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プロローグ
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それはクローゼット。
ふとした好奇心。そんな好奇心でクローゼットを開けた 翠は鉄格子と、その中にいたあるものを見つけた。
「きみ、誰?」
翠は不思議に思いそう尋ねた。今までの十一年間、このマンションで暮らしてきたけれど、ずっと他の誰もこの部屋にはいなかった。自分とパパと家政婦の三人だけ。パパの友人や会社の人でさえもこの家へ訪れたことはない。翠も友人を家へ連れて帰る事は禁止されている為他の誰も招いた事はない。だというのにクローゼットという身近な場所に、しかも動物の類ではない、人間の女の子――それも自分によく似た――がそこにいた。
鉄格子の向こうにいる少女は立ち上がると一歩、翠に近づいた。向かいあうとよくわかった。二人の背丈は寸分違わずおんなじで、服装だって白のブラウスに紺色のスカートという学校の制服。
まるで、そう。双子のようだ。
「 紅。わたしは、紅」
少女は覇気のない顔をしたまま、そう名乗った。
色白で、ひとつひとつの動きが精巧な人形のよう。自分そっくりの人形に対峙してしまったと翠は感じた。このままクローゼットを閉じて無かったことにすべきだ。恐怖がそう囁いてくるものの、溢れ出た好奇心がそうはさせない。紅は薄っすらと笑みを浮かべ、今にも鉄格子の隙間から握手を求めて手を差し出してきそうだ。そして、その手を握り返した途端――鉄格子の内側に、引き込まれるのだろう。以前テレビで見たドキュメンタリー番組、そのシチュエーションを思い出す。クローゼットの奥の友達。
「紅ちゃん?」
「うん、そう。ちゃんはいらないよ。翠」
「どうしてぼくの名前を知っているの?」
「さぁ、どうしてだろう……ねえ、そんな事より、わたしとお友達にならない?」
突如としてクローゼットの中に現れた少女。今までクローゼットを開けてこなかっただけで、もしかするとずっとすぐそばにこの少女は存在していたのかもしれない。そう考えるとぞっとした。今の今まで、十一年間ずっとこのクローゼットに自分とは違う誰かが、存在すら感じさせずそこにいたのだ。
なぜここにいるのか、この鉄格子は何なのか、パパはあなたを知っているのか、ぼくたちはどうしてこんなにもよく似ているのか……。
聞きたいことは山のようにあった。でも、それを聞くには紅と名乗るこの少女の提案に乗る必要がある。その事に気が付いた翠は「うん。お友達になろう」と返事をする。
「嬉しい。ありがとう」
「えっと、紅ちゃ……紅はどうしてここにいるの?」
翠がそう問いかけると紅はすっと表情を消して首を捻った。
「さぁ」
「『さぁ』?」
「それを話せるほどまだわたしたちは仲良くないから」
それを言われてしまうと翠は何も言えなかった。自分だって、仲の浅いクラスメイトにあれこれ聞かれたら答えはしないだろう。だからといってあからさまに拒絶しなくても、と翠は思ったがこの状況下においては疑問が多すぎるのだ。
何かひとつくらい、話してもらわないと割に合わない。
「じゃあ何なら話してくれる?」
「うーん、それなら、大切なことを一つ言うからよく聞いて」
「大切なこと?」
「うん。わたしのこと、絶対パパには話さないで」
「パパは紅のこと知らないの?」
「知ってる。でもあの人は、わたしの事を翠に知られたくない」
「なんで?」
「さぁ。今日はまたね。扉、閉めておいて」
そう言い残して紅はクローゼットの奥へと消えて行く。本人に立ち去られては翠は何も言えず、紅に言われたようにクローゼットの扉を閉める他なかった。
パパには、言わない。
たったそれだけの事。新しくできたお友達と仲良くするにはそれだけを守れば良い。その約束を守れば良い。
クローゼットにいる、自分によく似たお友達。ひっそりと、宝物のように自分だけの秘密にしよう。次にクローゼットの扉を開けた時はどんな話をしよう。そう考え始めると心が熱くなって堪らない。
