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少女たちの深まる仲
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日曜日。今日はパパが家にいる。その為紅と話す事はできない。翠は自室に籠り、かつて交換日記に書いた自分のプロフィールを見返していた。
『浦上翠 十歳!
好きな食べ物はタルトできらいなものはネギかな
パパが本を買ってくれるから本はよく読むよ
でもマンガは買ってくれない、放課後遊びに行のもダメ。
パパはきびしいんだ。でも学校ではたくさん話したりあそんだりしようね! これからよろしくね!』
紅が翠になりきるのならば、些細なことでも教えた方が良いのかと翠は考えていた。自分のことを知りたいと紅が言ってくれたことは理由はどうであれ嬉しいことだ。
「翠。入っていいか?」
部屋のドアがノックされ翠は文字通りびくんと跳ね上がった。パパが部屋を訪ねてくることなど普段は無い為、尚更だ。
「う、うん。どうぞ」
慌てて交換ノートを閉じて棚へ隠す。ギリギリセーフだ。
パパはドアノブを握ったまま部屋の入り口で話をする。
「この前、欲しいものがあると言ってただろ」
「うん」
そういえば新しい本や映画のディスクが欲しいとパパに話した事を思い出す。
買ってきてくれたのだろうか? と翠は思ったがどこにも見当たらない。
「今から買いに行かないか」
その発言に翠は一瞬固まった。
今から、買いに。つまり、一緒に買い物へ行くという事。
「いいの? 一緒に行っても」
今までの本や映画のディスクはパパが気づかないうちに買ってきていたものだった。それにパパと二人で出かける事は一年に三回もあるかどうかだ。
仕事が優先のパパが自分を気にかけてくれる。これ程嬉しいことはなかった。
「あぁ。車を出す。準備ができたらリビングへ来なさい」
「わ、わかった!」
パパはそれだけ告げるとドアを閉めて出て行った。
こういう時こそ翠は紅に力を借りたくなった。パパと二人で出かけるのは緊張する。顔色を伺わなくてはならないのは憂鬱で緊張だが、でもへまさえしなければきっと楽しい買い物になるはずだ。
出かける準備と言っても十一歳の翠には化粧の必要はない。そもそも化粧品などもっていない。朝適当に選んだ服からパパが以前買ってきたブラウンのワンピースに着替え、これまたパパが買ってきた小さな黒いカバンにハンカチとティッシュをいれて、念のため小銭しか入っていないお財布も。最後にくしで髪を梳かして終了だ。十分もかからない準備だがリビングに出る前に翠は深呼吸をし自らを励ました。
「いいよ、もういける」
部屋を出てリビングのソファで本に目を通していたパパにそう声をかける。声が震えていないか心配だった。パパは「それじゃあ行くか」と立ち上がり、翠もそれに続いた。
パパの車に乗り込むと煙草の匂いがした。この車に乗る事はあまりなかったが、パパの車というと煙草の匂いがすると小さな頃から翠はそう思っていた。パパの匂いとしてこの匂いが翠にはインプットされていた。
「どこへ行くの?」
「 躑躅公園駅の近くに最近ショッピングモールが出来たんだ。そこならお前の欲しいものは揃う」
ショッピングモールで買い物。その事実だけでも翠はどきどきが止まらなかった。翠はまだ十一歳の女の子だ。
「そっか、わかった。ありがとう」
躑躅公園駅は電車で三十分はかかるところにある栄えた大きな駅だ。翠が学校で聞いた話だと、休みの日に躑躅公園駅の方へ出かける人は多く玲那もお母さんと出かけた事があると言っていた。
しかし車中の空気は重いものだった。元々パパは口数が少なく、翠もパパの機嫌を損ねないように自ら話しかけることは避けていた。このような重い空気では、ふかふかな筈の座席も妙に座り心地が悪い。窓の外を眺めていても街並みがぐんぐん通り過ぎていくだけで新鮮なものの翠には単調なものにみえた。
翠はこの重い空気に耐えられなくなり、何か良い話題はないかと考える。テレビの話もパパには通じないだろう。紅のことを勘づかれるような話題は以ての外。
「ね、ねぇパパ」
「なんだ」
「本、面白かったよ。魔法使いの小説」
それは誕生日に買ってもらった分厚い児童文学だった。読み始めると引き込まれる内容で毎朝学校の読書の時間にもその本を読み、家でも読み進めていたその本はかなり分厚い本であったにもかかわらずあっという間に読み終わってしまったのだ。
「そうか」
「分厚い本だったけど面白いからあっという間に読み終わっちゃって……」
そこから話を続ける術を翠は持ち合わせていなかった。会話は途切れ気まずい空気が車内で充満する。気の利いた話題がないものかと逡巡するが話題を呈したところで会話を続ける自信もなかった。
「その本、映画になってるんだ。欲しいなら買ってやる」
「そうなの? それなら観てみたい」
それは本心だった。本の内容は翠が夢中になりあっという間に読み終えてしまったのだから。
「じゃあ着いたら買いに行こう」
「うん、ありがとう……」
多少の気まずさを残したままだったが、翠は戸惑っていたのだ。休日に親と買い物に出かけると言うクラスメイトを少し羨ましいと思っていた。きっと楽しいのだろうと。それが今こうして現実になっている。パパは少し怖い。だけどもこの状況は翠が望むように親子で仲良く――この状況が仲が良いと言えるかはともかく――買い物に出かけるという状況そのものなのだから。わくわくしている翠もいるのだ。
(もし紅がこの場にいたら、もっと楽しいのかな?)
ふいにそんなことを思う。紅と楽しく会話をして、パパも会話に混ざる。それで、ママも。四人で楽しくドライブをしながら出かける。幸せなことだ。
だがそんな日は永遠に来ないと翠はよく理解している。悲しい事だ。ママはもういない上に紅と一緒に出掛ける事は不可能。悲しんでいることを悟られたくなくて翠は窓の外を眺めた。知らない場所。ショッピングモールまではまだかかるだろう。そうしているうちに眠気が徐々に翠を支配してゆき翠は窓へ頭をくっつけた体勢のまま眠りに落ちてしまった。
『浦上翠 十歳!
好きな食べ物はタルトできらいなものはネギかな
パパが本を買ってくれるから本はよく読むよ
でもマンガは買ってくれない、放課後遊びに行のもダメ。
パパはきびしいんだ。でも学校ではたくさん話したりあそんだりしようね! これからよろしくね!』
紅が翠になりきるのならば、些細なことでも教えた方が良いのかと翠は考えていた。自分のことを知りたいと紅が言ってくれたことは理由はどうであれ嬉しいことだ。
「翠。入っていいか?」
部屋のドアがノックされ翠は文字通りびくんと跳ね上がった。パパが部屋を訪ねてくることなど普段は無い為、尚更だ。
「う、うん。どうぞ」
慌てて交換ノートを閉じて棚へ隠す。ギリギリセーフだ。
パパはドアノブを握ったまま部屋の入り口で話をする。
「この前、欲しいものがあると言ってただろ」
「うん」
そういえば新しい本や映画のディスクが欲しいとパパに話した事を思い出す。
買ってきてくれたのだろうか? と翠は思ったがどこにも見当たらない。
「今から買いに行かないか」
その発言に翠は一瞬固まった。
今から、買いに。つまり、一緒に買い物へ行くという事。
「いいの? 一緒に行っても」
今までの本や映画のディスクはパパが気づかないうちに買ってきていたものだった。それにパパと二人で出かける事は一年に三回もあるかどうかだ。
仕事が優先のパパが自分を気にかけてくれる。これ程嬉しいことはなかった。
「あぁ。車を出す。準備ができたらリビングへ来なさい」
「わ、わかった!」
パパはそれだけ告げるとドアを閉めて出て行った。
こういう時こそ翠は紅に力を借りたくなった。パパと二人で出かけるのは緊張する。顔色を伺わなくてはならないのは憂鬱で緊張だが、でもへまさえしなければきっと楽しい買い物になるはずだ。
