした。
ドロリスはため息を吐き、本を床に落とす。
「お前の魔力はゼロだ、アサヒ。いくら完璧な魔法陣が描けたとしても、いくら力ある文字が書けたとしても、魔力がなければその魔法陣は発動しない。そんなこと、お前も分かっているんだろう」
朝陽は応えず、魔法陣を描き続けた。
端正に描かれた円の上に、大粒の涙が落ちて滲む。
諦めようとしない朝陽を見て、ドロリスが項垂れる。
「……もうやめてくれ、アサヒ。お前に私の子は救えない。救えないんだよ」
鼻を啜るだけで何も応えようとしない朝陽の肩を、ドロリスが掴む。
「お前が諦めず、こうして意味のない魔法陣を描き、それでもデュベたちが死んだらお前はどう思う。自分のせいだと責めるだろう」
「……離してください。魔法陣が歪んでしまいます」
「いい加減にしろ……! 私はもう子どもの死を受け入れているんだ……。頼む……」
朝陽は顔を上げ、泣き腫らした目でドロリスを見た。
「ドロリスさんは、きっと何度もこういうことを経験してきたんですね」
「……そうだ。私は自分の子を五百以上失っている。ヒト族に殺され、同族に殺され、病に殺され……」
「僕はこんな経験をしたことがないんです。どう頑張っても受け入れられません。諦められません。だから……お願いします。最後まで、あがかせてください。僕はこの子たちに死んでほしくない……」
朝陽は、縋りつくようにドロリスの服を掴み、嗚咽を漏らす。
「この子たちは、この世界で初めての、僕の習字の生徒なんです……。大切な、生徒なんです……」
「……」
ドロリスは無表情で朝陽を見下ろすだけだったが、彼の肩を掴んでいた手をそっと離した。
慌ただしく荷物の中身を床にぶちまける朝陽に、ドロリスが声をかける。
「アサヒ……。諦めろ、手遅れだ。この子たちはもう……」
朝陽は大声でドロリスの言葉をかき消した。
「百五十年前に大魔王があらわれたとき、ヒト族の間で疫病が蔓延したそうです。魔術史書に載っていた症状が、まさにこの子たちと同じでしたっ……。百五十年前の魔術師は、それが疫病なんかではなく大魔王の呪いだと気付き、魔術によって呪いを打ち払ったと……!」
魔術史書には、大魔王の呪いを解くための魔法陣やペンタクルなどの図解が詳細に載っていた。
(魔術師たちは……勇者や国王に命を狙われている間も、逃げながらずっと書をしたため続けた。……この魔術を後世に残すために。そうですよね、ソチネさん)
魔術の仕掛けがかけられていた、あの紺色の本。筆跡も、魔法陣も、全て魔術師ソロモンが書いたものだと朝陽には分かった。
彼女には似合わない乱雑な文字でしたためられているページもあった。インクがなくて代わりに血を使ったのか、赤い文字で書かれているところもあった。
彼女は、数百年後のヒト族を守るため、命をかけてあの本を書き記したのだろう。
(これはソチネさんがヒト族のために残したもの。でも……ごめんなさい。僕はあなたの書を、魔族の子を救うために使います……っ)
朝陽は書道道具を広げ、床に墨を落とす。
「この魔法陣とペンタクルで、大魔王の呪いを解くことができるはずなんです!」
いつ見ても彼の字を書いている姿は美しいと、ドロリスは思った。
「アサヒ。ヒト族の魔法陣で魔族を守ることができるのか」
「いいえ。この魔法陣をそのまま使っても、下手したら魔族の血が流れるデュベたちを傷つけてしまう恐れがあります。だから、僕なりに描き換えます。儀式に使う薬草や木も、魔族に縁のあるもので代用するつもりです」
ドロリスは床に落ちていた魔術史書を拾い上げ、開いていたページを流し読む。
そして、汗を流しながら魔法陣を描くヒト族の名を呼んだ。
「アサヒ」
「……ドロリスさん、すみません。僕、今集中してて――」
「この魔法陣は、魔力のステータスを三千以上有する者のみが使えると書かれているが」
「……」
朝陽は一瞬ピクリと反応したが、すぐに筆を動かした。
ドロリスはため息を吐き、本を床に落とす。
「お前の魔力はゼロだ、アサヒ。いくら完璧な魔法陣が描けたとしても、いくら力ある文字が書けたとしても、魔力がなければその魔法陣は発動しない。そんなこと、お前も分かっているんだろう」
朝陽は応えず、魔法陣を描き続けた。
端正に描かれた円の上に、大粒の涙が落ちて滲む。
諦めようとしない朝陽を見て、ドロリスが項垂れる。
「……もうやめてくれ、アサヒ。お前に私の子は救えない。救えないんだよ」
鼻を啜るだけで何も応えようとしない朝陽の肩を、ドロリスが掴む。
「お前が諦めず、こうして意味のない魔法陣を描き、それでもデュベたちが死んだらお前はどう思う。自分のせいだと責めるだろう」
「……離してください。魔法陣が歪んでしまいます」
「いい加減にしろ……! 私はもう子どもの死を受け入れているんだ……。頼む……」
朝陽は顔を上げ、泣き腫らした目でドロリスを見た。
「ドロリスさんは、きっと何度もこういうことを経験してきたんですね」
「……そうだ。私は自分の子を五百以上失っている。ヒト族に殺され、同族に殺され、病に殺され……」
「僕はこんな経験をしたことがないんです。どう頑張っても受け入れられません。諦められません。だから……お願いします。最後まで、あがかせてください。僕はこの子たちに死んでほしくない……」
朝陽は、縋りつくようにドロリスの服を掴み、嗚咽を漏らす。
「この子たちは、この世界で初めての、僕の習字の生徒なんです……。大切な、生徒なんです……」
「……」
ドロリスは無表情で朝陽を見下ろすだけだったが、彼の肩を掴んでいた手をそっと離した。
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