36 / 63
第4章:魔族の子
第35話 デュベの形見
しおりを挟む
朝陽が魔法陣を描いている時、デュベの悲鳴が聞こえた。
「デュベッ……!」
シーツを掻きむしり、泡を吹いて痙攣するデュベ。ことりと静かになったかと思えば、彼の体が徐々に灰と化していく。
朝陽と目が合ったデュベは、力を振り絞って胸に手を当てた。
「アサ……ヒ……。これ、使え……。これで、ソフランとペトラ……助けてやってくれ……」
デュベの手のひらに載っていたのは、真っ赤な石。
「これ……俺の魔石……。お前にやる……」
デュベの顏にひびが入っていく。痛みに顔を歪ませていた彼は、ぎこちなく歯を見せて笑った。
「ありがとな、アサヒ……。俺、お前のこと、ヒト族だけど大好きだ……。シュージ……楽しか――」
それがデュベの、最期の言葉だった。
デュベが眠っていたベッドには、彼が身につけていた衣服と、柔らかい光を放つ実態のない球体、そして赤い魔石が残されただけだった。
ドロリスは赤い石を手に取った。それに穴を開けて紐を通し、泣き崩れる朝陽の首にそれをかける。
「デュベの魔石だ。使え」
「ドロリスさん……っ。ごめんなさい……! 間に合わなかった……!」
「魔法陣が描けていたとしても、どっちにしろ何も起こらなかった。だから泣くな」
そしてドロリスは朝陽の背中を勢いよく叩く。
「だが今は違う。デュベがお前に魔石――魔力の器を差し出した。デュベの魔力ステータスは千五百ほどだ。だがお前は、文字を通せば魔力を増幅させるスキルを持っている。つまり魔法陣に三千は超える魔力を込められるはずだ。これがどういう意味か分かるか?」
朝陽は目を見開き、魔石に手を添えた。
「今の僕は、魔法陣を発動できる……」
「そうだ。お前が魔法陣を完成させれば、ソフランとペトラが救えるかもしれん。だから、お前には泣いている時間はない。頼む。私の子を助けてくれ」
涙をぬぐい頷いた朝陽は、再び筆を握った。首にかけられたデュベの魔石が微かに熱を帯びている。その熱は朝陽の体を伝い、指先を通し、筆の先にまで伝導する。
ルーン文字を書くと、その文字が赤く光った気がした。
(明らかにさっきまでと違う。これが、魔力が込められた字……)
ソフランとペトラの苦し気に呻く声が聞こえる。
朝陽は急いで、しかし慎重に、一文字の誤りなく魔法陣を描き上げた。
描き終えたときの疲労感がいつもよりもずっと重い。
(魔力を使ってるからだ……。マラソンしたあとくらいしんどい……。でも、休んでる暇なんてない)
魔法陣の外に立てた蝋燭に、魔王が黒い火を灯した。そして完成した魔法陣に呪われた子を寝かせ、彼女たちの額に守護のペンタクルである「月の第四」を、胸に治癒のペンタクルである「火星の第二」を載せる。
朝陽は咳ばらいをして、ほんのり頬を赤く染めながら、香を詰めた松明に黒い火を灯す。
(かっこつけるのは非常に気が乗らないけれども、ソフランとペトラのためならなんだってやるって決めた……。だから、やる……やるぞ……っ)
松明の火でペンタクルを照らす朝陽は、大袈裟な身振りで上級「光」魔法スクロールを広げた。光は黒い火と混ざり合い、子ども二人を包み込む。
「ファウ・ヒズクァ・アン・セブル・アリオルト・マユクス・タスェトスェル!」
朝陽が呪文を唱えた瞬間、ひどい頭痛と脱力感に襲われた。
(魔力と体力をごっそり持っていかれた……。気を抜くと意識を失いそうだ……)
なんとか踏ん張って術を行っていた朝陽に、ドロリスが叫ぶ。
「アサヒ……! お前の手……っ!」
「……?」
朝陽の松明を持っている手に、徐々に呪式が刻まれていく。
(ソチネさんの手に刻まれてた呪式と同じだ……)
指が焼けるように痛む。呪式は皮膚から浸蝕し、血液と共に流れ朝陽の体内を蝕んだ。
本来あるはずのない、大魔王の呪いに抗う術。魔術師ソロモンは、術者の身を削り、呪いを打ち消す方法を編み出した。あまりに術者の負担が大きいため、百五十年前にこの儀式を行ったのは、魔術師ソロモンとその他少数の彼女の弟子のみだったという。
朝陽は少しずつ手足の色が元に戻っていく子どもたちに視線を落とし、口元を緩めた。
(ソチネさんは、百五十年前にこうして村人を救っていたんだな)
儀式が終わった頃には、ソフランもペトラも、穏やかな表情で眠っていた。
「デュベッ……!」