出かける準備と言っても十一歳の翠には化粧の必要はない。そもそも化粧品などもっていない。朝適当に選んだ服からパパが以前買ってきたブラウンのワンピースに着替え、これまたパパが買ってきた小さな黒いカバンにハンカチとティッシュをいれて、念のため小銭しか入っていないお財布も。最後にくしで髪を梳かして終了だ。十分もかからない準備だがリビングに出る前に翠は深呼吸をし自らを励ました。
「いいよ、もういける」
部屋を出てリビングのソファで本に目を通していたパパにそう声をかける。声が震えていないか心配だった。パパは「それじゃあ行くか」と立ち上がり、翠もそれに続いた。
パパの車に乗り込むと煙草の匂いがした。この車に乗る事はあまりなかったが、パパの車というと煙草の匂いがすると小さな頃から翠はそう思っていた。パパの匂いとしてこの匂いが翠にはインプットされていた。
「どこへ行くの?」
「 躑躅公園駅の近くに最近ショッピングモールが出来たんだ。そこならお前の欲しいものは揃う」
ショッピングモールで買い物。その事実だけでも翠はどきどきが止まらなかった。翠はまだ十一歳の女の子だ。
「そっか、わかった。ありがとう」
躑躅公園駅は電車で三十分はかかるところにある栄えた大きな駅だ。翠が学校で聞いた話だと、休みの日に躑躅公園駅の方へ出かける人は多く玲那もお母さんと出かけた事があると言っていた。
しかし車中の空気は重いものだった。元々パパは口数が少なく、翠もパパの機嫌を損ねないように自ら話しかけることは避けていた。このような重い空気では、ふかふかな筈の座席も妙に座り心地が悪い。窓の外を眺めていても街並みがぐんぐん通り過ぎていくだけで新鮮なものの翠には単調なものにみえた。
翠はこの重い空気に耐えられなくなり、何か良い話題はないかと考える。テレビの話もパパには通じないだろう。紅のことを勘づかれるような話題は以ての外。
「ね、ねぇパパ」
「なんだ」
「本、面白かったよ。魔法使いの小説」
それは誕生日に買ってもらった分厚い児童文学だった。読み始めると引き込まれる内容で毎朝学校の読書の時間にもその本を読み、家でも読み進めていたその本はかなり分厚い本であったにもかかわらずあっという間に読み終わってしまったのだ。
「そうか」
「分厚い本だったけど面白いからあっという間に読み終わっちゃって……」
そこから話を続ける術を翠は持ち合わせていなかった。会話は途切れ気まずい空気が車内で充満する。気の利いた話題がないものかと逡巡するが話題を呈したところで会話を続ける自信もなかった。
「その本、映画になってるんだ。欲しいなら買ってやる」
「そうなの? それなら観てみたい」
それは本心だった。本の内容は翠が夢中になりあっという間に読み終えてしまったのだから。
「じゃあ着いたら買いに行こう」
「うん、ありがとう……」
多少の気まずさを残したままだったが、翠は戸惑っていたのだ。休日に親と買い物に出かけると言うクラスメイトを少し羨ましいと思っていた。きっと楽しいのだろうと。それが今こうして現実になっている。パパは少し怖い。だけどもこの状況は翠が望むように親子で仲良く――この状況が仲が良いと言えるかはともかく――買い物に出かけるという状況そのものなのだから。わくわくしている翠もいるのだ。
(もし紅がこの場にいたら、もっと楽しいのかな?)
ふいにそんなことを思う。紅と楽しく会話をして、パパも会話に混ざる。それで、ママも。四人で楽しくドライブをしながら出かける。幸せなことだ。
だがそんな日は永遠に来ないと翠はよく理解している。悲しい事だ。ママはもういない上に紅と一緒に出掛ける事は不可能。悲しんでいることを悟られたくなくて翠は窓の外を眺めた。知らない場所。ショッピングモールまではまだかかるだろう。そうしているうちに眠気が徐々に翠を支配してゆき翠は窓へ頭をくっつけた体勢のまま眠りに落ちてしまった。
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