こうしてこの日からクローゼットに住まう紅との生活が始まったのだ。
ふとした好奇心。そんな好奇心でクローゼットを開けた 翠は鉄格子と、その中にいたあるものを見つけた。
「きみ、誰?」
翠は不思議に思いそう尋ねた。今までの十一年間、このマンションで暮らしてきたけれど、ずっと他の誰もこの部屋にはいなかった。自分とパパと家政婦の三人だけ。パパの友人や会社の人でさえもこの家へ訪れたことはない。翠も友人を家へ連れて帰る事は禁止されている為他の誰も招いた事はない。だというのにクローゼットという身近な場所に、しかも動物の類ではない、人間の女の子――それも自分によく似た――がそこにいた。
鉄格子の向こうにいる少女は立ち上がると一歩、翠に近づいた。向かいあうとよくわかった。二人の背丈は寸分違わずおんなじで、服装だって白のブラウスに紺色のスカートという学校の制服。
まるで、そう。双子のようだ。
「 紅。わたしは、紅」
少女は覇気のない顔をしたまま、そう名乗った。
色白で、ひとつひとつの動きが精巧な人形のよう。自分そっくりの人形に対峙してしまったと翠は感じた。このままクローゼットを閉じて無かったことにすべきだ。恐怖がそう囁いてくるものの、溢れ出た好奇心がそうはさせない。紅は薄っすらと笑みを浮かべ、今にも鉄格子の隙間から握手を求めて手を差し出してきそうだ。そして、その手を握り返した途端――鉄格子の内側に、引き込まれるのだろう。以前テレビで見たドキュメンタリー番組、そのシチュエーションを思い出す。クローゼットの奥の友達。
「紅ちゃん?」
「うん、そう。ちゃんはいらないよ。翠」
「どうしてぼくの名前を知っているの?」
「さぁ、どうしてだろう……ねえ、そんな事より、わたしとお友達にならない?」
突如としてクローゼットの中に現れた少女。今までクローゼットを開けてこなかっただけで、もしかするとずっとすぐそばにこの少女は存在していたのかもしれない。そう考えるとぞっとした。今の今まで、十一年間ずっとこのクローゼットに自分とは違う誰かが、存在すら感じさせずそこにいたのだ。
なぜここにいるのか、この鉄格子は何なのか、パパはあなたを知っているのか、ぼくたちはどうしてこんなにもよく似ているのか……。
聞きたいことは山のようにあった。でも、それを聞くには紅と名乗るこの少女の提案に乗る必要がある。その事に気が付いた翠は「うん。お友達になろう」と返事をする。
「嬉しい。ありがとう」
「えっと、紅ちゃ……紅はどうしてここにいるの?」
翠がそう問いかけると紅はすっと表情を消して首を捻った。
「さぁ」
「『さぁ』?」
「それを話せるほどまだわたしたちは仲良くないから」
それを言われてしまうと翠は何も言えなかった。自分だって、仲の浅いクラスメイトにあれこれ聞かれたら答えはしないだろう。だからといってあからさまに拒絶しなくても、と翠は思ったがこの状況下においては疑問が多すぎるのだ。
何かひとつくらい、話してもらわないと割に合わない。
「じゃあ何なら話してくれる?」
「うーん、それなら、大切なことを一つ言うからよく聞いて」
「大切なこと?」
「うん。わたしのこと、絶対パパには話さないで」
「パパは紅のこと知らないの?」
「知ってる。でもあの人は、わたしの事を翠に知られたくない」
「なんで?」
「さぁ。今日はまたね。扉、閉めておいて」
そう言い残して紅はクローゼットの奥へと消えて行く。本人に立ち去られては翠は何も言えず、紅に言われたようにクローゼットの扉を閉める他なかった。
パパには、言わない。
たったそれだけの事。新しくできたお友達と仲良くするにはそれだけを守れば良い。その約束を守れば良い。
クローゼットにいる、自分によく似たお友達。ひっそりと、宝物のように自分だけの秘密にしよう。次にクローゼットの扉を開けた時はどんな話をしよう。そう考え始めると心が熱くなって堪らない。
こうしてこの日からクローゼットに住まう紅との生活が始まったのだ。
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