シーツを掻きむしり、泡を吹いて痙攣するデュベ。ことりと静かになったかと思えば、彼の体が徐々に灰と化していく。
朝陽と目が合ったデュベは、力を振り絞って胸に手を当てた。
「アサ……ヒ……。これ、使え……。これで、ソフランとペトラ……助けてやってくれ……」
デュベの手のひらに載っていたのは、真っ赤な石。
「これ……俺の魔石……。お前にやる……」
デュベの顏にひびが入っていく。痛みに顔を歪ませていた彼は、ぎこちなく歯を見せて笑った。
「ありがとな、アサヒ……。俺、お前のこと、ヒト族だけど大好きだ……。シュージ……楽しか――」
それがデュベの、最期の言葉だった。
デュベが眠っていたベッドには、彼が身につけていた衣服と、柔らかい光を放つ実態のない球体、そして赤い魔石が残されただけだった。
ドロリスは赤い石を手に取った。それに穴を開けて紐を通し、泣き崩れる朝陽の首にそれをかける。
「デュベの魔石だ。使え」
「ドロリスさん……っ。ごめんなさい……! 間に合わなかった……!」
「魔法陣が描けていたとしても、どっちにしろ何も起こらなかった。だから泣くな」
そしてドロリスは朝陽の背中を勢いよく叩く。
「だが今は違う。デュベがお前に魔石――魔力の器を差し出した。デュベの魔力ステータスは千五百ほどだ。だがお前は、文字を通せば魔力を増幅させるスキルを持っている。つまり魔法陣に三千は超える魔力を込められるはずだ。これがどういう意味か分かるか?」
朝陽は目を見開き、魔石に手を添えた。
「今の僕は、魔法陣を発動できる……」
「そうだ。お前が魔法陣を完成させれば、ソフランとペトラが救えるかもしれん。だから、お前には泣いている時間はない。頼む。私の子を助けてくれ」
涙をぬぐい頷いた朝陽は、再び筆を握った。首にかけられたデュベの魔石が微かに熱を帯びている。その熱は朝陽の体を伝い、指先を通し、筆の先にまで伝導する。
ルーン文字を書くと、その文字が赤く光った気がした。
(明らかにさっきまでと違う。これが、魔力が込められた字……)
ソフランとペトラの苦し気に呻く声が聞こえる。
朝陽は急いで、しかし慎重に、一文字の誤りなく魔法陣を描き上げた。
描き終えたときの疲労感がいつもよりもずっと重い。
(魔力を使ってるからだ……。マラソンしたあとくらいしんどい……。でも、休んでる暇なんてない)
魔法陣の外に立てた蝋燭に、魔王が黒い火を灯した。そして完成した魔法陣に呪われた子を寝かせ、彼女たちの額に守護のペンタクルである「月の第四」を、胸に治癒のペンタクルである「火星の第二」を載せる。
朝陽は咳ばらいをして、ほんのり頬を赤く染めながら、香を詰めた松明に黒い火を灯す。
(かっこつけるのは非常に気が乗らないけれども、ソフランとペトラのためならなんだってやるって決めた……。だから、やる……やるぞ……っ)
松明の火でペンタクルを照らす朝陽は、大袈裟な身振りで上級「光」魔法スクロールを広げた。光は黒い火と混ざり合い、子ども二人を包み込む。
「ファウ・ヒズクァ・アン・セブル・アリオルト・マユクス・タスェトスェル!」
朝陽が呪文を唱えた瞬間、ひどい頭痛と脱力感に襲われた。
(魔力と体力をごっそり持っていかれた……。気を抜くと意識を失いそうだ……)
なんとか踏ん張って術を行っていた朝陽に、ドロリスが叫ぶ。
「アサヒ……! お前の手……っ!」
「……?」
朝陽の松明を持っている手に、徐々に呪式が刻まれていく。
(ソチネさんの手に刻まれてた呪式と同じだ……)
指が焼けるように痛む。呪式は皮膚から浸蝕し、血液と共に流れ朝陽の体内を蝕んだ。
本来あるはずのない、大魔王の呪いに抗う術。魔術師ソロモンは、術者の身を削り、呪いを打ち消す方法を編み出した。あまりに術者の負担が大きいため、百五十年前にこの儀式を行ったのは、魔術師ソロモンとその他少数の彼女の弟子のみだったという。
朝陽は少しずつ手足の色が元に戻っていく子どもたちに視線を落とし、口元を緩めた。
(ソチネさんは、百五十年前にこうして村人を救っていたんだな)
儀式が終わった頃には、ソフランもペトラも、穏やかな表情で眠っていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
64
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる